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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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天を衝く塔

 グラットを先頭にして、塔の中へと足を踏み入れる。

 ガラス窓から差し込む夕日によって、暗い屋内の様子がかすかに見えた。


「うひゃあ……。こりゃたまんねえな!」


 その光景に各自が声を上げた。

 壁に張りつく形で、螺旋(らせん)階段がどこまでも続いている。塔の中央には柱も何もなく、ポカンと底知れぬ空洞ができていた。

 やはり頻繁(ひんぱん)な手入れはされていないらしく、照明は見当たらない。階段に沿って延々と続くガラス窓だけが、唯一の光源となっている。


「すっごいね~!」


 ミスティンは歓声を上げて、天井を見上げていた。もっとも、塔の天井はあまりに高く、見上げたところで黒い空間が見えるだけであった。


「凄いけど、目眩がしそう……」


 ソロンは登る前から肝を冷やしていた。


「登るのは夜になってからですよ。メリュー殿下、この塔を登り切るには一時間程度でしたね?」


 既に打ち合わせ済みの内容を、アルヴァは改めて確認した。

 塔を登れば、城内までは後わずか。

 そして、城内への潜入は、夜間に行う手はずとなっていた。一行は休憩後、明日の日の出を待たずして塔を登ることになる。


「そのはずだ。だが、夜間に登る都合上、少しは多めに見たほうがよいだろうな」

「分かりました。それでは食事としましょうか」

「うむ、どちらかが広間につながっているはずだ」


 と、メリューは袖を振って、二つの扉を指した。

 どうやら、塔に連結していた建物につながっているらしい。そのうち一つは宿泊用の広間なのだそうだ。


「おお、こっちみたいだな」


 と、さっそく扉を開けたグラットが確認した。

 窓と暖炉があるだけの殺風景な広間である。それでも、風よけができるだけマシというものだった。空っぽの暖炉に薪をくべれば、凍えずに過ごすことができるだろう。


 *


 亜人達を集めて、広間で夕食を取ることになった。

 狭い室内に、五十人にも及ぶ屈強な亜人達が座り込む。暖炉も不要ではないかという暑苦しさである。


 ソロン達五人もその中心で、食事を取っていった。亜人達の尽力で、食事は精一杯豪勢なものが用意されている。

 メリューはカズー達と盛んに言葉を交わしていた。明日は共に死地へ向かう彼らを、勇気づけているのだろう。


「大変なことに巻き込んでしまったな。そなたらは私の部下でも何でもないのに……」


 スープを一口飲んだ後、メリューがポツリとそんな言葉をこぼした。


「ああ、大変だぜ。なんたって、明日は敵さんの城に潜入だ。バレたら大立ち回りになるだろうな」

「すまぬ。城内がどれだけ危険か分からぬが……」

「なんだ? 今日のメリュー殿下は随分と殊勝なこったな」


 そう言ってグラットは、乾いた肉を()み切った。


「殊勝にもなろうさ。私は生まれてこの方、これほどの死地に挑んだことはない」


 メリューはうつむき、パンを持つ手を止めた。

 ミスティンはそんなメリューの顔を覗き込んで。


「怖いの?」

「……怖くないと言えば、ウソになるな」


 メリューはためらいがちに肯定した。今日の深夜には命懸けの潜入を行うのだ。緊張するのも当然というものだろう。


「大丈夫だって、なんとかなるよ」


 ミスティンはメリューの背中を軽く叩く。


「根拠もなく言われても困るのだが。……この娘はいつもこうなのか?」

「いつもこうですよ。面白いでしょう?」


 アルヴァは余裕の笑みで即答した。


「ううむ……。大物なのか? それとも頭が足りないのか?」


 メリューは不躾(ぶしつけ)なぐらいに、まじまじとミスティンの顔を覗き込んだ。

 対するミスティンも堂々と微笑(ほほえ)んで見せる。


 一見、脳天気に見えるミスティンだが、それは決して愚鈍から来ているわけではない。彼女は友人達と命運を共にしようと、覚悟を決めているのだ。だからこそ、その言葉には迷いがない。

 ……たぶん。


「それより、食事はちゃんと取ったほうがいいよ。明日の戦いが終わるまでは、もう機会もなさそうだし」

「ソロンの言う通りです。食事が終われば、すぐに就寝してもらいます」

「そうだな」メリューは改めてパンにかじりついた。「大した義理もないだろうに……。すまぬな」


 それから、また殊勝に頭を下げてみせる。


「義理ならありますよ。帝国に迫った獣王軍を追い出してくださいましたので」


 アルヴァは何でもないように答えた。


 *


「今がおおよそ十八時ですね。零時頃に出発するので、それまでは休みましょう」


 食事を終えたところで、手元の懐中時計を(のぞ)き込みながら、アルヴァが言った。

 今回の作戦は、スエズアの太守ジャコムと示し合わせて行う必要がある。当然、時刻に関してもある程度の正確さが要求された。


 ちなみに、ドーマの時計は帝国式とは大きく異なる。

 機械式の時計はなく、日時計や水時計が中心となっていた。そもそも、時刻を表す数字は十二個ではなく、十個なのだそうだ。その辺りの話は、ラーソンが事前に教えてくれていた。


