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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第七章 天を衝く塔
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スエズアの町

 雪が次第に勢いを増していく。

 そして、ついに一行はその目にした。

 ドーマの地図に載るスエズアと呼ばれる町。今回の遠征では、初めての町だった。


 白い雲海の中に浮かぶ銀世界。

 スエズアには、至るところに雪が積もっていた。

 島の中央は峻険(しゅんけん)な山岳になっており、それを囲むように都市部が作られている。


 もっとも、今はそのいずれもが白く覆われていた。

 山の頂上からふもとまでを雪が覆っており、針葉樹林の枝葉も白く染まっている。

 多くの建物は木造で、巧みに組み上げられている。雪は屋根にも降り積もっており、住民達がそれを掃除して落としていた。

 帝国の言葉では、『雪かき』と呼ぶ作業らしい。


 雪が落とされたところから、本来の屋根の色である朱色が垣間見えていた。屋根の形が三角形なのは、雪を落としやすいようにするためだろうか。

 帝国お得意のコンクリートもここにはない。ソロンは異なる文化圏へとやって来たのだ。


「渋い色使いが雪と調和していてニクいねえ」


 ミスティンがよく分からない品評をした。一応は褒めているらしい。


「亜人の文明はどんなものかと思いきや……立派な港町ではありませんか」


 これにはアルヴァも強く興味を惹かれたらしく、感嘆の声を漏らした。


「うむうむ、そうだろう」


 いつの間にか背後にいたメリューも、満足そうにしていた。


「――もっとも、ドーマ語には港町という概念はないがな」


 さらに、彼女は意味深な言葉を付け足す。

 それを聞いたアルヴァは少し考え込んで。


「なるほど……。こちらでは、全ての町が島と一体なのでしたね。内陸の町がないならば、港町という概念も不要なわけですか」

「理解が早いな、上帝。ドーマでは島と町、町と港は切っても切り離せない。そして、こちらからすれば、帝国がある島は『大陸』とも表現すべき巨大なものだ。中には黄金郷などと呼んで羨望(せんぼう)する者もいるな」

「大陸か……」と、ソロンはつぶやく。「意味はなんとなく分かるけど、耳慣れない言葉だね」


 それを言うならば、下界の大地こそが究極の大陸といえそうだ。なんせ下界というのは、大地がどこまで続いているのかも分からないのだ。


「耳慣れぬのも当然だ。文化や環境が違えば、当たり前のものが当たり前でなくなるのだからな。私も母様やラーソンから聞かなければ、お前達の話を理解できなかっただろう」


 話を聞いているうちに、ソロンはハッと思い至った。


「あっ! ってことはもしかすると、それが目的なの? 獣王は広い陸地が(うらや)ましいんじゃ?」

「それは大いにあるだろう。広大な土地はそれだけで魅力となりうる。人、作物、家畜、資源……。ドーマでは到底手に入らない規模のものばかりだ」

「そんで帝国に攻めてくるってわけか? たまったもんじゃねえなあ」


 苦々しい顔でグラットが言った。旗艦の船長である彼は、双眼鏡越しに港の様子をつぶさに確認した。


「この町に太守と呼ばれる領主がいるのですね?」


 話が一区切りついたと見てか、アルヴァは話題を転換した。それがこの町に寄った目的なのだ。


「スエズアの太守ジャコムは信頼できる男だ。周辺の島を傘下に収めた有力者でもある。獣王の好きにはさせんだろう」


 どんな人物かは分からないが、少なくともメリューは信頼しているようだった。


 *


 木の桟橋(さんばし)で組み上げられた港へと、船が近づいていく。

 雪の降る中ではあるが、桟橋に雪は積もっていない。恐らくは港の作業員の努力の賜物だろう。


 ソロン達が乗る旗艦オデッセイ号が、桟橋のそばに(いかり)を下ろした。続いて、他の六隻も桟橋へと接舷していく。それなりに大きな港のようで、全ての船が無事に停泊できそうだ。


