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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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異国の下界へ

 スエズアを発った翌日の昼には、偵察の船と落ち合えた。近場の小島にオデッセイ号を停泊させ、メリューが報告を受ける。

 メリューの見立通り、現状ではソルベイリにまで獣王の勢力は到達していないという。

 もっとも、今後までは分からない。既に住民は避難を始めているそうだ。しかし、こちらはそんな状況を気にしていられなかった。


 その日の夕焼け時には、ソルベイリ島が見えてきた。

 通常ならば、スエズアからまっすぐに北上しても二日はかかる。航路を()れながらも日程を縮めたのは、さすがはオデッセイ号といったところだろう。


「今日中にソルベイリの町までたどり着けそうだな」


 メリューは順調な進行に満足そうだった。


「今からだと、夜になりそうだけど大丈夫?」


 ソルベイリの町へたどり着くには島に入ってからも、しばらく歩く必要があるという。その分の旅程も計算に含める必要があった。

 ソロンの懸念に、メリューは「問題ない」と請け負い。


「少し暗くなるかもしれんが、魔物の多い島ではないのでな。町まで行って宿を取るとしよう。明日の朝には下界へ降りるぞ」



 ソルベイリ島は、外周を崖に囲まれた島である。雲海の中から、切り立った崖がそびえていた。


 メリューによれば人口は千人に満たない。首都近郊にしては乏しい規模だった。見た目通り、人が住むには向いていないようだ。

 崖に挟まれるように細い坂道が通っており、その下にはひっそりした桟橋(さんばし)があった。

 桟橋にはわずか二隻の竜玉船がつながれている。

 あれがこの島の港に当たるようだ。規模からすると、港というより船着き場と呼ぶべきだろうか。


 貧相な桟橋に(もや)(づな)を結びつけ、雲海の底へと(いかり)を降ろした。


「ここから先はもう引き返せん。覚悟はよいな」


 船を降りる直前、メリューは四人を見回して確認した。

 ここで下船するのは五人だけ。帰りの船は必要ない。ソロン達は下界を通り、アムイへと侵入するからだ。

 オデッセイ号は残った船員達が動かし、スエズアへ引き返すことになっていた。


「愚問ですわね」


 メリューの言葉を一蹴し、アルヴァは先陣を切って桟橋へと降りた。相変わらず、惚れ惚れするような気風(きっぷ)のよさだった。


 *


 船員達と別れの言葉を交わし、五人はソルベイリ島へと上陸した。

 雲岸部には平地がないため、村はやや奥まった場所にあるらしい。そういった地形も、この村が栄えない要因となっているようだ。


 日が陰りを見せていく中で、傾斜の険しい雪の細道を歩き続ける。木々が少ないので見通しはよいが、足元が悪いのはたまらない。滑らないように仲間と支え合いながら進んだ。

 土地に恵まれていないお陰で、魔物の気配がないのだけは幸いだった。


 数十分かけて村へ出た頃には、すっかり日が暮れていた。

 周囲を崖に囲まれた谷間の村である。

 小さな村であるため、街灯の類は存在しない。窓から漏れる明かりと、わずかに満ち足りない月光が白雪を映し出している。

 窓の明かりがない民家も多く、人気(ひとけ)は少ない。既に多くの人が避難したのか、あるいは元から過疎なだけなのか。


 メリューは足早に民宿へと向かった。そうして、ノックもそこそこに迷いなく宿を乞う。


「――――!?」


 メリューの姿を見て、鳥頭の主人は面食らっていた。子供のような相手に対して、平身低頭で応対してくる。メリューが貨幣を渡せば、そそくさと部屋へ通された。



「トリさん、びっくりしてたね」


 主人の姿を思い出して、ミスティンは愉快そうだった。


「やっぱそうだよな。お前、なんか脅したんじゃねえか?」

「人聞き悪いことを言うでない。あの者も銀竜の威光を前にしてひれ伏しただけだ」


 疑るグラットを、メリューは不機嫌そうに突っぱねた。支配者層たる銀竜の威光は、この村でも効果があるようだった。


 *


