歌う妖鳥
山を登るにつれて、巨大な塔の姿が鮮明になってきた。
見上げれば、天まで続く塔の威容がある。
そして、その上には空を覆う黒雲の姿があった。
黒雲が大きく見えるのは、気のせいではない。ソロン達は徒歩で、上界へと近づいていたのだから。
「もうだいぶ近づいてきたね」
目的地を前にして、ミスティンの声も弾んでいた。
その時、ソロンの耳へとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
山頂の向こうから、大きな鳥の姿が現れた。合わせて三羽、緑色の体に四枚の翼を生やしている。
亜人達が騒ぎ出し、一斉に鳥のほうへと注目が集まる。弓を構えて、戦闘態勢に入る者もいた。
どちらにせよ、前方に現れた以上はこちらで相手をするしかなさそうだった。
「おい、ガキンチョ。この高さだと、魔物は出ないんじゃなかったか?」
グラットはメリューに向かって叫びかけた。
「魔物が定住できないという意味だ。飛んでこないと言ったつもりはないぞ」
「いや、そんなことより襲ってきそうだよ!」
言い合う二人に向かって、ソロンが注意する。
「うむ。あれは歌妖鳥だな。鳴き声に気をつけるのだ。至近距離で受ければ、気絶することもある」
「鳴き声だぁ?」
グラットが聞き返そうとしたその時――
歌妖鳥の一羽が急激に加速して近づいてきた。
猛禽類の数倍はありそうな体。翼に描かれた赤い紋様までが、はっきりと見える。
ソロンは走り出て、紅蓮の刀を振った。赤く輝く刃先から、迎撃の火球が放たれる。
だが、歌妖鳥はひらりとそれを回避した。
魔物の勢いは止まらずに、ソロンへと向かってくる。
「うわっつ!」
繰り出された鉤爪を、グラットが槍で弾いてくれた。勢いに押されたグラットが地面に転がるが、どうにか槍を突き立て踏ん張る。
そして、体勢を崩されたのは敵も同じだった。
「後は任せて!」
減速した歌妖鳥に向かって、ソロンが飛び上がった。紅蓮の刀を伸ばし、魔法を発動する。
至近距離から放たれた火球が、歌妖鳥に着弾した。歌妖鳥は炎をまとったまま飛翔したが、延焼は止まらない。翼を焼かれて、じきに落下した。
「いいですね、あと二匹です!」
杖を構えたアルヴァが言った。次に向かってくる相手がいれば、魔法を放つつもりのようだ。
「おっし! まだ向かってくる気か?」
グラットも跳ね起きると同時に槍を抜き、敵へと穂先を向けた。
歌妖鳥が向かってくる様子はない。仲間がやられて退却をするのかと思いきや、そういう雰囲気でもない。
さらに高くへ羽ばたきながら、こちらと一定の距離を保ってくる。どうやら、一羽がやられたことで、戦法を変えてきたようだ。
「クェラー!」「クェラー!」
二羽の歌妖鳥は輪唱するかのように、鳴き声を上げた。
脳が揺らぐような振動が、頭へと走ってくる。ソロンは思わず耳を押さえた。
「鳴き声ってこれ!? 後ろに隠れて!」
とっさにアルヴァとミスティンへ声をかけた。
二人は頷き、岩陰へと走った。鳴き声を遮れる位置にいれば、多少は楽になるはずだ。
メリューは警戒していたらしく、真っ先に尖った耳を押さえていた。そのせいか比較的に平気そうである。
「ぐおっ、気色悪い声で鳴きやがって」
グラットも耳をふさいで、必死に耐え忍ぶ。彼は最も敵の近くにいたため、影響も大きかったようだ。
背後にいた亜人達も、魔物を相手に及び腰だった。みな耳を押さえて鳴き声に耐えている。
「これでは魔法が……!」
岩陰に隠れたアルヴァが杖を魔物に向けたが、それだけだった。魔法の発動には、集中力が肝要なのだ。
