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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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獣王軍

 そして、戦闘が始まった。


 合図をしている間にも、敵は接近してくる。

 帝国の兵士も、ドーマの亜人兵も各自が武器を手に取った。

 雲海戦で主体となる武器は弓と魔法である。今回の遠征の要員は、ほとんどがそういった飛び道具に精通していた。当初から雲海での戦いを覚悟していたのだ。


「――――」


 メリューは船の左舷側を指差して、号令らしき声を発した。ラーソンがすぐにそれを通訳する。


「我々は左舷側を担当します」


 亜人が操る魚竜は、組織立った動きでこちらに攻め寄せてくる。旗艦の左右を(はさ)もうとしている様子だ。こちらも両舷に分かれる必要があった。


「分かりました。人数が足らないでしょうから、一部の帝国兵をそちらに割きます。ご健闘を」


 アルヴァは無駄な話をせずに、既に杖を構えていた。


「ありがとうございます。それから、魚竜の放つ風の息吹に注意を!」


 戦場に出る皆へ向かって、ラーソンが注意をうながした。

 帝国には生息しない種族のようだが、何にせよ竜族の息吹には注意せねばならない。

 亜人達は左舷へと走った。帝国兵の一部もそれに加勢する。船の乗員は帝国側が多数を占めているため、そうしなければ釣り合いが取れないのだ。


「魚竜を寄せ付けないように! 近づいた相手を確実に仕留めてください!」


 アルヴァも号令を発し、帝国の兵士達がそれに続く。

 彼女は船の右舷側に立って、既に杖を敵へと向けていた。


 放たれた紫電が魚竜へと襲いかかる。

 まだ相当な距離があったものの、紫電は(またた)く間に魚竜の一体を貫いた。

 衝撃に振り落とされた亜人が雲海へと放り出される。竜玉帯(りゅうぎょくたい)のようなものを付けているらしく、そのまま雲海に浮かんで流されていく。


 ミスティンもアルヴァの隣に並んで弓を射る。

 手際よく矢は次々と放たれていく。魚竜を駆る亜人は、こちらの船に近づく間もなく狩られていった。


 兵士達も二人に圧倒されていたが、それでも負けじと続く。弓兵と魔導兵に別れた部隊が、敵に向かって整然と攻撃を加えた。

 攻撃の精度はさほどでもないが、数の力は偉大である。機敏に操られた魚竜も、雨のような攻撃を避けられなかった。


「こちらは大丈夫です。ソロンは、メリュー殿下の手助けをお願いできますか?」


 アルヴァは迫る敵から視線を変えず、ソロンに指示した。


「……分かった。行ってくる!」


 ソロンは一瞬だけ躊躇(ちゅうちょ)したが、すぐに懸念を振り払った。

 彼女達のことは心配だが、さりとて左舷側を無防備にはできない。アルヴァとミスティンの様子を見る限り、敵をそうそう寄せつけはしないだろう。


「んじゃ、行くか」


 と、言ったのは手に(もり)を持ったグラットだ。船の操縦は他の航海士に任せて、船長自ら戦うつもりらしかった。


 グラットと二人で、ソロンは左舷へと走った。

 亜人の兵士達が、弓と投石で懸命に奮闘している。そのすぐ後ろには、メリューとラーソンの姿もあった。


「危ないぞ。あんたらは引っ込んでな」


 出会い頭に、グラットが二人へと声をかけた。


「言われなくても、私は極力前に出るつもりはありませんよ。伝令の役目だけ果たさせていただきます」


 ラーソンはあっさりと引き下がったが、


「もっとも、殿下は戦われるおつもりのようですが」


 そんなことを付け加えた。


「はあ、何言ってんだ? このガキンチョが?」


 驚きの申し出に、グラットは困惑した顔でメリューを見た。

 ソロンもメリューをしげしげと見るが――やはりどう見てもお子様である。とても戦えるようには思えない。

