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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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父を求めて

 メリューが自信に満ちた足取りで先導してくれる。ここまで来れば、もはや彼女の庭といってもよさそうだ。

 メリューが予想した通り、道中に見張りの気配はなかった。だが、牢屋には深夜であろうと、見張りがいるという。第三君子のような要人ならば、まず間違いなく厳重に監視されているだろう。


「牢屋はこの先だ」


 やがて、メリューは一つの扉を指差した。


「カギはかかっていませんか?」

「音漏れを防ぐための扉だ。普段はカギをかけていないはずだが……」


 メリューは反射的に取っ手を握ろうとした。


「待って」


 ……が、それをミスティンがつかんで止める。

 取っ手を動かせば、扉の内側で音が鳴る。持ち前の勘で、ミスティンはその危険を察知したらしい。


「む、すまぬ……」


 メリューも素直に引き下がる。迂闊(うかつ)な行動だったと、当人も悟ったようだ。目標が近づき、気が()いていたのだろう。

 ミスティンは鍵穴を覗き込み、じっと見つめた。


「あいてる」


 それだけ言って、ミスティンは親指を立てた。

 メリューは頷き、(ふところ)から小刀を抜き放った。


「征圧する。心構えはできているな?」


 四人へと声をかけ、覚悟を迫る。

 戦いは避けられない。外に気づかれないよう牢番を始末する――それができうる限りで最善の手段だった。

 幸い、今回の征圧対象は牢屋である。場所は隔絶されている上に、分厚い壁で音も漏れにくい。

 四人も武器を抜き放ち、戦いの覚悟を示した。


 そして――メリューは扉を開き、その中へと飛び込んだ。

 後ろのソロン達も、速やかに扉の中へと駆け込む。

 最後尾にいたミスティンが、扉を抜かりなく閉めた。外部への音漏れは防ぎたかったのだ。


「―――!?」


 突然の事態に、牢番達が声を上げた。ドーマ語は分からないが、呆然と意味のない言葉を発したのだと予想がつく。

 ソロンの視界に入った牢番は三人。

 彼らはテーブルを囲んで、話に講じていたようだった。侵入者があろうとは、欠片も思っていなかったのだろう。


 犬の亜人は剣を取ろうとしたが、その時メリューの瞳が輝いた。剣はあらぬ方向に飛んでいき、床へ落下した。

 宙をつかんだ亜人の腹へ、グラットの槍が炸裂する。胸当てをしてはいたが衝撃は殺せない。亜人は吹き飛び、悶絶(もんぜつ)して倒れ込んだ。


「―――――」「―――――――――――――」


 残った二人の亜人は賢明だった。武器を取りもせず手を挙げて、降伏の意を示したのだった。

 それも無理はない。

 既に状況は五対二。一人は念動魔法の使い手で、一人は怪力の持ち主である。場所が密閉された地下牢では、逃げることは愚か、助けを呼ぶのもままならなかった。


「何だ、もう終わりか?」


 グラットは槍を二人へと突きつけ、物足りないとばかりに言った。


「息の根を止めたほうが安全だが、どうしたものかな」


 メリューは値踏みするように、降伏する二人と倒れた一人を見やった。


「降参してるみたいだし、殺さなくてもいいと思うけど……。ここなら、逃げられないだろうし……」


 目的のために人を殺す覚悟はできている。それでも、避けられるならば避けたかった。

 幸いにして、先程とは敵兵との位置関係が異なる。入口側をこちらが封鎖していれば、逃げられる心配はないだろう。


「そうですね。この場所ならば、ちょうど閉じ込める場所にも困りませんし」


 そんなソロンの心中を(おもんばか)ってか、アルヴァが賛同してくれた。


「了解だ。私だって別に殺したいわけではない。敵であろうとも、同胞に変わりないからな。……グラット、殺してはいないな?」

「してねえよ。わざわざ腹を狙ってやったからな」

「ああ、かたじけない。ミスティン、そなた治療ができるのだったな?」

「ん、任せて」


 ミスティンはすぐにその意図を理解し、倒れた犬の亜人へと近づいた。念のため、ソロンが彼女のそばに立って護衛する。


「外して」


 ミスティンが亜人の胸当てを指差した。

 ソロンは彼の胸当てを外し、服をまくり上げる。毛皮に隠れて分かりにくいが、酷い怪我ではなさそうだ。


「――大丈夫、すぐ終わる」


 ミスティンは(ふところ)から聖神石(せいしんせき)を取り出し、患部へとかざした。放たれた淡い光を浴びて、亜人の表情がやわらいでいく。

 その間にも、メリューは二人の牢番をにらみつけ、


「―――――、―――――――」


 低く鋭い声を投げかけた。

 牢番達は子供のように小さな相手を前にして、かわいそうなほど顔を青ざめさせた。さらには、自らメリューへと鍵束(かぎたば)を引き渡し、牢屋へと入っていく。


「終わったよ」


