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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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オデッセイ号

 皇帝エヴァート主導の(もと)、ドーマ連邦へ送る使節団が結成された。

 その代表は当初の予定通り、アルヴァが務めることになった。三隻の竜玉船と百名に迫る人員からなる一団である。この人数は多すぎず、少なすぎずを目指した結果らしい。


 出発はネブラシア港からとなった。

 前回、北方へ向かった際はミューンの港町から船を出港させた。しかし、急を要さない今回は、ネブラシア港にて優れた船を()りすぐる余裕があったのだ。


 そして、いよいよドーマへと旅立つ日がやってきた。

 どことも知れぬ遥か北、未知なる北への旅である。

 季節は十二月、帝国の(こよみ)では大海の月。青みの薄れた冬空の下で、今日も静かに雲海は波打っている。

 ネブラシア港では、一時(ひととき)の別れが行われていた。



「何もアルヴァ様が、向かうことはありませんのに……」


 マリエンヌは今にも泣き出しそうな顔で、アルヴァと向き合っていた。

 アルヴァの秘書官であった彼女は、今はイシュティールに勤めている。それを見送りのため、馬車で二日の旅程を駆けてきたのだ。

 ちなみに、アルヴァの祖父であるニバムは来ていない。実際のところ、職務を放り出してでも来ようとしたそうだが、マリエンヌが制止したらしい。


「ごめんなさい、マリエンヌ。ですが、心配はいりません。私には心強い友人もいますので。お祖父様にも、お体に気をつけるよう言伝(ことづて)を願います」


 アルヴァはマリエンヌを軽く抱きしめ、なだめるように声をかけた。しばらくして、アルヴァはマリエンヌから体を離す。


「……分かりました、アルヴァ様。ソロンさん、なにとぞアルヴァ様のことをお願いします」


 マリエンヌはソロンに向かって、深々と頭を下げた。


「え、ええ……。がんばります」


 なぜだか指名を受けてしまったが、元よりそのつもりである。護衛の仕事を頑張ろうと改めて決心する。

 そんな様子をバツが悪そうに眺めていたのは、アルヴァの従兄――皇帝エヴァートである。


「君にばかり、重荷を背負わせてすまない。だが、誰にでも任せられる事業でないのも事実だ。君の決心に甘えさせてもらうよ」

「いいえ、とんでもありません」


 フルフルと黒髪を振りながらアルヴァは語る。


「――結果的に私は、皇帝という重荷をお兄様へ押しつけてしまいました。これしきの協力をさせていただくのは、当然というものでしょう」


「ミスティン、陛下の邪魔をしないようにね」

「そんなことしないよ」


 見送りにはミスティンの姉――セレスティンの姿もあった。彼女は今も帝都の教会で、司祭を務めているらしい。

 妹と同じ美しい金髪の持ち主であるが、こちらは法衣をまとって落ち着いた印象を受ける。性格だけをいえば、姉妹として似たところは見当たらない。


「結局、父さん母さんには顔見せにも行かなかったわね」

「ごめん。それはまた今度かな」


 ミスティンは口では謝罪したが、あまり反省しているようには見えなかった。


「今度というのはいつになるのやら……。まあ、いいけれど。あなたは話して聞くような子ではないしね。気をつけて行ってらっしゃい」

「は~い」


 これから始まる遠征は未曾有(みぞう)の大事業である。それにしては何とも軽い姉妹のやり取りだった。



「坊っちゃんが亜人の国へねえ……。わが国の王弟は、いよいよアルヴァさんに取られてしまいそうですね」


 冷やかすというよりは、呆れるようにナイゼルが言った。


「本当にのう……」


 ガノンドもそれに相槌(あいづち)を打つ。


「いいじゃないか。それでこそ男の子だよ」


 と、カリーナだけはソロンを温かい目で見ていた。

 イドリス大使館に勤める三人も、ソロンを見送るために来てくれたのだ。

 もちろん話は事前に通していた。

 ソロンは祖国イドリスの代表として、ネブラシア帝国に滞在している。兄から自由を認められてはいるとはいえ、長期の遠征ともなれば釈明は必要だったのだ。


「――しっかし、母さんの故郷か……。本当に、どんな場所なんだろうね。あたしも興味はあるけど、さすがに行くのはちょっと怖いかな」


 カリーナが複雑な胸中を吐露した。


「私達が見届けてくるよ。カリーナは土産話を楽しみにしてて」


 と、姉との話を終えたミスティンが応じる。

 ミスティンは基本的に女子供と打ち解けるのは早い。二人の付き合いは短いが、仲は悪くなさそうだ。