 翌朝、メリューの先導に従って、四人は村を歩いていた。メリューの足取りに迷いはない。彼女は昨夜の内に、宿の主人から情報を聞き出していたらしい。


「界門はこの下だそうだ」


 何の変哲もない広間の片隅。メリューが指し示した場所は、一見すると地下倉庫に通じていそうな階段だった。

 階段を降りて、暗闇の地下へと足を踏み入れる。

 アルヴァが蛍光石のブローチを胸元につけて、明かりに変えた。

 ……と、そこに蛍光石の光を吸い込む漆黒があった。

 一切の照り返しもない暗黒。奇妙な程にそこだけが、浮き上がるような黒となっている。


「うむ、これだな」


 メリューが浮き上がる闇を手で触って見せた。紛れもなく物質が存在している。それこそがアーチ状の黒い門――界門だった。


「相変わらず気色悪いぐらいに黒いぜ。……なあ、この界門ってのは一体なんなんだ?」


 グラットが今更の疑問をぶつけた。しかしながら、ソロンにとっても興味深い話である。間違いなくアルヴァも興味を持つだろう。


「界門は界門であろう。お前は何を言っているのだ」


 質問の意味が分からぬとばかりに、メリューが跳ね除けた。


「いや、どう考えてもおかしいだろうが!? なんで一瞬で場所を移動できるんだよ」

「ご存じでしたら、そこは私も(うかが)いたいところです。我々の国には今や存在しない技術ですから」


 案の定、アルヴァも興味を持った。


「そうか……。そちらでは失われてしまったのだな。これは古くからある空間魔法だ。空間同士を連結し、瞬時の移動を可能としているのだ」

「見ればそこまでは何となく推測できますが……。しかし、ドーマには今も技術が残っているのですね?」

「うむ。ドーマというよりは、我ら銀竜の秘蔵だがな。かつて、雲海と上界が生まれた時に、移動しやすいように作ったのだそうだ」


 淡々と説明するメリューだったが、ソロンは驚いて。


「雲海と上界が生まれた時って……!? それって、もう神話の時代じゃないの!?」

「雲海の誕生は二七〇〇年前の出来事だ。神話ではない。わが国にとっては歴史だ」

「雲海の成り立ちについて、記録が残っているのですか!?」


 アルヴァもソロンに負けじと驚きを見せた。


「そうだ。長命な銀竜は記憶と記録を併用して、物事を伝え続けてきた。もっとも……私もさほど詳しいわけではない。父様が生きていれば、聞けるのだろうがな……」

「ならば、今はこれ以上を追求しません。あなたのお父様を助けてから、ゆっくりと聞かせていただきましょう」


 メリューの父――第三君子の生死は不明である。それでも、アルヴァはあえてそう言った。


「うむ、そうしてもらえると助かるな」


 メリューも頷き、(ふところ)から何かを取り出した。

 赤い紋様が刻まれた黒いカギ……。ソロンが持つ界門のカギと全く同じ品だった。


「ソロンとおそろいだね。いいな~」


 うらやましげな眼差しを、ミスティンはカギへと向けた。


「界門の起動カギだからな。古くから形状は統一されている。……やらんぞ」


 なおもじっと見つめるミスティンを、メリューはあしらった。


「そのカギ……ドーマではありふれた物なのですか?」

「ありふれているという程ではない。下界の中でも、特定の場所でしか採れない鉱物だからな。持っているのは各町の代表者か、許可を得た商人か。それぐらいのものだろう」


 そう答えながら、メリューはカギを界門の柱へと密着させた。

 経験者のソロンには分かる。今、メリューは魔力を込め始めたのだ。

 メリューの魔力に従って、界門が共振を開始する。

 精神力の消耗を意に介さず、涼しい顔でメリューは続けた。何度も経験して慣れているのかもしれない。


 界門の振動が増していき、「ウゥゥゥン」という奇妙な音が鳴り響いた。

 門下の空間が光を放ちながら揺らぎ出す。暗い室内も今は光によって満たされていた。


「ゆくぞ」


 メリューが足を踏み出して、門へと入っていった。

 奇妙な光景ではあれど、四人にとってももはや慣れたものである。みな抵抗なくメリューの後ろへと続いていった。

 そうして、ソロン達は見知らぬ異国の地で、下界へと降りたのだった。

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