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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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大君軍の反攻

「父様、全員の武装が終わりました」


 うなだれるソロンをよそに、メリューが報告のためにやって来た。

 シグトラは「うむ」と頷いて、ソロンのほうを見た。


「すまんが、今はここまでだ。機会があれば、またいくらでも話してやるさ」

「ええ、絶対ですよ」


 ソロンは念を押しておいた。まだまだ聞きたいことは残っている。


「それでは暴れるとしようか」

「父様、あまり城に被害を出さないでください。帰るところがなくなってしまいますので」

「分かっているとも、メリュー。だが、戦いに勝たねば意味がないのも確かだ。島が残っていれば、寝床ぐらいはなんとかなる」

「はあ……」


 あまり分かっていなさそうなシグトラの言葉に、メリューは溜息をついた。

 そして、シグトラは地下牢に整列した一同を見回す。


『目標は獣王とハジン――この二人さえ倒せば、こちらの勝利は確定したようなものだ。城内を駆け抜け、まずは玉座の間を制圧する! 我ら大君軍に勝利をもたらすのだ!』


 シグトラの号令を、メリューが人間向けに通訳してくれる。

 元囚人とカズー隊の者達が静かに拳を振り上げた。

 (とき)の声は上げない。今はまだ敵に気づかれてはならない。騒ぎを起こすのはこれからだ。


 それでも、彼らは底知れぬ熱気を秘めていた。

 獣王に攻め込まれ、大君を殺害された。君族であったハジンに裏切られ、投獄されて拷問を受けた。

 特に元囚人達は抱えた怒りをぶつけようと、全身に力をみなぎらせていた。


 *


 地下牢を出たシグトラ軍は、怒涛(どとう)の勢いで階段を駆け上がった。

 シグトラ自らが先頭をゆき、その隣の兵が松明(たいまつ)で城内を照らし出す。

 数百人もの亜人と一緒に、ソロン達五人も後ろに続いた。

 階段を上がり切ったところは、一階の廊下だった。暗かった地下とは異なり、こちらには燭台(しょくだい)が灯されている。


「―――。――!?」


 見張りをしていた敵の衛兵が、こちらに気づいた。

 衛兵は二人。全くの不意打ちだったらしく、見るからに狼狽(ろうばい)していた。


 そこをシグトラは見逃さない。

 自ら刀を振るって、衛兵へと接近する。

 衛兵は盾を持って刀を防ごうとしたが、その時には首と胴体が切り離されていた。

 もう一人の衛兵は背中を向けて、逃亡を選んだようだったが……。


 突如、シグトラの瞳が光るや、衛兵の足が止まった。首を後ろから刀で貫かれ、衛兵はあえなく絶命した。

 メリューの父であるシグトラも、もちろん念動魔法の使い手のようだ。恐らくは、その能力もメリューを上回っているはずだ。


「何だよ、今の動き……!」


 あまりの早業に、グラットは呆然と口を開けた。


「あの通りの超人なんだよ。師匠は」

「今のはハジンの部下だな。やはり、奴の部下が城に残っているのだろう。このまま突っ切るぞ。――――――――!」


 シグトラは振り返って刀を掲げ、ドーマ語を交えて叫んだ。


「うおおぉぉ!!」


 彼の部下達が呼応して、(とき)の声を上げる。熱狂がこの場を支配していた。


 進軍する一行は扉を押し開けて、中庭へと殺到した。

 天井が吹き抜けとなった中庭。樹木と花々が彩りの中に泉を囲んでいる。それらが燭台に照らされて、幻想的な美しさを演出していた。

 ……が、それを眺めている暇はもちろんない。

 数百の軍勢が、中庭を突っ切って奥へと進んでいく。無粋ではあるが、やむを得なかった。


「――――――!?」


 敵の衛兵が悲鳴に近い叫び声を上げた。こちらの勢いを見てすぐに逃げ出そうとする。

 ここに至って、深夜の城内に鐘の音が響き渡った。

 ようやく敵軍も騒ぎに気づいたのだろう。異変を知らすべく、誰かが警鐘を鳴らしたようだった。


 城内には当然、こちらを大きく超える敵兵がいるはずだ。だが、すぐにそれだけの人数を動員するのは難しい。敵の足並がそろうまでは、こちらのほうが優勢だった。


 一階の広間を突き抜けて、さらに階段を上がっていく。

 その上には、二階の広間があった。メリューによれば、その奥にある大部屋が玉座の間だという。

