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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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雲海の感触

 島々の隙間を()うように、竜玉船は雲海上を進んでいた。

 いつ魔物に襲われても対応できるように、薄暗い時間になっても甲板(かんぱん)には多くの者達が待機している。無論、ソロンもその一人だった。


「それで今回、探す魔道具というのは一体どんな物なんですか? あっ、もちろん都合がよければで構いませんから」


 女帝とお近づきになった印に、ソロンは今回の目的について尋ねてみた。考えてみれば、ソロンは『魔道具』という以上の話は何も聞いていないのだ。


「帝国の始祖アルヴィオスについては、ご存じですか? 私の御先祖の話ですが」

「一応は……。あまり歴史は得意じゃないですけど」


 アルヴィオスについては、故郷の歴史にまつわる人物として知っていた。しかしながら、帝国におけるアルヴィオスについては、先日セレスティンに聞かされて知ったばかりだ。

 国家の始祖ともなれば、子供でも知る歴史的人物なのは想像に難くない。そして目の前の女性こそが、その歴史的重みを継承する人物なのである。

 アルヴァネッサという名前が御先祖アルヴィオスに由来するのは、聞くまでもないだろう。


「アルヴィオスがゼプトの女王を破った後の話です」


 そう言ってアルヴァは語り出した。

 幸いにもゼプト国の女王については、セレスティンの話にも含まれていた。ちょうどその続きになるらしい。


 アルヴァ曰く――

 アルヴィオスとの戦いに破れた女王は、今までの優勢が嘘のように連戦連敗を重ねるようになった。

 追い詰められた彼女はベスタ島にいる後援者――ベスタ王の宮殿へと落ち延びた。一説によれば、王とは婚姻関係を結んでいたというが俗説の域を出ない。

 再起を期した女王であったが、彼女の運もここまでだった。この時期に、女王は謎の急死を遂げたのである。


 死の真相は定かではない。

 強大な杖の魔力が心身に負担をかけたという説。

 アルヴィオスの放った刺客に暗殺されたという説。

 はたまた暗殺は不仲となった王の裏切りだという説。

 いずれも決め手となる根拠は残っていない。

 判明しているのは、その時期にベスタ諸島にあった王国が、女王共々滅んだということである。以降、そこを根城とする者はいなくなり、後には無人の遺跡が残った。


 孤立した無人島は、やがて魔物の巣へと変貌していく。

 次第に近隣諸国の竜玉船も、諸島の周辺を避けるようになる。そうして、ベスタ島は存在を忘れさられたのだった。

 だが、女王の杖は今もベスタ島に残された宮殿の奥底に封じられているのだという。これはアルヴァがつい先日、神竜教会から知らされた情報なのだそうだ。


 余談になるが、アルヴィオスが皇帝となるきっかけも、この一連の戦いであった。

 英雄として権力基盤を固めたアルヴィオスは、巧妙に権限を自らに集約していった。いつしか彼は、元老院も逆らえないほどの権力を手中にしたのである。

 やがて、ネブラシアは彼を中心とした帝国へと、その政体を変じていくのだった。


「私が求めているのは女王の杖です」


 語り終えたアルヴァはそう明言した。その口振りから察して、彼女は御先祖の昔話を信じているらしい。


「でもそうなると、その杖は昔ネブラシア軍を苦しめた、いわくつきの品ってことですよね?」

「力に善悪はありませんよ。魔法を使う者として、それは断言できます。私は女王とは違って、帝国のために力を活用しますから」


 ソロンが問えば、アルヴァは力強く言い切った。

 確かにどんな力も使う者次第なのだ。ただ杖の伝説に、ソロンはかすかな不気味さを感じたのも事実だった。

 それでも、今はそれを気にしないようにした。今は雇い主の依頼内容に異を唱えるべきではないのだ。


「それで、ベスタ島にはいつ頃、到着できそうですか?」

「明日の朝には上陸できる予定です。長い間、無人であったと聞きますから、ちょっとした人外魔境とでも言えるでしょうね。密林に覆われているはずですから、歩くのも楽ではないと思います。相応の覚悟をしてください」


