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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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妖の花

 密林の中で休憩と食事を取って、また一行は歩き出す。

 やがては、川が枝分かれしている地点に着いた。

 今まで南西方向に流れていた川が東側にも枝分かれしており、ゆく道をふさいでいたのだ。枝分かれしたぶんだけ川幅は狭まっているが、流れも急になっている。


「予想よりも流れが速いようですね。徒歩で渡るには厳しいかもしれません」


 川の流れを目にしながら、アルヴァが眉をひそめた。先へ進むには川の北岸から、南岸へと渡る必要があったのだ。


「陛下。もう少し流れのゆるやかな場所を探しましょう」


 部下の兵士が女帝へと進言し、彼女もそれに頷いた。

 ところが、しばらく歩いてみても、渡河(とか)に適した場所は見つからない。地図によると川は島の東端まで続いているらしく、迂回も困難なようだ。


「何か名案はないでしょうか?」


 アルヴァは手を頬に当てて、考え事をしている。


「例えば、川を凍らせてみるとかは?」


 駄目元でソロンが聞いてみた。もっとも、この一同に凍結の魔法を使える者がいることが前提だが。


「無理ですね。静かな沼ならともかく、流れる川となればそうはいきません。凍らせるにも膨大な魔力が必要でしょう」


 魔法は万能ではない。

 たとえ、川の一部を凍らせたところで、上流から迫る水が止まるわけではないのだ。凍った部分も瞬時に水流に飲まれるのが関の山――ということだろう。


「そんじゃあ木を橋にしたら、いいんじゃないっすか?」


 続いて提案したのはグラットだった。アルヴァは振り返って。


「しかし、この急流では流されてしまうのでは? 短時間で安定した橋を作るのは、それなりに手間でしょう」

「何本か渡せばいけると思いますよ。まるごと投げ入れたら、水の勢いも殺せますし」


 アルヴァは少し悩む素振りを見せたが、持ち前の理解力ですぐに頷いた。


「まるごと――とは枝葉(えだは)ごと投げ入れるという意味ですね。原始的なようで案外、悪くないかもしれません。つい魔法に頼った方法ばかり考えてしまうのは、私の悪い(くせ)ですね」


 こういった探検術は、グラットを始めとした冒険者に一日の長があるようだ。それはさしもの女帝も認めざるを得なかった。


 さっそく、男達が木を切り倒し始めた。

 川幅より背丈が高く、なおかつ枝葉の多い木が狙い目である。グラットも持ち前の怪力を発揮し、槍の一振りで一本を切り倒した。

 ただし、木を渡すのはグラットが口で言うほど簡単ではない。

 川の中程にある突き出た岩に木を引っかけて、少しでも安定させるように工夫する。結局は五本の木を架け渡すことで、橋として最低限の体裁を整えた。


「じゃあ、こうしておこう」


 と、ミスティンは縄を近くの木へとくくりつける。背中の矢を抜き出し、縄のもう一端を矢羽へと結んだ。

 弓を構えたミスティンは矢を勢いよく放ち、対岸の木へと突き刺した。

 これによって、両岸に縄がかけられた。


「相変わらず見事な技量ですね」


 感心するアルヴァに、ミスティンが謙遜(けんそん)する。


「それほどでもないです。でも、あんまり強く引っ張ったら矢が抜けるかも」

「分かっています。なら私が――」

「僕が行きます」


 アルヴァの声を(さえぎ)って、ソロンが宣言する。彼女の性格なら、危険を自ら買うのも何となく予想がついていた。

 即席の橋である以上、どうしても信頼性には難がある。だからこそ、最も身軽な自分が先陣を切ろうと考えたのだ。最初の一人が渡ってしまえば、縄をしっかりくくりつけることもできるだろう。


