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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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我儘な望み

 かくして方針はまとまった。

 これから、多数の竜玉船と大人数による遠征が計画されることになる。

 アルヴァとしてもいくつかの注文はするが、詳細は帝国政府に任せるつもりだ。エヴァートならば計画に配慮してくれるはずだし、こちらはそれに従うだけだ。



「先程は立候補していただけて助かりました。実は当初から、あなたをお招きするつもりでしたので」


 会議室を出たところで、ラーソンから声をかけられた。もちろん、その隣にはメリューの姿もある。


「私にですか? はて、私は皇帝を罷免(ひめん)された身の上ですが、それでよかったのでしょうか?」


 当初というのは、彼女らがドーマを()った当初からだろうか。ひょっとすると情報の遅れから、アルヴァが皇帝位にある前提で計画していたのかもしれない。

 困惑するアルヴァの顔を見てか、メリューが首をブンブンと横に振った。


「問題ありません。確かに罷免という事実には驚きましたが、それでも我々はアルヴァネッサ様を招くつもりでしたので」

「ふうむ……」


 立場はどうあれアルヴァを指名したということか。なにゆえ自分にそこまでの価値を見出したのだろう。

 もう少し追及したほうがよいだろうか。そう考えていると――


「それともう一人、お呼びしたい方がいるのですが」


 ラーソンが口を開いたので、アルヴァは視線を向けた。


「ソロニウス――――」


 すると、メリューが何やら聞き覚えのある名前を口にした。語尾はドーマ語だったが、その前の固有名詞は明確だった。


「はっ? ソロニウスですか?」


 思いもよらない名前に、アルヴァは()頓狂(とんきょう)な声で聞き返した。

 ソロニウスと言えば、ソロンのことだろうか。

 帝都へ帰還する船に乗って以来、彼女らと話をする機会は幾度かあった。その時はもちろんソロンも一緒だったし、簡単な紹介もした。

 ……が、『ソロン』の紹介をしても、『ソロニウス』の紹介をした覚えはなかったのだ。


「ええ、イドリス王国のソロニウス殿下です。あなたとも親しいようでしたので」


 ラーソンは念を押すように繰り返した。

 どうやら、間違いないらしいが、謎は深まってしまった。

 ソロンは帝国人ではなく、当然ながら両国の同盟には関係ない。そんな彼の立場を知りながら、なぜ呼ぼうというのか。

 そもそも、イドリス王国という下界の国名など、話題には出さなかった。それとも、ソロンが自分で説明したのだろうか……。


「どうして、彼なのでしょう?」

「本国からの指名です。もちろん、これは我らの要望に過ぎませんが……」

「私と彼の二人を、ご指名ということでしょうか?」

「そうなります。我らとして言えるのはそれだけです」


 ラーソンはそれ以上説明するつもりはないらしい。あるいは最初から理由を知らされていないのだろうか……。


 *


「そしたら、稲妻で背中を撃たれてさ。一撃で気を失っちゃった。その後も電気で拷問だよ。どうも僕をどこかの諜報(ちょうほう)と疑ってたみたいでさあ」


 アルヴァが中庭に戻ったところで、耳になじんだ声が聞こえてきた。会談の緊張から解き放たれたこともあって、強く安心する。


「わあっ、さっすがアルヴァだね」

「いや、感心するところじゃないでしょ……」

「あははっ、でもそんなに大変だったなんて、あの時は思わなかったよ。かわいそ、かわいそう。アルヴァも容赦ないなあ」


 ミスティンはソロンの赤髪を撫でながら、(ほが)らかに言った。ソロンもついに面倒となったのか、それを振り払おうともしない。


「うん。でもあれでも手加減したんだと思うよ。本気だったら即死だったろうし」


 ソロンとミスティンは、城の中庭でずっと話に興じていたらしい。

 こういう砕けた会話はアルヴァにはできない。……少しだけ()けるのは秘密である。


 それより、今日の会談の内容だ。

 話したところで、この二人は付いてきてくれるだろうか?

