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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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第三君子

「へっ!?」


 ソロンは驚き、男の顔を見つめ直した。アルヴァも同じようにして、驚きを隠せないようだ。

 今回の遠征に当たって、ドーマの本国は二人を指名したという。前皇帝のアルヴァはともかくも、下界人たるソロンの名を知っているのは不自然だった。

 ひょっとして、その背景にはこの第三君子の意向が働いていたのだろうか。


 いや、問題はそれだけではない。

 彼の呼びかけは見知った者へのそれだ。初対面の相手にかける声ではない。ソロンの直感がそう告げていた。

 それに――この声には聞き覚えがあったのだ。


「うん、俺の顔を見忘れたか? そこまで老けたつもりはないのだがなあ……。まあ、牢屋暮らしでは仕方あるまいか」


 間違いない。


「シグトラ師匠!」「シューザー先生!」


 ソロンとアルヴァが別々の名前を同時に叫んだ。


「ど、どういうこと……?」「私にも……分かりません」


 お互いに顔を見合わせた。アルヴァは酷く困惑した顔をしていた。ソロンもきっと同じような顔をしていただろう。

 シューザーという名は、確かアルヴァに雷鳥の魔法を教えた人物のものだ。そしてシグトラとは、ソロンにとっての師匠――サンドロスやナイゼルと共に戦いを学んだ人物である。

