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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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船長登場

 黒い外套(がいとう)に身を包んだアルヴァは、颯爽(さっそう)と竜玉船へ乗り込んだ。

 ソロンとミスティンも、それぞれに厚着をして彼女に続く。

 日射しに恵まれた上界の気候は、下界のイドリスと比較すれば暖かい。それでも、遥か北にあるドーマは厳しい寒さになるという。防寒具の用意は欠かせなかった。


「陛下!」


 竜玉船の乗員である兵士達が、アルヴァに向けてうやうやしく敬礼した。

 彼女も小さく手を振って、それに応える。アルヴァが女帝であった頃を思い出すような優雅な仕草だが……。


「陛下って……?」


 ソロンは怪訝(けげん)な声を上げた。

 アルヴァの皇帝位は剥奪(はくだつ)されたはずである。前皇帝とはいえ、陛下という敬称は使えないはずだった。


「上帝の地位を献上されたのです。それで再び、陛下と呼ばれる地位になったというだけです。元老院としては、私への見返りを含んだつもりでしょうけれど」

「……上帝って?」


 アルヴァが簡潔に説明してくれたが、それだけで理解できるソロンではない。聞き返せば、すぐに追加で答えてくれた。


「上帝とは退位した皇帝に送られる称号です。実権の有無はともかく、儀礼上は皇帝とほぼ同格に遇されます。歴代の上帝の中には、皇帝以上の強権を振るった者もいるのですよ」

「あっ、そっか」


 さすがにソロンでも何となくは事情を飲み込めた。


「――帝国の代表として行くんだもんね。ちゃんとした地位がないとダメってことか……」

「そっか、凄いね。陛下だ陛下。上帝陛下万歳だね」


 ミスティンが自分のことのように喜んで、アルヴァの肩を叩いた。出世した友達を祝うような軽いノリである。


「あはは……。上帝陛下の威光も、ミスティンには形無しだね」

「構いませんよ、望んで欲しかったわけではありません。儀礼上の都合もあって、頂けるものは頂くことにしたまでです」


 アルヴァはさして何でもないように振る舞っていた。


「――さて、そんなことよりも船長にご挨拶(あいさつ)と行きましょうか」


 彼女は不敵な笑みを浮かべながら、甲板にある船長室へと足を運んだ。


 船長室に近づいたところで、突如扉が開かれた。中から先手を打つように、青年が飛び出して来たのだ。

 ツンツンした茶色い髪に、たくましい肉体。船長という立場を反映してか、他の船員よりもひときわ立派な服を身に着けている。


「よう、久しぶりだなあ。元気してたか?」


 船長はガッとソロンを大きな腕で抱きしめた。


「元気だよ。ていうか、暑苦しいよ。ナイゼルじゃあるまいし」

「いや、なんつうか。つい嬉しくてな」


 そう言った船長は、次にソロンの手と強く叩き合わせた。パーンという音が空高く響く。友人同士の再会を祝う快音だった。


「ったたた、馬鹿力だなあ……。グラットも元気そうだね」


 アルヴァの支援を受けて、グラットはついに自らの竜玉船を手に入れたのだ。

 かつての冒険はタダ働きかと思いきや、ちゃっかりとした男である。とはいえ、過酷な冒険の報酬としては当然の権利だろう。


「まあな。忙しくて寝る暇もねえぐらいだぜ」


 グラットは竜玉船で各地を飛び回りながら、貿易を始めとした事業に手を出しているらしい。

 しかしながら、元々の性格もあって彼は刺激を求めていた。

 そこに飛び込んできたのが、今回の北方大遠征である。アルヴァから連絡を受けるや否や、またたく間に参加を決定したのだった。


「グラット……。睡眠はきちんと取らねば、集中力を維持できませんよ。忙しくても(かえ)って、それは非効率な行為です」


 出会い頭にアルヴァはグラットをいさめた。


「……すまん、お姫様。寝てないってのは誇張だ。実は船の上でしっかり寝ている。いやな、その、忙しいフリをしたかっただけだ」


 タジタジとなりながらグラットは答えた。


「ならよいのです。妙な見栄を張らないでください」

「……相変わらずだな、お姫様は」


 苦笑しながらも、どこか懐かしむようにグラットが言った。


「いい船だねえ」


 そんな中、ミスティンは船を見回し、ペタペタとそこら中を触りまくっていた。


「お気に召したか? なんせ、こいつは最新型だからな。速力はもちろんのこと、乗り心地も悪くない」

「さっきアルヴァも力説してたけど、随分と奮発したんだね」


 ソロンが聞けば、グラットも胸を叩いてみせる。


「おうよ。まあ、俺もここまで上等なのは遠慮しようと思ってたんだが……。出資者様が猛烈に押してきたんでな。遠慮なく甘えさせてもらったぜ」


 と、グラットはアルヴァへと視線をやる。


「当然でしょう。安い買い物が常に利益をもたらすとは限りません。優れた船があれば、結果的に活用の幅も広がるというもの。商売をするにも信用の度合いが違います。現にこうして機会が巡って来ました」


