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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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経路選択

 メリューが指差した地図の一点――そこには比較的に大きな島があった。周囲には小さな島々が散らばっている。


「ここが目的地――我らの大都(たいと)アムイとなります」


 ラーソンがメリューの意図を説明してくれる。

 メリューの指す場所がドーマの首都ということのようだ。


「ええぇ!? そんなところに首都があるの!?」


 ソロンは驚いて、思わず声を出してしまった。

 メリューが指差した点は比較的に大きな島である。もっとも、あくまで比較的に過ぎない。仮に雲岸線が平地と仮定すれば、島を一周するには徒歩で何日もかからないのではなかろうか。

 そんなところにドーマの首都があるとは、とても考えられなかった。


「――――」


 そんなソロンの頭をメリューがはたいた。どうやら機嫌を損ねたらしい。


「あたっ、叩かれても分からないよ!」


 ソロンは抗議をするが、メリューはプイッとそっぽを向く。


「――彼女は何に怒ってるんですか?」


 仕方ないのでラーソンに聞いてみる。


「あははっ、故郷であるアムイを馬鹿にされたので殿下はお怒りなのです。実際、ドーマというのは島々の集合体であって、広い陸地を持つ国ではありません。確かにその辺の感覚は、帝国人には分かりづらいかもしれませんね」


 島々の集合体――彼らは自らの国を『ドーマ連邦』と呼称していた。その由来もそこにあったのだろう。


「そ、そういうことだったんですか。てっきり帝国のように大きな島があるのかと」


 ソロンは帝国人ではないが、帝国人以上の陸地の民である。ラーソンの言うことは何となく伝わった。


「――……でも、別に叩かなくてもいいんじゃないかな?」


 再び、混ぜっ返してみれば、メリューは楽しそうに笑い返した。一瞬、言葉が通じているのではないかと錯覚しそうになる。


「それはそうですね。メリュー殿下は人をからかうのが趣味なので、あまり気を悪くしないでください」

「は、はあ……」


 どうやら、さして怒っているわけではないらしい。言葉が分からないため、会話の呼吸もつかめないのが困りものだ……。


「それより、ここからの話になりますが、ガンドラ雲海域は岩礁や絶壁の島が点在するところです。いずれかの経路を選択せねばなりません」


 ラーソンは話を戻して、地図上のガンドラ雲海域を指差した。

 見る限り、経路は三つあるようだった。


 一つ目は雲海域を西から北へと迂回(うかい)する経路。

 大都アムイへ向かうには、少しだけ遠回りになるようだった。


 二つ目は雲海域の中央を抜ける経路。

 どうやら、岩礁や島の合間を縫って、北に抜ける経路があるらしい。距離としてはこれが最も近いようだった。


 三つ目は雲海域を東から北へと迂回する経路。

 これが最も遠回りである。地図を見る限りは、これを選ぶ理由は感じられないが……。


「我々はガンドラ雲海域を抜けるに当たって、東に進路を取る予定です」


 それでもラーソンは宣言した。


「遠回りになるようだが、それでいいんだよな。こっちの地理は分からんから、あんたらを信じるしかないが……」


 船長のグラットが応じる。


「事前に承知した通りです。それで構いませんよ」


 アルヴァも同じく頷いてみせる。

 どうやらソロンと違って、二人は事前に話を聞いていたらしい。使節の代表と船長という立場なので、当然のことだろう。


「はい。西経路のほうが到着は早いわけですが、獣王の力が強い地域ですからね。我々は東へ向かいます」


 事情を知らぬソロン達を意識してか、ラーソンが説明してくれた。

 ミスティンがしげしげと地図を見ながら、


「ふ~ん、それだと一週間ぐらいかな? まっすぐ北に進んじゃダメ? そっちなら半分で済むと思うけど」


 彼女らしい率直な疑問を漏らした。縮尺もよく分からない地図ではあるが、これまでの距離と日数からサッと計算したらしい。


「そちらは狭い雲峡を突っ切るわけですから、どうしても危険なのです。魔物との遭遇例も数多いので、不要なら近づくべきではないでしょう。それこそ、船の墓場などと呼ばれる程に悪名高い雲海域です」


 ラーソンが説明すれば、アルヴァも頷いてみせる。


「かつてわが帝国にも、そちらの経路をたどって難航した記録があります。いくつもの船が犠牲になって、引き返さざるを得なかったのだとか」

「船の墓場とは大層なこったなあ。まっ、触らぬ神に祟りなしさ。東で行こうぜ」

「もっとも」


 と、ラーソンが釘を刺す。


「――東の経路が必ずしも安全だとは言い切れません。あちらは我々の勢力圏内ではありますが、邪魔が入らないとは断言できません。獣王にしても、こちらが西の経路を避けることは予想済みでしょうからね。その気になれば手段は選ばないでしょう。メリュー殿下もそう仰せです」