 アルヴァの言葉に頷いて、ソロンは気を引き締めた。


 *


 雲海域に浮かぶ島々の間をぬって、ついに竜玉船は目的の島を視界に入れた。

 島の北側に並び立つ双子のような巨岩。これこそがベスタ島の目印である。

 古代にはこの島の王が、周辺の諸島を統括していたという。


「間違いありません。あれこそが双子の岩です……!」


 アルヴァが興奮を隠せずに声を上げた。

 そのそばにいたソロン達を始め、船の乗員達も歓声を上げる。探検隊一同は再び雲竜に遭遇することもなく、遺跡の島に到達したのだ。


 島へ近づくにつれて、雲海の色が暗くなっていく。これは雲の下に陸地がある証左だ。ついには白い雲の下に、陸地が透けて見えるようになった。

 雲岸(うんがん)(いかり)を下ろして、竜玉船が停泊する。

 また雲竜に襲われて、船が破壊されては危機的だ。アルヴァは何人か見張りを残しておくように指示をしていた。


 もっとも、一般的には魔物が停止した船へ襲いかかることは珍しいそうだ。

 けれど物事に絶対はないし、雲竜以外の問題が起きないとも言い切れない。そうである以上、保険としての見張りは不可欠だった。


「小舟を降ろせ!」


 船長が船員達へと指示を下す。

 竜玉船には上陸用の小舟が複数積んでいた。それを船員達が力を合わせて、雲海へと降ろしていく。

 降ろされた小舟が、雲海の上に浮かび上がる。奇妙ではあるが、これも恐らく中の竜玉が効果を発揮しているためだろう。

 まず先に、船員が小舟へと飛び乗った。


「さあ、行きましょうか」


 続いて、アルヴァが竜玉船のハシゴを降りていく。

 相変わらず身が軽いというか、率先して事に当たる性格のようだ。女帝に寄られた船員は、見るからに萎縮(いしゅく)していた。

 声をかけられたソロン達三人も、同じようにして小舟へと乗り込んだ。

 さらには、そこにアルヴァの護衛兵が加わっていく。

 低い小舟に乗ったため、ソロンは雲海にグッと近づいた。手を伸ばせば、雲海に届きそうな程である。


「この舟って、どうやって動かすの?」


 と、ソロンがグラットへ尋ねれば、


「どうやって――って、漕ぐに決まってるだろ」


 グラットはあっさりと答えた。

 雲海の見た目はどう見ても雲である。漕いだところで、水のような反発を得られるようには見えないが……。

 乗員がいっぱいになったことを確認して、船員が(かい)を手に取った。そうして、櫂を雲海へと突き入れるや、力強く漕ぎ出す。

 驚くことに、小舟は浜辺に向かって進み出した。


「ほんとだ! 動いてる!」


 一人感激するソロンに、一同が不審そうな目を向けるが、


「仕組みは単純ですよ。櫂の先端にも小型の竜玉を仕込んでいるのです」


 アルヴァはそんなソロンにも、親切に説明してくれた。


「は、はあ、なるほど……。そうなんですか」


 と、ソロンは恐縮している間にも、小舟は進み続ける。


「そろそろですね」


 そうつぶやいたアルヴァが、何を思ったか靴を脱ぎ出した。そうして、靴を(かばん)の中へとしまっていく。


「へっ?」


 素足になった女帝を、ソロンは困惑した目で見た。あるいは目をそむけるべきか、悩んでいたが……。

 アルヴァは足を雲海へと下ろし、そのまま飛び降りた。

 次の瞬間には、白い海の中に彼女は立っていた。長いスカートを(ひざ)まで持ち上げて、足を()からせている。


「そこって、歩けるんですか?」


 ソロンは呆然と尋ねれば、


「見ての通りです。あなたもご一緒にいかがですか?」


 アルヴァがそんなことを勧めてきた。


「え、えっと……」


 ソロンはためらいながら、眼下の雲海を見た。雲の下にうっすらと、砂の色が見えている。さほどの深さではなく、危険はないだろう。


「それじゃあ、僕も……」


 ソロンも好奇心には勝てなかった。

 靴を脱ぎ、裸足になって、恐る恐ると雲海へ足を踏み入れていく。


「――うひゃっ! 何これ、不思議!」


 液体とも気体とも言い切れない独特の感触。それが温かみと共に肌へ触れて心地がよい。雲海は見た目に反して、意外な温かさを持っていた。


「私も私も!」


 と、ミスティンまでも乗り気になって飛び降りた。

 そうして、三人の男女が雲海の中へ立つことになった。


「おいおい、子供かよ……」


 と、グラットがささやかにつぶやいた。小声なのはもちろん、不敬を恐れたからである。

 陸上まではまだ多少の距離がある。もし、底がない場所に足をつけば、雲海の下まで真っ逆さまになりかねない。


 女帝の様子を見る限り、恐らくそういった心配はないのだろうが、どうしても不安はある。雲の下に底があることを確認しながら、ソロンは慎重に足を踏みしめていく。

 幸い、水の中よりも抵抗はずっと弱いため、徒歩で陸を目指すにも支障はなさそうだ。


「子供の頃は、私もよくやっていたのですよ。今は何をしても、すぐに注文をつけてくる者がいますので」


 お目付け役から離れた解放感からか、彼女はどこか高揚しているようだった。

 それからアルヴァに続いて降りる者もいれば、小舟で浜に上陸する者もいた。方法は何であれ、探検隊の一同はベスタ島に上陸したのだった。

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