「眠るなら、もう一つの部屋を使え。さすがにここで眠るのは、そなたらには辛かろう」


 メリューがアルヴァに向かってそう勧めた。広間とは別にもう一つの扉があったことを、ソロンも覚えていた。


「あちらは何の部屋なのですか?」

「塔の管理室だ。昔は管理人が常駐していたそうでな、あちらの部屋を使っていたらしい」

「なるほど、じゃあ、そっちを使わせてもらうよ」


 ソロンも、メリューの勧めに賛同した。彼らには悪いが、大勢の亜人達がいる中で女性が雑魚寝するのは辛いはずだ。ふもとの小屋と同じようにさせてもらおう。


 そうして、五人だけは管理室で眠ることになった。


「……ちょっと近すぎない?」

「仕方ないでしょう。狭いのですから」


 ソロンの右に付いたアルヴァが答えた。

 狭い管理室に五人を詰め込んだ結果、身を寄せ合って眠るハメになったのだ。

 ……が、右側が気になって仕方ないのが、若きソロンの悩みである。このままでは眠れそうになかった。


「僕達だけは広間で眠ってもいいけど……」

「部屋を分ければ、起こす手間もかかります」


 ソロンは遠慮がちに提案してみたが、あっさり拒否された。


「ソロン、俺が代わってやろうか?」


 左隣のグラットが言ったが、


「お断りします」


 これは即座にアルヴァが跳ね除けた。

 グラットの位置は例によって、壁際である。隣にはソロンしかいなかった。


「……だそうだ。添い寝してくれる女の子がいるんだから、ありがたく受け入れろよ」

「そう言われてもねえ……」


 仕方ないので、ソロンは意識的に左を向くことにした。こうやって、グラットに意識を向けておけば、今夜は平和に眠れるかもしれない。

 一方、アルヴァのさらに右側では。


「ミスティンよ。私を抱き枕にするのは、やめてもらえないだろうか?」

「んん? なんで?」

「私は、お前の倍近くも生きているのだぞ。しかも、大君の孫娘だ。少しは敬え」

「そっか、メリューは偉いんだね」

「うむ、偉いぞ。だから、その腕を離せ」

「でも、あったかいし、抱き心地いいよ?」

「お前はそうでも、私は違う。そもそも、我ら銀竜は寒さに強く、寒冷地に適した種族だ。密着してまで暖を取る必要はない」

「ヤダ」

「ヤダとはなんだ」


 ……というように、不毛な寸劇が繰り広げられていた。


 *


 色々な緊張があったせいか結局、その夜はわずかしか眠れなかった。就寝時刻が早すぎたこともあって、どうにも落ち着かない。

 マントと毛布にくるまったソロンの隣で、もぞもぞと動く気配があった。


 薄目を開けて、様子を見てみる。

 淡い光が漏れてきた。アルヴァが蛍光石の光で、懐中時計を確認しているようだ。


「さあ、零時(れいじ)を過ぎました。そろそろ行きましょうか」


 非情にも、アルヴァは出発を告げた。

 どんなに眠れぬ夜であろうとも、目覚めの時はやってくるのだ。

 とはいえ、準備は昨夜のうちに終えている。

 誰も不平不満を述べることもなく、すんなりと全員が起き上がった。恐らく、皆もほとんど眠れなかったのだろう。


 毛布などの余分な荷物は、この部屋に残した。恐らくはもう二度と回収することはない。次に眠る場所は、アムイ城のベッドでありたかった。


 管理室の扉を開け、塔の下層へと足を踏み入れた。


「しばし待て」


 と、メリューが広間の扉を開けた。

 カズー達へ声をかけるためだ。もっとも、ここでは事前に声をかけるだけで、連れてはいかない。

 彼らはメリュー達から遅れて出発する予定だ。

 兵士達が城に入るのは、本格的に戦いを始める前からでよい。まずは五人で城内に潜入し、メリューの父の救出を図るのだ。


「よし、ゆくぞ」


 カズー達に声をかけ終えたメリューが、仲間達へと目線をやる。

 そうして、五人は螺旋階段へと向かった。

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