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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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メリューの奮戦

 玉座の間の手前では、シグトラ達が獣王軍と激戦を繰り広げていた。

 メリューもシグトラの娘として奮戦していた。

 短刀を矢のように投げつけて、メリューは敵兵を仕留めていく。仕留めた後は念動魔法で、短刀を回収するのも忘れない。


 三人目を倒した時には、広間の敵は全て地に沈んでいた。父シグトラの猛烈な剣技が敵を圧倒したのだ。

 その熱が冷める間もなく、シグトラは先頭を突っ走った。その左手には奇妙なものが握られている。


 シグトラが玉座の間に続く扉へと近づいた。

 扉が大きな音を立てながら開いていく。手を触れていないので、恐らくは念動魔法で開いたのだろう。

 メリューもそれに遅れまいと、小さな体で必死に走った。


 シグトラが室内へと駆け込んだ瞬間――

 猛烈な勢いで、火の玉が飛んできた。

 続いて、稲妻、突風、氷槍、矢雨が浴びせられる。

 敵はこちらが入ってくる瞬間を狙っていたのだ。広間に魔道士がいなかったのも、この時のために温存していたのだろう。


 シグトラの体が煙の中に飲み込まれた。


『父様!』


 メリューは父へと駆け寄ろうとしたが、


『殿下、早まらないでください!』


 部下の手によって、押し留められた。

 煙が晴れる時期を見計らい、部下と一緒に室内へと足を踏み入れる。

 そして――そこには健在なシグトラの姿があった。

 血に塗れた刀を悠然と下段に構え、室内にいる敵をにらみつけている。その足元には、四人の魔道士が倒れ伏していた。


『父様、よくぞご無事で……』


 そこでメリューもしかけに気づいた。

 シグトラの前方に転がるボロボロの死体。先程、シグトラが左手に持っていたものだ。


 父は敵の死体を投げ入れ、身代わりとしたのだ。

 恐らくは瞳の念動魔法で動かし、生きているように偽装したのだろう。

 今のメリューでは、死体のように重い物体を動かすのは難しい。だがシグトラともなれば、その限りではなかった。

 そして、爆煙にまぎれたシグトラは魔道士を斬り伏せたのだ。



『くそっ! この俺をハメやがったな……!』


 シグトラの視線の先には、憎き伯父――ハジンの姿があった。シグトラを仕留め損ねたことに気づき、呪詛の言葉を吐き捨てる。

 ハジンはシグトラよりも大柄な男だ。銀竜の特徴である銀色の髪を、荒々しく背中まで伸ばしている。


『そんな策で俺を殺せると思ったのか、兄者よ。親父と上の兄者を殺した落とし前、つけさせてもらうぞ』


 シグトラはハジンに刀を向けて、(あざけ)った。

 残った敵兵にも、部下達が対峙していく。敵は先程の広間よりも少ない。数の上では圧倒的にこちらが有利だった。


『図に乗るなよ、シグトラ! 俺は大君なんだぞ! 俺にはまだこいつが残っている!』


 ハジンは緑色の魔石のような物を投げ捨てた。

 石は床に衝突して砕け散る。そこから緑の煙が立ち昇った。


『ザウラストの化物か? そんなものに頼るとは情けない男め。親父があの世で泣いているぞ!』


 煙の中から現れたのは、四体の魔物――ザウラスト教団が生み出したグリガントだった。

 グリガントは立ち上がった緑のカバ――などと称される奇怪な魔物である。知能は低いが、その怪力には恐るべきものがあった。

 教団は五年程前から、獣王と手を組んでいた。獣王が近年、力をつけ出したのは、こういった魔物によるものが大きい。


『御託はいい。そんななまくらでこいつを倒せるかな?』


 ハジンはシグトラの刀を見て、勝ち誇った。

 ハジンの手元には、青白い刀身を持つ刀があった。かつて、シグトラが愛用していた魔刀『蒼煌(そうこう)』である。


『ふんっ! そいつは後で返してもらう』


 シグトラは鼻で笑って、手近なグリガントへと走り寄った。

 襲いかかるグリガントの長い腕を、シグトラは軽々とかわした。そのままの勢いで飛びつき、巨大な眼球へと刀を突き刺す。

 鈍い音が響き、眼球から赤黒い霧状の血が噴出した。

 シグトラは刀を刺したまま、飛びすさる。と同時に、念動魔法で刀を引き寄せた。刀が抜けた衝撃で、赤黒い霧がさらに激しく噴出する。


 グリガントは(もだ)え苦しみ、床へと倒れ込んだ。

 そこにシグトラの部下達が殺到し、槍で滅多刺しにする。緑の巨獣は断末魔を上げて、あえなく絶命した。


『クソッ、貴様らもゆけ! あやつらを押し潰せ!』


 ハジンはツバを飛ばしながら、残り三体の魔物へと指示を下した。

