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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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新たな船出

 三隻の竜玉船は、ついにネブラシア港を出発した。


 港のほうを振り向けば、エヴァートやマリエンヌ、セレスティンにナイゼル――大勢の見送り人の姿があった。

 その多くは乗員の家族である。乗員は百人にも及ぶため、見送りに来る人数も相応になった。

 アルヴァは優雅に彼らへ向かって手をかざす。それとは対照的に、ミスティンは元気いっぱいに手を振っていた。


 最初の何日かは難しい旅ではない。

 帝国内を移動する安全な航路であるからだ。夜間も灯台の光をたどればよいため、進行も極めて迅速だった。



「なあ、お姫様。本当にあのガキンチョを信じていいのかねえ? 種族もよく分かんねえし怪しいぞ」


 グラットは操舵室(そうだしつ)に腰を下ろしながら、そんなことを言っていた。

 しばらくは安全な航路であるため、暇を持て余しているらしい。先程のことを根に持っているのか、メリューへの疑いを捨て切れないようだった。


「さあて、何と言っても彼女の軍は、我々の敵を撃破してくれましたから。少なくとも、彼女らが敵の敵であることは確かでしょう」


 片手を振って、アルヴァが答える。


「ん~、完全には信じてないって感じだね」


 感の鋭いミスティンが指摘した。確かにアルヴァの口調には、どこか一歩引いたところがあった。


「確かに完全とは言いませんが、一応は信じていますよ。彼女らの言に乗ってドーマへ向かう以上、いちいち疑ってはキリがありません。……それに誰かがドーマへ行かねばならないのです。さもなくば、いつまで経っても(いくさ)は終わらないでしょう」

「そうだね」


 と、ソロンは同意する。


「――あのメリューにしたって、相当な覚悟でここまで来たはずだよ。その点は信じていいんじゃないかな」


 未知の領域へ挑むのは、アルヴァ達だけではない。

 見方を変えれば、メリューを始めとした大君派のドーマ人――彼女らにとっても、帝国は限りなく未知に近い領域なのだ。そこへやって来た勇気だけは、信じてもよいのではないだろうか。


「そだねえ。メリュー達もよくこっちまで来たもんだよ。帝国からドーマに行って、帰ってきた人は今までいなかったんだし」


 ミスティンも素直に亜人達へ感心して見せた。しかし、自分で喋ったことに対して、何かが気になったらしく、


「――ん~。でも不思議だね。今までどうして、帝国からドーマに行った人がいなかったのかなあ?」


 と、素朴な疑問を提起した。


「いやまあ、北に向かった冒険者もいることはいたんだぜ。けど、どれもこれも難航したもんでな。ついには誰も挑まなくなったってわけだ」


 さすが、グラットは竜玉船を愛好する冒険者である。竜玉船による冒険の歴史には、精通しているようだ。


「難航って?」


 興味を()かれたソロンも話に参加する。


「そうだなあ。まず島が少ないってのがあるな。目印がない雲域だと、遭難の可能性も激増するからな。どうにか島が見つかっても、魔物の巣になっている可能性が高い」

「そっか、ベスタ雲海域もそうだったけど、人の寄りつかない島は魔物が繁殖しやすいんだよね」

「おおよ、雲海の魔物だって島を拠点にするものが多いからな。島に近寄っただけで、それなりの危険は覚悟せにゃならん」

「雲海の魔物か……。確かに厄介だな」


 皇帝イカといい雲竜サーペンスといい、雲海の魔物は対処が難しい。なんせ、人間は雲海を泳ぎ回るわけにはいかないのだ。


「それから、竜玉機関が開発されたのも、ここ百年の話だ。それまでは風任せの帆船か、手で漕ぐ櫂船(かいせん)しかなかった。速さも安定感も今とは段違いってことだな」

「さらにはドーマの存在です。探検に出た船舶が、亜人に拿捕(だほ)される事件がいくつも起こりました」


 アルヴァもこの種の話には興味があるらしく、補足してくれた。


「それじゃあ、軍船で行ったらどうかな?」


 ミスティンも色々と考えてみたらしく、意見を述べる。


「ごもっともな意見ですが……。帝国にとって、そこまでの価値を見い出せなかったというのが正直なところです。亜人の脅威にさらされていたのは、あくまで北方の諸侯に限られますから。それだけでは元老院の支持も得られない。そして、北方の諸侯だけでは、十分な費用と人は供出困難でした」

「うむ。俺としては浪漫(ろまん)があっていいと思うが、危険なわりに利益もないからな。結局のところ、採算が合わなかったの一言に尽きる」

「でも、ドーマからはこっちに来てるんだよね。なんでかな?」


 と、ミスティンがさらに追究する。


「確かに、航路の開発は彼らにとっても、相当な難事業であったはず。ですが、ドーマの獣王はそれだけの価値を見い出せたのでしょうね。ともあれ、今回はその航路を(うかが)い知る興味深い機会でもあります」

