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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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雪原をゆく

『お嬢、約束通り、たくましい連中を集めときやした。率いるのはあっしの(せがれ)――カズーです。こいつらの命を使って、獣王の奴らを蹴散らしておくんなせえ』


 注文した通り、ヤズーは配下の兵士を集めてくれた。

 ヤズーと同じ狢人(むじなびと)を中心とした五十人にも及ぶ屈強な男達だ。ヤズーと同じように骨をかぶった者もいるが、彼がその息子カズーのようである。


『かたじけない。アムイを奪還した(あかつき)には、必ずやそなたの功に報いるとしよう』

『いいってこってすよ。若い頃に無茶やらかしたあっしを助けてくれたのは、君子様でしたから。もう少し若けりゃあ、あっし自ら同行したんすけどねえ……』

『よいよい。気持ちだけで十分だ』


 メリューは苦笑して応えた。

 ヤズーの年齢は四十代の前半といったところ。狢人の寿命を基準にすれば、老境に近い年頃のはずだ。


『君子様のこと、あっしからも頼んます』

『私の父様だ。言われるまでもない』


 メリューは不敵に笑って応えた。


 そうして、ヤズーの見送りを受けた一行は、竜骨の町を出発した。

 早朝とはいっても、冬の北国のことであり日の出は遅い。町の日時計によれば、午前八時といった頃合だった。


 五人の前に一面の銀世界が広がる。そこになおも雪が降り注ぐ。白一色とはいっても、雲海とはまた違った美しさがあった。

 五人の後ろには五十人ほど、カズー隊の兵士が連なっている。食料などの荷物は、彼らがソリを使って運んでくれていた。


 ミスティンは荷物の運搬(うんぱん)に竜車を望んだが、そちらは却下された。

 走竜は雪道にも強く、その点では申し分ない。……が、問題は後に控える山と塔だ。さすがに急峻(きゅうしゅん)な山や塔を竜車で登るのは不可能だったのだ。


 一同は登山を想定して、より厳重な防寒着をまとうようにした。フード付きのマントや靴はもちろん、手袋や靴下まで現地で使用している厚手の物に変更している。

 そのせいで全員の格好が同じになった。

 ひときわ小さなメリューと背の高いグラットは一目瞭然(りょうぜん)だが、他の三人は後ろ姿の区別がつかない。ただ背負う荷物だけが違っていた。


 そうして、銀世界に続く道を徒歩で進んでいく。まずは五日で、アムイ島の真下にある塔まで到達する予定だった。

 塔までの距離は北西に三十里。通常ならば、三日もあれば余裕を持って到達できる距離である。

 ただし、道中は雪路(ゆきじ)を進む上に、登山もせねばならない。雪が深すぎては馬に頼ることもできない。

 それらを考慮して、日程には余裕を持たせていたのだが……。


 * * *


「これじゃ、どこが道なのか分からないよ」


 旅立って早々、ソロンは困惑していた。

 町の近くについては、まだ道を見分けることができた。けれど、町から離れるにつれて、道は消えていこうとしていた。

 本当なら、この先にも道は存在しているはずなのだ。だが、今はそれも雪の中に埋まってしまい、見分けるすべがなかった。


「心配いらんぞ、ソロン。木や傾斜が目印になるから迷うことはない。それにカズー達も私も、雪道には慣れているからな」


 地図を手にしたメリューの声は、自信に満ちていた。


「本当に大丈夫なんかあ?」


 彼女の発言に、グラットが心配そうな声を上げる。


「心配いらんと言っておろう。私に任せておけ」


 そう言うなり、メリューは先頭へ躍り出た。小さな体で意気揚々と雪の上を進んでいく。

 ソロンもそれを信じて、後に続いた。


 そうこうしているうちに、雪が激しさを増していく。風はまだ激しくないため進むことはできるが、視界の悪さはいかんともし難い。

 ついには、わずか先しか見通せなくなった。


 後ろを向けば、今も風雪に耐える兵士達がぞろぞろと続いている。だが、その最後尾まで見通すことも難しかった。

『木や傾斜が目印になる』というメリューの言だが、今はその目印となるものすら満足に見えない状態だ。


「むむむ、まずいぞこれは」


 これにはようやく、メリューも危機感をつのらせたようだった。


「心配いらん――じゃなかったのかよ」


 グラットがメリューの口真似で責め立てた。


「いやその……すまぬ……」

「いや、なんかこう……素直に謝られるとなおさら困るんだが……。もっと、自信持って行こうぜ」


 思わぬ反応に、グラットまでが浮足立っていた。


「これ以上、風が強くなると吹雪になるかもしれん」


 そう言ったメリューは、しばらく押し黙っていたが、


「――やむを得ん。少し早いが、今日はここで野宿としよう」


 ついには決断を下した。

 下界の人口は乏しく、町や宿場は少ない。それはイドリスだろうと、ドーマだろうと同じことである。さらには、獣王の手下に発見されないよう、主要な街道は通らない方針となっている。