 ラーソンがそう言って、メリューへと視線をやった。帝国語が分からないはずのメリューも、雰囲気で察したらしく深々と頷いた。


「油断はできないということですね。分かりました。皆で気を引き締めていきましょう。全船団に通達を出しておきます」


 アルヴァがそう締めくくって、会議が終わった。


 *


 北にそびえる二つの断崖絶壁。遠くからでもよく見える双子の島が、ガンドラ雲海域の入口らしい。

 絶壁の島を遠目にして、船団は東に進路を取って迂回(うかい)する。

 東には他の島もあったが、それを回り込んで船団は北上していった。


 旗艦オデッセイ号の左右を少し離れて、ドーマの竜玉船が並走している。恐らくは敵の襲撃に備えているのだろう。

 少し北に行ったところで、新たに並ぶ小さな島影が見えた。

 地図によれば、この辺りにはこういった小さな島々が多数あるようだ。


「んじゃ、こいつも東に避けるとするか」


 グラットは迷いなく即断した。

 旗艦の進路は原則として、彼の指示によって決められる。船団の他の船も、それに追従するようになっていた。


「ふむ、東ですか。このまま直進して、島々の間をすり抜けたほうが早いと思いますけれど?」


 アルヴァがそんなことをグラットに尋ねる。


「いや、それだと進路が狭くなっちまう。敵さんが襲ってこないとも限らないからな。あの島の裏側なんか、隠れるにはうってつけだろ」

「合格です。あなたも船長が板についてきましたね」


 アルヴァはゆるりと頷いて、少しだけ嬉しそうに言った。


「ありがとよ。……つうか、俺はそこまでバカじゃねえぞ。生徒扱いはそいつだけにしとけよ」


 と、すねたようにソロンを指差す。自覚はあったが、グラットから見てもソロンはアルヴァの生徒に見えるらしい。


 それから時間を置かずに異変は起きた。


「なにかいるぞ!?」


 見張りの兵士が叫び、異常を知らせる。

 迂回しようとした小島の陰から突如、何かの影が飛び出したのだ。

 右と左に分かれて、雲海を進んでくる何かの影。その数――十や二十ではない。


 影は一直線に、こちらの船へと迫ってくる。左右から挟むつもりなのは間違いない。

 もし、島々の隙間を抜けていたら、敵を視認する猶予(ゆうよ)はなくなっていたことだろう。


「ちっ、早々に勘が当たっちまったな。ありゃなんだ、小舟か何かか?」


 グラットが舌打ちして、目を見開いた。


「竜? 魚!? なんか乗ってるよ!」


 ミスティンが迫り来るそれの正体を見極めようとする。

 大型の魚のような胴体に、トカゲのような頭部。頭には二本の角があって、確かに竜とも魚とも見分けがつかなかった。

 そして、それ以上に注目すべきは、その上に(またが)る亜人の姿だ。

 亜人は二本の角を握り締め、取っ手のようにして魔物を操っている。


魚竜(ぎょりゅう)ですね。北方に攻め寄せる亜人達も、あの魔物を乗騎にしていました」


 アルヴァが落ち着き払って答える。

 ドーマには、竜を操る知識があるという。それは雲海を泳ぐ竜に対しても、例外ではなかったようだ。


「来ましたね……! 獣王軍の襲撃です!」


 ラーソンがかすかに緊張を見せた。


「ぬう」


 と、メリューも顔を険しくして頷く。

 獣王軍は彼らにとっては、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵。彼らとて、平常でいられないようだった。

 それでも覚悟はしていたのだろう。メリューが何事かを口にすれば、すぐにラーソンが通訳してくれた。


「大した戦力ではないようですね。メリュー殿下も追い払うと仰せです。上帝陛下もそれでよろしいですか?」

「分かりました。全ての船に信号を送ります」


 アルヴァの応答を、ラーソンが通訳し始める。それを最後まで聞かず、メリューが速やかに頷いた。


「ソロン、合図をお願いします」

「了解!」


 アルヴァの号令を受けて、ソロンは刀を高々と掲げた。

 紅蓮(ぐれん)の刀が赤く輝き、刀先から火球が打ち上げられる。

 火球は上空で炸裂し、光と音を放出した。

 昼間でも明瞭な即席の花火である。敵の襲撃を警戒して、事前に交戦の合図を決めていたのだ。

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