我儘な望み
かくして方針はまとまった。
これから、多数の竜玉船と大人数による遠征が計画されることになる。
アルヴァとしてもいくつかの注文はするが、詳細は帝国政府に任せるつもりだ。エヴァートならば計画に配慮してくれるはずだし、こちらはそれに従うだけだ。
「先程は立候補していただけて助かりました。実は当初から、あなたをお招きするつもりでしたので」
会議室を出たところで、ラーソンから声をかけられた。もちろん、その隣にはメリューの姿もある。
「私にですか? はて、私は皇帝を罷免された身の上ですが、それでよかったのでしょうか?」
当初というのは、彼女らがドーマを発った当初からだろうか。ひょっとすると情報の遅れから、アルヴァが皇帝位にある前提で計画していたのかもしれない。
困惑するアルヴァの顔を見てか、メリューが首をブンブンと横に振った。
「問題ありません。確かに罷免という事実には驚きましたが、それでも我々はアルヴァネッサ様を招くつもりでしたので」
「ふうむ……」
立場はどうあれアルヴァを指名したということか。なにゆえ自分にそこまでの価値を見出したのだろう。
もう少し追及したほうがよいだろうか。そう考えていると――
「それともう一人、お呼びしたい方がいるのですが」
ラーソンが口を開いたので、アルヴァは視線を向けた。
「ソロニウス――――」
すると、メリューが何やら聞き覚えのある名前を口にした。語尾はドーマ語だったが、その前の固有名詞は明確だった。
「はっ? ソロニウスですか?」
思いもよらない名前に、アルヴァは素っ頓狂な声で聞き返した。
ソロニウスと言えば、ソロンのことだろうか。
帝都へ帰還する船に乗って以来、彼女らと話をする機会は幾度かあった。その時はもちろんソロンも一緒だったし、簡単な紹介もした。
……が、『ソロン』の紹介をしても、『ソロニウス』の紹介をした覚えはなかったのだ。
「ええ、イドリス王国のソロニウス殿下です。あなたとも親しいようでしたので」
ラーソンは念を押すように繰り返した。
どうやら、間違いないらしいが、謎は深まってしまった。
ソロンは帝国人ではなく、当然ながら両国の同盟には関係ない。そんな彼の立場を知りながら、なぜ呼ぼうというのか。
そもそも、イドリス王国という下界の国名など、話題には出さなかった。それとも、ソロンが自分で説明したのだろうか……。
「どうして、彼なのでしょう?」
「本国からの指名です。もちろん、これは我らの要望に過ぎませんが……」
「私と彼の二人を、ご指名ということでしょうか?」
「そうなります。我らとして言えるのはそれだけです」
ラーソンはそれ以上説明するつもりはないらしい。あるいは最初から理由を知らされていないのだろうか……。
*
「そしたら、稲妻で背中を撃たれてさ。一撃で気を失っちゃった。その後も電気で拷問だよ。どうも僕をどこかの諜報と疑ってたみたいでさあ」
アルヴァが中庭に戻ったところで、耳になじんだ声が聞こえてきた。会談の緊張から解き放たれたこともあって、強く安心する。
「わあっ、さっすがアルヴァだね」
「いや、感心するところじゃないでしょ……」
「あははっ、でもそんなに大変だったなんて、あの時は思わなかったよ。かわいそ、かわいそう。アルヴァも容赦ないなあ」
ミスティンはソロンの赤髪を撫でながら、朗らかに言った。ソロンもついに面倒となったのか、それを振り払おうともしない。
「うん。でもあれでも手加減したんだと思うよ。本気だったら即死だったろうし」
ソロンとミスティンは、城の中庭でずっと話に興じていたらしい。
こういう砕けた会話はアルヴァにはできない。……少しだけ妬けるのは秘密である。
それより、今日の会談の内容だ。
話したところで、この二人は付いてきてくれるだろうか?