 よって、野宿自体は今回の旅路において既定路線だった。


「仕方ないか……。けど、日程は大丈夫なの?」

「余裕は持たせてある。遅れは明日以降に挽回すればよかろう。遭難するよりは上策だ」

「それよか野宿って、どうする気だよ? テント張っても雪で潰れちまうぞ?」

「いや、雪洞(せつどう)を作ったほうが、テントよりよほど丈夫だ。上帝、水魔法は使えるな?」


 メリューの質問に、アルヴァは当然とばかりに頷く。


「なるほど、雪洞ですか。カンタニア人にそういう風習があるとは聞いています。ただ、私自身に経験はありませんが……」

「我々が主導するから、そなたは手伝ってくれれば問題ない。私も子供の頃に遊びで作ったことがあるからな」


 メリューは胸を張ったが、


「メリュー……。子供の遊びじゃないんだよ」


 ミスティンが真顔でメリューを(あわ)れんだ。


「ぐ……。そなたに言われると凄く腹が立つぞ。だ、大丈夫だ。子供でもできるのだから、大人の私にできぬはずはない」

「なんか、不安になってきたんだけど……」


 ソロンの不安は(つの)るばかりだったが。


「心配無用です。土魔法で小屋を作った経験は何度かありますから。理屈としては似たようなものでしょう」

「うむ。お姫様がそういうのなら大丈夫な気がしてきたぞ」

「ぐぬぬ……。見ておれよ」


 雪に打たれながら、メリューが悔しげにしていた。


 *


 カズーら亜人達が力強く、かつ器用に雪を積んでいく。

 どうやら、荷物の中にあらかじめシャベルを用意していたらしい。着々と円状に雪が固められていく。吹雪の中でも、毛皮に覆われた亜人達は至って平気そうだ。

 素人が手伝えば崩してしまうだろう――とソロン、グラット、ミスティンは下手に手を出さず傍観していた。


 さて、もう一方はどうかといえば――

 大量に積もった雪を、メリューが念動魔法で動かしていく。外側から円を描くように、雪を積み重ねる。

 そして、アルヴァの杖先には水の魔石――水流石が輝いていた。水魔法によって、雪は生きているかのように動き、形を作ってゆく。


「今更だけど、雪も水魔法で操れるんだね」


 ソロンは不思議な感覚でその光景を見ていた。雪の降らないイドリスでは、実践の難しい魔法である。


「当然です。水も雪も氷も、成分は同じですから。逆に冷魔法では雪も氷も動かせません」


 杖先から視線を外さずにアルヴァは答えた。


「あ~、冷魔法は冷やすだけってことか……」


 今更ながら、ソロンは魔法の効果を正確に理解していないと気づいた。

 氷晶石を用いる冷魔法であるが、その効果はあくまで冷気を生み出すのみ。水を氷に変化させられても、氷を動かすことはできない――というわけだ。


「ソロン、勉強が足りませんね」

「ご、ごめん。冷魔法なんて使ったことなかったから……」


 失望されたのではないかと思い、ソロンは意気消沈した。


「いえ、気にすることはありません。帝国には無知の知という言葉があります。知らぬことを理解することが、真の智者へと進む第一歩なのです。いつでも私が指導して差し上げましょう」

「そ、そう……。じゃあ、また今度よろしくお願いします」


 そんな大層な話だろうか――というのは置いておいて、機嫌は悪くなさそうだったことに安心する。


 そんなやり取りをしている間も、アルヴァは休まず杖を振るっていた。

 二人の力が合わさって、雪洞はまたたく間に形を成していく。


「わあ、凄い! ツルツルだ!」


 ミスティンは大喜びで、雪洞の頭をなで出す。


「ミスティン、まだ早いですよ」


 と、アルヴァがたしなめた。

 十分とかからずして、ドーム型の雪洞ができ上がった。もちろんカズー隊の誰よりも早い最速の仕事である。


「見事なもんだな。けどよ、これ大丈夫なのか?」

「心配ありません。冷魔法で凍結して、補強も済ませています」

「うむ、完璧だ。軽く叩いてみるがよい」


 グラットの懸念にも、二人は自信に満ちた声色で応えた。

 さっそくグラットがコツコツと雪洞を叩いて確かめる。


「おお、確かにこりゃ固いな」

「じゃ、入ってみようか」


 ミスティンが先陣を切って、狭い入口をくぐった。ソロンも続いて、雪洞の中へと入ってみる。

 外の吹雪がウソのように、内部は穏やかだった。五人が眠るには少し狭いかもしれないが、まあ気にする程でもないだろう。

 相変わらず外は吹雪(ふぶ)いているが、ぶら下げた毛皮で入口を閉じれば問題ない。同じように床にも毛皮を敷いておくことにした。

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