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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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師との邂逅

「人間じゃないとは思ってたけどさ……。まさか、ドーマの偉い人だなんてね」


 元囚人達が武装するまで、束の間ではあるが暇ができた。地下牢の片隅で、ソロン達は話に講じていた。

 話題は必然的にシグトラのことになる。ソロンもアルヴァも、彼の実情をつかみかねていた。


 師匠シグトラは髪の色こそ違ったが、見た目は人間によく似ていた。けれど人間離れした能力を見て、亜人だとはソロンも思っていた。

 ……が、イドリスは亜人と人間が同居する国である。亜人だからといって、気にすることはなかった。


 アルヴァは頷いて。


「そうですね。私も、底知れない方だと思ってはいましたが……。あの方はソロンにとっても、先生だったわけですか」

「うん。僕達は師匠って呼んでたけどね。シグトラ師匠。僕や兄さんにナイゼル……みんなが教わった人なんだ」

「その話は、私も聞いた覚えがあります。三年前にふらっといなくなったのでしたね」


 下界の旅人として、ふらりとイドリスに居着いたシグトラ……。

 素性の知れない彼をソロンの父――イドリス王が雇ったのは、ひとえにその能力によるものだ。

 剣・魔法・兵法とあらゆる物事に精通していたシグトラは、(またた)く間に父の信頼を得たのだった。

 父は来るべきラグナイとの戦いに備え、高度な技術を子供達に吸収させるつもりだったのだろう。


 ソロンは昔から体格に劣り、気弱な性格だった。

 母のペネシアなどは、ソロンを武芸の道に進ませる気は全くなかったらしい。そのソロンがここまでの力を得たのは、シグトラの指導によるところが大きかった。

 だが、ふらりと現れたシグトラとの別れは、また唐突なものだった。ただ父へ別れの挨拶をした後、どこかへと去っていったのだ。


「そうなんだよ。それで君のほうは?」

「私のほうも以前、話した通りです。シューザー先生は六年前に帝都へやって来て、私に魔法を教えてくださったのです。帝都に来ていたお祖父様が、凄腕の魔道士を見つけたのが契機だそうですが……」

「帝国だと問題にならなかったの?」


 イドリスならともかく、帝国は亜人差別の根強い国である。


「当人は西方の小国から、やって来たとだけおっしゃっていました。フードをかぶって目立たぬようにもされていましたが、まあ人間としてありえない髪色でもないので……。何より、先生は貴族が大金をはたいてでも、雇いたくなる超一流の魔道士でしたから」