 玉座の間の前だけあって、そこには大勢の敵兵が待ち構えていた。

 合計で百人は超えている。大急ぎで結集したらしく、敵の息は荒い。


 数としては、いまだシグトラ達が優勢である。それでも、敵が引き下がる様子はない。自分達の主君を守ろうと、敵も決死の覚悟なのだ。


「この守りの堅さ……。ハジンは間違いなくこの先だな」


 シグトラが玉座の間へと続く扉をにらみつける。


「んじゃ、蹴散らすとしましょっか」


 グラットが軽々と槍を構え、好戦的な意志を見せた。


「待て、お前達はテラスから合図を出してくれ」


 シグトラはテラスの方角を指し示した。玉座の間とは、反対方向のようだ。


「おうっと……」


 気勢を削がれ、グラットがずっこけそうになった。


「師匠、大丈夫なんですか?」


 数の上では優勢でも、自軍の大半は牢に囚われていた者達だ。体力が充実しているとはいえない。


「問題ない。俺だけでも百人分の働きをしてやる。無駄話はいらんから、とっとと行け!」


 シグトラは手を振り、ソロンを急かす。


「分かりました!」


 この人に対しては心配するだけ無駄か――と、ソロンも悟った。


「私は父様と一緒に向かう。そなたらも気をつけるのだぞ」


 そこでメリューとも別れることになった。

 ソロンはアルヴァ、ミスティン、グラットを連れて、テラスへと走り出す。


「置き土産だよ」


 別れ際、後ろを振り向いたミスティンが一発の矢を放った。

 矢は突風と共に広間を駆け抜け、一人の敵兵を貫く。同時に巻き起こった衝撃が、数人の敵兵を転倒させた。

 整然としていた敵の隊列が、この一矢で崩れた。


「風の魔弓か。メリュー、お前の友達は優秀だな!」


 シグトラはその隙を見逃さず、敵へと駆け出した。メリューと亜人達も後ろに続く。

 ソロン達はその戦いを見届けることもなく、テラスの扉を押し開いた。


 外に出れば、ひんやりとした冬の冷気が伝わってきた。

 眼下には大都アムイの港町が広がっている。戦いの最中でなければ、眺めのよさに遠慮なく魅了されるところだったが。

 ソロン達にとっては、初めて見るドーマの首都である。本来なら、雲海から町の景色を見るはずだったのだ。


 深夜にも関わらず、町のあちこちには明かりが灯っていた。大勢の敵兵が松明(たいまつ)を掲げ、慌ただしく駆け回っているのだ。

 そして、遠くに(のぞ)む雲海からも、光が放たれていた。

 ジャコムと獣王――両軍の竜玉船が、視界を照らすために明かりを使っているのだ。

 最も大きな光は炎上する竜玉船だろうか。くれぐれもジャコム側の船でないことを祈るばかりだ。


 戦いの情勢は気になるが、ここから推し量れることは少ない。今は自分達の役目を果たす時だ。


「では、いきますよ」


 アルヴァは杖を高々と掲げ、雷を打ち上げた。

 闇夜を切り裂くまばゆい雷光が、星天へと届く。

 これを合図にして、太守ジャコムが総攻撃をしかけてくるはずだった。


「それじゃ、僕も」


 ソロンも刀から炎を放ち、前庭の木々を炎上させた。

 城から火の手を上げて、雲海に向かった獣王軍を翻弄(ほんろう)させる作戦である。

 事前にシグトラから了解を得て、炎上が拡大しない場所を狙っている。


 不要に自然を破壊するのは心が痛むが、背に腹は変えられない。敵を翻弄させねば、苦戦を強いられるのはジャコム達だ。見捨てる訳にはいかなかった。


「イノシシのおっさんが来るまでには、まだ時間があるな。そんじゃ、もうひと暴れしようぜ」


 グラットが今度こそ――とばかりに、城内を指差した。


「そうだね。でも、敵がどう動くかが難しいね。あっちに獣王がいるんだろうけど、雲海から城へと引き返してくるのか……。それとも戦力を割いて送ってくるだけなのか……」


 ソロンは城内へと(きびす)を返しながら言った。


「それに、そもそもの前提が先生の予想に()ってますから。獣王が城内に残っている可能性もありますよ」


 アルヴァは抜け目なく多種の可能性を考える。


「どっちでもいいんじゃない? 私達はこの奥にいる相手を倒すだけだよ」

「俺も同意だな」


 ミスティンが単純な結論を下し、グラットもそれに賛同した。

 相手が獣王だろうと、ハジンだろうと敵の要人なのに違いはない。アルヴァもそこには異論を挟まなかった。

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