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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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上界に至る道

 骨の標本、骨の彫像、骨の兜、骨の杖、骨の刀……。ヤズーの私室には奇妙な収集品が大量に飾られていた。

 だが、いい加減ソロンもその鑑賞には飽きてきた。


 視線を転じれば、メリューとヤズーの会談は長く続いている。

 アルヴァはそばでドーマ語の会談を聞いていた。……が、さすがについていけなくなったらしい。ぼんやりした顔で、こちらを見ている。


「あの人ってなんの亜人なのかな?」


 ソロンは退屈しのぎに、話題を出してみた。


「タヌキじゃねえのか?」


 グラットの意見はこうだった。


「う~ん。グラットもそう思う?」

「だから、アナグマだよ」


 ミスティンは自信ありげだった。そう言えば、彼女は先程もヤズーのことを『アナグマのおじさん』と呼んでいた。


「その根拠は?」

「指が五本あって、爪が長いのはアナグマだよ。タヌキは親指が小さいから、ぱっと見は四本に見えるよ」


 ソロンの質問に、ミスティンは確信に満ちた表情で答えた。


「ほほう、正解だ!」


 いつの間にか、背後に回ったメリューが手を打った。


「ヤズーはかつて巨竜を倒した狢人(むじなびと)の子孫だ。竜の骨を兜にしているのも、そこに由来する。竜退治ができぬ者は、太守としても認められぬわけだ」


 ということは町中で見た住民も、タヌキではなくアナグマだったのかもしれない。


「ちゃんと骨にも意味があったんだね。それにしても、ミスティンはさすが動物には詳しいね」

「常識だよ」


 ソロンの賞賛に、ミスティンは得意げに指を立ててみせた。


「アナグマもタヌキも似たようなもんだろ? 同じ穴の(むじな)ってヤツだ。おっ、うまいこと言ったな俺」


 なおもしつこくグラットは難癖をつける。さらには、誰が()めるでもなく自画自賛してみせたが――


「愚かですね。アナグマとタヌキは隔絶(かくぜつ)した別種だというのに」


 アルヴァがピシャリとそれに水を差した。彼女もいつの間にか、そばに来ている。


「な、なんだよ急に……」

「タヌキはイヌの近縁、アナグマはイタチの近縁です」

「へ~、そうなんだ。でも見た目は似てるよね」


 ミスティンはアルヴァの豆知識に感心してみせた。ミスティンにしても、動物には詳しいはずだが、学術的な知識はそこまでないらしい。


「解剖して比較すれば、生物としての差は一目瞭然(りょうぜん)です。収斂(しゅうれん)進化といって、全く異なる生物が似た形態を取ることはままあることなのです」


 グラットは『ま~た、始まったよ』と言わんばかりの目をソロンに向けた。もっとも、グラットもソロンも言葉を発する愚を犯さなかった。


「そっか、さすがはアルヴァだね。今度食べる時にでも見てみるよ」


 と、ミスティンはやはり嬉しそうだった。相変わらず彼女達は、謎の仲の良さを発揮していた。


「いや、食べるのはどうか思うけど……。それより、そっちの話は終わったの?」


 ソロンはメリューへと視線を移した。


「うむ、そのことでそなたらにも説明しておきたい。客室に集まってもらえるだろうか」


 *


 メリューが借りた客室に、ソロン達はさっそく集まっていた。


「どうやら、父様はアムイ城の地下牢に囚われている可能性が高い」


 望みの情報を手に入れて、メリューは瞳に希望を宿していた。


「その情報は確かなのですか?」


 アルヴァが慎重に確認する。望んでいた情報をつかんで、メリューが慎重さを失っていないか危惧しているのだろう。


「ああ、出所はアムイ城の事件の生き残りだ。獣王に囚われた者達が、呪海へ連行されそうになっていたようでな。ヤズーがそこを救助したそうだ。その中にいた何人かが、獣王の手下の話を漏れ聞いたらしい」

「生贄の儀式か……。助けられてよかったね。味方から聞き出した情報なら、ウソは言ってないだろうし」


 人を呪海へと投じる恐るべき儀式……。呪海に投じられた者は、服はおろか肉や骨までも溶かして消え失せてしまう。

 かつて、ソロンは生贄に捧げられる寸前だった母ペネシアを救った。だがその時、ザウラストの狂信者は自ら呪海へと身を投じたのだ。呪海に溶けてゆく彼らの姿は、今も目に焼きついている。