いや、危険を考えれば、連れていくべきではないのでは……。先日の戦いも危険はあったが、今回の遠征はそれを上回るだろう。
特にソロンに至っては、帝国人ですらないのだ。彼にとって、同行する義務はない。先程の話を伝えれば、来てくれるかもしれないが……。
と――
「あっ、どうだった!?」
こちらに気づいたソロンが駆け寄ってきた。
「ソロン、ミスティン。聞いてください。私はドーマへ向かうことにしました」
開口一番、アルヴァは切り出した。信頼している相手だからこそ、まずは結論から伝えたい。ともかくは話をすべきだ。
「ドーマ!? なんでまた!?」「ほわっ!?」
ソロンは驚きを隠せず、緑の瞳を丸くした。ミスティンも妙な声を出して反応する。
「帰る途中に説明しますよ」
そう言って、アルヴァは城の入り口に向かって歩き出した。
振り返って背後を見れば、メリューらも仲間との合流を果たしていた。
メリューもどこかほっとしたような顔をしていた。
彼女にとっても、今回の会談は大きな出来事だったのだ。相当な覚悟でこの場に臨んだのは、想像に難くなかった。
* * *
馬車の中で、ソロンはアルヴァの話を聞いていた。
メリューらは別の馬車に乗ってはいるが、引き続き別荘で面倒を見るらしい。
「そっか……」
アルヴァの話が終わり、ソロンは相槌を打った。
「まだ元老院の同意も必要ですし、正式に確定したわけではありませんけれど。もっとも、大公や外務長官までが乗り気なので、決まったようなものでしょうが」
ソロンにとって、帝国の役職はよく分からない。しかし、アルヴァがそう言うのならそうなのだろう。
「大変なんだろうね」
「難事業なのは間違いありません。なんせ、帝国の誰も足を踏み入れて、戻って来たことがないのですから」
「ドーマかあ……。面白い亜人とか、かわいい亜人もいるのかな?」
ミスティンが妙なところに興味を示した。
「まあ、亜人の国ですからね。亜人の数と種類には事欠かないと思いますよ。ええと……ミスティンも来ていただけますか?」
どこか遠慮がちにアルヴァは尋ねたが、
「当然」
深く考える様子もなくミスティンは頷いた。
それから、ミスティンはソロンへと空色の瞳を向けた。同じ答えを期待する視線である。
アルヴァも控えめに視線を移して、こちらの反応を窺う。
ソロンにしても腹は決まっていた。その決断を口にしようと思った時――
「ソロン、メリュー殿下やラーソンさんと話をしましたか?」
アルヴァが思いがけない質問をしてきた。
「えっ、話ならしたけど……何の話?」
「あなたの故郷についての話です。あの二人が、あなたの素性を知っていたようですので」
「へっ、僕の……? 話してないし、聞かれもしなかったよ。何か話す時もほとんど君と一緒にいたし……」
「……ですよね」
と、アルヴァは悩みこむ。
「亜人の超能力かなあ?」
ミスティンが突拍子もないことを言い出したが。
「まさか、そんな能力は魔法の域すら越えています」
それから、アルヴァはソロンに向かって。
「――ソロン、メリュー殿下があなたの同行を希望しているそうですが……」
「僕を……? もちろん、僕も行くよ。あっちの考えはよく分かんないけど、関係ない」
メリューの思惑が何であれ、その選択に迷いはない。
ミスティンも「うんうん」と頷いて、ソロンの判断を後押ししてくれる。
「本当によいのですか、あなたにも立場があると思いますが……」
「いいよ。世の中には立場より大事なものがある。……もしかして迷惑?」
不安になって、ソロンが問いかければ、
「ふふっ、とんでもない」
アルヴァは笑って打ち消してくれた。
「なら、よかった」
「ありがとう」そこで、アルヴァはなぜだか溜息をついた。「ですが、ああいう言い方はやはり卑怯ですね」
「へっ?」
意味が分からず彼女のほうを見る。
アルヴァはまっすぐにソロンを見つめ返して。
「先程はドーマ側の要望を伝えただけであり、私の意思ではありません。だから、改めてお願いします。危険に巻き込むのも承知ですが、これは私の我儘な望みです。ソロン、私と一緒に来てください」
彼女はソロンの両手を取って、そう伝えたのだった。