 いや、危険を考えれば、連れていくべきではないのでは……。先日の戦いも危険はあったが、今回の遠征はそれを上回るだろう。

 特にソロンに至っては、帝国人ですらないのだ。彼にとって、同行する義務はない。先程の話を伝えれば、来てくれるかもしれないが……。

 と――


「あっ、どうだった!?」


 こちらに気づいたソロンが駆け寄ってきた。


「ソロン、ミスティン。聞いてください。私はドーマへ向かうことにしました」


 開口一番、アルヴァは切り出した。信頼している相手だからこそ、まずは結論から伝えたい。ともかくは話をすべきだ。


「ドーマ!? なんでまた!?」「ほわっ!?」


 ソロンは驚きを隠せず、緑の瞳を丸くした。ミスティンも妙な声を出して反応する。


「帰る途中に説明しますよ」


 そう言って、アルヴァは城の入り口に向かって歩き出した。

 振り返って背後を見れば、メリューらも仲間との合流を果たしていた。

 メリューもどこかほっとしたような顔をしていた。

 彼女にとっても、今回の会談は大きな出来事だったのだ。相当な覚悟でこの場に臨んだのは、想像に(かた)くなかった。


 * * *


 馬車の中で、ソロンはアルヴァの話を聞いていた。

 メリューらは別の馬車に乗ってはいるが、引き続き別荘で面倒を見るらしい。


「そっか……」


 アルヴァの話が終わり、ソロンは相槌を打った。


「まだ元老院の同意も必要ですし、正式に確定したわけではありませんけれど。もっとも、大公や外務長官までが乗り気なので、決まったようなものでしょうが」


 ソロンにとって、帝国の役職はよく分からない。しかし、アルヴァがそう言うのならそうなのだろう。


「大変なんだろうね」

「難事業なのは間違いありません。なんせ、帝国の誰も足を踏み入れて、戻って来たことがないのですから」

「ドーマかあ……。面白い亜人とか、かわいい亜人もいるのかな?」


 ミスティンが妙なところに興味を示した。


「まあ、亜人の国ですからね。亜人の数と種類には事欠かないと思いますよ。ええと……ミスティンも来ていただけますか?」


 どこか遠慮がちにアルヴァは尋ねたが、


「当然」


 深く考える様子もなくミスティンは頷いた。

 それから、ミスティンはソロンへと空色の瞳を向けた。同じ答えを期待する視線である。

 アルヴァも控えめに視線を移して、こちらの反応を(うかが)う。

 ソロンにしても腹は決まっていた。その決断を口にしようと思った時――


「ソロン、メリュー殿下やラーソンさんと話をしましたか?」


 アルヴァが思いがけない質問をしてきた。


「えっ、話ならしたけど……何の話?」

「あなたの故郷についての話です。あの二人が、あなたの素性を知っていたようですので」

「へっ、僕の……? 話してないし、聞かれもしなかったよ。何か話す時もほとんど君と一緒にいたし……」

「……ですよね」


 と、アルヴァは悩みこむ。


「亜人の超能力かなあ?」


 ミスティンが突拍子もないことを言い出したが。


「まさか、そんな能力は魔法の域すら越えています」

 それから、アルヴァはソロンに向かって。

「――ソロン、メリュー殿下があなたの同行を希望しているそうですが……」

「僕を……? もちろん、僕も行くよ。あっちの考えはよく分かんないけど、関係ない」


 メリューの思惑が何であれ、その選択に迷いはない。

 ミスティンも「うんうん」と頷いて、ソロンの判断を後押ししてくれる。


「本当によいのですか、あなたにも立場があると思いますが……」

「いいよ。世の中には立場より大事なものがある。……もしかして迷惑?」


 不安になって、ソロンが問いかければ、


「ふふっ、とんでもない」


 アルヴァは笑って打ち消してくれた。


「なら、よかった」

「ありがとう」そこで、アルヴァはなぜだか溜息をついた。「ですが、ああいう言い方はやはり卑怯ですね」

「へっ?」


 意味が分からず彼女のほうを見る。

 アルヴァはまっすぐにソロンを見つめ返して。


「先程はドーマ側の要望を伝えただけであり、私の意思ではありません。だから、改めてお願いします。危険に巻き込むのも承知ですが、これは私の我儘(わがまま)な望みです。ソロン、私と一緒に来てください」


 彼女はソロンの両手を取って、そう伝えたのだった。

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