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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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竜骨の太守

 いかめしい門構えとは異なり、町の中は意外なほど発展していた。


 舗装された街道が入口から町の奥まで伸びている。その脇には、スエズアにも見劣りしない建造物が整然と並んでいた。

 さすがに建物まで骨とはいかないらしく、家は木やレンガで造られている。

 タヌキ顔の住民が、穏やかに談笑している。かと思いきや、ウサギの耳を生やした子供が、街路を跳ね回っていた。


 スエズア程に亜人種の多様性はないが、それでも竜骨の町は活気に満ちていた。上界のソルベイリに勝っているのは間違いないだろう。


「思ったより、ちゃんとした町だね。もっと、未開の地を想像してたよ」

「当然だ。そなたはこの町を何だと思っているのだ。下界であろうと、わがドーマの一部なのだぞ」

「それもそうか」


 と、ソロンも納得する。

 例えば、イドリスが帝国の一部であったならば、今よりも発展していただろうな――と思わなくもなかった。もちろん、属国になりたいわけではないが……。



「あれが太守ヤズーの館だ」


 街路の続く先に、太守の館が見えてきた。石造りの小さな城といった風情で、どこか無骨な印象を受ける。

 館の周りには、町の外周と同じように骨の柵が張り巡らされていた。素材に骨を使うのは、太守としての権威を誇示しているためだろうか。


「――――」


 例によって、メリューが門番に説明を行う。すると、門番はすぐに骨の柵の中へと招き入れてくれた。


「わあ、あれって!」


 敷地内の母屋(おもや)へ向かう途中、ミスティンが声を上げた。指差されていたのは、広い馬小屋のような建物だった。

 しかしながら、その中にいたのは――


「うむ、竜舎だな」


 メリューが応じる。

 牛よりも大きなトカゲの体。茶色がかった緑の鱗に、二本の角。鼻から長くて立派なヒゲを生やしていた。

 イドリスにいるのと同じような走竜が、竜舎の中で暮らしていたのだ。しかも、全部で五体もいる。飼育の難しさを考えれば、なかなかに驚異的だった。


 もっとも、走竜がいる事自体は驚くことではない。メリュー自身が帝国へ現れた際、竜車に搭乗していたのだから。


「そう言えば、ドーマでも走竜を飼育しているんだね。イドリスにも最近、飼育法が伝わってさ」


 ソロンが何気なく話題に出せば、メリューは不審な目を向けてくる。


「というより、走竜の飼育はわが国発祥だぞ。そなたの国へも、わが国から伝わったのだろう」

「えっ、そうなんだ?」


 イドリスに飼育法を伝えたのは、ソロン達の師シグトラである。

 師は下界を長く旅していたと語っていた。ひょっとして彼も、ドーマを訪れた経験があったのだろうか……。


 * * *


 メリューは案内に従って、太守の館を進んでいった。その後ろにアルヴァ達四人が続く。

 館中の到るところに、大小様々な骨の飾りが配置してある。あまり趣味が良いとは思えないが、ミスティンは興味深そうに視線をさまよわせていた。

 そうして、五人は太守の私室へと足を踏み入れた。


『おおう、お嬢じゃごぜえやせんか。アムイが大変なことになってると聞きやしたが、ご無事でやんしたか』


 竜骨の町の太守――ヤズーはメリューを見るなりそう言った。なまりの強いドーマ語で聞き取りにくいが、素朴な人柄が表れている。

 ヤズーは、何かの骨を頭にかぶった奇妙な男である。確か、小型の竜の骨だったか。

 肌は茶色い体毛で覆われている。ただし、頭部が隠れているため、初見で正確な種族が分かる者は少ない。


『うむ、久しぶりだな。ヤズー』


 メリューもドーマ語で返答した。

 当然ながら、後ろのアルヴァ達には分からない会話である。ラーソンがいれば、同時通訳してくれるのだが仕方ない。のちほど説明してやるとしよう。


『それにしても、変わった子分をお連れしてやすね。どこの種族のもんですかい?』


 ヤズーは骨の隙間からつぶらな瞳を覗かせて、メリューの背後を見た。メリューもつられるようにそちらへと目をやる。


