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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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飛ばない鳥はおいしい鳥だ

 やがて、樹木の隙間から遠くにある高台が目に入った。

 密林は湿気が多いためか、高台は少し(かす)んで見えている。


「あそこに登りましょう」


 さっそく、アルヴァがその方角を指差した。


 遠くから目に見えていたとはいえ、密林を抜けて高台へ到達するには意外と時間がかかった。

 徐々に辺りも日が陰ってきている。

 それでも、一同は樹木が繁茂(はんも)する中を粘り強く登り続けた。

 高台を登るにつれ、蒸し蒸しした湿気がやわらいでいく。次第にソロンの頬へ心地良い風が吹きつけてきた。

 頭上を覆っていた木々の上に出たことで、視界がひらけていく。


 そして、夕日に照らされる大きな遺跡の姿が見えた。

 大きく囲んだ壁の中に、いくつもの建物が点在していた。かつては立派な町だったのかもしれないが、今は見る影もない。中心にある一際大きな建物が目的の宮殿だろうか。

 壁も建物も全てが激しく風化しており、樹木に覆われていた。経過した年月の大きさが、都市を遺跡へと変貌させてしまったのだ。


「あれに違いありません……!」


 感情を抑えながらも、アルヴァは秘めた興奮を隠せなかった。

 その服はすっかり土で汚れていたのだが、気にする素振りも見せない。ただ、夕日の中で額に汗をきらめかせていた。


 *


 目的の遺跡を発見したことで、探索に一応の目処(めど)がついた。少なくとも、これで一行は密林をさまよう必要がなくなったわけだ。

 時間も程よい日暮れ前である。そこで、今日の探検は終了し、野営をする運びとなった。

 ひらけた場所を見つけて、さっそくテントを張っていく。同時に、食事の準備も必要となるので分担して作業を開始した。


「狩ってきていいですか?」


 食事担当を買って出たミスティンが、唐突にアルヴァへ尋ねた。アルヴァは一瞬とまどいの表情を浮かべたが、すぐに何を聞かれたのかを悟った。


「食料なら、まだ十分あると言ったはずですが」

「保存食ばかりでは体に毒です。食材は新鮮さが命」


 天真爛漫(てんしんらんまん)なミスティンは、相手が誰であれ臆するところがない。さすがのアルヴァも根負けして苦笑する。


「構いませんが、危険そうな獣には手出しなさらぬように。逆に襲われては笑い話にもなりませんから」


 女帝のお墨付きを得て、ミスティンが嬉しそうにする。


「分かってます。じゃあ、行ってきます」


 と、言いながら、当然のようにソロンの手を引っ張る。これは手伝えという意味だろうか。アルヴァに目線で助けを求めたが――

 微笑(ほほえ)みながら頷かれた。

 これはミスティンが暴走しないように見張れ――という意味に違いない。


 *


 さすがの腕前でミスティンはすぐに鳥を射止めた。

 鳥といっても、ニワトリを黄色くしたような陸鳥である。トサカのように頭髪が逆立っているが、大きさはむしろダチョウに近い。

 当然、手で持つには無理があるので、ソロンが引きずることになった。

 既に鳥は死体となっているとはいえ、何だか哀れを(もよお)す。その頭は矢で貫かれていたが、せめて苦しまずに逝けただろうか。

 ミスティン曰く――


「頭を一矢で仕留めれば肉が(いた)まない」


 だそうだ。

 もちろん、口で言うほど簡単にできる技ではない。


 野営場所に戻ったミスティンは、手頃な枝のある木を探す。気に入った木が見つかったらしく、ソロンに紐を渡した。血抜きをするから吊るせ――ということらしい。

 ソロンの身長では少し大変だったが、なんとか鳥を逆さにして吊るした。

 短剣を持ったミスティンが、太い首をギコギコと切り落とす。すると血がどんどんと流れ出した。

 しばらく待つとミスティンが、


「もういいかな。お腹すいたし」


 などと言い出した。

 血抜きにしては少々早い気もするが、空腹のほうが大事らしい。

 仕方なく、ソロンは首のない鳥を木から下ろした。

 短剣を構えたミスティンが、鳥へと向かい合う。

 大きな体を流れるように解体していく。腹から大きく切り裂いた後で、皮を切り開いて内臓を取り出していく。内臓は食べられないということだろうか?


