メリューの奮戦
玉座の間の手前では、シグトラ達が獣王軍と激戦を繰り広げていた。
メリューもシグトラの娘として奮戦していた。
短刀を矢のように投げつけて、メリューは敵兵を仕留めていく。仕留めた後は念動魔法で、短刀を回収するのも忘れない。
三人目を倒した時には、広間の敵は全て地に沈んでいた。父シグトラの猛烈な剣技が敵を圧倒したのだ。
その熱が冷める間もなく、シグトラは先頭を突っ走った。その左手には奇妙なものが握られている。
シグトラが玉座の間に続く扉へと近づいた。
扉が大きな音を立てながら開いていく。手を触れていないので、恐らくは念動魔法で開いたのだろう。
メリューもそれに遅れまいと、小さな体で必死に走った。
シグトラが室内へと駆け込んだ瞬間――
猛烈な勢いで、火の玉が飛んできた。
続いて、稲妻、突風、氷槍、矢雨が浴びせられる。
敵はこちらが入ってくる瞬間を狙っていたのだ。広間に魔道士がいなかったのも、この時のために温存していたのだろう。
シグトラの体が煙の中に飲み込まれた。
『父様!』
メリューは父へと駆け寄ろうとしたが、
『殿下、早まらないでください!』
部下の手によって、押し留められた。
煙が晴れる時期を見計らい、部下と一緒に室内へと足を踏み入れる。
そして――そこには健在なシグトラの姿があった。
血に塗れた刀を悠然と下段に構え、室内にいる敵をにらみつけている。その足元には、四人の魔道士が倒れ伏していた。
『父様、よくぞご無事で……』
そこでメリューもしかけに気づいた。
シグトラの前方に転がるボロボロの死体。先程、シグトラが左手に持っていたものだ。
父は敵の死体を投げ入れ、身代わりとしたのだ。
恐らくは瞳の念動魔法で動かし、生きているように偽装したのだろう。
今のメリューでは、死体のように重い物体を動かすのは難しい。だがシグトラともなれば、その限りではなかった。
そして、爆煙にまぎれたシグトラは魔道士を斬り伏せたのだ。
『くそっ! この俺をハメやがったな……!』
シグトラの視線の先には、憎き伯父――ハジンの姿があった。シグトラを仕留め損ねたことに気づき、呪詛の言葉を吐き捨てる。
ハジンはシグトラよりも大柄な男だ。銀竜の特徴である銀色の髪を、荒々しく背中まで伸ばしている。
『そんな策で俺を殺せると思ったのか、兄者よ。親父と上の兄者を殺した落とし前、つけさせてもらうぞ』
シグトラはハジンに刀を向けて、嘲った。
残った敵兵にも、部下達が対峙していく。敵は先程の広間よりも少ない。数の上では圧倒的にこちらが有利だった。
『図に乗るなよ、シグトラ! 俺は大君なんだぞ! 俺にはまだこいつが残っている!』
ハジンは緑色の魔石のような物を投げ捨てた。
石は床に衝突して砕け散る。そこから緑の煙が立ち昇った。
『ザウラストの化物か? そんなものに頼るとは情けない男め。親父があの世で泣いているぞ!』
煙の中から現れたのは、四体の魔物――ザウラスト教団が生み出したグリガントだった。
グリガントは立ち上がった緑のカバ――などと称される奇怪な魔物である。知能は低いが、その怪力には恐るべきものがあった。
教団は五年程前から、獣王と手を組んでいた。獣王が近年、力をつけ出したのは、こういった魔物によるものが大きい。
『御託はいい。そんななまくらでこいつを倒せるかな?』
ハジンはシグトラの刀を見て、勝ち誇った。
ハジンの手元には、青白い刀身を持つ刀があった。かつて、シグトラが愛用していた魔刀『蒼煌』である。
『ふんっ! そいつは後で返してもらう』
シグトラは鼻で笑って、手近なグリガントへと走り寄った。
襲いかかるグリガントの長い腕を、シグトラは軽々とかわした。そのままの勢いで飛びつき、巨大な眼球へと刀を突き刺す。
鈍い音が響き、眼球から赤黒い霧状の血が噴出した。
シグトラは刀を刺したまま、飛びすさる。と同時に、念動魔法で刀を引き寄せた。刀が抜けた衝撃で、赤黒い霧がさらに激しく噴出する。
グリガントは悶え苦しみ、床へと倒れ込んだ。
そこにシグトラの部下達が殺到し、槍で滅多刺しにする。緑の巨獣は断末魔を上げて、あえなく絶命した。
『クソッ、貴様らもゆけ! あやつらを押し潰せ!』
ハジンはツバを飛ばしながら、残り三体の魔物へと指示を下した。
二体のグリガントは部下達の元へ。そして、もう一体はシグトラへと向かっていった。