 ところがメリューは銛を手にして、戦う構えを見せていた。

 背丈の低い彼女にとっては大変な長物だが、その所作は堂に()っていた。


「おいおい、俺の真似すんなよ。お子様には荷が重いぜ」

「いや、こう見えて、彼女けっこうやるのかも」


 ソロンは話をしながらも、船を囲む敵から目を離さない。

 船の左舷に身を乗り出すように、紅蓮の刀を魚竜へ向ける。魔力を込めれば、刀から火球が放たれた。

 最初の一撃は命中し、魚竜は炎に包まれた。炎はそのまま騎手を巻き込んで、焼き尽くす。


「もう一体!」


 間髪(かんはつ)入れず、ソロンは次なる火球を放つ。

 が、しかし――亜人の騎手は魚竜を巧みに操って火球を回避した。


「――外したか……!」


 広大な雲海の中では、人より大きな魚竜も小さな標的に過ぎない。狙い定めるのは相当な技能が要求される。加えて、ソロンの放つ火球にアルヴァの紫電ほどの速度はなかった。


「甘いぜ、ソロン! 俺様の美技を見せてやる!」


 グラットは軽口を叩くや、銛を思い切り投げつけた。

 矢のように素晴らしい速度で飛んだ銛だったが、いかんせん距離が遠い。

 亜人の騎手は、またもひらりとかわしてしまった。


「んぐ、生意気な!」


 そうこうしている間にも、接近してきた魚竜が口を大きく開いた。

 口から風の息吹が放出される。

 立つのも辛い猛烈な突風が、ソロン達の体へと襲いかかった。


「うおっ! 何しやがる!」


 グラットが悪態をつきながらも踏ん張った。

 ソロンは左腕を顔の前にして、突風を(さえぎ)った。……が、たまらず後ろに下がった。


「わわっ、揺れてるよっ!」


 ミスティンの叫び声が後方から聞こえた。

 魚竜の体よりも遥かに巨大な船が、ぐらぐらと揺れていたのだ。このままされるがままにしていては、竜玉船ですらタダでは済まないだろう。


「ふんっ!」


 颯爽(さっそう)とソロンの前に出たのは、銀色の髪をなびかせる少女だった。

 メリューは吹き荒れる強風の中で、いかにも涼しげに悠然と構えていた。


「おい、ガキンチョは避難してろよ。あいつらだってじきに息切れするだろうし」


 吹きつける風に顔を歪ませながら、グラットが警告した。

 メリューはグラットを一瞥(いちべつ)したものの、無視して船の端へと近づいた。

 青みがかった銀髪が、風の中で乱れ狂う。それでも、彼女は泰然と銛を握りしめていた。


 グラットの予想は当たった。魚竜の肺活量にも限界があったらしく、息吹が途切れたのだ。


 その瞬間を待っていたらしい。

 メリューは助走し、銛を投げ込んだ。少女にしては力強い腕の振り方である。

 銛は放物線を描きながら、魚竜に向けて飛んでいく。

 しかしながら、腕力の不足はいかんともし難い。銛は魚竜に届かず、雲海へ落ちるかと思われた。


 その時、メリューの瞳がカッと光ったように見えた。

 銛は奇妙に加速し、魚竜の首へと突き刺さる。急所を刺された竜は崩れて、騎手を放り出した。


「マジかよっ、やるじゃねえか! 俺も負けられねえな」


 グラットは唖然としながらも、強く銛を握りしめた。

 左舷へと思い切りよく走ったグラットは、そのままの勢いで銛を投じた。

 矢のように宙を飛んだ銛は、魚竜の胴体へと突き刺さった。その衝撃を受けて、魚竜と騎手は雲海へと沈み込んだ。


「どんなもんよっ!」


 快哉を叫ぶグラット。槍投げの名手として面目躍如である。


「よおし、僕も!」


 ソロンも今度こそは――と意気込んだ。

 刀を体の前に掲げ、精神を研ぎ澄ませる。魔力に応じて、紅蓮の刀から赤光(しゃっこう)が放たれる。

 火球が当たらないならば、当たる魔法を使えばいいのだ。


「いけっ!」


 前方に向けた刀から、炎が一気に放出された。炎は渦を巻きながら、魚竜ヘと迫る。その様は大蛇が小蛇をしめつける如く。

 ガノンド直伝の紅炎の魔法だ。精神の消耗は激しいが、敵を確実に仕留められる。

