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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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メリューの秘密

 旗艦オデッセイ号に戻ったソロンは、さっそくアルヴァの元へと駆けつけた。

 甲板(かんぱん)にいたアルヴァは、ミスティンの腕の中でぐったりとしていた。目をつぶっていて起きる気配がない。


「大丈夫……だよね?」


 恐る恐るとソロンが息遣いを(うかが)う。


「大丈夫、眠ってるだけ」


 と、ミスティンが答えてくれる。


「部屋まで運んだほうがいいかな?」


 ウツボの犠牲になった船もあるため、戦いの事後処理も必要だった。けれど、今のアルヴァには無理をさせられない。


「うん」


 ミスティンはアルヴァの体を差し出すように、軽く押した。ソロンが運べということらしい。

 アルヴァをそっと持ち上げて、ゆっくりと歩き出す。ミスティンもその後ろに従った。

 階段を降りる手前で、アルヴァの寝顔が動いた。


「……ソロン?」


 彼女はかすかに薄目を開けて、ささやくように声を出す。


「そうだよ、元気?」

「疲れただけです、問題ありません。……そちらもケガはありませんでしたか? 小舟を吹き飛ばしてしまいましたが……」


 アルヴァは腕を伸ばし、こちらの背中へと回した。抱きつくような姿勢になって、顔が近づく。


「どうってことないよ。あれぐらいは覚悟してたから。ウツボを倒せたなら安いもんさ」

「そうですか……。私の魔法であなたを傷つけてしまったらと、心配で……」

「吹き飛ばされたのは、私もなのだが……」


 と、後を追ってきたメリューが小さくボヤいた。


「ああ……メリュー殿下もお疲れ様でした」


 アルヴァは今気づいたとばかりに、メリューを見た。ところが、そこでハッとしたように目を見開いて。


「救助作業はどうなっていますか?」

「既にみな救助に出ておる。グラットの奴も頑張っているようだな。できることはもうなかろうから、上帝は休んでおれ」


 ぶっきらぼうな口調ながら、メリューは気遣いを見せた。


「いえ、そんなわけには――……」


 そう口にした時には、もはや限界だったらしい。アルヴァの言葉が途切れた。見れば瞳が閉じてしまっていた。


 *


 寝室に寝かせたアルヴァをミスティンに任せ、ソロンは甲板へと戻った。

 雲海を見渡せば、数多くの小舟が救助作業に当たっていた。

 破損した一隻を除く船が、備えつけの小舟を救助に送ったのだ。旗艦の船長たるグラットも、自ら救助作業の先頭に立っていた。

 そんな中、メリューは船の後尾に立って、救助作業の様子を眺めていた。


「救助はうまくいってる?」


 ソロンが聞けば、


「半分ぐらいは助かりそうだ」


 メリューは感情を交えず、淡々と答えた。


「そっか……」


 半分というのは、破壊された一隻の乗員の半分ということだろう。恐らくは数十人ほどが、命を失ったはずだ。

 今回の遠征には、遠目にもメリューと親しげな者が数多くいた。

 アルヴァにしても信頼しているからこそ、ソロン達を選んでくれたのだ。それと同じで、メリューも信頼できる者を特に選んで、連れ立ってきたのは想像に難くない。


「気にすることはない。あの絶望的な状況を考えれば、順調といってもよいぐらいだ」


 内心では彼女も相当な葛藤(かっとう)を抱えているはずだが、決して表には出さなかった。

 その時、救助に出ていた小舟の一隻が戻ってきた。


「殿下~!」


 そして、その小舟からメリューへと呼びかける男の声。そこに立っていたのは人間の男。彼女の部下――ラーソンだった。


「ラーソン! 無事であったか!」


 メリューは手すりから身を乗り出すようにして、ラーソンへと応えた。心の底から安心したかのような表情が、そこに浮かんでいた。


「よかったね」

「うむ……」


 こみ上げる感情を抑えるように、メリューは言葉少なに頷いた。


「やっぱり、大切な人を失うなんて経験は、少ないほうがいいから」


 ソロンも今年、父を失って一度は故郷を離れなければならなかった。その時は、母や兄を初めとした多くの者達の身を案じたものだった。


「そうだな」

 とメリューは頷いたが、しばらく間を置いて。

「――念のため言っておくが、ラーソンとは恋人とか、つがいとか、そういう関係ではないぞ」

「はは……さすがにそれは思わないよ」


 仮にそうだとしたら、年齢的に犯罪臭がするな――と思ったが、口にしないでおく。


「ならよい。誤解されてはたまらんからな」


 メリューは大切な人という言葉自体は否定しなかった。だからきっと、恋人ではなくともラーソンは家族のような存在なのだろう。


