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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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雲海を翔ける雷鳥

 ウツボが体をくねらせながら、グングンと加速してくる。こちらも必死で小舟を漕ぐが、距離を詰められているのは疑うべくもない。


「ぎゃあっ、死ぬう!?」


 あまりの恐怖にソロンの声が裏返った。アルヴァには見せられない情けない姿である。


「お、落ち着け! ここまでは狙い通りであろう!」


 あまり落ち着いていない声で、メリューが叱咤(しった)した。

 そもそも狙いは陽動なので、追ってこなければ失敗なのだ。その点はメリューが認識している通りである。だからといって、あの勢いでは……。


「けどっ! 追いつかれちゃう!」

「任せろ! まだ手はある!」


 メリューは振り返って、ウツボへと視線をやった。


「何する気!?」


 と、ソロンも後ろへ視線をやる。

 モワモワと霧のように、雲海から雲が巻き上がった。雲はウツボの頭を包み込み、その視界をふさいだ。


「これで目くらましにはなるだろう」

「すごいね、そんなこともできるんだ!」


 念動魔法は雲海のような、流体ですら操作できる。その事実にソロンは驚くしかなかった。


「それより、漕ぐ手に集中しろ!」

「分かった!」


 もっともな指摘にソロンも納得し、逃げることに意識を集中する。

 ウツボは頭を振って、雲を振り払おうとしていた。それにつられてか、体までをジタバタさせている。その動きに呼応して、雲の飛沫(しぶき)が巻き上がった。


「今が好機ぞ!」

「うん、行こう! メリュー!」


 ここからは一直線に旗艦へと向かうだけだ。今なら十分に距離も取れるはず。後は全てをアルヴァがやってくれるだろう。

 旗艦はゆるやかな速さで、ウツボから離れていこうとしている。作戦のため速度を少し落としてくれているようだ。

 それをソロン達の小舟が追いかける。少しずつ距離が縮まっていく。


 作戦通りなら、このまま旗艦のすぐ脇を通り過ぎることになる。

 小舟を追いかけるウツボは、旗艦へとほぼまっすぐに向かってくるだろう。そこにアルヴァの雷鳥が炸裂して決着――というわけだ。

 ところが――


「ぬ……。もう来たぞ!」


 メリューは顔の向きも変えずに叫んだ。人間よりも聴覚などの感覚が優れているのかもしれない。

 ソロンも振り向いて確認する。

 ウツボの動きが予想以上に速い。想定よりも小舟に接近されている。これでは直線上に誘導したところで、こちらまで魔法に巻き込まれてしまう。


 もう一度引き返して、距離を取るべきか……。しかし、それでウツボを巻けるだろうか。巻けたところで、次が今よりうまくいく保証はない。

 この機会を逃してはならない。


「まだいける! 少しだけ右に!」


 まずは小舟の舳先(へさき)を少しだけ右に転じる。それを見逃さず、ウツボも追跡してくる。


「どうする気だ? やり直すなら、もっと大きく右に曲がったほうが――」

「いや、左に戻して。そのままオデッセイ号の後尾を、斜めに横切るよ」

「なるほど……了解した!」


 メリューも即座にこちらの意図を理解してくれた。

 二人の力を合わせて、舳先を左へと戻す。角度を斜めにしながらも、アルヴァがいる旗艦の後尾へと近づいていく。

 こうやって位置関係を斜めにすれば、雷鳥に巻き込まれる可能性を抑えられる。ただし、アルヴァにはうまく狙いをつけてもらう必要があった。


「ぐっ、だが追いつかれるぞ! もう一度、念動魔法をやるか!?」


 そうこうしているうちにも、ウツボはグングンとこちらとの距離を詰めてくる。

 それも覚悟の上ではあるが、あまりに近づかれては計画に支障が出てしまう。


「いや、待って!」


 念動魔法では相手を雲に包んでしまう。それでは、アルヴァの魔法から標的を隠してしまいかねない。


「むっ、どうするのだ?」

「来るよ!」


 ソロンがそう言った瞬間――

 瞬速の矢がウツボの頭部に突き刺さった。風をまとった矢は鋭い衝撃で、ウツボをひるませる。

 けれど、ウツボの巨体を止めるには威力が足りない。稼げたのはわずかな間でしかなかった。


 もっとも、ソロンが欲しかったのはそのわずかだ。

 アルヴァの隣に立つミスティンが、得意気な顔で親指を立てる。

 そして、ついに小舟は旗艦の真後ろを横切ろうとしていた。ウツボは今も小舟の後ろを追跡している。


「今だ! 行けっー! アルヴァ!」


 ソロンはアルヴァにも届くように、大声で叫んだ。

 途端、アルヴァの杖先にあった光が一気に輝きを増した。


 爆発するような光と共に、雷鳥の魔法が放たれた。

 いかづちが宙を飛翔し、雲海へ向かって飛びかかる。

 そこはソロン達の小舟が通り過ぎた後……。そして――今そこにウツボが通りかかろうとしていた。

