表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
238/441

ラーソンの過去

「ふぅ……」


 会議が終わるや、メリューは椅子にもたれて溜息をついた。


「メリュー、お疲れ様だね」


 会議中は大人しかったミスティンが、メリューを気遣った。


「明日は早くから出発する。そなたらは早めに休んでおけ」

「メリューは休まないの?」

「アムイを脱出した者達が来ているのでな。もう少し話を聞こうと思う」


 難儀そうにメリューは立ち上がった。


「あんまり無理しないでね。そろそろ、子供は寝る時間だよ」

「だから、子供扱いするでない。こう見えても体は丈夫で、そなたらよりも歳上だ」


 そう言いながら、メリューはジャコムを連れて去っていった。

 メリューのそばに座っていたラーソンも、彼女に続くかと思いきや、


「お疲れ様でした」

 こちらへと声をかけてきた。

「――私は、上界でジャコム太守と行動を共にしますが……。メリュー殿下のことは皆様に託します。なにとぞ、よろしくお願いします」

「ええ。こちらこそ、部下のことをお願いします。彼らも心細い立場でしょうから、あなたしか頼れる方がいないのです」


 それに応じたのはアルヴァだった。

 上界に残る帝国人について、まさか通訳なしで放置はできない。そのため、ラーソンも上界へ残ることになったのだ。


「申し訳ありません。あなた方を巻き込んでしまって……」


 相も変わらず、ラーソンという男は腰が低かった。


「いいえ、私達もここまで来たのです。獣王を排し、大君の元でドーマと同盟を締結(ていけつ)させてもらわねばなりません」


 謝るラーソンに、アルヴァが意気込みを見せて応えた。


「はは……そうですか。正直なところ、私はドーマという国にさほどの愛着はないのですがね。結局は、成り行きで連れてこられた場所ですから」


 ところが、ラーソンはあっけらかんと心情を吐露した。

 メリューがこの場にいないからこそ、人間としての本音を話している。どこかそんな印象を受けた。


「案外、薄情なんだな。てっきり、あんたは心からあっち側なんだと思ってたが」


 グラットが非難するというよりも、驚くように言った。


「……私はカンタニア州の生まれだと、以前にお話しましたよね」


 気を悪くするでもなく、ラーソンは語り始めた。


「――故郷の町が獣王軍に襲撃された時、私はまだ十歳でした。両親と妹は死に……生き残った私だけが拉致(らち)され、竜玉船に積み込まれたのです」


 ラーソンの年齢は、三十代の半ばといったところである。ならば、今からおおよそ二十五年ほど前のことだろうか。


「ひょっとして……あなたはマカンの出身でしょうか?」


 ラーソンの顔を覗き込むようにして、アルヴァは言った。


「まさか、ご存知でしたか……。カンタニアの北、マカンの町……。私はそこの領主の息子でした。よく私の出身地が分かりましたね?」

「分かるも何も……あれは今世紀最悪の惨劇ですから。八千人いた人口の大半が死亡、または行方不明……。生き残った者も町を捨て、カンタニアへと避難しました。結果、カンタニアより北の町は全て消滅……」

「ええ……。帝国に戻って、故郷が滅んだと知った時は落胆しましたよ。期待はしてませんでしたが、それでも事実として知らされると……」

「お気の毒でしたね。祖父ベオカークに代わり、住民の保護に力及ばなかったことを謝罪いたします」


 アルヴァはラーソンに向かって、頭を下げてみせた。


「ああ、いえ……恐縮です。陛下が生まれる何年も前のことですので……」


 困ったようにラーソンは苦笑したが、それから話を続けて。


「――ともあれ、そうして私はわけも分からぬうちに、獣王の傘下の島へと連行されてきたのです」

「あなたの他に、連れて来られた方は?」

「故郷からは百人を超える人間が連行されていました。軍備を拡大するため、獣王は鉱山の発掘を行う奴隷を欲していたようです」

「鉱山ですか……。あまり人道的な扱いは望めなかったでしょうね」


 ラーソンは頷いて。


「奴隷として扱われていた中で、命を落とした仲間も多くいました。私は領主の息子だったこともあって、みな気を使ってくれたのですが……。中には、数少ない食べ物を分けてくれる人もいて――」


 辛い日々に思いを馳せたのか、ラーソンはそこで言葉を切った。しばらくして、また口を開き。


「――地獄の日々が一変したのは、十六歳の時でした。他の島から来た軍勢が、島から獣王の手下を駆逐したのです。後からそれが第三君子――メリュー殿下の父君の軍だと知りましたが……。ともあれ、全ての奴隷が獣王の手から解放されました」

「他の皆も含め、故郷へ帰ることはできなかったのですか?」

「叶いませんでした。何度も遠征していた獣王と違って、大君は帝国の地理をほとんどつかんでいませんでしたから。帝国への遠征は危険を伴いますし、我々を帰国させる利点はなかったわけです。……ただ、君子様だけは例外でした」

