父を求めて
メリューが自信に満ちた足取りで先導してくれる。ここまで来れば、もはや彼女の庭といってもよさそうだ。
メリューが予想した通り、道中に見張りの気配はなかった。だが、牢屋には深夜であろうと、見張りがいるという。第三君子のような要人ならば、まず間違いなく厳重に監視されているだろう。
「牢屋はこの先だ」
やがて、メリューは一つの扉を指差した。
「カギはかかっていませんか?」
「音漏れを防ぐための扉だ。普段はカギをかけていないはずだが……」
メリューは反射的に取っ手を握ろうとした。
「待って」
……が、それをミスティンがつかんで止める。
取っ手を動かせば、扉の内側で音が鳴る。持ち前の勘で、ミスティンはその危険を察知したらしい。
「む、すまぬ……」
メリューも素直に引き下がる。迂闊な行動だったと、当人も悟ったようだ。目標が近づき、気が急いていたのだろう。
ミスティンは鍵穴を覗き込み、じっと見つめた。
「あいてる」
それだけ言って、ミスティンは親指を立てた。
メリューは頷き、懐から小刀を抜き放った。
「征圧する。心構えはできているな?」
四人へと声をかけ、覚悟を迫る。
戦いは避けられない。外に気づかれないよう牢番を始末する――それができうる限りで最善の手段だった。
幸い、今回の征圧対象は牢屋である。場所は隔絶されている上に、分厚い壁で音も漏れにくい。
四人も武器を抜き放ち、戦いの覚悟を示した。
そして――メリューは扉を開き、その中へと飛び込んだ。
後ろのソロン達も、速やかに扉の中へと駆け込む。
最後尾にいたミスティンが、扉を抜かりなく閉めた。外部への音漏れは防ぎたかったのだ。
「―――!?」
突然の事態に、牢番達が声を上げた。ドーマ語は分からないが、呆然と意味のない言葉を発したのだと予想がつく。
ソロンの視界に入った牢番は三人。
彼らはテーブルを囲んで、話に講じていたようだった。侵入者があろうとは、欠片も思っていなかったのだろう。
犬の亜人は剣を取ろうとしたが、その時メリューの瞳が輝いた。剣はあらぬ方向に飛んでいき、床へ落下した。
宙をつかんだ亜人の腹へ、グラットの槍が炸裂する。胸当てをしてはいたが衝撃は殺せない。亜人は吹き飛び、悶絶して倒れ込んだ。
「―――――」「―――――――――――――」
残った二人の亜人は賢明だった。武器を取りもせず手を挙げて、降伏の意を示したのだった。
それも無理はない。
既に状況は五対二。一人は念動魔法の使い手で、一人は怪力の持ち主である。場所が密閉された地下牢では、逃げることは愚か、助けを呼ぶのもままならなかった。
「何だ、もう終わりか?」
グラットは槍を二人へと突きつけ、物足りないとばかりに言った。
「息の根を止めたほうが安全だが、どうしたものかな」
メリューは値踏みするように、降伏する二人と倒れた一人を見やった。
「降参してるみたいだし、殺さなくてもいいと思うけど……。ここなら、逃げられないだろうし……」
目的のために人を殺す覚悟はできている。それでも、避けられるならば避けたかった。
幸いにして、先程とは敵兵との位置関係が異なる。入口側をこちらが封鎖していれば、逃げられる心配はないだろう。
「そうですね。この場所ならば、ちょうど閉じ込める場所にも困りませんし」
そんなソロンの心中を慮ってか、アルヴァが賛同してくれた。
「了解だ。私だって別に殺したいわけではない。敵であろうとも、同胞に変わりないからな。……グラット、殺してはいないな?」
「してねえよ。わざわざ腹を狙ってやったからな」
「ああ、かたじけない。ミスティン、そなた治療ができるのだったな?」
「ん、任せて」
ミスティンはすぐにその意図を理解し、倒れた犬の亜人へと近づいた。念のため、ソロンが彼女のそばに立って護衛する。
「外して」
ミスティンが亜人の胸当てを指差した。
ソロンは彼の胸当てを外し、服をまくり上げる。毛皮に隠れて分かりにくいが、酷い怪我ではなさそうだ。
「――大丈夫、すぐ終わる」
ミスティンは懐から聖神石を取り出し、患部へとかざした。放たれた淡い光を浴びて、亜人の表情がやわらいでいく。
その間にも、メリューは二人の牢番をにらみつけ、
「―――――、―――――――」
低く鋭い声を投げかけた。
牢番達は子供のように小さな相手を前にして、かわいそうなほど顔を青ざめさせた。さらには、自らメリューへと鍵束を引き渡し、牢屋へと入っていく。
「終わったよ」
そう言うなり、ミスティンは聖神石を懐に戻した。
「――――」
倒れた亜人がミスティンに目を合わせ、声を発した。恐らくはお礼の言葉だろう。