 ざわめきと共に、亜人達が旗艦のそばへと集まってくる。そこには多種多様な亜人の姿があった。

 犬、猫の顔をした二足歩行の亜人。馬の姿をした四足の亜人。ずんぐりとしたモグラの亜人。思わず踏みつけてしまいそうな小さなネズミの亜人……。


 いずれも自らの体に合わせた服を着こなしている。生まれついての毛皮があるため、雪の中でも暖かそうだ。

 トカゲの亜人は寒さに弱いのか、顔の大半を覆うような厚着をしていた。……いや、よく見れば口が大きすぎる。トカゲではなくワニかもしれない。

 軟体動物のような亜人もいたが、ソロンの知識ではよく分からなかった。服をまとった結果、より一層得体の知れない姿になっている。


「うっわぁ、色々いるねえ」


 楽しそうな歓声を上げたのはミスティンだ。


「おいおい、随分と人気じゃねえか。襲ってきたりしねえだろうな?」


 対照的にグラットはどこか不安げだった。

 住民の視線が、一様にこちらの船へと注がれていたのだ。種族の多彩な亜人から一斉に注目される状況は、どことなく威圧感がある。


「まあな。帝国の竜玉船を見るのは皆、初めてだ。特にこの旗艦は見た目にも優れておる。注目を集めるのは当然だろう」


 メリューは視線にも動じず涼やかだった。彼女にとっては、自国への帰還である。不安よりも安堵を感じているのかもしれない。

 もっとも、彼女の言葉にウソはないようで、実際に亜人達の表情に敵意は見られなかった。

 どちらかというと、奇妙な物、新しい物を見るような好奇心に満ちている。ひとまず、船が襲われる心配はなさそうだった。


「まあ、何と言っても俺様の船だからな」

 と、グラットは調子に乗る。

「――けどよお、船はともかく俺達人間は大丈夫なんだろうな?」

「確かに……。僕も自信ないなあ」


 ソロンもそれには心配を(つの)らせる。

 ここは亜人ばかりが暮らす異国である。人間である彼らは、さぞかし目立つに違いない。


 無論、多種族が暮らすという点ではイドリスも変わらない。

 だが、そのイドリスにしても(いさか)いがなくなるまでは苦労があったと伝わっている。

 何よりも、帝国はドーマにとって敵国のようなものだ。そこに住む者達に敵視される可能性は大いにあった。


「心配症だな、そなたらは。大したことにはならんから見ておれ」


 メリューはあっさりとソロン達の懸念を切り捨てた。

 そうして、自ら先頭を切って下船する。


「私達も行きましょう」


 相変わらず肝の据わったアルヴァが、帝国代表として先陣を切った。態度は冷静だが、紅い瞳には好奇心の輝きがあった。


「ワクワク……」


 ミスティンも胸の高鳴りを抑えきれないようで、それに続く。

 ソロンも慌ててアルヴァの隣に走って取りついた。どんな危険があるか分からない以上、護衛として警戒せねばならない。


「しゃーない、俺も行くか。まあ面白そうなのは確かだしな」


 と、グラットも意を決する。何だかんだで、彼も冒険者魂の持ち主なのだ。

 船団には合計で数百人もの人員がいる。さすがにいきなりそれだけの人数で、太守の館へ押しかけるわけにはいかない。

 大半は船に残し、まずは数十人で太守の屋敷を目指すことになった。


 *


 目的地となる屋敷は丘の上にあったため、一目で分かった。

 ひときわ高い塔は監視塔だろう。その下にある大きな囲いが、太守の敷地のようだ。朱色に塗られた屋根が、囲いを越えて覗いていた。


 塔を目印に、丘の上へと続く街道を登っていく。

 ソロン達が町を歩いても、さして注目は集めなかった。多少は注目されているが、それは単に人数が多いからだろう。

 メリューが言った通り、本当に杞憂(きゆう)だったようだ。


 それもそのはず。この港町は余りに多くの種族であふれているのだ。行き交う『人』の種族や服装には、ほとんど統一感が見られない。

 強いていえば、服装にメリューやラーソンのような着物が多い程度である。

 そもそも二本足ではなく、体の構造が異なる種族も混ざっているので統一の仕様もなかった。これではちょっとやそっと奇抜な格好をしていたところで、目立つはずもない。


「本当に色んな種族がいるんだね。イドリスの場合でも町ごとに、もっと(かたよ)ってるのが普通だけど」

「もちろんドーマだって、島ごとに種族の偏りはあるぞ。だがスエズアはドーマの南方でも大きな町だからな。連邦中から多種多様な種族が集まってくるのだ」


 ソロンが疑問を漏らせば、メリューが答えてくれた。

 殿下自ら観光案内を務めてくれるらしい。この辺りの気さくさは、アルヴァにも通じるものがある。

 しばらく歩けば、脇道の向こうに木造以外の建物も見えてくる。どうやら、統一感があるのは港から始まる主要な街道だけらしい。


「う~ん、ごった煮だねえ。私としてはこっちのほうが面白いかな」


 ミスティンが物欲しそうな目で脇道の向こうを眺めていた。

 石造りや土造り、あるいはわらぶき屋根の建物が入り混じっている。建物の造形も、好き勝手に組み上げられているような印象を受けた。

 決して立派な建物ばかりではないが、どことなく野生のたくましさを感じさせられる。多数の種族が入り交じるドーマ独特の光景だった。


「そちらには行かぬからな」


 と、メリューがミスティンの袖を引っ張る。


「メリューのケチ」

「ケチではない。後でいくらでも見ればよかろう」


 自分より見た目が幼い娘に、(さと)されるミスティンだった。

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