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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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上界の底

 気の遠くなるような高い塔を登り切り、五人は上界へ突入した。

 螺旋(らせん)階段を登った先に広がっていたのは、狭苦しい岩の洞窟だった。

 壁や天井が崩れるのを防ぐためか、人工的な補強が所々に成されている。どことなく鉱山の中を思わせる雰囲気だ。


 洞窟の中を五人は静かに進んでいった。

 相変わらず明かりはないため、グラットのランプとアルヴァの蛍光石だけが光源だった。

 狭くなったり広くなったりと、通路の大きさが一定しない。硬い岩盤を迂回(うかい)するように、通路を作ったせいだろうか。


「くそ、低いな……」


 頭を天井にぶつけて、グラットが悪態をついた。


「私は平気だぞ」


 それに対して、メリューはとぼけた返事をする。


「そりゃ、お前の背丈なら大丈夫だろうがよ」


 洞窟の天井は、ちょうどソロンの身長と同程度になっていた。

 ソロンは少しかがむだけで済むが、グラットにとっては窮屈(きゅうくつ)極まりない。もちろん、メリューにとっては何の苦労もない高さだった。


「まだ城には着かないんだね?」


 ソロンはメリューへ視線を向けた。


「それはそうだ。まだ、塔を登り切ったばかりだぞ。ここは上界の底に過ぎん。土竜(どりゅう)族が掘った通路をたどって、城の地下まで進むのだ」


 土竜族というのは、モグラ姿の亜人のことらしい。スエズアや竜骨の町でも見かけた覚えがある。


「モグラさん達が頑張って掘ったんだね。それで、どっちに行けばいい?」


 二つに枝分かれした道を見て、ミスティンが聞いた。困ったことに、この洞窟は一本道ではないようだ。


「道はこっちだったと思うのだが……」


 自信なさげにメリューが左側の通路を見やった。


「おい、覚えてねえのかよ」

「仕方なかろう。君族(くんぞく)の義務で避難経路の確認はしたが、それも一度きり。もう十何年も前だ」

「せめて余計な道はふさいどけよ。(まぎ)らわしいじゃねえか」

「いや、いざという時の避難経路である以上、多少の複雑さは必要だ。万が一、追手に入り込まれた時を考慮してだな――」

「なんつーかお前って……案外ダメな子だな」

「ぬぐ……」


 グラットの容赦ない攻撃に、メリューは泣きそうな顔になっていた。


「やめなよ」

「あぐっ!」


 ミスティンはグラットの頭をポカンと叩いた。


「いいのだ……。しょせん私はただの小娘だ……」


 ついにメリューは自虐的になった。ああ見えて、意外と打たれ弱かったらしい。


「はぁ……そんなことより、先に進みましょう。分からないなら分からないで結構。どこかに目印をつけておけば、遭難もしないでしょう」


 しびれを切らしたのか、アルヴァが動いた。藍色(あいいろ)(かばん)から短剣を取り出し、壁に矢印を刻む。


「む……そうだな」と、メリューも賛同する。「だが、それではカズー達が気づかぬかもしれん。私がいい物を持っている」


 そう言ってメリューは、グラットの背負う大きな(かばん)へと手を突っ込んだ。


「んん? 何があるんだ?」


 グラットは怪訝(けげん)な声を出しながらも、メリューが取りやすいように背をかがめる。

 中から取り出されたのは、液体の入ったビンだった。蛍光石に照らされた液体は白く濁っている。


「なにそれ?」

「魔光ゴケを溶かして作った塗料だ」


 首を(かし)げたミスティンに、メリューが答えた。


「お前、変なモンを俺の荷物に突っ込むなよ……。妙に重かったのは、お前が詰め込んだせいだな」


 グラットの抗議を黙殺し、メリューはビンのフタを開いた。続いて、ビンに付属した筆を液体にひたしていく。