 青みがかった銀髪、尖った耳、紫の瞳……。人間としては間違いなく奇妙である。

 だが、遠目に見ただけでは、一般的な銀髪や黒の瞳との区別は難しい。フードに隠した上で、異国人と言い張れば通せないこともないだろう。

 ……全くもって、大胆不敵にも程があるが。


「なるほど。……でも、六年前って言ったら、師匠はイドリスにも来てたはずだけど……」


 もう一つ、不自然に思った箇所を、ソロンは指摘した。

 シグトラと初めて会ったのは今から六年半前、その頃から歳を取ったようには見えなかった。年齢のよく分からない人だとは思っていたが、銀竜族が長命だと知れば納得である。

 今の彼が老けたように見えたとしても、それは牢屋暮らしのせいだろう。


「それは単純にかけ持ちしていただけだ」


 すると当のシグトラがひょっこりと口を挟んだ。


「師匠、そっちはもういいのですか?」

「ああ、メリューに任せておいた。わざわざ俺がやるまでもないだろう。……で、今なら時間の許す限りは質問に答えてやるぞ」

「えっと。じゃあ……。六年前にどうやってアルヴァのところへ――」

「それはさっき答えたぞ。かけ持ちだ。イドリスから帝都まで、さほど時間がかかるわけではないからな」

「かけ持ち? そっか! 訓練がない日はどこに行ってるのかと思ってたら……」


 シグトラは毎日のように指導をしていたわけではない。何日かの指導をした後で、日にちを空けるのが常だった。


『次の指導までに復習しておけ。俺がいなくとも腕を磨くのを忘れるな。自ら考えぬ者に真の成長はない』


 などと、シグトラはもっともらしいことを言っていたが……。つまりは、その間に彼は帝都へ通っていたわけである。

 実際、イドリスから帝都まではわずか数日で到達できる。そのことはソロン自身が実証していた。

 しかし、記憶を当たれば不審な点はまだある。


「あれ、それにしても確か……。『病に冒されてお隠れになった』て、言ってなかったっけ?」


 気になったのは、アルヴァが過去にした発言だった。

 お隠れになった――とは通常、高貴な人間が亡くなったことを示す表現である。


「そうです。先生は病気を理由に帝都を去っていったのです。死に場所を探すとおっしゃって」

「それでお隠れになったってことか……。師匠、ウソをついていたんですか?」


 ソロンはシグトラを見上げて言った。お隠れ――とは、何ともまぎらわしい表現だ。


「まあそう言うな。オライバル陛下が私を強く引き止めたのでな。なんせ相手は皇帝で、俺は表向き一介の旅人だ。いざこざを避けるために仮病を使ってみた」


 仮病というあんまりな内容を、第三君子はあっさりと言った。


「はぁ……。確かにお父様も残念がっていらっしゃいましたよ。素性は分からぬが、あれは相当な人物だったと」


 悪びれないシグトラに、アルヴァは溜息をついた。


「――それで先生。シグトラとシューザーというどちらのお名前が正しいのですか? ひょっとして、どちらも偽名でしょうか」

「親からもらった名はシグトラだ。シューザーという名はメリューの母の姓だ。ドーマと帝国は関わりがあったからな。念のため素性は隠しておきたかった」


 逆を言えば、イドリスとドーマは関わりが薄いため、本名を名乗っても問題がなかったということだろう。


「分かりました」

 アルヴァは納得して。

「――それではもう一つ。そもそも、先生はなぜ私達の元へ来たのですか?」

「俺は第三君位継承者という気軽な身でな。どうせなら兄者達にできぬことをしようと思った。それで俺は下界の旅に出たのだ」

「だからって、ドーマからイドリスまで!? 気軽に行ける距離じゃないですよ!」


 思わずソロンは叫んだ。

 ドーマからイドリス……。恐ろしい程にかけ離れている。距離を計算する気力が起きないほどだ。


「確かに気軽ではないが、精々が五~六百里の距離だ。俺なら一ヶ月で十分に踏破できる。騒ぐほどでもあるまい」


 ちなみにイドリスの西端から東端までが、おおよそ百里である。十数日で歩くこともできるが、それは最低限の道が整備されているからだ。


「騒ぎますよ! ……ってか踏破って、歩いてきたんですか!?」

「もちろん、下界の大地を歩いてきたぞ。まあ、馬や竜にも何度か乗ったがな」

「じょ、冗談ですよね……?」


 あまりの豪胆さに、ソロンは唖然(あぜん)とした。さすがのアルヴァも、これには言葉を失っていた。


「冗談ではない。確かに下界は魔物も多いが、人が住む場所もそれなりにある。経路を選べば、さほどの危険はない。魔物や野盗には何度も襲われたが、魔法を見せれば怯えて逃げていく。しょせんはその程度だ」

「すっげえなあ……」


 グラットもただただ呆気に取られていた。


「とはいえ、全くの遊びというわけでもないぞ。ドーマという国家は、雲海によって世界から隔絶されている。そのドーマを他国とつなぐため、見込みある者を探していたのだ」

「つなぐため……ですか。それで、先生のお眼鏡に適った者はいましたか?」

「うむ」と、シグトラは重々しく首を振った。「最も見込みがあったのはアルヴァ、お前だ」

「私が……光栄です」


 アルヴァは控えめながら、嬉しそうな表情を見せた。

 アルヴァが褒められたぐらいで、はっきりと喜ぶのは珍しい。なんといっても、生まれつき飽きるほどに賞賛を浴びてきたのだから。

 そんな彼女ですら、シグトラは一目置いていた相手だ。評価されて悪い気はしなかったのだろう。


「師匠、ちなみに僕は?」


 なんとなく気になったので聞いてみる。

 イドリスにおける彼の弟子は、ソロンだけではない。サンドロスやナイゼルを含め何人かの弟子がいた。上界下界を問わず、それ以外にも弟子がいるかもしれない。


「お前? そうだな………………。うむ……二番目くらい……だな」


 泳いだ目で、師匠は言葉を濁しまくった。何も考えていなかったので、とりあえず二番目にしたという感じだ。


「そ、そうですか……」

「順位づけされるのって、結構へこむだろ。なっなっ!」


 と、グラットが仲間を見つけたかのように喜んでいた。過去、ミスティンに順位づけされたことを、いまだ根に持っているらしい。


「そうかなあ、私は別にどっちでもいいけど」


 当のミスティンは、どこ吹く風だったが。


「ま、まあでも、アルヴァが一番というのには納得してるし。兄さんやナイゼルより、僕のほうが見込みあるかっていうと、さすがに自信ないし……」


 ソロンが尊敬しているアルヴァはもちろんのこと。兄サンドロスにナイゼル――二人とも素晴らしい資質の持ち主なのは間違いなかった。

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