「例外と言いますと?」

「あの方だけは帝国人を帰国させ、帝国と組むことを主張していました。今回の件も、それがようやく叶ったのだとも言えます」

「そういうことでしたか。ならば、あなた以外の人間も健在なのですか?」

「無事ならば、アムイに何十人かいるはずですよ。順調なら、今頃は彼らの帰国について相談する予定だったのですがね……」

「ラーソンさんは、やっぱりこれからもドーマ人なんですか?」


 ラーソンの口振りからすると、彼自身は帰国の対象外のようだ。真意を探るため、ソロンは質問を投じた。


「故郷も滅んだ上に、ここでそれなりの待遇を頂いてますからね。少なくとも、私自身は帝国人に戻ることはないでしょう」


 一呼吸置いてから、ラーソンは続けた。


「――ですが、マカンの領民だった方々までそうとは限りません。歳を経て亡くなった者もいれば、ドーマに根を下ろした者もいる。けれど、今も国への帰還を待ち望んでいる者もいます。そういった者達には、生きているうちに帝国の土を踏ませてあげたい」

「分かりました。アムイの奪還がなった(あかつき)には、希望者を帰国するように手配しましょう」


 迷いのない口調で、アルヴァは断言した。


「ありがとうございます。あなたのような方が、あの頃の皇帝だったら――と、今になって思いますよ」

「それは買い被りすぎでしょう。皇帝というのも存外不自由で、思い通りにならないことばかりです。私が皇帝だったとしても、適切な対処ができたかどうか……」

「そうでしょうか? 聞きましたよ。北方を守るために、あなたは随分と無茶をしたのだとか。皇帝として、二度も防衛のために戦ったのは立派なことですよ」

「その後に酷い失敗をして、失脚してしまいましたけれどね」

「まあ、それは……。失敗は誰にでもあることですから」


 困った顔のラーソンは、無難な一般論で乗り切ることにしたようだった。


「そう言えば……。ラーソンさんは助け出されて、すぐにメリューの教育係になったんですか?」


 一段落したようなので、ソロンは話題を変えてみた。


「ええ、歳が近くて、帝国語を話せる教育係が欲しかったのだとか。これでも、故郷では一番の秀才でしたからね」


 と、ラーソンは少しだけ得意げに笑った。


「昔のメリューってどうだったの? やっぱりかわいい?」


 傍観(ぼうかん)していたミスティンも、こちらの話題には興味を惹かれたらしい。


「それはもう、小さくて今以上に愛らしかったですよ。それこそ、見た目は幼児同然でしたし。だから、実際は三つ下だと聞かされて驚きました。……態度の大きさだけは、最初から年齢以上でしたけど」

「なるほどな。ありゃ、やっぱり生まれつきってわけか。それで、あんたはあいつへの恩があるってわけだな」

「大した恩はないですね。どちらかというと、わがままに散々付き合わされた記憶のほうが……。あるとすれば、仕事をくださったことぐらいでしょうか」


 ラーソンは笑って、そんなことを(のたま)った。

 それでも、彼はすぐに表情を真剣に変えて、


「――ですが、二十年も一緒だと情も湧くものなのですよ。ですから、メリュー殿下のことをお願いします」


 重ね重ねラーソンは、深々と頭を下げたのだった。

 ドーマという国には愛着がない――そういったラーソンの言葉は真実だろう。

 その一方で、メリューという娘には家族としての愛情を持っている。そんなラーソンの心境が垣間見えたのだった。


 *


 ジャコムとその部下の尽力によって、船の修繕は夜通しで行われた。数日かかるはずだった作業を、昨日の昼下がりから今朝にかけて、強引に終わらせたのである。

 そうして、一行はスエズアを離れることになった。

 別れる兵士達に向かって、アルヴァは訓示を述べていた。


「両国の友好のため、私は戦ってきます。あなた方もご協力ください。敵はカンタニアを長年苦しめてきた獣王と、そのしもべ達です。無理に命を散らすことは望みませんが、帝国人として恥じない活躍を期待しています」

「上帝陛下のご命令とあらば!」「アルヴァネッサ様もどうかご無事で!」


 兵士達も規律正しく返事を返す。

 旅の間、彼らも忠実にアルヴァの下で働いてくれていた。

 それは先頭に立って戦うアルヴァの姿が、兵士達に良い印象を与えたためだろう。彼女の指揮下を離れることに不安はあるが、懸命に働いてくれると信じたい。


『メリュー殿下、お美しい人間のお嬢様方、どうかお気をつけて。私のほうでもできる限りの勢力を結集し、獣王へと総攻撃をかける所存です』


 ジャコムも別れの挨拶をし、それをラーソンが通訳する。挨拶は女限定なのかと、突っ込みたくなったが気にしないでおく。


『太守殿のご協力に感謝いたします。ご武運を祈ります。それから、この着物も大事にさせていただきます』


 アルヴァもドーマ語で丁重に応えた。彼女の語学勉強は順調に進んでいるようだった。

 見送りを受けて、船はスエズア港を()ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