 そうして、アルヴァがつけた矢印の上から、塗料でなぞった。


「それでどうなるの?」


 ミスティンはまだ不思議そうな目でメリューを見ている。


「こうなる」


 メリューが目を見開き、視線を矢印へと向けた。

 すると、矢印が緑色の燐光を放ち始めた。遠くからでもはっきり見える立派な矢印だった。


「おー!」


 ミスティンが拍手でそれに応えた。まるで奇術師とその観客である。


「魔光ゴケは魔力に反応し、光を放つ性質を持っている。数日は目印として機能するはずだ」


 メリューは得意気になって説明していた。


「よし! じゃあ、行こうか」


 メリューが気を取り直したようなので、ここぞとばかりにソロンは歩き出した。燐光を放つ矢印の指す方向へ。


「予定では地下牢の近くへ通じているのでしたね」


 アルヴァも追随(ついずい)しながら、メリューに尋ねる。


「ああ、地下倉庫へつながっているはずだ。そこまで行けば、父様の捕まる地下牢もすぐだろう」


 *


「ここは上だ。間違いない」


 メリューは上へと登るハシゴを指差して断定した。


「そりゃそうだよな」


 それにグラットは淡泊な反応を返す。

 ここは上界の底で、目的地は城の地下である。当然ながら、目指すは地上の方向だった。

 分岐がある度に、メリューが魔光ゴケの矢印をつけていく。方向が正確かは怪しいところだが、少なくとも後続と(はぐ)れない効果はあった。


 そうやって、傾斜やハシゴを上に進んでいくこと半時間。

 塔の螺旋階段のような単調さはないが、複雑な通路に不安が湧いてくる。間違いなく地上へと近づいているはずだが、見当違いの場所に出てしまわないだろうか。


「メリュー殿下、何か目印などはありませんか? 城内との対応が分かれば、進む方角にも目安がつくでしょうから」

「それなら心配いらん。かなり近づいているぞ。ここだ、この先が君家(くんけ)の地下墓地だ」


 そう言って、メリューは壁に向かって直進していった。今までよりも自信のある歩みだ。

 そうして、岩壁へ当てた手にグッと力を入れる。

 岩壁が鈍い音を立てながら、滑って開いていく。どうやら、目立たぬよう岩戸になっていたらしい。

 メリューの言に誤りはなく、岩戸の先に数多くの(ひつぎ)があった。


「墓地? こんな所に墓地があるんだ」


 不思議に思って、ソロンが尋ねる。


「いや、ここにあるのは罪人の墓だ。君家の中でも、不名誉を買った者達だけが秘密裏に埋葬されている。正式な墓はもっと景観の良い島にあるし、墓守だっている」

「へえ~」


 家系に歴史があれば、何人かの罪人は生まれる。正規の君家と同じ墓にはできないが、されど粗末にもしたくない。複雑な配慮が読み取れる場所であった。

 メリューは立ち止まらず、棺の合間を縫うように通り過ぎていく。さらには、反対側にあった岩戸をこじ開けた。

 アルヴァがすたすたとその奥へ進もうとするが。


「いや待て」


 メリューがそれを呼び止めた。

 さらには(かばん)を開き、紙と羽ペンを取り出す。次に(かばん)を下敷きにして、文章を書き始めた。ドーマ語は分からないが、文字に乱れはなく、達筆なのは分かった。


「こんなところで日記かよ」


 グラットが(いぶか)しげに見ていたが。


「誰が日記などを書くか。カズー隊への連絡に決まっておろう。無節操に突入されて、敵に察知されても困るからな。あやつらには、ひとまずこの場所で待機してもらう」


 カズー達は、メリューの十数分後に塔を登り出すよう指示されていた。今、彼らも塔の上部まで来ているはずだった。

 五人が城内に潜入し、先んじて状況を確認する予定である。その後、状況に応じて、カズー隊を引き入れることになっていた。


「おお、そういやそうだったな」


 と、グラットも説明にすんなり納得した。

 連絡を書き終わったらしく、メリューは岩壁の目立つ場所に紙を差し込んだ。さらには、これみよがしに例の塗料を塗って強調しておくのも忘れない。


「完璧だ」


