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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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銀竜の瞳

 アルヴァは全八隻の被害を確認するため、船上をせわしなく動いていた。

 船長のグラットも同様である。

 各船の間隔を近づけて信号を交わし合い、被害の状況を確認しているようだった。


 火災はあったものの消火は迅速だった。見る限り、船体に大きな被害がある船はない。それでも、さすがにあれだけの攻撃を受けては、死傷者なしともいかないだろう。

 これから先、想像以上に険しい旅となりそうだ。改めて覚悟せねばならない。


 ミスティンも神官家育ちの魔法で、兵士達の治療に当たった。言葉が通じない亜人へも、ラーソンの通訳を借りながら手当をしている。


 そんな中、ソロンだけが手持ち無沙汰になっていた。

 甲板(かんぱん)の上をぶらぶらと歩いていたら、銀髪の少女の姿が目に入った。


「さっきはありがとう」


 ソロンは頭を下げてメリューに声をかけた。これならば言葉が分からなくとも通じるはずである。


「うむ」


 メリューも承知した様子で頷いた。

 彼女は激しい戦いの後であっても、至って涼し気な表情だった。この娘も、アルヴァに負けじと器が大きそうだ。

 だが、そんなことよりも――


「……さっき帝国語で叫んでなかった?」


 戦いの最中、『避けよ!』と忠告をくれたのは、まぎれもなくメリューの声だった。

 使者として訪れる国の言語を学んでいること――それ自体は何もおかしくない。それにしても、随分とはっきりとした帝国語に思えたのだ。


「空耳だろう」


 メリューは表情を変えず、わずかに横を向いて即答した。


「そっか……空耳か――ってやっぱり喋ってるじゃん!」

「ククク……あっはっは!」


 ソロンの突っ込みに、メリューは笑って応えた。口元を押さえて上品に笑おうとしているが、こらえきれないらしい。


「――そなたは()い奴よのう。くっくっくっ……」


 流暢(りゅうちょう)に、感情豊かに彼女は帝国語を操ってみせた。


「おい、今のは!?」


 遠くからそんな様子を目にしたグラットが、驚愕に顔を歪める。船長としての役目も忘れ、早足でこちらに近づいてきた。


「なあソロン、こいつ帝国語で喋ってなかったか?」

「そうかもな」


 と、悪びれもせずにメリュー自身が答える。


「くそっ……。このガキやっぱり分かってたんじゃねえか!」


 騙されていたと分かって、グラットは真正面から悪態をついた。

 言葉が通じるからといって、態度を改める気はないらしい。ある意味では一貫している。


「そう怒るな。最初は探りをいれるつもりだったが、そろそろ面倒になってきてな。しかしまあ、面白かったぞ。お前が私のことをどう考えているか、すっかり聞かせてもらったからな」


 想像した通りの尊大な口調で、メリューは得意気に言い返した。


「んぐっ……!」


 グラットが何かを言いかけて、言葉を飲み込む。実際、失礼な発言をしていたのは確かなので、分が悪いと悟ったのだろう。


「はあ……」


 溜息をついたのはアルヴァだ。いつの間にか、グラットの背後に立っていた。


「――この無礼者については、私がお詫びします。確かに口の悪い男ですが、それほど人間性は悪くないのですよ。しつけの悪い犬に吠えられたようなものと思って、どうか寛大な心でお許しください」

「かばうふりして馬鹿にするのやめろよ……」

「ふうむ……。上帝が言うならば仕方あるまいか……。私も犬に吠えられたぐらいで、根に持つつもりはないからな。まあ――」


 そう言ったメリューは、ニヤリと口を曲げてグラットを見やる。


「――ある意味、馬鹿正直な男なのは分かった。されど馬鹿であることに罪はない。許して進ぜよう」


 紫色の瞳が、子供のような見た目と似合わず(つや)やかに光る。どう見ても面白がっている顔である。少なくとも機嫌が悪くはなさそうだ。

 言いたい放題されたグラットは、渋い顔で苦渋を噛みしめていた。


「あはは……。でも、メリューは帝国語が上手だよね。やっぱりラーソンさんから習ったの?」


 やれやれといったところで、ソロンは話題を転換することにした。


「ラーソンは昔から私の教育係でな。あやつからは帝国語でそのまま授業を受けていた。こちらの知識を得るには、そのほうが都合もよかったしな」

「なるほど……。思いのほか、そちらの帝国研究は進んでいたというわけですか……」


 どこか苦るようにアルヴァはつぶやいた。帝国として、ドーマの研究を進めていなかったことを、悔いているのかもしれない。


「そう言えば、メリュー。さっきのはなに? 魔法?」


 ミスティンを襲った矢の動きは、明らかにおかしかった。本当ならソロンは背に受ける覚悟で、彼女をかばったのである。

 それだけではない。最初にメリューが投げた銛にしても、どこか動きに違和感があった。


「念動魔法だ」

「……聞いたことのない魔法系統ですね」


 アルヴァはメリューの顔をジッと見やった。


「そなたらの魔法にはない概念だからな。我ら銀竜の瞳は、離れた物を操作する力を持つ」


 そう言ったメリューは、紫の瞳を指差した。


「銀竜――それがあなたの種族なのですか?」

「うむ、我ら銀竜族は太古の世界を支配した竜の血を引く種族だ。当初よりドーマ連邦を支配してきたのも、我ら銀竜族である」


 メリューは小さな胸を張って答えた。

 種族の名に強い誇りを持っていることが、その口調からも(うかが)えた。


「そう言われてみりゃ、爬虫類(はちゅうるい)っぽい目してるな。髪の毛は鳥っぽいが」


 グラットがメリューの瞳を覗き込み、失礼この上ない感想を述べた。


「例えば、こんなこともできる」


 その時、メリューの瞳が怪しく光った。比喩ではなく本当に発光したのだ。さきほど瞳が光ったように見たのは、気のせいではなかったらしい。


「ぬおっ!?」


 グラットの茶髪が逆立った。元々、跳ねたような髪型だったが、今はおでこが丸見えである。


「亜人の中には、人間にはない魔法を持つ種族がいますが……。それが銀竜族の力というわけですか」


 アルヴァは感心したように、メリューの瞳とグラットの頭髪を交互に眺めていた。

 竜が魔法の息吹を吐き出すのは、生まれつき体内に魔石を保有しているためだ。彼女ら銀竜族も、同じような仕組みで瞳から魔法を放つのだろう。

 メリューはなおも目を光らせたまま、グラットの髪を見つめ続ける。


「いや、もういいだろ。引っ張るなよ」


 グラットは髪の毛を手で押さえようとした。

 ……が、手で押さえられる範囲にも限界がある。手を放した場所がまた逆立つというイタチごっこだった。


「わあっ、凄い凄い! 何それ!?」


 ミスティンが大喜びで、こちらに近づいてきた。グラットの逆立った髪をつついて、興味津々の(てい)である。


「だからもう、勘弁してくれよ……」


 グラットは降参とばかりに手を上げた。


「と、まあこんなところだ」


 メリューは得意気にまばたきしてみせた。瞳の光が消え失せ、グラットの髪の毛が降りる。


「いい男が台無しだぜ」


 グラットは溜息をつきながら、髪型を直し出した。

 ミスティンは空色の瞳を見開いて、メリューを見た。そうして、口を大きく開き――


「メリューが喋った!?」


 驚きを精一杯に表現したのだった。

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