「なるほどなあ、考えてみれば色々と謎は多いんだね」


 と、ソロンは相槌を打った。


「もっとも……一人だけ、こちらからドーマへ攻める計画を考えた者もいましたよ。ですが、それも頓挫(とんざ)してしまいましたので」


 含みを持たせるように、アルヴァが言った。


「誰がそんなことを?」

「私です」

「そうなんだ……」


 大それたことを考えるものである。


「敵の港に乗り込み完膚(かんぷ)なきまでに亜人軍を叩きのめす。人質を取るなどして、敵の弱みを握る。そしてドーマが帝国へ金輪際(こんりんざい)侵攻できないように、一方的な不可侵条約を結ばせる――それが私の構想でした」

「凄い発想だなあ……。でも、いくら帝国が強くても難しいんじゃないの?」

「ですから、そのために力が必要だったのです。あなた方にも協力していただきましたね」

「あの杖か……」


 女王の杖――ソロンがアルヴァと冒険する契機となった杖のことだ。神獣を呼び出した恐るべし杖の力――あれさえあれば、確かに一国の軍隊すらも壊滅させられただろう。


「ですが、杖の力は暴走し……私は罷免(ひめん)されました。そうして、計画は見事頓挫(とんざ)したというわけです」


 自嘲するようにアルヴァは薄く笑った。


 *


 三日をかけてカンタニアの港が見えてきた。

 前回の来訪から数週間しか経っていないだけあって、町の景色に変化はない。残念ながら、雪も降っていないようだ。


 港にはドーマの竜玉船が五隻ほど停泊していた。メリューらが帰還用に残した船である。この町で合流する約束をしていたのだ。

 そして、カンタニアの港にて船団の再編成が行われた。

 帝国の三隻とドーマの五隻――八隻から構成される二国の混成船団ができあがった。その乗員は両国を合わせて、数百人にも達した。


 それに伴い、船団の旗艦も二つとなった。

 帝国船団の旗艦となるのは、引き続きグラット船長が操るオデッセイ号である。

 軽さと強度を持ち合わせた金属製の側面。出力に優れた竜玉機関。帝国が持つ最新式の技術を、惜しげもなく注ぎ込んだ軍船だ。


 対するドーマの旗艦となるのは、木造の船体を朱塗りにした立派な船だった。同じく竜玉機関を保有しているものの、外観は大きく異なっている。


 竜玉は雲海に触れることで浮力を生み出す。

 それはまた、雲海において強力な推進力となる――それは古くから分かっていた。けれど、理屈として分かっていても、それを技術として転用するのはまた別問題であった。


 おおよそ百年前のこと。竜玉による自動推進機関――竜玉機関を実現したのはネブラシア帝国であった。

 その技術を拿捕(だほ)した竜玉船から持ち帰ったのは、獣王の勢力である。それが五十年ほど前のこと。

 やがて、その技術は大君の勢力にも伝わり、ドーマ全土に竜玉機関が広まったのだった。

 ドーマの船も機関以外の構造については、帆船時代のものを引き継いでいる。それが見た目の特色にもなっているのだそうだ。


 そうして、この日はカンタニアで宿泊することになった。

 これが帝国での最後の一日となる。翌日には帝国本島を離れ、北の大雲海に入るのだ。


 *


 翌朝、港にはメリューと亜人達の姿があった。どうやら、再会した部下達と打ち合わせをしているようだ。

 そのまま、あちらの船に乗るのかと思いきや――


「我々も引き続き、この船に乗ってよろしいでしょうか?」


 ラーソンがそんな提案をしてきた。メリュー共々、ドーマの旗艦ではなく、そのままオデッセイ号に乗り続けるらしい。


「ええ、構いませんが……。ドーマの船には乗らないのですか?」


 アルヴァも不思議そうに問い返す。


「船団の指揮系統を分散しないためです。帝国とわが国で指揮が別れるのはやむを得ませんが、せめて旗艦を一つにできればと。それから、これはあなたへの信頼の証でもあります。殿下自身がこの船に乗っている限り、あなた方も裏切りの心配はいらないでしょう」

「ウム、ウム」


 と、メリューも小さな胸を張って、ラーソンへの同意を示す。


「……自ら人質になってくださるということでしょうか」


 (いぶか)しむようにアルヴァは、ラーソンとメリューを交互に見た。


「まあ実際のところ、殿下はあなた方に興味を持たれたようなのです。こっちのほうが面白そうだなと仰せで」


 ところがラーソンは破顔して、あっけらかんと言ってのけた。

 メリューもアルヴァの元へ歩み寄って、手を差し出す。


「ヨロシク」


 しかも、つたない帝国語まで付け足してみせた。


「はぁ、よろしくお願いします」


 アルヴァもとまどい気味に握手を返す。

 握手を終えたメリューは、ついでにソロンの頭もポンポンと叩いた。自分より遥かに背の低い娘に頭を叩かれて、なんだか微妙な気分になる。


「あのねえ……」


 抗議でもしようかと思ったが、メリューは軽快な足取りで亜人の集団に紛れてしまった。悪びれもせずに、愉快げな顔で会話に講じている。

 それで、何となく気勢を削がれてしまった。


「気まぐれな子だね~」


 と、ミスティンが自分のことを棚に上げて、呆れるような仕草をしていた。

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