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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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歌う妖鳥

 山を登るにつれて、巨大な塔の姿が鮮明になってきた。

 見上げれば、天まで続く塔の威容がある。

 そして、その上には空を覆う黒雲の姿があった。

 黒雲が大きく見えるのは、気のせいではない。ソロン達は徒歩で、上界へと近づいていたのだから。


「もうだいぶ近づいてきたね」


 目的地を前にして、ミスティンの声も弾んでいた。

 その時、ソロンの耳へとけたたましい鳴き声が聞こえてきた。

 山頂の向こうから、大きな鳥の姿が現れた。合わせて三羽、緑色の体に四枚の翼を生やしている。

 亜人達が騒ぎ出し、一斉に鳥のほうへと注目が集まる。弓を構えて、戦闘態勢に入る者もいた。


 どちらにせよ、前方に現れた以上はこちらで相手をするしかなさそうだった。


「おい、ガキンチョ。この高さだと、魔物は出ないんじゃなかったか?」


 グラットはメリューに向かって叫びかけた。


「魔物が定住できないという意味だ。飛んでこないと言ったつもりはないぞ」

「いや、そんなことより襲ってきそうだよ!」


 言い合う二人に向かって、ソロンが注意する。


「うむ。あれは歌妖鳥(かようちょう)だな。鳴き声に気をつけるのだ。至近距離で受ければ、気絶することもある」

「鳴き声だぁ?」


 グラットが聞き返そうとしたその時――

 歌妖鳥の一羽が急激に加速して近づいてきた。

 猛禽類(もうきんるい)の数倍はありそうな体。翼に描かれた赤い紋様までが、はっきりと見える。


 ソロンは走り出て、紅蓮の刀を振った。赤く輝く刃先から、迎撃の火球が放たれる。

 だが、歌妖鳥はひらりとそれを回避した。

 魔物の勢いは止まらずに、ソロンへと向かってくる。


「うわっつ!」


 繰り出された鉤爪を、グラットが槍で弾いてくれた。勢いに押されたグラットが地面に転がるが、どうにか槍を突き立て踏ん張る。

 そして、体勢を崩されたのは敵も同じだった。


「後は任せて!」


 減速した歌妖鳥に向かって、ソロンが飛び上がった。紅蓮の刀を伸ばし、魔法を発動する。

 至近距離から放たれた火球が、歌妖鳥に着弾した。歌妖鳥は炎をまとったまま飛翔したが、延焼は止まらない。翼を焼かれて、じきに落下した。


「いいですね、あと二匹です!」


 杖を構えたアルヴァが言った。次に向かってくる相手がいれば、魔法を放つつもりのようだ。


「おっし! まだ向かってくる気か?」


 グラットも跳ね起きると同時に槍を抜き、敵へと穂先を向けた。

 歌妖鳥が向かってくる様子はない。仲間がやられて退却をするのかと思いきや、そういう雰囲気でもない。

 さらに高くへ羽ばたきながら、こちらと一定の距離を保ってくる。どうやら、一羽がやられたことで、戦法を変えてきたようだ。


「クェラー!」「クェラー!」


 二羽の歌妖鳥は輪唱するかのように、鳴き声を上げた。

 脳が揺らぐような振動が、頭へと走ってくる。ソロンは思わず耳を押さえた。


「鳴き声ってこれ!? 後ろに隠れて!」


 とっさにアルヴァとミスティンへ声をかけた。

 二人は頷き、岩陰へと走った。鳴き声を(さえぎ)れる位置にいれば、多少は楽になるはずだ。

 メリューは警戒していたらしく、真っ先に尖った耳を押さえていた。そのせいか比較的に平気そうである。


「ぐおっ、気色悪い声で鳴きやがって」


 グラットも耳をふさいで、必死に耐え忍ぶ。彼は最も敵の近くにいたため、影響も大きかったようだ。

 背後にいた亜人達も、魔物を相手に及び腰だった。みな耳を押さえて鳴き声に耐えている。


「これでは魔法が……!」