 ソロンは木の橋へと慎重に足を踏み出した。

 ミスティンの忠告に従って、あえて縄には手をやらない。

 最初はそのままゆっくり進んでいたが、途中から一気に跳躍して南の対岸へと着地した。


「猿みたいにすばしっこいやっちゃな、お前は」


 グラットが呆れ半分、驚き半分の声を上げた。

 ソロンは矢に結ばれていた縄をほどき、木へとしっかりくくりつけた。これで後続はもう少し安全に渡れるはずだ。

 ソロンは対岸のアルヴァへと目をやった。


「次は私が」


 そして予想した通りに彼女が立候補する。先陣こそソロンに譲ったものの、次は隊長として自分が渡るつもりのようだ。

 アルヴァは縄をつかみ、危なげない足取りで木の橋を渡ってくる。

 万が一、体勢を崩すようなことがあれば、急流に飛び込んででも助けるつもりだった。

 ……が、幸いその心配も甲斐なく、彼女はまもなく橋を渡り切った。


「ありがとう。縄を渡してくれて助かりました」


 アルヴァは丁重にソロンをねぎらってくれた。尊大なようで意外に丁寧なところもあるようだ。

 後の一行も、荷物を落とさないよう慎重に渡る必要があったが、どうにか川を渡り終えたのだった。


 *


 川を越えてしばらくすると、大きな花がたくさんある地点に着いた。

 人の頭がすっぽり包めそうな程に花は大きい。

 黄色い花びらの下には、短い茎が隠れている。茎が短いので花びらだけが直接地面に置かれているかのようだ。


「でっかい花だなあ」


 と、グラットが花びらを槍先でツンツンしている。


「やめなよ。何が起こるか分からないよ」


 ソロンは一応、注意してみるが、


「大したこたあねえよ。見ろ、ただのデカい花だぜ」


 グラットは取り合わない。


「ふむ……」


 調子に乗ったグラットを、アルヴァは冷ややかに見ていた。

 その視線に気づいたグラットは、さすがにバツが悪そうにする。慌てて槍を引こうとしたが――

 突如、花びらが閉じて槍先をつかんだ。


「のわっ!?」


 引っ張られそうになったグラットが、必死の形相で槍を引き抜く。

 その槍につられるように、茎が上に向かって大きく伸びた。

 ……いや、伸びたのではない、立ち上がったのだ。

 頭を露出して土の中に潜んでいた魔物が、こちらを感知して動き出したのだ。


 周囲にあった他の花も、次々と地面から全身を現した。

 髪のように見える花の下には、顔や胴体らしきものもある。色は多くの植物の例に漏れず緑だが、手が二本、足が二本――と形はどことなく人に似ていた。


「……花妖(かよう)の一種のようですね」


 至って冷静にアルヴァが言った。

 花妖とは森に潜む植物の魔物である。他の植物に擬態して、獲物を待ち構える性質を持つ。地域や個体によって擬態の方法も変わるため、見抜くのは難しい。

 花妖はこちらを囲むように立っていた。

 数は二十程度。集団で獲物を待ち伏せする知能も持っているようである。


 魔物はじわじわとこちらに近づいてくる。

 その動きは遅いが、ムチのように長い腕をしならせている。うかつに近づけば痛い目にあいそうだ。


 もっとも、長い腕もミスティンには関係ない。彼女は弓につがえて、さっそうと矢を放った。

 風を切った矢は花妖の顔らしき部分に突き刺さった。衝撃で体を大きくのけぞらせたが、なおも動く気配を見せている。

 大抵の動物は、顔を貫けばまともに動けなくなる。しかし、相手は植物――動物の常識は通用しないようだ。

 それでも足は止まった。

 そこをすかさず、グラットが槍で胴体を断ち切った。

 分断され地に落ちた花妖は、さすがに動かなくなった。


 その間、探検隊の一同も他の相手と戦っていた。

 ムチのようにしなる腕の攻撃をしのぎながら、剣を振り、魔法を放ち、立ち向かっていく。

 ソロンも飛ぶように迫る腕をかわしながら、一体を斬り伏せた。

 手応えからみて、さほどの相手ではない。この人数なら油断せずに戦えば、難なく勝てるだろう。

 アルヴァは雷撃で二体を焦がした。死骸から、ぶすぶすと煙が上がっている。


「炎は使わないのですか?」


 戦っている最中だというのに、アルヴァが声をかけてきた。息を乱した様子もなく、落ち着き払っている。


「引火したらまずいかなと思って……」


 それもそのはず、場所は樹木にあふれる密林である。火事を起こして仲間を巻き込んだら目も当てられない。


「少しぐらいなら構いません。私が後始末しておきますので」


 よほど刀の炎を見たいのだろうか? ともかく、消火する手段を持っているのだと理解する。

 ならば――と、樹木から離れた相手を見繕(みつくろ)う。そして、二体に向けて素早く火球を放った。あらぬ所に火球が飛ばないよう、刀は敵の足元へ向けていた。

 花妖の足に着弾した炎は、見る見るうちに全身へと広がっていく。魔物は体をよじるが、その程度で火が消えはしない。二体とも、たちまちの内に炎上して倒れ伏した。


「まだですよ」

「分かってます」


 アルヴァは注意をうながしたが、ソロンも油断していない。

 襲いかかってきた三体目の腕も斬り落とした。次の攻撃が来る前に火球を放ち、難なく三体目も焼殺した。


「お見事です。特に魔法と斬撃をつなぐ動きは、杖では絶対に真似できませんね。その剣も業物(わざもの)のようですが、それを実現するあなたの力量も相当なものでしょう」


 緊張感のない口調でアルヴァがこちらを評した。

 どうやら、ずっとこちらを観察していたらしい。それでいてサボっていたわけではなく、さらに二体の花妖を雷撃で仕留めていた。


 彼女は杖先の魔石を取り外し、水色の魔石へと交換した。手品師がカードを切るような手慣れた動作だった。戦いの最中でも交換できるように、訓練しているのかもしれない。

 アルヴァは燃え残った死骸へと杖を向けた。勢いよく水の魔法が放たれ、消火されていく。


「雷以外の魔法も使えるんですね」

「ええ、一通りは」


 一般に魔法を一種類でも使いこなせれば、それだけで魔道士を名乗るに値する。一通りと言えるほどに多くの魔法を使いこなせるならば、彼女の実力こそ相当なものだ。

 そんな会話をしているうち、既に戦いが終わっていたことに気づいた。



「す……すいませんした!」


 土下座せんばかりに、グラットがアルヴァに頭を下げていた。

 アルヴァは感情のこもらない目でグラットを見ていたが。


「……まあ、いいでしょう。あなたの行為に関係なく襲ってきた可能性も否定できませんから」


 無表情に淡々と述べるので、怒っているかどうかは判別がつかない。少なくとも、目に見えて怒っている様子はなかったので、グラットはほっと胸をなでおろしていた。

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