メリューの決意
首都である大都アムイの陥落……。
ラーソンの口から語られたのは、驚くべき事態だった。
「状況は相当に不利なようです。大君と第一君子は、真っ先に襲撃を受けてお亡くなりに……。他の島へ逃げ延びた方もいるようですが、他の君子様の生死は不明です」
「君子というのは、大君の子のことですね? ということは……」
聞き慣れない言葉の使い方に、アルヴァが確認をする。君子という言葉は、帝国だと主に人格者の意味合いで使われることが多い。
「ええ、メリュー殿下の父君――第三君子様も消息不明です。魔物相手に奮戦する姿を見た者もいたそうですが、その後のことは……」
「そういうことですか……。しかし、あなた方の首都は、そこまで脆弱な防衛体制なのですか?」
納得できなかったらしく、アルヴァはラーソンに問いかけた。
「そんなわけなかろう。アムイを守る兵は強靭にして、数は甚大。要塞化された周辺の島との連携によって、獣王の艦隊が来ても寄せつけぬ」
それに答えたのはメリューだった。ジャコムが立ち去ったため、こちらと話す余裕ができたらしい。
「じゃあ、なんで陥落したの?」
矛盾するメリューの説明を、ミスティンが遠慮なく突く。
「逃げ延びた者の報告によれば、内部から突如魔物が現れたらしい」
「魔物を……? 魔物をどうやって運んだのですか? まさか、島中の魔物を集めたのでしょうか?」
「いや、アムイ島にはさして凶悪な魔物はおらん。危険なものは駆除しておるからな。どうやら敵は魔石のような物を使って、魔物を持ち込んだらしいのだ。まぎれもなくザウラスト教団の仕業だろう」
「ザウラスト!? ザウラストってあのザウラスト教団!?」
聞き知った名前に、ソロンは驚き叫んだ。
「そうだ、そなたらも知っていたか。獣王は何年か前に、ザウラストと手を組んだようなのだ」
「予感はありましたが……。やはり、あの巨大なウツボもザウラストの仕業でしょうね。似たような魔物を何度か見ましたから」
アルヴァは確信を深めたらしい。
メリューもそれに頷いて。
「そうかしれんな。私は、あのような魔物を見たのは初めてだが……」
そうして、メリューはゆっくりと横に首を振って。
「――いや、今はそんなことを話している場合ではないな。そなたらは国へ帰るがいい。苦労をかけたことは申し訳ないが、状況が変わってはやむをえん」
大君の孫娘は、紫の瞳をソロン達へと向ける。
「メリューはどうする気?」
ソロンは緑の瞳で、真正面からメリューを見た。
「……島々から勢力を結集し、アムイへ向かう。獣王の好きにはさせられん」
「だったら、僕達も――」
ソロンがそう言いかけたところで、メリューが遮った。
「帰れと言ったであろう。これ以上、客人に迷惑はかけられん」
「そうもいきません。友好条約の締結に、獣王に捕らえられたと思しき調査隊の捜索……。私の用事は何も終わっていないのです。この私に、手ぶらで帰れとおっしゃるのですか?」
アルヴァの言葉はいつもながらに傲慢で、力強かった。
「そなたの顔に泥を塗ったことには謝罪する。この通りだ」
対照的に、メリューはしおらしく頭を下げる。
「――のちに助けられた者があれば、私の責任で船と一緒に送り返そう。時間はかかるかもしれんが――」
「承服できません。重要な仕事は人任せにせず、自分で完遂する主義ですので」
しかし、ピシャリとアルヴァが言いのけた。
「そういうことだよ。諦めなよ」
ミスティンがメリューの髪をくしゃくしゃにかき回す。
「やめんか!」
と、メリューは叫んだが、すぐに神妙な顔となって。
「……本当に、協力してもらってよいのだな?」
「もちろんさ。獣王もザウラストも、僕達の敵だしね」
「まっ、観光旅行で帰るにしても、ちと物足りんわな。俺様が一肌脱いでやるよ」
ソロンとグラットが頷けば、
「……すまぬ」
メリューはペコリと頭を下げた。
「お、おいおい、似合わねえな。いつも通り、偉そうにしとけよ」
グラットは調子を外されて狼狽しているようだった。
「すみません。私からもよろしくお願いします」
話の流れをじっと見守っていたラーソンも頭を下げた。彼にしても、メリューが独断で突っ走るのには懸念があったのだろう。
「もっとも、無策での猛進は感心しませんよ。他に分かっている情報はありませんか?」
アルヴァの質問に、メリューは言葉を濁す。
「ううむ……。二人の君子――ハジン伯父様と父様については生きているやもしれん。だがそれだけだ。アムイから続々と避難者が来ているようだが、今のところ目ぼしい情報はない。相当な混乱があったらしく、先程話したことが全てだ。今もジャコムが情報を集めてくれている」