 亜人の騎手は巧みに魚竜を操作し、飛びかかる炎を避けようとした。しかし、とぐろを巻く炎は魚竜を逃さなかった。


 魚竜と騎手は炎に包まれ、その餌食となったのだった。


 *


 左舷の敵を倒したソロンは、右舷へと駆け戻った。


「大丈夫?」


 すぐにアルヴァへと声をかける。彼女は杖を握りしめたまま厳しい顔をしていた。


「ええ、近づく相手は蹴散らしました。ですが、向こうの船が苦戦しているようで……」


 アルヴァが杖で右舷側を指し示した。そちらにあったのは、旗艦の右側を走っていたドーマの船だ。そこには、別の戦場が繰り広げられていた。

 亜人の指示に従って、魚竜が船の周りを動き回っていた。そうして様々な角度から、風の息吹が吹きつけられる。風は凶器となって船体を刻んでいく。


 しかも、攻撃は魚竜だけではない。

 竜に乗っていた赤いトカゲのような亜人が、口から炎を吐き出したのだ。竜と騎手による複合攻撃――人間にはとても成し得ない連携だった。

 炎は魚竜の息吹に乗って襲いかかる。たちまち左舷の一部が炎上してしまった。


 ドーマ人同士で繰り広げられる熾烈(しれつ)な戦い。このままでは、あちらの竜玉船の損傷は避けられそうになかった。


「ミスティン、手助けできますか?」

「ん、任せて」


 アルヴァの言葉に頷いて、ミスティンは弓を構えて狙い定めた。

 間を置かずに放たれた矢が、隣の船に接近していた敵をとらえる。魚竜とそれにまたがる亜人を、一気に串刺しにしてしまった。

 恐るべき遠距離からの急襲に、敵の動きが乱れ狂う。彼らは散開し、竜玉船への攻撃を中断せざるを得なかった。


 そこを見逃さず、ミスティンは手を休めない。風斬る音を鳴らしながら、次々と矢が放たれていく。

 さすがに警戒された状態で、あの距離から狙っては百発百中とはいかないらしい。それでも、十分に敵をかき乱したのだった。


 ドーマの竜玉船を囲む戦況は、あっという間に(くつが)えされた。決着がつくのも時間の問題だと思えた。


「避けよ! 横から来るぞ!」


 突如、響いた威厳のある少女の声。

 見れば、敵の放った矢の一本がミスティンに向かって飛んでくる。

 ソロンはとっさに動いた。


「わっ!?」


 弓を構えていたミスティンを引きずり倒し、体の下にかばう。

 ミスティンは自分の攻撃に集中していたため、側面まで注意が回らなかったようだ。

 ソロンは背中へ来る衝撃を覚悟した。ところが、矢はどこか遠くへ落下したようだった。

 やがて、雷撃の音が聞こえた。アルヴァが反撃を放ったのだろう。


「始末したのでご安心を。船の陰に隠れて、こちらを狙ってきたようです」


 アルヴァがこちらを見下ろして声をかけた。


「ミスティン、怪我してない?」


 ソロンは起き上がりながら、ミスティンへと手を伸ばす。どこか呆然とした表情ではあったが、怪我はなさそうだ。


「……ありがと」


 と、なんだか嬉しそうにこちらの手を握る。とりあえずは元気そうだ。


「僕の手柄じゃないけどね」


 ミスティンを助け起こしながら、ソロンは被害を確認した。

 こちらの旗艦に問題は見られない。

 隣の船の左舷は黒く焦げているが、致命的な被害ではなさそうだ。とりあえず、航行に支障をきたすことはないだろう。


「敵はどうなってる?」


 と、アルヴァに質問を向ければ、


「ご覧なさい。撤退するようですよ」


 船の下に広がる雲海を見回しながら、アルヴァが答えた。

 見れば、敵の魚竜が次々と向きを転じている。

 散り散りになっているのは、隊列が乱れているのではなく、動きを捕捉させないためだろう。


「終わったかな?」

「ええ、不利と悟って(いさぎよ)く逃げたようです。つまりは統制が取れた部隊だとも言えます。厄介な相手かもしれませんね」


 アルヴァは敵軍が消えゆく彼方を見て言った。

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