「ミスティン! そこから狙えない?」
ソロンはミスティンへと尋ねるが。
「届くとは思うけど……。風強いし、集中できないし、外れちゃうよ」
かがんだミスティンは、震える手で弓を握っていた。さすがの彼女でも、この状況で飛び回る的には当てられないようだ。
「どうにかしてくれ! これ以上近づかれたら、気がおかしくなりそうだぜ……!」
苦悶の表情で、グラットがうめく。
そうしている間にも、歌妖鳥が接近してくる。勝利を確信したのか、その動きはゆったりとしていた。
「ミスティン! 外れても構わん、射て!」
メリューは叫んだ。
「んん?」
ミスティンは怪訝そうな顔をしていたが、すぐに矢をつがえだした。
震える手で強引に矢を引き絞る。
矢は勢いよく歌妖鳥へと向かった。……が、頭よりもわずかに狙いが上だった。
外れるかと思ったその時――
「むん!」
メリューの瞳が光った。
途端、矢は軌道を修正し、歌妖鳥の頭を貫いた。
矢はそのままの勢いで、魔物の体を引きずって飛んでいく。斜面に沿って、そのまま遥か遠くへと。
歌妖鳥が一羽になり、鳴き声が小さくなった。
「お、おお……。なんか楽になってきたぞ。今ならいけるんじゃないか?」
グラットは耳から手を離し、歌妖鳥を見据えた。
どうやら、鳴き声を輪唱させることで、効果を倍増させていたようだ。
「最後は私が」
岩陰から走り出たアルヴァは、一気に最後の一羽へと接近した。
杖を抜き放つと同時に、上空へ向ける。放たれた雷撃が歌妖鳥を撃ち抜いた。
羽ばたきを止めた歌妖鳥が落下する。鳥の死骸は山肌を転げ落ちていった。
後ろの亜人達から、盛大に拍手が上がった。
「やったね~! さっきの連携バッチリだよ!」
戦いが終わるなり、ミスティンはメリューへと抱きついた。
「そなたの狙いがよかったお陰だ。少しずれたくらいなら、私が補正してやれるからな」
メリューは迷惑そうにして、軽くミスティンを突き放したが、
「メリューは謙虚だなあ」
と、ミスティンはメリューの頭をポンポンと叩く。
「……こやつ、なれなれしいのだが」
メリューは訴えるような目でアルヴァを見た。
「それがミスティンです。メリュー殿下、どうかご寛大にお願いします」
アルヴァは微笑して、それだけを答えた。
*
夕暮れとなった山を登り続れば、石造りの巨大な塔も目前となった。塔の横には、四角い建物が連結されている。
遠目には壮大な巨塔であるが、間近で見ればどうにも薄汚れていた。
長年の間、風にさらされて外壁が傷んでしまっているようだ。見る限り、入念な手入れはされていない。
ただ窓だけは、ひび割れのない頑丈なガラスがはめられている。風よけの役目は果たしてくれそうだ。
「や~っと、終わりだぜ……!」
塔の外壁に手をついたグラットが、うんざりというように息を吐いた。
五人が止まったので、後ろの兵士達が続々と塔の前へと集まってくる。
「本番はこれからだ。ここから塔を登って、城へ潜入せねばならん。気をゆるめるのは早いぞ」
メリューがグラットをたしなめる。
「分かってるが、しばらくは休憩だろ。……開けていいか?」
そう言いながらグラットは、塔の扉へと手をかけた。
確認を取ったのは、中に待ち伏せがないか警戒しているのだろう。
「大丈夫だとは思うがな。待ち伏せするなら、登山中を狙ったほうがよほど有利だろう」
楽観的な見解を示しながらも、メリューは扉へと尖った耳を押し当てた。
「――気配はない。大丈夫だ」
「おしっ」
グラットが力を加えれば、錆びた扉がギリリと音を鳴らし開いていった。