猛烈な勢いでグリガントの巨体が突進してくる。
シグトラは横へと難なく回避する。魔物が勢いのままに通り過ぎていく。
『死ねいっ!』
だが、巨体の後ろから、ハジンが踊り出た。蒼煌の刀を振るい、シグトラへと襲いかかる。
それをシグトラは無銘の刀で難なく受け止めた。
ハジンの攻撃は終わらない。その手に持った蒼煌の刀が輝き、刀身へ巻きつくように青い炎が生まれた。
シグトラは飛びすさって、伸びる炎の直撃をかわした。
本来ならハジンなど、シグトラの敵ではない。だが、今のハジンは魔刀を手にしている。単なる鋼の刀で挑むのは、無謀だった。
しかも、敵はハジンだけではない。
背後にはグリガントがまだ残っている。魔物は向き直って、再度シグトラを狙おうとしていた。
『父様、後ろは私にお任せを!』
そうはさせじ――とメリューが馳せ参じた。拾い上げた剣を投げつけ、グリガントの横っ腹へと一撃を加える。
メリューの非力では致命傷を与えることは難しい。それでも、念動魔法による加速が、緑の巨体をひるませた。
『メリュー、気をつけろよ! 一撃でも致命傷だ!』
娘に注意を呼びかけながら、シグトラはハジンへと反撃に出た。間合いを慎重に計りながら、ハジンへ向かって刀を振るう。
『承知しています、父様!』
『メリュー殿下、加勢します!』
部下達もそれぞれの得物を持って、支援してくれる。
ひるんでいたグリガントが動き出し、メリューへ向かって歩き出した。
メリューはグリガントから距離を取って、短刀を放り投げた。それが届く前に間髪入れず短刀を投げ込んでいく。
グリガントの肉へ、次々と短刀が食い込んでいく。
部下達も矢の雨を、グリガントに浴びせかける。
小さな穴が、グリガントの肉体にいくつも穿たれた。赤黒い霧のような血液が飛び出し、床を汚していく。
なおも、グリガントは進んでくる。にぶそうな見た目同様に鈍感なのか、痛みに苦しむ様子もない。
『これで倒れぬとはバケモノめ! ならばこれでどうだ!』
メリューは最後の一本となった短刀を放り投げた。渾身の念動魔法によって短刀は勢いを増し、グリガントの顔面を狙い撃つ。
グリガントは鈍い動きで腕を振るい、短刀を弾こうとした。
だが、メリューの短刀はそれをひらりと下に交わした。
腕の下をくぐった短刀は、顔面に迫り目を貫いた。
グリガントが苦悶の声を上げ、うずくまくる。
『今だ! かかれっ!』
メリューが号令し、部下達が一斉にかかる。さしものグリガントも総攻撃に耐えられず、屍をさらすことになった。
『ぐっ……はあ……。我らの勝ちだ!』
メリューは息を切らしながら、勝鬨を上げた。
今のメリューと父では、戦いの技量に越えられない差がある。それでも、少しでも力になりたかった。
さて、父はどうなっているだろうか? まさか、ハジンなどに負けるはずもないだろうが――
そう思って気を抜いたメリューの背後に、巨大な影が迫ってきた。
もう一体のグリガントだ。
相手をしていた部下達が仕留め損ねたのだろう。
『しまった!?』
メリューは慌てて、回避しようとする。
……が、グリガントの動きはそこで急速に止まった。まるで電流に打たれたかのように。
次の瞬間、グリガントの頭が爆発した。少なくとも、メリューにはそうとしか見えなかった。
頭を失った巨獣の死骸が、よろよろと崩れ落ちる。
押しつぶされないように、メリューは死骸から離れた。
「メリュー、大丈夫?」
崩れた死骸の裏から現れたのは、赤毛の少年――ソロンだった。気遣わしげに緑の瞳をこちらへと向けてくる。
「……そなたらか。かたじけない」
ソロンの後ろにはアルヴァ、ミスティン、グラットの三人も立っていた。
グリガントの動きを止めたのは、アルヴァの魔法に違いない。とどめを刺したのは、ソロンの一撃だろう。
「また、この緑カバかよ。色んなところに湧いてくるなあ……」
グラットは巨獣の死骸を、うんざりしたように見下ろしていた。
「あれも倒しちゃおう」
ミスティンは残り一体のグリガントを指差した。部下達が数十人がかりで苦戦しているところだった。
「了解です」
アルヴァは紫電の魔法を放ち、最後のグリガントを狙い撃った。ミスティンも矢を射って、巨獣の頭に命中させる。
脳天に風穴を開けられたグリガントは、難なく崩れ落ちた。
「と、父様は!」
呆気にとられていたメリューは、父シグトラを求めて視線を動かした。