 そう言うなり、ミスティンは聖神石を懐に戻した。


「――――」


 倒れた亜人がミスティンに目を合わせ、声を発した。恐らくはお礼の言葉だろう。

 彼はよろよろと起き上がり、他の牢番と同じ牢屋へと入っていった。

 彼らの姿はどこか、荷馬車に積まれていく子牛のように哀れだった。殺さなくてよかった――と、ソロンは改めて思った。


「素直でよろしいぞ。城を取り戻した(あかつき)には、情状酌量にしてやってもよいかもな」


 そう言って、メリューは鉄格子のカギを閉めた。彼らを牢屋へと閉じ込めたのだった。


「時間が経てば、交替の牢番が来るかもしれません、急ぎましょう」

「んじゃ、俺はこっちを見張ってるぜ。足音がしたら、すぐ声をかける」


 グラットが入口の扉へと引き返し、張りついた。


「頼む。我らは父様を探すとしよう」


 メリューは改めて目的を口にし、歩き出した。その後にソロンも続く。

 地下牢の奥行きは深く、鉄格子の扉が数多く並んでいた。

 一つ一つの牢屋の中にも、かなりの人数が詰め込まれているらしい。恐らくは百や二百に留まらないだろう。


 牢屋とは言っても、一目で中の囚人を確認できるわけではない。

 鉄格子になっているのは扉部分だけで、それ以外は岩壁で隠されている。鉄格子を覗き込まねば、囚人の姿を見ることは叶わなかった。


「――――!?」「――――!」


 先程の戦いの音が聞こえたのだろうか、鉄格子の中からざわめく声が聞こえてくる。何が起こったのか分からず、不安になっているのかもしれない。

 メリューが手近な鉄格子を覗き込んだ。

 そうして、次から次へと他の鉄格子を覗いていくが、なかなか父は見つからないようだった。


「僕達も手伝えないかな?」

「そうは言っても、相手は顔も知らぬ人物ですから。もどかしいですが、任せるしかありません……」

「あ、でも、銀竜族かどうかぐらいは分かるかも。駄目元で見てみようか?」

「ふむ、そうですね。それらしい方がいれば、声をかけてみましょう」


 アルヴァと二人でそんな相談をしていると、


「父様、父様! 助けに参りました!」


 メリューが声を張り上げ、姿の見えない父へと呼びかけた。一つ一つ確認をする中で、ついには(しび)れを切らしたらしい。


「大丈夫かな?」


 牢屋に響く大声に、ソロンは冷や汗をかいた。つい不安を口にしてしまう。


「大丈夫でしょう。遠くまで声が漏れるとも思えませんし。しかし、こういう時にも帝国語を使うのですね」

「ああ、言われてみれば」


 メリューの呼びかけが帝国語なのは、他の囚人へ聞こえないようにするためだろうか? だとすれば、彼女の父も帝国語に精通しているということになるが……。


「メリューはここです! 生きていれば、お返事を!」


 メリューは廊下の奥へと足を運びながら、なおも声を張り上げた。


「――!?」「―――――――――?」


 その声に反応してか、鉄格子の中が一層とざわめき出す。謎の言語で叫ぶメリューの姿が、囚人達には奇妙に映っていることだろう。

 それでも、(かんば)しい反応はなかった。


「いないのかなあ……?」


 ミスティンが心配そうにささやいた。


「どこかに移された可能性や、情報が間違っていた可能性も考えられます。あるいは、声が聞こえない状態にされているかも……」


 三人の脳裏に悪い予感が浮かんでくる。

 今回の救出劇が徒労に終わった場合、メリューはとても落胆するだろう。

 実年齢は上だといっても、見た目上は幼さを残した少女だ。そんな痛ましい事態は見たくなかった。


「父様!」


 メリューは諦めずに叫び続けた。


「メリュー……!」


 その時、廊下の奥から彼女の名前を呼ぶ声が返ってきた。弱々しいが、なぜだかはっきりと聞こえる男の声だった。

 メリューは駆け足になって、そちらへと向かっていく。三人も急いでその後を追いかける。


 目的の牢屋を見つけるや、メリューはカギを乱暴に開いた。

 アルヴァの胸元に光る蛍光石が、銀髪の男を映し出す。まぶしそうに紫色の瞳を細める男の姿は、意外なほど若々しく、気品に満ちていた。


 彼の手足には(かせ)がはめられおり、痛めつけられた傷跡が見られる。体の自由はほとんど利かないようだった。

 やつれてはいるようだが、不思議と身奇麗(みぎれい)だ。ヒゲが伸びていないのは、手入を許可されていたためか、それとも銀竜の体質だろうか。


「父様!」


 メリューは泣き出さんばかりに、父へと駆け寄った。


「メリュー、よくぞ来てくれた。さすがにこいつはきつくてな。いい加減、嫌気が差していたところだ」


 男は流暢(りゅうちょう)な帝国語を話した。

 帝国人の妻を持ち、帝国との融和を図った男……。そういった背景を考えれば、帝国語の使用にも不思議はない。ソロンはそう思ったが――


「――そっちの二人はアルヴァにソロンか……?」


 思いがけず、男に呼びかけられた。

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