 岩陰に隠れたアルヴァが杖を魔物に向けたが、それだけだった。魔法の発動には、集中力が肝要なのだ。


「ミスティン! そこから狙えない?」


 ソロンはミスティンへと尋ねるが。


「届くとは思うけど……。風強いし、集中できないし、外れちゃうよ」


 かがんだミスティンは、震える手で弓を握っていた。さすがの彼女でも、この状況で飛び回る的には当てられないようだ。


「どうにかしてくれ! これ以上近づかれたら、気がおかしくなりそうだぜ……!」


 苦悶の表情で、グラットがうめく。

 そうしている間にも、歌妖鳥が接近してくる。勝利を確信したのか、その動きはゆったりとしていた。


「ミスティン! 外れても構わん、射て!」


 メリューは叫んだ。


「んん?」


 ミスティンは怪訝そうな顔をしていたが、すぐに矢をつがえだした。

 震える手で強引に矢を引き絞る。

 矢は勢いよく歌妖鳥へと向かった。……が、頭よりもわずかに狙いが上だった。

 外れるかと思ったその時――


「むん!」


 メリューの瞳が光った。

 途端、矢は軌道を修正し、歌妖鳥の頭を貫いた。

 矢はそのままの勢いで、魔物の体を引きずって飛んでいく。斜面に沿って、そのまま遥か遠くへと。

 歌妖鳥が一羽になり、鳴き声が小さくなった。


「お、おお……。なんか楽になってきたぞ。今ならいけるんじゃないか?」


 グラットは耳から手を離し、歌妖鳥を見据えた。

 どうやら、鳴き声を輪唱させることで、効果を倍増させていたようだ。


「最後は私が」


 岩陰から走り出たアルヴァは、一気に最後の一羽へと接近した。

 杖を抜き放つと同時に、上空へ向ける。放たれた雷撃が歌妖鳥を撃ち抜いた。

 羽ばたきを止めた歌妖鳥が落下する。鳥の死骸は山肌を転げ落ちていった。

 後ろの亜人達から、盛大に拍手が上がった。



「やったね~! さっきの連携バッチリだよ!」


 戦いが終わるなり、ミスティンはメリューへと抱きついた。


「そなたの狙いがよかったお陰だ。少しずれたくらいなら、私が補正してやれるからな」


 メリューは迷惑そうにして、軽くミスティンを突き放したが、


「メリューは謙虚だなあ」


 と、ミスティンはメリューの頭をポンポンと叩く。


「……こやつ、なれなれしいのだが」


 メリューは訴えるような目でアルヴァを見た。


「それがミスティンです。メリュー殿下、どうかご寛大にお願いします」


 アルヴァは微笑して、それだけを答えた。


 *


 夕暮れとなった山を登り続れば、石造りの巨大な塔も目前となった。塔の横には、四角い建物が連結されている。

 遠目には壮大な巨塔であるが、間近で見ればどうにも薄汚れていた。

 長年の間、風にさらされて外壁が傷んでしまっているようだ。見る限り、入念な手入れはされていない。

 ただ窓だけは、ひび割れのない頑丈なガラスがはめられている。風よけの役目は果たしてくれそうだ。


「や~っと、終わりだぜ……!」


 塔の外壁に手をついたグラットが、うんざりというように息を吐いた。

 五人が止まったので、後ろの兵士達が続々と塔の前へと集まってくる。


「本番はこれからだ。ここから塔を登って、城へ潜入せねばならん。気をゆるめるのは早いぞ」


 メリューがグラットをたしなめる。


「分かってるが、しばらくは休憩だろ。……開けていいか?」


 そう言いながらグラットは、塔の扉へと手をかけた。

 確認を取ったのは、中に待ち伏せがないか警戒しているのだろう。


「大丈夫だとは思うがな。待ち伏せするなら、登山中を狙ったほうがよほど有利だろう」


 楽観的な見解を示しながらも、メリューは扉へと尖った耳を押し当てた。


「――気配はない。大丈夫だ」

「おしっ」


 グラットが力を加えれば、()びた扉がギリリと音を鳴らし開いていった。

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