 ソロンの師匠はアルヴァの先生――つまりはそういうことだろうか……。それにしても、矛盾があるように思えるが……。


「そう慌てるな、弟子達よ。事が終われば、後でいくらでも説明してやる。それよりこれを外せるか?」


 シグトラは不敵な笑みを浮かべ、手枷(てかせ)足枷(あしかせ)を揺らして見せた。

 仕方なくソロンとアルヴァは押し黙った。

 色々と尋ねたいことはあるが、今はそんな状況にないのも確かだ。何より父娘の対面に水を差すのも無粋な行為である。


「父様、すぐ外します。ミスティン、治療を頼めるか?」


 鍵束を持ったメリューが、慌てて枷を外しにかかる。


「あい!」


 元気よく返事をしたミスティンが、聖神石をかざしていく。


「すまんな。後ろから刺されたものでな、治療してもらえると助かる。……それで、お前達は下から来たのか?」


 その合間にも、シグトラは忙しく会話を続けた。『下』とはもちろん下界を指している。


「父様、よくお分かりですね」

「騒ぎにならず侵入できるとすれば、あそこぐらいのものだろう。だが、見張りもいたのではないか?」

「そうですが、騒ぎとなる前に始末しました。父様は何でもお見通しなのですね」


 父に向かって、メリューは尊敬の光を瞳にたぎらせた。


「違う、ハジンが裏切った。奴が獣王とザウラストを引き入れたのだ」

「伯父上が!?」


 ソロンにとっては他人事(ひとごと)だが、メリューは衝撃を受けているようだった。


「身内の裏切りですか……。隠し通路に見張りがいるのも当然ですね」


 アルヴァは同情の瞳で、親子を見やった。

 伯父に裏切られたのは、アルヴァも同じである。細かい指摘をすれば、あっちは叔父だが。


「すまん、俺の落ち度だ、獣王に対する警戒はしていたのだが、ハジンが裏切るとは想定外だった。愚兄なれど、俺にとっては家族だったのでな」

「父様のせいではありません。伯父上のことは伯父上のせいです」

「そうだな。だが、もう家族とは思わん」


 そして、シグトラを拘束する枷の全てが外れた。ミスティンも治療を終えたのか、後ろへとさがる。

 シグトラは驚くほどの勢いで立ち上がり、高らかに宣言した。


「――あいつは俺の総力を持って始末する。それが君族の責務というものだ」


 *


「さて、これからお前達はどうするつもりだ? まさか、元の道を引き返して、下界に戻る気ではあるまいな?」


 なまった体を動かしながら、シグトラが言った。


「いえ、父様。今はジャコムが外から攻撃をしかけています。ただ戦力差は明らかで、このままでは勝ち目も薄いでしょう」


 この地下牢までは、外の騒ぎも全く聞こえない。それでも、戦いは今も続いているはずだった。

 もっとも、本格的な戦闘はまだ始まっていない見込みだ。メリューの作戦によれば、今は牽制(けんせい)程度で留まっているはずである。


「そうか、ジャコムがやってくれたのか!? ということは、こちらも内側から突くのだな?」


 ほとんど決めつけるように、シグトラが言った。


「そうです。こちらが内部から騒ぎを起こし、敵を撹乱(かくらん)。そこにジャコムの軍が、総攻撃をかける計画になっています」

「よし、そうでないとな! ハジンと獣王、奴らに目にもの見せてくれよう! ふははは!」


 直前まで囚人だったとは思えない力強さで、シグトラは笑った。


「師匠、思ったより元気ですね……」

「何だソロン、ひょっとして怖いのか? お前、相変わらずだな」


 昔のように師匠が言って、大袈裟に溜息をついてくる。


「怖いと言えば怖いですが、覚悟はできてますよ。そうじゃなかったらここまで来ません」

「相変わらず真面目なヤツだな。……それで、お前達は何人で来たんだ?」

「ここには五人だけです。途中の洞窟に、ヤズーの息子――カズー率いる部隊を五十人ほど待たせています」


 その質問には、メリューが答えた。


「ほう、ヤズーに力を借りたか。だが、獣王に戦いを挑むには少ないな……」

「父様を助けるために忍んで来たのです。大勢は連れて歩けませんでした。それに、この場にいる四人は百騎に値する精鋭です。実力は私が保証しましょう」

「分かっている。保証も何も二人は俺が仕込んだからな。だが、数は欲しい。ここの牢には俺の部下だった奴らも混ざっている」

「承知です。解放すればよいのですね」


 メリューは頷き、鍵束(かぎたば)を持って、飛び出した。


「おっと、単なる犯罪者まで解放するなよ。まずは知ってる顔からだ」


 シグトラはメリューを慌てて追いかける。しっかりした足取りで、弱ってはなさそうだった。いや、弱っているかもしれないが、元々が強靭(きょうじん)過ぎるのかもしれない。


 *


 シグトラとメリューは見知った部下達を解放していった。もっとも彼らにしても、全ての部下を覚えているわけではない。

 そこで解放した部下に確認を取りながら、連鎖的に囚人を解放していった。カギは一つしかないため、意外と時間のかかる作業である。

 ケガをしている者については、ミスティンが治療を(ほどこ)していく。あまりにケガが酷い者は戦力にはできないが、放っておくわけにもいかない。


「父様、カズー隊の者達を連れてきます」

「分かった。解放はこちらでやっておこう」


 そうして、メリューは城内を引き返した。ソロンとアルヴァも護衛としてそれに同行する。

 ミスティンは引き続き治療に専念。

 グラットも変わらず地下牢を守ってもらった。なんせ、屈強な男達が数多くいても、武器はおろか服も粗末な物でしかない。この状態で敵兵に見つかっては、身を守るのも難しかった。