「それはやっぱり食べられないのかな?」

「食えないこともないけど、調理が手間だから面倒。ソロンがやりたいならやればいいけど、油断すると病気をもらうから素人にはお勧めできない」

「なるほど。ちょっともったいない気がするけど……」

「大丈夫。どこかに放っておけば、獣が残さず食べてくれる。それが自然の摂理というもの」


 そう喋りながらも、ほれぼれする手際のよさで解体を続ける。そうして、ものの数十分で必要な肉を切り出してしまった。


「手慣れていますわね……」


 アルヴァも食事をしながら、そんな有様を眺めていた。

 おびただしい血が流れており、並の令嬢ならば卒倒しそうな光景だったが、さして気にする様子もない。


「まだやってんのかよ。早く来ないとみんな食べちまうぞ」


 呆れるように、グラットがこちらを呼んだ。

 既に他の一同は焚火(たきび)を囲んで、食事を始めている。あまり悠長にしていては食事が終わってしまいそうだ。といっても、既に肉は切り出したので、後は焼くだけである。

 幸い一同が囲んでいる焚火を借りることができた。


 ミスティンと二人で、木の棒で刺した鳥肉をうまく向きを変えながら焼いていく。

 やがて、焼き具合をよしと見て、ミスティンが調味料を取り出した。塩と胡椒(こしょう)を適度に振りかけて鳥肉にかじりつく。


「うん」


 と、満足そうな笑みを浮かべたところを見ると、味に文句はなかったらしい。

 彼女曰く、『飛ばない鳥はおいしい鳥だ』と相場が決まっているらしい。

 根拠はよく分からないが、どことなく説得力がある。

 ともかく、鼻腔(びこう)をくすぐる匂いがたまらないのは確かだ。


「僕、鶏肉好きなんだよね」

「私も。気が合うね」


 どことなく、ミスティンと心が通いあった気がした。食の力は偉大である。

 もはや我慢ならず、ソロンも遠慮なくかじりつくことにした。鶏を柔らかくしたような絶妙な歯応えで、期待していたよりもずっと美味である。


「お前ら、うまそうに食うよなあ……」


 グラットや冒険者達が近づいて来た。しかし、ミスティンはそれを制して、アルヴァの隣へと鳥肉を持っていって座る。


「ささ、陛下もどうぞ」


 どうやらミスティンは、狩猟の許可をもらったことに恩義を感じているらしい。ゴマすりをやるような性格ではないので、純粋な好意の表れだろう。


「はあ……」


 しかし、アルヴァはあからさまに困惑していた。普段は度胸にあふれた彼女も、得体の知れない鳥を食べるのは抵抗があるようだ。


「大丈夫。鳥類に毒はありません。私達も食べましたし」


 世界の真理であるかのように、ミスティンが言い切った。本当かどうかは疑わしいが、謎の自信に満ちあふれていた。


「確かに……。そう言われてみれば、毒がある鳥など聞いたこともありませんね」


 ミスティンの自信に当てられたのか、アルヴァも納得してしまう。鳥肉をフォークで突き刺し、恐る恐ると食べ始めた。


「ええ、悪くありませんわね」


 ゆっくりと頷くように首を振って、感想を述べた。

 ミスティンも嬉しそうに顔をほころばせる。それを見た一同も鳥肉を焼いて食べ始めた。肉はまだまだたくさん残っていた。

 アルヴァも警戒が薄れたらしく鳥肉をつまみ続けた。女帝たるもの、どれほど上品に食べるのか――と思っていたら意外に食べるのが速い。


「そんなに急がなくても大丈夫ですよ」


 ソロンがそう声をかけたら、彼女はキョトンとした顔をした。フォークを口に突っ込んだまま、考える素振りを見せたが、すぐに何を言われたのか思い当たったらしい。


「ああいえ。ついいつもの調子で……。普段は食事をする時間も惜しいものですから。確かに今は急ぐ必要もありませんね」


 どうやら、早食いが習慣となっているらしい。皇帝ともなれば食事を味わう時間もないのかと思うと、何だか気の毒になってくる。


「ええ、せっかくですからゆっくりと味わってください」


 そんなことを話しながら食事の時間を過ごした。

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