 ミスティンは楽しそうに室内を見回していた。やはり、ヤズーが集めた骨の収集品に興味を()かれているようだ。

 ソロンはそんなミスティンが勝手に歩き出さないように、腕をつかんで制止している。

 グラットはいつも通りのふてぶてしい態度で、退屈そうにしていた。早く話を終われと言わんばかりである。


 そんな中で、アルヴァだけは聞き耳を立てていた。断片的なドーマ語の知識ながら、少しでも内容をつかもうとしているのだ。

 彼女の博識さの証明か、あるいはこちらを信用していないのか……。いずれにせよ、勤勉なことである。


『子分ではない。こちらは外国使節の者達だ。訳あって私に協力してもらっている』


 メリューはヤズーに対してそう説明した。

 ネブラシア帝国の名前はあえて出さなかった。根っからの下界人に言っても、ピンと来ないだろうからだ。


『ははあ……外人さんですか。こいつは驚きやしたな。外人さんってことは、こっちの言葉は喋れないんでやすよねえ』


 と、ヤズーはしげしげと四人の姿を見やった。


『アルヴァネッサと申します。よろしくお願いします、ヤズー太守』


 と、ドーマ語で挨拶をしたのはアルヴァだった。さらには着物の(すそ)をつまんで一礼する。メリューはよく知らないが、帝国式の儀礼らしい。


『ほ、ほお……。こりゃあ、お上手ですね。迂闊(うかつ)なことは喋れねえや』


 ヤズーはアルヴァに気圧(けお)されているようだった。人生のほとんどをこの町で過ごしてきた彼にとって、刺激が強かったようだ。

 それから、ヤズーはミスティンの様子に気づいて。


『――ああ、そうだ。皆さんも座るなりして、楽にしてくだせえ。そっちの骨も見たいなら構いませんぜ。どうぞ手に取ってくだせえ。壊さないようにだけ気をつけてくれたら』


 実のところ、彼にとっては自慢の収集品なので、見て欲しくてたまらないようである。


「手に取って見てよいそうだ。ただし、壊さぬようにな」


 さっそくメリューが通訳すれば、


「やった、ありがとう! アナグマのおじさん!」


 ミスティンは顔を輝かせて、収集品を見にいった。少しばかり危なっかしいが、ソロンも付いているので大丈夫だろう――と割り切ることにする。


「んじゃ、俺も」


 と、グラットもそれに便乗した。大して興味はなさそうだが、言葉の分からぬ会話を聞くよりはマシなのだろう。

 メリューが椅子に座ったので、ヤズーも同じく着席した。骨組みが文字通りの骨で作られた奇妙な椅子である。


「私もよろしいですか?」


 するとアルヴァも着席した。こちらは一転して、可能な限り話を聞くつもりのようだ。


「好きにするがよい」


 メリューとしても特に隠し立てするつもりはない。


『ヤズーよ。こちらには獣王の手は及んでいないようだな』


 そうして、メリューは出し抜けに本題へ入った。これ以上、日常会話をする必要性は感じなかった。


『へえ、獣王の勢力地とは離れてやすかんね。まだこの町には来てねえですわ。寄って来たところで、あっしがボコボコにしたりやすが』


 五本の指をめきめきと握って、ヤズーは意気込みを見せた。


『頼もしいな。ところで、知っている情報を教えてもらいたいのだが』

『そうくると思ってやしたぜ。実は先日、獣王の手下を捕らえたんですわ』

『ほお……。聞かせてもらおうか』

『へい。奴らを見つけたのは、ここから東の方角です。通報したのは通りがかった商人で、アムイで捕らえた捕虜を護送していたようなんですわ。さっそく、兵隊を差し向けて蹴散らしてやりましたぜ。助けた方々も、もちろんこの町で保護してまさあ』

『ほお、それは大儀であった。して、連中は捕虜をどこに送るつもりだったのだ?』

『どうやら、呪海の所まで連れていこうとしてたみたいでさあ』

『呪海……。ザウラスト教団の生贄か!?』

『あっしは邪教のこたあよく分かんねえが、お嬢がおっしゃるならそうなんでしょう。それから、助けた捕虜に聞いた話なんですがね――』


 と、ヤズーは一拍置いて。


『――第三君子様は生きておられるそうです』

『なんだと、父様が!?』


 思わぬ収穫に、メリューは身を乗り出した。

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