「じゃあ、親子みたいな感じかな?」


 見た目上はそれが一番ふさわしい。例えれば、アルヴァとマリエンヌのような関係だろうか。


「それも違うな。どちらかといえば、ラーソンは兄のようなものだ。実際、歳の差もそれぐらいだしな」

「えっ!?」「んだとっ!?」


 ソロンは驚きに声を上げた。いつの間にか背後にいたグラットも叫んでいた。


「えっ――とはなんだ? いやそれより、船長。救助は終わったのか?」


 メリューはグラットへと視線を転じた。


「救助できたのは二十七名。うち負傷者が五名だ。回収した遺体が十名。行方不明が八名……。引き続き行方不明者を探しているが、望みは薄いな」


 竜玉帯を付けずに雲海へ落ちたか、はたまたウツボに飲み込まれたか。どちらにせよ、行方不明者が見つかる望みは乏しかった。


「いや、よくやってくれた。あまり長く時間をかけてもらう必要はない。あのようなバケモノが他にいる可能性も否定できん以上、この雲域に留まるのも安全とは言えぬ。この後は、一息にスエズアを目指したほうがよかろう」

「ああ、分かったぜ」


 と、頷いたグラットだったが、急に神妙な表情でソロンを見た。


「――……ところで、ソロン。メリューに聞きたいことがあるんじゃないか? えぇ?」


 クイクイっと、ソロンの脇を小突いてくる。


「聞きたいことって何?」

「とぼけんなよ。そりゃ、アレに決まってんだろ?」

「……自分で聞きなよ」


 少し考えた結果、グラットの意図は理解した。理解したからこそ、安易に承服できない。


「お前のほうが女受けいいだろ? お前だって実は興味あんだろ?」

「いや、ないと言えばウソになるけど……」


 ……実は物凄く興味があった。


「なんださっきから? 言いたいことがあるならはっきり言え。女々しいぞ」


 メリューは銀の柳眉(りゅうび)をひそめて、二人をにらみつける。


「いやなに、ちょっとした質問があってな。親睦を深めるためにも、謎は潰しておきたい」


 グラットが恐る恐る切り出した。


「聞くのは構わんぞ。答えるかどうかは別だがな」

「……だそうだ。さあ、行け!」


 グラットがそのままの勢いで続けるのかと思いきや、ソロンの背中を押した。


「……メリューって何歳?」


 好奇心に負けて、ついにソロンは口にした。

 グラットも『こいつ本当に言いやがった』的な表情で、固唾(かたず)をのんでいた。

 何気ない風を装っていたが、実のところ皆が気になっていた。その謎が今明かされるのだろうか。


「この世に生を受けて、三十三年になるな」


 渋ることもなく、メリューはあっさりと答えた。


「うげっ! その見てくれで俺より歳上なのかよ……」


 グラットは、心底奇妙なものを見たような目をしていた。亜人の年齢不詳ぶりに免疫のあるソロンでも、やはり驚きを隠せない。


「ふん、思い知ったか小童(こわっぱ)めが。これでも、銀竜の中では成長の早い部類なのだ。なんせ私には半分、人間の血が混ざっているのだからな」

「んあ、そうなのか? 道理で亜人にしちゃあ人間っぽいと思ったが」


 ソロンにとっても初耳の情報だった。


「もしかして、君の帝国語が達者なのも、その関係?」


 せっかくなので、この機にもう少し聞いてみたい。


「ああそうとも、母は帝国人だった。幼少の頃から、母とはこの言葉で会話をしていた。人間は短命ゆえ、数年前に亡くなったがな」

「そうだったんだ……」


 それでソロンにも理解できた。メリューにとって帝国語は母より伝えられたものであり、文字通りもう一つの母語(ぼご)なのだ。

 彼女の母がどのような来歴かは、あえて聞かなかった。

 恐らくはラーソンと同じで、帝国北方の民が獣王軍にさらわれてきたのだろう。それ以外は考えにくい。少なくとも、母子の仲は悪くなさそうだったのが幸いである。


「というわけで、私の半分は人間だ。ゆえに、銀竜の皆ほど長くは生きられぬだろうな……」


 どこか(はかな)げに彼女はつぶやいた。銀竜という種族の中で生きる者として、疎外感を持っているのかもしれない。


「お前も結構、苦労してんだな。……まあ元気出せよ。人生は長けりゃいいってもんじゃねえさ」


 グラットはポンポンとメリューの肩を叩く。


「ふん、お前に(なぐさ)められるとはな……。私は……あと百年も生きられんだろう……」

「……長くね?」

「短いぞ。銀竜というのは、数世紀にも渡って生きる種族だからな」


 紫色の瞳はどこか遠いところを見つめていた。

第六章『果てしなき大雲海』完結です。

……といっても、見ての通りこの章は部の前半に過ぎません。

ドーマでの本格的な冒険は、第七章『天を衝く塔』から始まります。

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