表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
237/441

メリューの決意

 首都である大都(たいと)アムイの陥落……。

 ラーソンの口から語られたのは、驚くべき事態だった。


「状況は相当に不利なようです。大君と第一君子は、真っ先に襲撃を受けてお亡くなりに……。他の島へ逃げ延びた方もいるようですが、他の君子様の生死は不明です」

「君子というのは、大君の子のことですね? ということは……」


 聞き慣れない言葉の使い方に、アルヴァが確認をする。君子という言葉は、帝国だと主に人格者の意味合いで使われることが多い。


「ええ、メリュー殿下の父君――第三君子様も消息不明です。魔物相手に奮戦する姿を見た者もいたそうですが、その後のことは……」

「そういうことですか……。しかし、あなた方の首都は、そこまで脆弱(ぜいじゃく)な防衛体制なのですか?」


 納得できなかったらしく、アルヴァはラーソンに問いかけた。


「そんなわけなかろう。アムイを守る兵は強靭(きょうじん)にして、数は甚大(じんだい)。要塞化された周辺の島との連携によって、獣王の艦隊が来ても寄せつけぬ」


 それに答えたのはメリューだった。ジャコムが立ち去ったため、こちらと話す余裕ができたらしい。


「じゃあ、なんで陥落したの?」


 矛盾するメリューの説明を、ミスティンが遠慮なく突く。


「逃げ延びた者の報告によれば、内部から突如魔物が現れたらしい」

「魔物を……? 魔物をどうやって運んだのですか? まさか、島中の魔物を集めたのでしょうか?」

「いや、アムイ島にはさして凶悪な魔物はおらん。危険なものは駆除しておるからな。どうやら敵は魔石のような物を使って、魔物を持ち込んだらしいのだ。まぎれもなくザウラスト教団の仕業だろう」

「ザウラスト!? ザウラストってあのザウラスト教団!?」


 聞き知った名前に、ソロンは驚き叫んだ。


「そうだ、そなたらも知っていたか。獣王は何年か前に、ザウラストと手を組んだようなのだ」

「予感はありましたが……。やはり、あの巨大なウツボもザウラストの仕業でしょうね。似たような魔物を何度か見ましたから」


 アルヴァは確信を深めたらしい。

 メリューもそれに頷いて。


「そうかしれんな。私は、あのような魔物を見たのは初めてだが……」


 そうして、メリューはゆっくりと横に首を振って。


「――いや、今はそんなことを話している場合ではないな。そなたらは国へ帰るがいい。苦労をかけたことは申し訳ないが、状況が変わってはやむをえん」


 大君の孫娘は、紫の瞳をソロン達へと向ける。


「メリューはどうする気?」


 ソロンは緑の瞳で、真正面からメリューを見た。


「……島々から勢力を結集し、アムイへ向かう。獣王の好きにはさせられん」

「だったら、僕達も――」


 ソロンがそう言いかけたところで、メリューが(さえぎ)った。


「帰れと言ったであろう。これ以上、客人に迷惑はかけられん」

「そうもいきません。友好条約の締結(ていけつ)に、獣王に捕らえられたと(おぼ)しき調査隊の捜索……。私の用事は何も終わっていないのです。この私に、手ぶらで帰れとおっしゃるのですか?」


 アルヴァの言葉はいつもながらに傲慢(ごうまん)で、力強かった。


「そなたの顔に泥を塗ったことには謝罪する。この通りだ」


 対照的に、メリューはしおらしく頭を下げる。


「――のちに助けられた者があれば、私の責任で船と一緒に送り返そう。時間はかかるかもしれんが――」

「承服できません。重要な仕事は人任せにせず、自分で完遂(かんすい)する主義ですので」


 しかし、ピシャリとアルヴァが言いのけた。


「そういうことだよ。諦めなよ」


 ミスティンがメリューの髪をくしゃくしゃにかき回す。


「やめんか!」


 と、メリューは叫んだが、すぐに神妙な顔となって。


「……本当に、協力してもらってよいのだな?」

「もちろんさ。獣王もザウラストも、僕達の敵だしね」

「まっ、観光旅行で帰るにしても、ちと物足りんわな。俺様が一肌脱いでやるよ」


 ソロンとグラットが頷けば、


「……すまぬ」


 メリューはペコリと頭を下げた。


「お、おいおい、似合わねえな。いつも通り、偉そうにしとけよ」


 グラットは調子を外されて狼狽しているようだった。


「すみません。私からもよろしくお願いします」


 話の流れをじっと見守っていたラーソンも頭を下げた。彼にしても、メリューが独断で突っ走るのには懸念があったのだろう。


「もっとも、無策での猛進は感心しませんよ。他に分かっている情報はありませんか?」


 アルヴァの質問に、メリューは言葉を濁す。


「ううむ……。二人の君子――ハジン伯父様と父様については生きているやもしれん。だがそれだけだ。アムイから続々と避難者が来ているようだが、今のところ目ぼしい情報はない。相当な混乱があったらしく、先程話したことが全てだ。今もジャコムが情報を集めてくれている」