 カズー隊の面々は、君家(くんけ)の墓で退屈そうにこちらを待っていた。

 シグトラの救出をメリューが伝えれば、彼らは大きな声で騒ぎ出す。シグトラの名声は下界人の彼らにとっても、相当なものらしい。

 メリューは騒ぐ彼らをなだめながら、地下牢に戻ったのだった。

 牢に戻る途中、見回りの敵兵と出くわしたが、これも倒して身ぐるみを()がしておいた。


 牢に戻った時には、シグトラの手によって多くの囚人が解放されていた。

 カズー隊と合わせて、屈強な亜人達が狭い地下牢にひしめき合っていく。それも人間と違って、毛皮のモサモサした者達だ。なかなか暑苦しい眺めである。今が冬でよかった。


「ご苦労だったな。すまんが、武器が欲しい。倉庫から持って来てくれるか?」


 メリューの顔を見るなり、シグトラが言った。

 娘使いの荒いことであるが、メリューは嫌がりもせずに働いた。カズー隊の者達を連れて、武器防具の運搬をしていく。もちろん、ソロン達も力を合わせて協力する。


 解放された囚人達は、合計して数百人にもなりそうだ。

 カズー隊と合わせれば、一大勢力となりうる。あまりに数が多いため、一部はそのまま牢屋の中で待機してもらっている。

 騒々しいことこの上なく、分厚い壁と扉がなければ、まもなく敵に気づかれていただろう。そういう意味では、偶然とはいえ地下牢を仮の拠点にできたのは幸運だった。


 倉庫から運び入れた武装を、元囚人達が順次装着していく。

 その合間にソロン達も変装を解いて、元の服装へ戻した。これ以降は隠密行動の必要はない。戦いやすい服装が一番なのだ。


「これも悪くはないが……。やはり、俺の刀には遠く及ばんな」


 武装を身にまとったシグトラは、手にした刀を不満そうに見やった。


「そう言えば師匠、あの刀はどうしたんですか?」


 シグトラがイドリスにいた頃、彼はソロンと同じような魔刀を得物(えもの)としていた。……というよりも、ソロンが師を真似た刀を鍛冶師に発注したのだが。


「ハジンにやられた時までは持っていたが、その先は分からん。あいつに没収されたのかもしれん」

「そ、そのハジンって人は、師匠に勝つほどの相手なんですか……!?」


 だとしたら、シグトラの兄というだけのことはある。そんな相手を敵にしては、ただでは済まないだろう。


「馬鹿者!」

 シグトラの叱責が飛んだ。

「――誰があんな奴に遅れを取るか! 味方と信じていた奴に背中を刺されたというだけだ!」


 どうやら、誇り高いシグトラの逆鱗(げきりん)に触れたようだった。


「そうだぞ、ソロン。父様にかかれば、伯父上など秒殺だ。侮辱(ぶじょく)も程々にするがよい」


 ついでにメリューも噛みついてくる。安定のファザコン振りだった。


「ご、ごめんなさい。師匠が負けるはずないですよね……」


 二人に気圧されたソロンは、とりあえず謝ることにした。何にせよ、ハジンが強敵でないならありがたい。


「分かればよいのだ。ともかく、ハジンは大した相手ではない。その点、獣王のほうがよほど厄介だ。奴らの国は武力至上主義――王族の中で最も武勇に優れる者を、王に選出してきた歴史がある」

「知力よりも武力というわけですか……。野蛮なことですね」

「アルヴァ、だからといって侮ってよい相手ではないぞ。当然のように相手を見下すのは、お前の悪いクセだ。気を引き締めて戦え」

「そんなつもりはありませんが……。分かりました、決して油断はしません」


 師からの叱咤に、アルヴァは素直に身を引き締めた。


「師匠、この人数で勝てると思いますか?」


 戦いに先立って、ソロンはシグトラに尋ねた。


「さあな、だがすぐに鎮圧される人数でもない。ジャコムに対抗するため、獣王は港へ兵を向けざるをえん。城内は手薄になっているはずだ」

「獣王とハジン――敵の首魁(しゅかい)は城内にいるとお考えですか?」


 アルヴァの質問に、シグトラは考え込んでから答える。


「俺もそれを考えていた。獣王の性格なら、自ら軍を率いてジャコムに当たるだろう。だが、ハジンは城に留まっているかもな」

「なるほど、既に敵は分断されているとお考えですか」

「断言はできん。だが、ハジンと獣王が、そこまで仲が良いとは考えにくい。少なくとも、一致団結して向ってくることはないだろう。付け入る隙があるとすればそこだな」

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