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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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児戯に等しい

 五人が降り立ったのは、小高い山の上だった。

 樹木は乏しく、丈の低い草がポツポツと生えているだけである。

 乾いた空気がソロンの頬をなでつけてくる。雨量に乏しい黒雲下では、年中乾いた風が吹き続けるのだ。


「帝都から降りた時よりも明るく感じますね」


 空を見上げて、アルヴァが言った。

 上空の大半を雲に覆われた世界……。ソロンにとっては、雲海の世界よりも見慣れた荒涼たる世界である。


「小さな島の下だからね」


 ソロンも見上げれば、上空を覆う小さな黒雲が目に入った。あの黒雲こそが、先程まで一行がいたソルベイリ島なのだ。

 ソルベイリは帝国本島よりも遥かに小さな島である。そのため上空の日光を(さえぎ)る範囲も、自然と狭くなるのだった。

 広大な白雲から降り注ぐ光が、辺りを照らしてくれている。


「雪ばっかりだね!」


 崖に近づいたミスティンが、遠くを見て喜んだ。

 山の上から見渡せば、眼下はほとんどが雪に覆われていた。雲海を通り抜けた雪は、そのまま下界へと降り積もっていたのだ。

 山の周辺だけが、ぽっかりと雪から逃れ、荒れ果てた野をさらしていた。この一帯だけは島の真下に位置するため、雪が積もらないのだ。


「うおっ、あっちにはアレがあるぜ」


 かすかな嫌悪感と共にグラットが指差したのは、東の方角だった。

 見れば遠くに、陸へ切れ込む赤い湾――呪海が姿を見せていた。同じ方角から立ち昇る朝日に照らされて、不気味な程に赤く輝いている。


「随分と浸蝕されてるんだね」


 ソロンは溜息をつくようにつぶやいた。


「そうだな、あと四~五十年も持てばよいだろうか」


 感情を交えずに、淡々とメリューが答えた。

 上界にいる限りは、ソロンもその存在を忘れてしまいそうになる。だが、呪海は常に下界の大地を浸蝕し続けているのだ。


「……で、行き先はどっちだ? あっちじゃねえよな」


 願望の混じったグラットの問いかけに、メリューは指を差して答えた。


「あちらだ。既に見えておろう」


 指先が向いているのは南だった。


「あっ、ホントだ!」


 と、ミスティンが叫んだ。

 雪原に埋もれるように隠れているため、遠目には分かりづらい。町を囲む柵は白く、建物の屋根も白い。だが、町であることは疑いようもなかった。

 見る限り、さほどの距離はないようだ。何時間か歩けば、たどり着ける程度だろう。


「こっちは界門と町が離れてないんだね。今も上下界で交流があるからかな」


 イドリスにある二つの界門は、町から大きく離れた位置にある。かつては、界門のそばにも町があったが、上界との交流が途絶えると共に衰退していったという。


「ありがたいことです。帝都のそばから下界へ降りて、タンダ村まで歩くのに何日かかったことか……」


 アルヴァが昔のことをしみじみと思い出していた。彼女にしては、珍しい愚痴(ぐち)っぽい言葉である。


「大変だったね」

「大変でしたよ」


 ソロンの相槌に、アルヴァは万感の思いを込めて同意した。


 *


 小高い山を降りて、荒れ果てた大地を進みゆく。

 一時間もしないうちに、雪原へと足を踏み入れた。

 ジャリジャリと雪を踏みしめる音が響く。雪こそ降り止んでいるものの、ソロンにとっては慣れない雪道だった。


「ひゃ~、滑る滑る!」


 そんな中でも、ミスティンは無駄に元気だった。靴を滑らせて雪の上で遊び回っている。


「ミスティン、危ないですよ」


 アルヴァがやんわりと注意するが。


「きゃわっ!?」


 と、滑って尻餅をつくのもお約束だった。


「ほら、だから言ったでしょう」


 アルヴァは呆れるようにしながらも、ミスティンの手を取った。

 それから、起き上がったミスティンの尻を叩いて、雪を払い落とす。相変わらず、アルヴァは保護者だった。


 一面の銀世界へと、静かに雪が降り注いでいく。

 うっすらと雪に埋もれた街道が見つかった。街道の向こうからは、わずかに建物の屋根が覗いている。これならば道に迷うこともなさそうだ。

 吹雪になれば、この街道も見えなくなってしまうのだろう。


「ソロン」

「なに?」


 ミスティンの声に振り向けば――


「いたっ!?」


 冷たい感触が頬に当たった。


「あはは!」


 ミスティンが笑いながら、両の手袋を叩き合わせている。雪玉を投げつけられたのだと、ソロンは悟った。


「何すんのさ!?」


 なめられてはいけない。負けじとソロンも雪玉を作って投げ返す。

 ミスティンは首を振って、ひらりと雪玉を回避した。抜群の動体視力を活かした無駄のない動きである。


「たあっ!」

「ぐはっ!?」