彼はよろよろと起き上がり、他の牢番と同じ牢屋へと入っていった。
彼らの姿はどこか、荷馬車に積まれていく子牛のように哀れだった。殺さなくてよかった――と、ソロンは改めて思った。
「素直でよろしいぞ。城を取り戻した暁には、情状酌量にしてやってもよいかもな」
そう言って、メリューは鉄格子のカギを閉めた。彼らを牢屋へと閉じ込めたのだった。
「時間が経てば、交替の牢番が来るかもしれません、急ぎましょう」
「んじゃ、俺はこっちを見張ってるぜ。足音がしたら、すぐ声をかける」
グラットが入口の扉へと引き返し、張りついた。
「頼む。我らは父様を探すとしよう」
メリューは改めて目的を口にし、歩き出した。その後にソロンも続く。
地下牢の奥行きは深く、鉄格子の扉が数多く並んでいた。
一つ一つの牢屋の中にも、かなりの人数が詰め込まれているらしい。恐らくは百や二百に留まらないだろう。
牢屋とは言っても、一目で中の囚人を確認できるわけではない。
鉄格子になっているのは扉部分だけで、それ以外は岩壁で隠されている。鉄格子を覗き込まねば、囚人の姿を見ることは叶わなかった。
「――――!?」「――――!」
先程の戦いの音が聞こえたのだろうか、鉄格子の中からざわめく声が聞こえてくる。何が起こったのか分からず、不安になっているのかもしれない。
メリューが手近な鉄格子を覗き込んだ。
そうして、次から次へと他の鉄格子を覗いていくが、なかなか父は見つからないようだった。
「僕達も手伝えないかな?」
「そうは言っても、相手は顔も知らぬ人物ですから。もどかしいですが、任せるしかありません……」
「あ、でも、銀竜族かどうかぐらいは分かるかも。駄目元で見てみようか?」
「ふむ、そうですね。それらしい方がいれば、声をかけてみましょう」
アルヴァと二人でそんな相談をしていると、
「父様、父様! 助けに参りました!」
メリューが声を張り上げ、姿の見えない父へと呼びかけた。一つ一つ確認をする中で、ついには痺れを切らしたらしい。
「大丈夫かな?」
牢屋に響く大声に、ソロンは冷や汗をかいた。つい不安を口にしてしまう。
「大丈夫でしょう。遠くまで声が漏れるとも思えませんし。しかし、こういう時にも帝国語を使うのですね」
「ああ、言われてみれば」
メリューの呼びかけが帝国語なのは、他の囚人へ聞こえないようにするためだろうか? だとすれば、彼女の父も帝国語に精通しているということになるが……。
「メリューはここです! 生きていれば、お返事を!」
メリューは廊下の奥へと足を運びながら、なおも声を張り上げた。
「――!?」「―――――――――?」
その声に反応してか、鉄格子の中が一層とざわめき出す。謎の言語で叫ぶメリューの姿が、囚人達には奇妙に映っていることだろう。
それでも、芳しい反応はなかった。
「いないのかなあ……?」
ミスティンが心配そうにささやいた。
「どこかに移された可能性や、情報が間違っていた可能性も考えられます。あるいは、声が聞こえない状態にされているかも……」
三人の脳裏に悪い予感が浮かんでくる。
今回の救出劇が徒労に終わった場合、メリューはとても落胆するだろう。
実年齢は上だといっても、見た目上は幼さを残した少女だ。そんな痛ましい事態は見たくなかった。
「父様!」
メリューは諦めずに叫び続けた。
「メリュー……!」
その時、廊下の奥から彼女の名前を呼ぶ声が返ってきた。弱々しいが、なぜだかはっきりと聞こえる男の声だった。
メリューは駆け足になって、そちらへと向かっていく。三人も急いでその後を追いかける。
目的の牢屋を見つけるや、メリューはカギを乱暴に開いた。
アルヴァの胸元に光る蛍光石が、銀髪の男を映し出す。まぶしそうに紫色の瞳を細める男の姿は、意外なほど若々しく、気品に満ちていた。
彼の手足には枷がはめられおり、痛めつけられた傷跡が見られる。体の自由はほとんど利かないようだった。
やつれてはいるようだが、不思議と身奇麗だ。ヒゲが伸びていないのは、手入を許可されていたためか、それとも銀竜の体質だろうか。
「父様!」
メリューは泣き出さんばかりに、父へと駆け寄った。
「メリュー、よくぞ来てくれた。さすがにこいつはきつくてな。いい加減、嫌気が差していたところだ」
男は流暢な帝国語を話した。
帝国人の妻を持ち、帝国との融和を図った男……。そういった背景を考えれば、帝国語の使用にも不思議はない。ソロンはそう思ったが――
「――そっちの二人はアルヴァにソロンか……?」
思いがけず、男に呼びかけられた。