 アルヴァは満足気な顔をしていた。きっと自分が乗ることも想定して、最新式の船をグラットに持たせたのだろう。


「そうかそうか。お役に立てて俺も嬉しいよ。それにしても、北のドーマか……。よくぞまあ、そんな面白い仕事を見つけてきたもんだな」

「私にしても、こうなるとは夢にも思いませんでしたよ。ただ……あちらに送った調査隊については、ずっと気にしていましたので。機会は逃せませんでした」


 アルヴァはかすかに表情を陰らせた。


「んだな、多少の事情は聞いてるが、俺もちっとは力を貸すぜ。未踏の領域ってのは、男の浪漫(ろまん)だもんでな」


 グラットはそんなことを言いながら、キメの表情を作った。


「未踏も何も、実態は亜人がとっくに踏み入れている領域ですよ。人間にしても、捕虜として連れられた方もいますし」


 しかし、アルヴァは冷ややかだった。


「……つまんねえ揚げ足取りはよせやい」



 そこに亜人の一団が乗り込んできた。

 先頭にはドーマ大君の孫娘たるメリューの姿。

 出会った頃と同じような着物をまとい、青みがかった銀髪をなびかせている。その美麗な姿には、帝国の兵士すらも息を飲むものがあった。


「おお、アレが噂の亜人のお姫様か。なんか思ってたのと違うなあ」


 グラットは目を見張って、メリューの姿を眺めていた。


「どんなのと思ってたの?」

「いや、こう。クマみたいなヤツだな。そんでドッシドッシと歩くだけで音が鳴るんだよ。ああ、アレに近いかもな。緑色のカバ。なんだっけか?」


 グラットは上目で、何事かを思い出そうとしていた。


「グリガントのことですか? 私にとってはあまり思い出したくない名前ですが……」


 アルヴァは苦り切った顔で指摘した。

 グリガントは帝都を襲った魔物であり、また下界でもザウラスト教団が操った魔物である。彼女にとっては上界と下界の両方で戦った難敵だ。もちろん、その両方で良い思い出はなかった。

 そこで当のメリューがこちらに気づいた。通訳のラーソンを引き連れて、まっしぐらに向かってくる。


「メリュー殿下、ご機嫌よう」


 と、アルヴァが丁寧に礼をしながら挨拶をする。


「おはよ、メリュー」


 と、ミスティンは既に気安い。

 しばらく同じ家で過ごしたこともあって、言葉が通じないなりに打ち解けているようだった。……若干、メリューの側が迷惑そうにしていた気がしないでもないが。


「――――」


 メリューも亜人語で挨拶らしき言葉を返す。それから、彼女はソロンの肩をポンポンと叩いてくる。


「おはようメリュー」


 とりあえずソロンも挨拶をしておく。

 言葉は伝わらなくとも、気持ちはなんとなく伝わるかもしれない。交流しておく意味はあるだろう。

 立場を考えれば敬語で話したほうがよいのかもしれない。

 ……が、相手はどう見ても子供である。ミスティンにつられる形で、気安い口調になっていた。


「しかっし、まあ近くで見るとホントにお子様なのなぁ。亜人の大将は幼女ってか」


 メリューを横からしげしげと眺めやって、グラットがつぶやいた。今に始まったことではないが、不躾(ぶしつけ)な態度である。


「一応、当人が目の前にいるんだし、少しは気をつけなよ」


 さすがにソロンはグラットをたしなめたが、


「まあ、大丈夫だろ。どうせ言葉は分かんねえんだし」


 グラットは取り合わなかった。


「ラーソンさんもいるんだけどなあ……」


 と、ソロンはラーソンの顔色を(うかが)うが。


「あははっ。私のことは気にしないでください。チクったりはしませんので」


 こちらはこちらで、愉快そうに微笑(ほほえ)むばかりだった。どうやら、思っていたよりもゆるい性格だったらしい。

 それから、彼はグラットに歩み寄って、


「ラーソンです。メリュー殿下の通訳を務めています」


 と、手を差し伸べた。


「船長を任せてもらってるグラットだ。亜人語の通訳だなんて、大したもんだなあ」


 グラットも堂々とそれを握ってみせる。


「む……」


 放って置かれたメリューは、どことなく不機嫌そうな唸り声を上げて、グラットをねめつけた。


「お、おう。嬢ちゃんもよろしくな」


 グラットは頭二つも背丈の違う少女に、気圧(けお)されそうになっていた。それでもどうにか、手を伸ばしてみせる。

 メリューは思いのほか素早く、グラットの手をつかんで握った。視線はまっすぐにグラットと合わせている。


「――あたっ! イテテテ、何しやがるガキンチョ! ちょっやめっ! やめろっての!?」


 相当強く握られたらしい。グラットは情けない悲鳴を上げて、こちらに助けを求めた。


「フン」


 と、鼻を鳴らして、メリューはようやく手を放した。


「いってえ……。なんつう馬鹿力だよ……。てか、俺の言葉分かってたんじゃねえか?」


 グラットは手をさすりながら、そんなことを言った。


「いや、あの口調じゃ言葉が分からなくっても、悪口言ってるのは分かるよ」


 そう言いながらソロンは、メリューのほうへと視線をやる。見れば、彼女はうつむいて口を押さえていた。

 機嫌を損ねたのかと思いきや、どうやら笑いを(こら)えているようだ。紫色の瞳には、嗜虐(しぎゃく)的な光が宿っていた。


「ちっ……。油断できねえな」


 グラットは苦々しい顔で、笑いを堪えるメリューをにらんでいた。

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