「偽情報をつかまされた可能性までは、否定できませんが……。いえ、疑ってばかりでは先に進めませんね。第一、下界にまで偽情報を流す必要性がさほどあるとも思えませんし」

「そうだな、私も信じてよいと思っている。念のため、自分でも情報提供者に会ってみるつもりだ」

「分かりました。あなたのお父様の救出も、計画に組み込めばよいわけですね。情報はそれだけですか?」

「いや、もう一人だ。第二君子のハジン伯父様も生きている公算がある」


 第二君子のハジン。ソロンにとっては、当然ながら縁もゆかりもない人物である。

 とはいえ、第二ということは、メリューの父である第三君子よりも上位ということになる。大君と第一君子が死亡した以上、最有力の次期大君というわけだ。


「そのハジン君子はどちらに?」

「いや、敵に捕らえられた姿を見た者もいるが、所在は不明だ。ひょっとしたら、父様と同じ地下牢にいるかもしれんが推測に過ぎん。ひとまずは父様の救出を優先したい。地下牢ならば、予定した侵入経路にも近いので、大きな問題はなかろう」


 父を優先するというのは私情か、はたまた合理的な判断の結果か……。ともあれ、メリューの中では優先順位が決まっているようだ。


「それで、人員はどうしますか?」

「ヤズーの手下を五十人ほど借りるつもりだ。ただし、まず我らが先行して、城内へ潜入しようと思う。可能なら父様の救出までは、少人数で行いたい」

「同意します。救出が優先なら、そのほうがよいでしょう。大人数で突入し、騒ぎになっては難しくなりますから」


 地下牢の警備が強化される可能性、人質が始末されてしまう可能性……。どちらを考えても、迂闊(うかつ)に騒ぎを起こせなかった。


「突入の前に、潜入ってことか。まあ、雁首(がんくび)そろえりゃいいってもんじゃねえからな。俺は構わんぜ」


 と、アルヴァに続いてグラットも同意する。もちろん、ソロンやミスティンにも異論はない。


「それで頼む。ヤズーの部下に、そなたら程の手練(てだれ)はおるまいからな。それから、行動はジャコムと示し合わさねばならん。三日後に出発し、九日後には城へと潜入する。それまでは準備と休養に当てるがいい」


 ジャコムが戦力を集めて、雲海から攻める。時を同じくして、メリューが下界から城内へと潜入する。

 それが今回の作戦だった。あまり早く出発しても、時期がずれるため好ましくはないというわけだ。


「承知しました。今回の旅では、指揮をメリュー殿下に委ねます。くれぐれも、よろしくお願いしますよ」

「ああ、任せておけ。相当な距離を登ってもらうからな。そなたらも覚悟しておけよ」

「あっ、登るんだ? まあ、界門って高い所に置くみたいだからね」


 ソロンが今までに見た下界の界門は、いずれも高所に置かれていた。恐らくは、高低差を減らし距離を縮めたほうが、転移魔法には都合がよいからだろう。

 そうして、ソロンは何でもないように、メリューの言葉を流そうとしたが、


「誰が界門を使うと言った? 上界までは歩いて登るのだぞ」


 返ってきたのは、驚くべき発言だった。


「上界まで歩く……?」「マジかよ……」


 ソロンにつられてグラットからも唖然と声が上がる。


「はあ、『使い勝手はよくない』とはそういう意味ですか……」


 思わぬ難題に、アルヴァは溜息をついた。この事態は、彼女すらも予定していなかったらしい。


「メリュー、そういうことは先に言わなきゃダメだよ」


 メリューの肩に馴れ馴れしく手をやり、ミスティンがしかるように言う。

 メリューはその手を振り払って。


「早合点したのはそなたらだろうが。私のせいにするでない」

「それで、登るっていうのは何? 上界まで続くような高い山があるとか?」


 言い合いをしても不毛なだけである。仕方なくソロンが質問をした。


「途中までは山を登る。そこから塔を登って、アムイ城の地下へと入り込む」

「雲海まで続く塔ですか……?」

「塔だ。まあ、見れば分かる」


 どうやら、思ったほどに簡単な旅ではないようだった。

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