 メリュー殿下はご満悦の(てい)だった。

 もっとも、墓地で待たされるカズー隊の皆は、よい気分ではないかもしれない。ただ、ここ以外に手頃な広さがある部屋がないのも確かだった。


「――後は道なりに少し進めば、城の地下に出るはずだが……。さて、ジャコムはもう動き出しているであろうか」


 計画では既に、ジャコムが正面から戦をしかけているはずだった。そうして、城内の敵をおびき寄せた隙に、ソロン達が侵入する手はずになっている。


「う~ん、分からないね。ここからじゃ何も聞こえてこないし」


 ミスティンは耳を澄ましてみせたが、成果はないようだった。



「!? ……待て」


 突如、先頭を進んでいたメリューが何かに気づいた。

 場所は曲がり角の手前。

 彼女は小さな声と手振りで、こちらに警戒をうながした。


「――音を立てるな、明かりを隠せ」


 メリューの指示に従って、グラットがランプを岩陰に置く。さらにはマントで光を覆い隠した。アルヴァも蛍光石を(ふところ)に隠す。


「……どうしたの?」


 ソロンが小声で問いかける。


「音がした。人の気配がある」


 その言葉に弛緩(しかん)していた一同の緊張が高まった。

 出発した時こそ緊張していたものの、道中の数時間は魔物との戦いも何もなかった。気が(ゆる)むのも当然である。


 だがいよいよ、ここからは敵地へ突入するのだ。

 メリューは着物が汚れるのも構わず、床に()いつくばった。わずかに頭を出して、曲がり角の向こうを(うかが)う。

 しばらくすると、メリューは戻ってきて、


「いる……。見張りの兵が五人。三十歩の距離。どうもアムイ軍の正規兵のように見えるが……?」


 困惑した様子で、そんなことを言い出した。


「どういうこと?」


 ひょっとして、敵ではないのだろうか……?


「分からん……。少なくとも獣王の手下には見えんな。私が話しかけてみよう。そなたらも武器を抜いて続いてくれ」

「了解」


 ソロンも応じて、刀を抜き放った。

 メリューはゆっくりと足音を立てて、前に出た。ソロン達四人も彼女を守るように、後ろへ続く。


「――――!」


 三十歩の距離にいた敵兵が、驚いた様子で声を上げた。大柄な姿をしたクマの亜人のようだ。ドーマ語なので、何を言っているかは分からない。


「――――――メリュー。――――」


 相対するメリューは、落ち着いた声で話し出した。まずは名乗りを上げることから始めたようだ。

 ところが、狼の亜人が突如弩弓(どきゅう)を構えた。


「ふんっ、敵のようだな」


 メリューが鼻で笑うと共に、その瞳が光った。

 メリューに向かって勢いよく放たれた矢だったが、狙いは()れて壁に当たった。もちろん、メリューの念動魔法に妨害されたのだ。


 狼の亜人は曲げられた矢を見て、唖然(あぜん)となる。

 メリューはその隙を見逃さず、三本の短刀を投げつけた。その瞳が怪しく輝き、再び念動魔法が発動する。鎧と兜の隙間に短刀の直撃を受けては、敵もひとたまりなかった。


「――――!」


 小柄な亜人が叫び、後ろを向いた。恐らくは、報告のために離脱しようとしたのだ。

 だが、亜人は数歩動いただけで、床に倒れ伏した。

 その背中に向かって、アルヴァが杖を突き出していたのだ。離れてはいても、稲妻は容赦なく命中した。


 あまりの早業にクマの亜人が呆然となる。

 そして、その頭を矢が一瞬にして貫いた。狭い空間を物ともしないミスティンの妙技だった。

 三人が倒されて、残った二人が浮足立つ。ソロン、グラットの二人が一気に敵へと駆け寄った。


 グラットは槍の一突きで、敵の首を貫いた。

 ソロンは炎をまとった刀で、敵の胴を薙いだ。場所が場所なので、火力は抑えてある。それでも、制御された火炎は正確に敵を焼き切った。

 五対五であっても力量差は絶大。この戦いは勝負にならなかった。

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