 そうこうしているうちに、追撃の雪玉を受けた。赤髪に白い塊がべっとりと張りつく。

 どうやら投擲(とうてき)については、向こうのほうが長けているようだ。


「お前ら、楽しそうだな……」


 グラットは呆れるやら羨むやらの微妙な表情だった。


「ふっ、しょせんは子供だな」


 メリューは余裕の表情で、見下すような眼差しで二人を見ていた。


「えいっ!」


 ……が、ミスティンの雪玉がそんなメリューの頭に命中した。毛並みのよい銀髪が、衝撃に乱れる。

 ついでにソロンも背中に投げつけておいた。


「ぐぼぁっ! おのれよくも!」


 メリューの瞳が怒りに輝き、地面から五つの雪玉が浮かび上がる。

 正面、右斜め、左斜め……。雪玉は複雑な軌道を描いて、二人へと襲いかかった。


「のわっ!?」「うきゃっ!?」


 ソロンの顔が雪玉に(まみ)れた。ミスティンも同じようにして、顔面を押さえている。


「ふははっ! わが念動魔法を持ってすれば、雪合戦など児戯(じぎ)に等しい。どうだ、参ったか!」


 メリューは腰に手を当てて、勝ち誇った。

 児戯に等しいというか、雪合戦は児戯そのものである。実に大人げない。もっとも、見た目上の年齢で考えれば、相応の行為と言えなくもなかった。


「わわっ、反則だよ! こうなったら――」


 ミスティンは背負っていた風伯の弓を取り出した。……ひょっとして、風でも起こすつもりだろうか。


「お、おいっ、その辺にしとけよ!」


 慌てたように、グラットがたしなめたが遅かった。

 次の瞬間、雷が落ちた。

 いや、正確には雷が昇ったというべきだろうか。アルヴァの杖先から放たれた雷は、天の雲海に届いたのだから。

 雷音が静まり、雪原に静寂が訪れる。

 おずおずとアルヴァの顔色を(うかが)っていたミスティンだったが、


「……アルヴァもやる?」


 何を血迷ったのか、そんなことを言い出した。


「いい加減になさい! あなた達には緊張感がないのですか!?」


 何にせよ、アルヴァの堪忍袋が切れたのは確かだった。


 *


 五人は押し黙って歩き続けた。

 さすがのミスティンも反省したのか、大人しく歩いている。

 メリューすらも叱られた子供のように、尖った耳をしょんぼりと折りたたんでいた。

 グラットは触らぬ神に祟りなし――とばかりに、素知らぬふうだった。

 周囲に冷え切った空気が流れ続ける。


「いえ……別に、そこまで黙らなくともよいのですよ」


 空気に耐え切れず、先に折れたのは意外にもアルヴァだった。


「怒ってない?」

「怒っています」ミスティンの質問に、アルヴァは即答した。「ですが、くだらないことをしなければ、そこで矛を収めます。私は大人ですから」

「ほんと?」

「上帝はウソをつきません。だいたい……これでは私が悪いみたいではありませんか」


 ……当人も気にしていたらしい。ともあれ、これで空気がやわらいだ。


 そうこうしているうちに、目的の町が近づいてきた。

 町は白い柵のような物で囲まれていた。

 柵の形状は縦に曲線を描いており、上にいくほど先細っている。色が白いのは雪をかぶっているせいではないらしい。白い石かと思ったが、それも違うようだ。


「これって、もしかして……骨!?」


 間近で確認するや、ソロンは目を見張った。

 柵のような何かは、巨大生物の骨のように思えたのだ。だとすれば、信じられない程に大きな生物である。


「うむ、巨竜の骨だな。そのまま、竜骨の町などと呼ばれているぞ」

「わあ、面白いなあ……!」


 ミスティンはいつものように目を輝かせた。竜骨の柵を手で叩いて、コンコンと音を鳴らしている。


「壊れたりしねえだろうな?」

「心配いらん。竜の骨はそこらの木材よりも頑丈な素材だ。そうでなければ、柵になど使わんさ」

「何を思って、竜骨を柵に使おうと思ったのですか?」

「巨竜を倒した狩人達が、大量に余った骨で囲いを作ったのが始まりだな。最初は功績を誇示する目的だったようだが、いつの間にか人を集めることとなったようだ」

「はあ、こんなにおっきな竜を狩ったんだ。そりゃあ凄いねえ」


 狩人としての親近感か、ミスティンがしきりに感心していた。


「もっとも、さすがにこれ全てが一頭の骨ではないぞ。それ以降、狩人の間で柵を骨で作ることが、すっかり流行したのだ。よく見れば、竜以外の骨も混ざっておる」


 説明しながらも、メリューは門へと近づいていく。

 門も加工した骨で作られているようで、見るからにいかめしい。


「――――。――――――」


 メリューが声をかければ、番兵は不審がることなく門を開いた。中へと足を踏み入れながら、メリューは番兵と会話を交わす。


「うむ。やはり、獣王の手は入っていないようだな。では、ここの太守と会いに行くか」


 会話の成果をさっそくメリューが伝達してくれた。そうして、町の奥へと歩き出すのだった。

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