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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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密林の島

 竜玉船に残る船員達の見送りを受けて、探検隊は浜辺を進んでいた。

 浜辺から見渡す限り、ベスタ島の大半はやはり密林に覆われているようだった。

 目的の遺跡は密林の奥深く――島の中央部にあるという。

 密林の遥か上空を、大きな灰色の鳥が飛び回っている。距離が離れているため、よくは分からないが相当に大きいようだ。もしかしたら、鳥ではなく翼竜かもしれない。


「狩っていいかな?」


 それを見て、唐突に言い出したのはミスティンだった。どうやら、狩人の血が騒ぐらしい。


「いくらあなたでも、あの距離は届きませんよ。それに我々は狩りに来たわけではありません。余計な刺激を島の生物に与えないように」


 ピシャリとアルヴァが跳ねのけた。


「ごめんなさい。狩りは諦めます……」


 叱られたミスティンが目に見えてしょげる。どうやら密林での狩りを楽しみにしていたらしい。

 その様子を見て、アルヴァが困ったように少しだけ優しく言う。


「……まあ食料が途切れたら、その時は狩猟の腕前をお見せください。今のところは十分にありますので、万が一の話ですけれど」


 ミスティンもそれで気を取り直した。この二人の関係はソロンにもよく分からない。


 アルヴァ率いる一行は、密林の中に足を踏み入れていた。

 今、季節は春のはずだが、そのわりに蒸し暑い。帝都がある本島よりも、位置が南となるせいだろうか。


「ちくしょう、鎧なんて着てこなけりゃよかった……」


 帝国兵がぼやいている。鎧に兜に具足にと、見るからに暑苦しい。


「俺達みたく軽装にすりゃよかったのにな」

「ああ、全くだぜ……。まあ、これが俺達の制服なんでな」


 冒険者の物言いに帝国兵も同意する。兵士達とは対照的に冒険者は軽装が多かった。

 辺りには奇妙な植物や動物が多数生息していた。

 ソロンの身長ほどに高さがある巨大な紫の花があれば、人のように不気味な叫び声を上げる鳥もいる。


「余計な刺激を与えぬよう気をつけてください。中には人に危害を加える動物もいるかもしれませんので」


 アルヴァが注意をうながした。視線がどことなくミスティンを向いているが、当人は素知らぬふうだった。

 それにしても見れば見るほど、アルヴァは密林を進む探検隊の隊長には似つかわしくない。しかも、放っておくと軽快な足取りで、先頭を進もうとするので危なっかしい。


 どちらかと言えば慎重な性格のソロンだが、負けじと先頭に立つようにした。いくらなんでも彼女を前に立たせて、平気でいられるほど臆病ではない。


 ちらほらと密林の合間に石造りの建物らしきものが見えてきた。

 建物は(こけ)蔓草(つるくさ)といった植物に絡まれており、石材もボロボロである。今となっては元の姿も定かではない。


「こんな不便なところにどうして遺跡があるのかな?」


 と、ソロンは何気なく疑問を口に出した。


「昔は不便な場所ではなかったのです。島嶼(とうしょ)文明といって、この辺りの諸島では複数の島にまたがって国家を形成していました。今は密林でも、古代にはひらけた土地だったのでしょう」


 それにはアルヴァが答えてくれた。

 もっとも、ソロンの疑問はつぶやいただけであって、人に尋ねたわけではなかった。彼女は相変わらずソロンの近くを歩いていて、なにかと説明してくれる。


「とてもそんなふうには見えませんけど。どれくらい昔なんですか?」

「ネブラシアが帝国として成立した少し後――精々、八〇〇年前の遺跡と聞いています。共和制時代のネブラシアとは対立する勢力だったので、記録は多くありませんが」

「複数の島にまたがった国――ってことは、そんな昔から竜玉船はあったわけですかね?」


 尋ねたのはグラットだ。竜玉船を愛する者として気になったらしい。


「文献を当たったわけではありませんが、竜玉船ならもっと古くからあるはずです。恐らく、この上界ができあがって早い時代には存在したのでは。無論、現代のように高性能な竜玉船は古代人には製造不可能でしょう。けれど、竜玉と木造船さえあれば最低限のものはできあがるわけですから」

「へえ~」


 豊富な知識量で色々と答えてくれるアルヴァを、グラットは尊敬の眼差しで見ていた。彼女自身も、知識の披露は嫌いではないらしい。女帝直々に観光案内のように淀みなく語ってくれる。