「そうですか」と、アルヴァは考え込んで。「アムイ島に関して、船が停泊できる場所はいくつありますか? 正規の港以外のものがあれば、それを教えてください」

「南の大きな港だけだ。北・西・東は険しい山に囲まれているため、現実的ではないな。そもそも、そういう地形を選んで造った町なのだ」

「つーことは、港に入る段階で一戦交える覚悟がいりそうだな。そりゃ大変だ」


 グラットは表情で否定的な考えを示した。


「そうとも限らんぞ。上帝、そなたが聞いているのはアムイへの侵入路だな?」

「ええ、その通り」

「あるぞ、ただし港ではないがな。ソロン、そなたなら分かるか?」

「僕が?」


 急に名前を呼ばれて、ソロンは戸惑った。

 アルヴァではなく、ソロンを指名する理由はなんだろうか。


「……え、あっ! もしかして下界を通るのかな?」


 ドーマは上界と下界にまたがる国だと、メリュー自身が語っていた。ゆえに、界門を使った下界からの移動――恐らくはそれに違いない。


「正解だ。下界から、アムイの地下へと通じる経路が存在している」

「なるほど……。それで、使えそうな道はあるのですか? 敵に待ち伏せされるようでは、実用に適しませんが」

「問題なかろう。何百年か昔までは使われていた道だが、今は要人だけが知る避難通路となっている。使い勝手はよくないが、なんといっても城内に直通している。潜入には好都合だろう」

「多少の不便には目をつぶりましょう。使えそうですわね」


 メリューの説明に、アルヴァは満足そうに微笑(ほほえ)んだ。


 *


 覚悟を決めたメリューは速やかに動き出した。

 さっそく、ジャコムを呼び出して作戦会議を開いたのだ。

 ソロン達ももちろん会議へと参加した。ラーソンの通訳を頼りに、ジャコムやその側近と共に意見を出し合った。


 作戦の大筋は、アルヴァと事前に話した通り。

 ドーマ連邦内の島々から勢力を集め、雲海からアムイへと攻め寄せる。同時に別働隊が、下界を経由してアムイ城へ直接侵入するという流れだ


 城内への侵入は、メリュー自らが指揮を()ることになった。

 侵入は秘密裏に行うため、少数精鋭が望ましい。必然的に、ソロン達四人もそれに同行する形となった。


「我らの目的は二つ」


 メリューが指を立てながら、ソロン達へ帝国語で説明する。それをラーソンが、ドーマ語でジャコム達へ連携していく。


「一つは敵中枢の撹乱(かくらん)だ。理想が獣王の殺害なのは言うまでもないが、容易ではなかろう」

「獣王は城内に留まるとお考えですか?」


 アルヴァの質問に、メリューは首を横に振る。


「明言はできん。彼奴(きゃつ)が大人しく城内にいるかは不透明だ。城内にいるようなら殺害の機会を(うかが)う。雲海へ向かうようなら、城で騒ぎを起こして背後を突けばよい」

「承知しました」


 アルヴァは目線で、メリューに続きを(うなが)した。


「もう一つは要人の救出だ。もっとも、君子達の消息が不明なのは、先程話した通りでもある。これについては目的地へ向かいながら情報収集を続行し、その結果次第で方針を決める。どちらにせよ、城内へ突入する流れは変わらぬから覚悟しておけ」

「任せとけ。いつどこで暴れるかだけは頼むぜ」


 グラットも余裕の態度でこれを受けた。


 そうして、会議は続く。

 当初、メリューがするつもりだった役目は、ジャコムが引き継ぐことになった。

 すなわち、勢力を結集し、雲海からアムイへ攻め込む役目である。こちらはこちらで、正面から獣王へ挑む大役だった。


 状況が状況だけに、十分な勢力を結集する時間的余裕はない。不十分な戦力で、戦いを挑まざるを得なかった。有利に進められるかどうかは、メリュー達の活躍にかかっている。


「少数精鋭と言った通り、我々は一隻で下界へと向かう。人員が必要となれば、下界で協力者を集うつもりだ。船はそなたらの旗艦でよいな?」

「俺は構わねえぞ」

「ええ、オデッセイ号を使いましょう」


 グラットとアルヴァが顔を見合わせて頷く。


「残りの二隻はどうする? ここで待たせておくか?」


 メリューは慎重に確認を取った。

 残りの二隻とは帝国籍の二隻のことだ。

 船の扱いというよりも、帝国の兵士や船員の扱いを尋ねているのだろう。なんといっても、彼らは帝国人である。ドーマ人のために、命を懸ける義務はない。


「いえ、部下達にも太守へ協力させます。大規模な戦闘は想定していませんが、後方支援ならば問題ないでしょう」


 アルヴァが決定し、これで計画が定まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