 二体のグリガントは部下達の元へ。そして、もう一体はシグトラへと向かっていった。

 猛烈な勢いでグリガントの巨体が突進してくる。

 シグトラは横へと難なく回避する。魔物が勢いのままに通り過ぎていく。


『死ねいっ!』


 だが、巨体の後ろから、ハジンが踊り出た。蒼煌の刀を振るい、シグトラへと襲いかかる。

 それをシグトラは無銘の刀で難なく受け止めた。

 ハジンの攻撃は終わらない。その手に持った蒼煌の刀が輝き、刀身へ巻きつくように青い炎が生まれた。

 シグトラは飛びすさって、伸びる炎の直撃をかわした。


 本来ならハジンなど、シグトラの敵ではない。だが、今のハジンは魔刀を手にしている。単なる鋼の刀で挑むのは、無謀だった。

 しかも、敵はハジンだけではない。

 背後にはグリガントがまだ残っている。魔物は向き直って、再度シグトラを狙おうとしていた。



『父様、後ろは私にお任せを!』


 そうはさせじ――とメリューが馳せ参じた。拾い上げた剣を投げつけ、グリガントの横っ腹へと一撃を加える。

 メリューの非力では致命傷を与えることは難しい。それでも、念動魔法による加速が、緑の巨体をひるませた。


『メリュー、気をつけろよ! 一撃でも致命傷だ!』


 娘に注意を呼びかけながら、シグトラはハジンへと反撃に出た。間合いを慎重に計りながら、ハジンへ向かって刀を振るう。


『承知しています、父様!』

『メリュー殿下、加勢します!』


 部下達もそれぞれの得物(えもの)を持って、支援してくれる。

 ひるんでいたグリガントが動き出し、メリューへ向かって歩き出した。

 メリューはグリガントから距離を取って、短刀を放り投げた。それが届く前に間髪(かんはつ)入れず短刀を投げ込んでいく。

 グリガントの肉へ、次々と短刀が食い込んでいく。

 部下達も矢の雨を、グリガントに浴びせかける。


 小さな穴が、グリガントの肉体にいくつも穿(うが)たれた。赤黒い霧のような血液が飛び出し、床を汚していく。

 なおも、グリガントは進んでくる。にぶそうな見た目同様に鈍感なのか、痛みに苦しむ様子もない。


『これで倒れぬとはバケモノめ! ならばこれでどうだ!』


 メリューは最後の一本となった短刀を放り投げた。渾身の念動魔法によって短刀は勢いを増し、グリガントの顔面を狙い撃つ。

 グリガントは鈍い動きで腕を振るい、短刀を弾こうとした。

 だが、メリューの短刀はそれをひらりと下に交わした。

 腕の下をくぐった短刀は、顔面に迫り目を貫いた。


 グリガントが苦悶(くもん)の声を上げ、うずくまくる。


『今だ! かかれっ!』


 メリューが号令し、部下達が一斉にかかる。さしものグリガントも総攻撃に耐えられず、屍をさらすことになった。


『ぐっ……はあ……。我らの勝ちだ!』


 メリューは息を切らしながら、勝鬨(かちどき)を上げた。

 今のメリューと父では、戦いの技量に越えられない差がある。それでも、少しでも力になりたかった。

 さて、父はどうなっているだろうか? まさか、ハジンなどに負けるはずもないだろうが――


 そう思って気を抜いたメリューの背後に、巨大な影が迫ってきた。

 もう一体のグリガントだ。

 相手をしていた部下達が仕留め損ねたのだろう。


『しまった!?』


 メリューは慌てて、回避しようとする。


 ……が、グリガントの動きはそこで急速に止まった。まるで電流に打たれたかのように。

 次の瞬間、グリガントの頭が爆発した。少なくとも、メリューにはそうとしか見えなかった。

 頭を失った巨獣の死骸が、よろよろと崩れ落ちる。


 押しつぶされないように、メリューは死骸から離れた。


「メリュー、大丈夫?」


 崩れた死骸の裏から現れたのは、赤毛の少年――ソロンだった。気遣わしげに緑の瞳をこちらへと向けてくる。


「……そなたらか。かたじけない」


 ソロンの後ろにはアルヴァ、ミスティン、グラットの三人も立っていた。

 グリガントの動きを止めたのは、アルヴァの魔法に違いない。とどめを刺したのは、ソロンの一撃だろう。


「また、この緑カバかよ。色んなところに湧いてくるなあ……」


 グラットは巨獣の死骸を、うんざりしたように見下ろしていた。


「あれも倒しちゃおう」


 ミスティンは残り一体のグリガントを指差した。部下達が数十人がかりで苦戦しているところだった。


「了解です」


 アルヴァは紫電の魔法を放ち、最後のグリガントを狙い撃った。ミスティンも矢を射って、巨獣の頭に命中させる。

 脳天に風穴を開けられたグリガントは、難なく崩れ落ちた。


「と、父様は!」


 呆気にとられていたメリューは、父シグトラを求めて視線を動かした。

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