 光に気づいたウツボは、目がくらんだのか頭を狂ったように動かした。それに伴い、胴体が激しく蛇行する。


「まずいっ……!?」


 これでは頭部への直撃は叶わないかもしれない。

 ソロンがそう思った瞬間には、雷鳥は激突していた。


 まばゆい光と轟音が後に残る。

 衝撃の余波で、ソロン達の小舟も(あお)りを受ける。ソロンはメリューの小さな体を抱きしめて、体勢を低くした。

 小舟が宙に浮き、奇妙な浮遊感が二人を襲う。


「ぬおっ!?」


 メリューの悲鳴が上がる。

 余波は止まらず、小舟はついに転覆(てんぷく)した。

 ソロンはメリューを抱えたまま、雲海へと落ちていく。


 底知れない落下への恐怖。

 支えてくれるのは、腰の竜玉帯に仕込まれた竜玉のみ。人生二度目の経験ではあるが、簡単に慣れるものではない。

 下から強風を受けるような独特の抵抗と共に、ソロンは雲海へと浮き上がった。


「し、死ぬかと思ったぞ……」


 竜玉帯を付けていないメリューも、一緒になって浮かんでくる。竜玉を体内に持つという話に、偽りなかったようだ。

 ソロンは(はぐ)れないようにメリューの手を握りしめて。


「どうにか助かったみたいだね……。それより――」


 問題なのはウツボだ。

 雷鳥はうまく標的に当たったのだろうか。これほどの衝撃が起きたからには、命中したのだと考えたいが……。

 もし、敵が健在だったなら、雲海に取り残された二人は絶体絶命である。たちまちウツボの胃袋に収まることだろう。


 ソロンは見極めようと、必死で目を凝らすが、敵の姿は巨大な霧に包まれていた。蒸発した雲海が膨大な霧を作っていたのだ。

 耳をつんざく音は収まり、霧が次第に晴れ始めた。


 *


「おお……!」「やった……!」


 雲海に浮かびながら、メリューとソロンはそれぞれの歓声を上げた。

 ウツボの頭と胴体は切り離され、二つのかたまりとなって雲海に浮かんでいたのだ。


「それにしても、今のは父様の……。いや、純然たる人間がこれほどの魔法を使うとはな……」


 さしものメリューも、アルヴァの魔法には恐れをなしていた。


 ウツボが頭を振り動かしたせいで、雷鳥の魔法は頭部に命中しなかった。

 それでも雷鳥は、ウツボの首を斜めに切り裂いたのだ。いや、切り裂くというよりは、エグるといったほうが正しいだろうか。

 残った巨大な頭は、これまた巨大な眼で虚空をにらんでいる。いまだ生きているかのように、不気味な形相である。


「きゃっ……!」


 思わずソロンは悲鳴を上げてしまった。


「どうした」


 手を握ったまま、間近からメリューがこちらを覗く。


「いや……今一瞬、頭がピクッと動いたような……」

「ふむ……」

 と、メリューはウツボの頭をジッと見て。

「――大丈夫だ、死んでおる。まだ死体には熱と電気が残っているはずだからな。それで死体が動いただけであろう」

「そ、そうだよね……はあ」


 力が抜けて溜息が出た。ソロンはようやく人心地(ひとごこち)つくことができそうだった。


「くくっ、そなた、怖がりだな。あれだけの大立ち回りを演じておいて……」

「悪かったね。自覚はしてるよ」

「いやいや、馬鹿にはせんさ。そなたは()いやつよのう」


 と、メリューは片手でソロンの頭を撫でる。子供のような少女に子供扱いされるのは、奇妙な気分だった。


「は、はあ……。船に戻ろうか」


 人心地ついたら、アルヴァのことが心配になってきた。あの雷鳥の魔法は、消耗が非常に大きいのだ。か細い体にまた無理をさせてしまった。


 ソロンは転覆した小舟へと目をやった。あれを起こして旗艦に戻るとしよう。

 ……が、小舟は思いのほか遠くに浮かんでいた。雷鳥の衝撃の凄まじさを思えば、仕方ないことではあったが……。

 試しに手足をバタつかせて見るが、あいにく雲海には水のような抵抗がない。ゆえにほとんど推進力が得られなかった。


「なんだ、そなた泳げんのか?」


 メリューが不思議そうにソロンを見つめていた。


「……普通の人間は泳げないと思うよ。水の中ならともかくさ」

「ふはは、人間は仕方ないな。どれ、私が引っ張ってやろう」


 銀竜族の少女は、得意満面の笑みでソロンに手を伸ばした。


 人間には真似できない動きで、メリューは雲海を泳いでいく。ソロンも彼女に手を引かれながら、小舟を目指した。


「ソローン!」


 名前を呼ぶ娘の声が聞こえて、ソロンは振り返った。


 旗艦の左舷から、顔を出していたのはミスティンだ。左手を元気いっぱいに振っている。

 そして、その右手にはアルヴァが支えられていた。彼女は手すりにもたれかかるようにして、こちらをジッと見ていた。

 遠目に見ても、その憔悴(しょうすい)が見て取れる。それでも、ソロンを心配して顔を出してくれたのだろう。


「うまくいったよ!」


 雲海に浮かんだままソロンは手を振って、二人に健在を伝えた。

 アルヴァは手を振り返す余裕もないようだったが、それでも柔らかい笑みで応えてくれた。

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