表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
239/441

邪教の起源

 大雲海を一隻の竜玉船――オデッセイ号が突き進んでいく。船団の仲間はなくなり、孤独な旅が続いていた。

 今も白雪は静かに降り続き、雲海の中へと吸い込まれるように消えていく。


 当面の目的地はソルベイリ島と呼ばれる場所。下界につながる界門がある地点だ。

 ドーマは帝国と異なり、現代でも下界との交流を持っている。……というよりも、上界から下界にまたがる国家がドーマなのだそうだ。そのため、多くの界門が現役で稼働しているという。


 界門はスエズア島にもあるそうだが、今回は使用しない。理由は単純にアムイから遠すぎるためである。

 下界には、竜玉船に匹敵する高速の移動手段は存在しないのだ。従って、危険のない範囲で、上界からできるだけアムイに近づくことが望ましい。

 その条件に合う行き先が、ソルベイリ島だったというわけだ。


 スエズア島から北へ二日。アムイ島から南東へ一日の距離にある島である。ソロン達はその島から下界へ降りて、さらには上界のアムイを目指す計画だった。



「先立ってソルベイリへ偵察を送っている。獣王軍もこの日数で他の島を占領する余裕はないと思うが、念のためだな」


 船首に立ったメリューが説明する。彼女はあくまで慎重に事を進めていた。

 獣王軍との遭遇を警戒するため、ソルベイリまでまっすぐに北上はしない。東寄りの航路を取って、途中の島を経由するようにした。

 スエズアより北方の島ともなれば、多くが人の居住域となる。未開の島で、魔物に怯えながら停泊する必要はなかった。


 *


 そして、翌朝。

 束の間ではあったが雪は止み、空は快晴となった。


「いまのところ順調だね。また、あのウツボみたいなのが来たら、絶体絶命だったろうけど……」


 ソロンは平穏な船旅に、胸をなでおろした。


「そうだな。まあ奴らとて、あれほどの魔物をいくつも投入できまい。だからこそ、ザウラストの勢力はこの程度で済んでいるのだ」

「確かにそうか」


 メリューの認識に、ソロンも同意を示す。


「――あれは切り札の一つと考えたほうがよさそうだね。でもあいつらも、帝国とドーマの同盟がよっぽど嫌なんだな」

「獣王は他国を侵略し奴隷を連行することで、軍備を増強していた。そして、その軍備をもって我らと戦を行うのが戦略だろう。二国が手を組めばそれが崩れる。嫌がるのは当然であろうな。邪教に魂を売ってでも、妨害したかったわけだ」

「ザウラスト教団か……。しっかし、あいつらも活動範囲が広いよな。帝国に、イドリスに、ドーマか」


 グラットは過去を思い出すようにして、三本の指を立てた。

 ラグナイ王国と組み、イドリスの王都を陥落させた。

 緑の聖獣グリガントを送り込み、帝都を混乱に(おとし)れた。

 そして、先日に受けた巨大ウツボによる襲撃……。

 上界と下界の壁、帝国とドーマの壁……。それらの壁を越えるために、ソロン達は随分と苦労したのだ。しかし、ザウラスト教団はその二つの壁を悠々と越えて、暗躍していた。


「順序が違うぞ」


 ところがメリューはグラットの言葉に異を唱えた。


「――奴らはそもそも、ドーマで(おこ)った教団だ。近年になって勢力を拡張し、イドリスや帝国まで触手を伸ばしたのだ」

「そうなの!?」


 思わぬ情報に、ソロンは身を乗り出した。


「よければ、詳しくお聞かせ願えますか?」


 アルヴァもこれには興味を持ったようだ。

 様々な形で暗躍する謎の教団ザウラスト……。その一端でも、つかめるかもしれないのだ。


「少し長い話になるぞ」


 メリューはゆったりと頷き、断った上で語り出した。


「――今より四百年近く前、とある銀竜族の男が罪を犯した。罪状は呪海にまつわる禁術の研究だ」

「呪海か……。頭からその言葉が出るんだね」


 ソロンは下界に広がる呪海を脳裏に浮かべた。

 あらゆるものを溶かし、下界を死の世界へと染めていく赤黒い海……。それを崇めるのが、現ザウラスト教団の特徴である。


「そうだ。教団と呪海は切っても切り離せない。今も昔もな」

 メリューは頷き、さらに話を続ける。

「――当初、男の目的は呪海の阻止だった。下界を(むしば)む呪海を(はば)み、来たるべき終末を止めようとしたのだ。その目的を歪めたのが、国内の内紛だった」

「――五年に渡った内紛を治めるため、男が目をつけたのが呪海だ。呪海の力を借りることで、戦いに活用できないか――そう考えたわけだな。男は下界で奴隷を買いあさり、凄惨な実験をしたと記録されている」