「地図によれば、この辺りに川があるはずですが……」


 アルヴァは島の地図を参照しながら、目印となる川を探していた。熟練の冒険者達を差し置いて、自ら探検を主導する気満々のようだ。

 もっとも、何百年も前という古い地図の写しらしく、正確性は疑わしい。この島は形式上、帝国の領土になっているそうだが、領主も何もなく事実上の放置状態である。完璧な地図など望めるはずもなかった。


 それでも、さして労せず川は見つかった。

 何百年と時が流れても、自然の地形は形を保っていたのだ。

 流れはゆるやかだが川幅は太い。ソロンはこちらでは雲海ばかりを見ていたものだから、普通の水場を懐かしく思った。


「しばらくはこの川に沿って、南西へ向かいましょう」


 川のように目印となるものは最大限に活用する。それは未知なる土地を探索する上での鉄則である。飲水に困らないという利点も大きかった。

 島の中央部にある目的の遺跡は、ある程度の大きさがあるという。川に沿って歩けば、見過ごしはしないだろう――というのがアルヴァの見通しのようだった。


 *


 川に沿って歩いていると、やがて樹木の少ないひらけた土地が見えてきた。川は草原の中へと流れ込んでいる。


「休むにちょうどいいかもな。密林は虫ばかりでかなわんぜ」


 グラットは辟易(へきえき)した調子でぼやいた。

 一同は期待して、その一帯へと足を踏み込んだ。だが、休憩する願いは叶わなかった。


 広い草原の中で、目に入ったのは巨大なトカゲのような生物――恐竜だった。

 草色の鱗をまとい、発達した後ろ足で闊歩(かっぽ)している。大きなアゴは人間など骨ごと砕いてしまいそうだ。

 目の前にいるのは恐竜の中でも巨大な部類で、マンモスの数倍はある。大人の十人やそこらは背中に乗れてしまうかもしれない。ただし、恐竜が大人しく人を乗せればという無理な前提であるが……。


「すごいね~! あんな大きな恐竜は初めて見たよ!」


 ミスティンの声には感情がこもっていた。帝国本島では恐竜は珍しいのだろうか。うっとりした目で眺めている。

 ちなみに、恐竜とは原始的な竜種を指す。

 もっとも、どれが原始的でどれが進歩的か、というのは学者によって意見が分かれる。竜の中には魔法の息吹を吐くような種族がいるが、少なくとも恐竜にそのような能力はない。


 恐らく探検隊の全員で襲いかかれば、巨大な恐竜だろうと勝てないことはない。しかし、全員が無傷でいられる保証もなかった。

 それすら相手が一頭ならの想定である。

 実際には恐竜の数は一頭や二頭ではなく、視界に入るだけで五頭は超えている。


「つうか、こんな所に恐竜の巣かよ。やばいんじゃないか!?」

「大丈夫だよ。大型の陸竜は意外と大人しいのも多いんだ。余計な手出しをして、刺激しなければ平気だよ。たぶん……」


 怯えるグラットをソロンがなだめる。故郷では比較的に竜を見る機会が多かった。そのため、ある程度は状況への慣れもあった。

 とはいえ、ソロン自身も絶対の安全を確信しているわけではない。大型の陸竜に大人しい種類が多いのは事実だが、あくまで傾向に過ぎない。襲われた人の噂も、いくつか耳にしている。


「はぁ、カッコいいなあ……!」


 なおもミスティンは、うっとりと恐竜を見つめていた。


「見るのはいいけど……絶対に刺激しないでね」


 ソロンはミスティンの(そで)を引っ張りながら注意した。

 ミスティンは一見すると落ち着いているのだが、時折、妙に子供っぽい面を見せることもある。恐竜を狩りたい――などと言い出さないだけマシだろうか。


「仕方ありません……。迂回しましょう」


 隊長のアルヴァが妥当な判断を下した。

 目的の方角には遠回りになるが、草原を直進する愚は冒せない。大きく東に迂回(うかい)して、密林の中を通ることにした。

 目印にしていた川からは離れるが、代わりに草原を目印にすれば、方角に迷うこともないはずだ。


 そうして、遠巻きに草原の恐竜を注視しながら、密林の中を歩き続けた。やがて探検隊は、元の川沿いに戻ったのだった。

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