「そうですか」と、アルヴァは考え込んで。「アムイ島に関して、船が停泊できる場所はいくつありますか? 正規の港以外のものがあれば、それを教えてください」
「南の大きな港だけだ。北・西・東は険しい山に囲まれているため、現実的ではないな。そもそも、そういう地形を選んで造った町なのだ」
「つーことは、港に入る段階で一戦交える覚悟がいりそうだな。そりゃ大変だ」
グラットは表情で否定的な考えを示した。
「そうとも限らんぞ。上帝、そなたが聞いているのはアムイへの侵入路だな?」
「ええ、その通り」
「あるぞ、ただし港ではないがな。ソロン、そなたなら分かるか?」
「僕が?」
急に名前を呼ばれて、ソロンは戸惑った。
アルヴァではなく、ソロンを指名する理由はなんだろうか。
「……え、あっ! もしかして下界を通るのかな?」
ドーマは上界と下界にまたがる国だと、メリュー自身が語っていた。ゆえに、界門を使った下界からの移動――恐らくはそれに違いない。
「正解だ。下界から、アムイの地下へと通じる経路が存在している」
「なるほど……。それで、使えそうな道はあるのですか? 敵に待ち伏せされるようでは、実用に適しませんが」
「問題なかろう。何百年か昔までは使われていた道だが、今は要人だけが知る避難通路となっている。使い勝手はよくないが、なんといっても城内に直通している。潜入には好都合だろう」
「多少の不便には目をつぶりましょう。使えそうですわね」
メリューの説明に、アルヴァは満足そうに微笑んだ。
*
覚悟を決めたメリューは速やかに動き出した。
さっそく、ジャコムを呼び出して作戦会議を開いたのだ。
ソロン達ももちろん会議へと参加した。ラーソンの通訳を頼りに、ジャコムやその側近と共に意見を出し合った。
作戦の大筋は、アルヴァと事前に話した通り。
ドーマ連邦内の島々から勢力を集め、雲海からアムイへと攻め寄せる。同時に別働隊が、下界を経由してアムイ城へ直接侵入するという流れだ
城内への侵入は、メリュー自らが指揮を執ることになった。
侵入は秘密裏に行うため、少数精鋭が望ましい。必然的に、ソロン達四人もそれに同行する形となった。
「我らの目的は二つ」
メリューが指を立てながら、ソロン達へ帝国語で説明する。それをラーソンが、ドーマ語でジャコム達へ連携していく。
「一つは敵中枢の撹乱だ。理想が獣王の殺害なのは言うまでもないが、容易ではなかろう」
「獣王は城内に留まるとお考えですか?」
アルヴァの質問に、メリューは首を横に振る。
「明言はできん。彼奴が大人しく城内にいるかは不透明だ。城内にいるようなら殺害の機会を窺う。雲海へ向かうようなら、城で騒ぎを起こして背後を突けばよい」
「承知しました」
アルヴァは目線で、メリューに続きを促した。
「もう一つは要人の救出だ。もっとも、君子達の消息が不明なのは、先程話した通りでもある。これについては目的地へ向かいながら情報収集を続行し、その結果次第で方針を決める。どちらにせよ、城内へ突入する流れは変わらぬから覚悟しておけ」
「任せとけ。いつどこで暴れるかだけは頼むぜ」
グラットも余裕の態度でこれを受けた。
そうして、会議は続く。
当初、メリューがするつもりだった役目は、ジャコムが引き継ぐことになった。
すなわち、勢力を結集し、雲海からアムイへ攻め込む役目である。こちらはこちらで、正面から獣王へ挑む大役だった。
状況が状況だけに、十分な勢力を結集する時間的余裕はない。不十分な戦力で、戦いを挑まざるを得なかった。有利に進められるかどうかは、メリュー達の活躍にかかっている。
「少数精鋭と言った通り、我々は一隻で下界へと向かう。人員が必要となれば、下界で協力者を集うつもりだ。船はそなたらの旗艦でよいな?」
「俺は構わねえぞ」
「ええ、オデッセイ号を使いましょう」
グラットとアルヴァが顔を見合わせて頷く。
「残りの二隻はどうする? ここで待たせておくか?」
メリューは慎重に確認を取った。
残りの二隻とは帝国籍の二隻のことだ。
船の扱いというよりも、帝国の兵士や船員の扱いを尋ねているのだろう。なんといっても、彼らは帝国人である。ドーマ人のために、命を懸ける義務はない。
「いえ、部下達にも太守へ協力させます。大規模な戦闘は想定していませんが、後方支援ならば問題ないでしょう」
アルヴァが決定し、これで計画が定まった。