「ああ、楽しみにしてるよ、坊っちゃん。ミスティンも怪我に気をつけなよ」

「ソロンや、姫様をしっかり守るのじゃぞ。本当ならわしも行きたいところじゃがのう……」


 ガノンドはアルヴァを心から心配していた。

 今の彼はもはやイドリス人だが、かつては帝国の公爵であった。アルヴァの父である先々代の皇帝とも、若い頃から交友があったという。


「申し訳ありません。皆さん」


 アルヴァはマリエンヌ、エヴァートの二人と話し込んでいたが、ふとこちらへと歩み寄ってきた。


「――ソロンがイドリスにとって、大切な人物だとは理解しています。ですが……私には彼が必要だったので」


 そして、少しためらいながらも、はっきりと言い切った。


「ふうむ、必要だったのですか。それは仕方ありませんね」


 ナイゼルは首を重々しく振って頷いた。それから、ソロンへと視線を転じて。


「――聞きましたか、坊っちゃん。アルヴァさんは実に肝が据わっていますね。煮え切らない誰かとは大違いです」

「本当にね。大切にしてあげなよ」


 と、カリーナも弟に続く。


「言われなくとも。その気がなければここにはいないよ」


 当てつけがましい二人に、ソロンは言い返した。


「ええ、頼りにしていますよ。ずっと前から」


 アルヴァはそんなソロンの腕をそっとつかむのだった。


 *


 別れの挨拶を終えて、港に停泊している船へと近づいていく。


「わあ……」


 それを間近に見るや、ソロンの口から思わず感嘆の声が漏れた。


「おお、ほ~……」


 後ろを離れて歩いているメリューも、同じように声を上げていた。言語は違っても、感嘆の表現は似たようなものになるらしい。ラーソンとしきりに言葉を交わしていた。


「どうですか、最新型竜玉船――オデッセイ号は。これぞまさしく、わが帝国の技術の結晶です。皇帝時代の話ですが、設計には私も参加させていただきました」


 ばっと手を船へと伸ばしたアルヴァは、誇らしげに胸を張った。

 大きさとしては中型の竜玉船である。

 特徴的なのはその先端だろうか。とがった先端を始めとして、船体は滑らかな流線型になっていた。船は外面を金属で包んでおり、港の中で銀色が異彩を放っている。


 また、一般的な竜玉船にあるはずの帆柱が見られない。安定した竜玉機関を備えているため、風による予備動力は不要ということだろうか。

 外側についた胸ビレと後ろについた尾ビレのような部分が、どことなく魚を想起させる。

 尾ビレについては、以前見たスクリューに相当するのだろう。だが、胸ビレは何の意味があるのだろうか。


「ほわあ……カッコいいね。ところでこのヒレみたいな部分、何の意味があるの?」


 ミスティンも感嘆の声を上げていたが、やはり胸ビレに注目したらしい。指を差して尋ねた。


「ヒレというよりは、翼のつもりですが……。しかし、よい質問ですね。ミスティン」


 生徒から質問を受けた教師のように、アルヴァが顔をほころばせた。


「――これは揚力(ようりょく)を得るための仕組みです」

「ようりょく?」

「簡単に言えば、推進時に得られる浮力のようなものです。翼の構造を工夫し、巧妙に大気圧を下方から受けるようにするわけです」

「浮力って、竜玉があるよね。それ以上、浮力を強くして意味あるの?」


 ミスティンが分からないなりに質問をする。そんなやり取りも、どことなくアルヴァと息が合って見えた。


「もちろん竜玉の浮力だけでも、船を雲海に沈べるに事足ります。ですが、ここで大切なのは推進時です。揚力が得られれば、雲海との摩擦(まさつ)を軽減できます。そして……摩擦が減れば、速度の向上が見込めるというわけです」

「う~んと……」


 アルヴァの力説に、ミスティンは少し考え込んで、


「――浮くってことは、矢のように速く進めるってことだね」


 弓の達人らしく、彼女は自分なりの言葉で表現した。


「ええ、ええ。ミスティンは飲み込みが早いですね。まさしく、摩擦を極限まで減らすには、空を駆けることが理想ですから。つまりこの船は今までの船よりも、一歩理想に近づいているのですよ」

「えへへ、見た目がカッコいいだけじゃないんだねえ」


 褒められたミスティンが、嬉しそうに笑顔を作る。


「そうです。これこそが機能美というものです。真に効率を追求したものは、余計な装飾を施さなくとも十分に美しいものなのですよ」


 この船こそが船団の旗艦となるわけだ。

 船には亜人の代表であるメリューらも、同乗することになっていた。カンタニアに残されていたドーマ軍とも、途中で合流する予定である。

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