「要するに人体実験ってことか。最初から壊れてやがんだな、あいつらは」

「ああ、倫理的には最悪だ。だが成果も残した。上界に戻った男は、自ら編み出した術をさっそく披露したのだ。そなたらも知っておろうが、魔石から魔物を召喚する術だ。……結果、戦いは男の所属する陣営が勝利した。内紛は終結し、男は英雄として迎えられるはずだった」

「もったいぶるなよ。英雄にはならなかったんだろ」

「空気読みなよ。せっかくメリューが演出してるんだし」


 グラットの頭をミスティンがはたいた。


「……続けてよいか?」


 話の腰を折られたメリューが、不服そうにアルヴァを見た。


「どうぞ」

「男の召喚した魔物は歯止めなく暴れ回り、味方にも甚大な被害をもたらしたのだ。それを考慮してもなお、男の功績は大きかった。……だが、仲間であるはずの者達も、その不気味な術を大いに恐れた」

「功よりも罪を追及されたわけですね?」

「うむ……。結果として男は捕らえられ、監獄の島へと収監された」

「なんで殺さなかったの? やっぱり、英雄だったから?」


 ミスティンの質問に、メリューは首を横に振った。


「その男もまた君子だったからだ。庶子とはいえ、君子に対する処刑は前例がなかった」

「なるほど、私と同じですわね」


 皮肉げな笑みをアルヴァは浮かべた。

 帝都における神獣の召喚――その責を問われた彼女は、処刑こそなかったものの下界への追放を受けたのだ。表面的ではあるが、その男の境遇と似ていた。


「さて、監獄に囚われた男だったが、その信奉者は少なくなかった。手段を選ばなかったとはいえ、英雄でもあったのだからな。外部からの協力を得て、男は難なく脱獄を成功させたのだ。そして――」


 メリューはそこで一つ息を吸った。ようやく話が終わろうとしていた。


「――再び下界に戻った男――ザウラストは自らの名を冠した組織を結成した。それが教祖ザウラストと、今日(こんにち)のザウラスト教団だ。……以上」

「……ってことは、設立時から、お前らはあの教団の仇だったわけか。なんせ、教祖様じきじきに恨みを買ったわけだからな」

「そういうことにもなるな。もっとも、教団の目的は我らへの復讐ではない。あくまで、自らの教義の実現のようだ。どちらにせよ、対立が避けられんのは変わらぬがな」

「教義っていうと、あの呪海云々ってヤツか……。とっとと、お前らの国でやっつけてくれりゃあ、俺らが苦労しなくてもよかったのによ」

「そう簡単な話でもない。父様を含む、ドーマの英傑達が幾度も教団を滅ぼそうとした。だが、その度に連中は所在を変えて、逃げ延びてきたのだ。近年は他の国家に取り込むことで、勢力を拡大しているようだな」

「宗教っていうのは、結構しぶといからね」


 宗教家の家庭に生まれたミスティンが、相槌(あいづち)を打った。


「ええ、わが帝国もかつては神竜教会を弾圧し、根絶しようとしたこともありましたが……。強い反対を受けて、結局は国教として取り込まざるを得ませんでした」


 アルヴァの語りには、どこか無念さがにじみ出ていた。合理主義者の(さが)で、基本的に宗教というものが嫌いなのだろう。


「ザウラストが宗教を作ったのも、そういう計算があったのかもね。実際、ラグナイ王国にもうまく溶け込んだみたいだし。……ところで、メリュー。ザウラストが教団を創ったのは分かったけど、今はどうなってるの?」


 今の話によれば、ザウラスト教団は四百年にも渡って存続する組織である。となると何らかの形で、指導者を継承する仕組みがなくてはならない。

 そんなソロンの問いかけに、メリューはあっさりと答えを返す。


「今も指導者は教祖ザウラストなのだそうだ」

「今も――って、四百年前って言ってなかった? 銀竜ってそこまで長生きなんだ?」

「いいや、銀竜の基準でも不可能に近い長命だ。ただ少なくとも連中は、ザウラストの存命を主張している。もっとも、姿を確認したわけではないがな」


 口振りからみて、メリュー自身もあまり信じていないようだった。


「まだまだ、謎の多い組織のようですね。ともあれ、有意義な話をありがとうございました」


 アルヴァは丁重に礼を述べた。

 二つの世界へと根を伸ばすザウラスト教団……。これから戦う獣王も、その力を利用してくるのは間違いなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