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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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メリューの提案

 メリューが、通訳のラーソンを介して告げた提案。

 それを聞いた帝国側の一同は騒然となった。

 当然といえば当然な要請である。互いの国を知らずして、真に同盟を結べるはずもない。

 だからこそ、彼らはこの国まで遥々やって来たのだ。帝国からも、誰かがドーマに向かうのも道理というものだろう。


 だがしかし、ドーマは限りなく未知に等しい外国である。そのような国に誰が行こうというのか。果たして身の安全は保証されるのだろうか。


「ドーマへの使者か……」


 エヴァートがうつむき気味につぶやいた。


「確かに我らとしても、雲海の向こうを確認したいところですが……。けれど、誰がその役目を担うのです?」


 思わぬ流れに、外務長官も困惑を隠せなかった。


「重要な役目であるのは、間違いありますまい。それ相応の人物に託すのが、道理というものでしょう」


 発言したのはオトロス大公だった。


「ではそういう大公殿はどうだ?」


 と、エヴァートがすかさずオトロスを指名した。


「そ、それはご冗談を。私には元老院議員だけではなく、自領を治める役目があります。……外務長官はいかがかな? やはり外交はあなたの領分でしょうから」


 大貴族たるオトロスは、小国の王に匹敵する領地を保有している。長期に渡って、帝都や領地を離れるのが難しいのは事実だろう。もっとも、それよりも未知の外国に渡る危険を嫌ったのだろうが……。

 矛先を変えようとしたオトロスを、(さえぎ)るように外務長官は両手を上げて。


「い、いや……。外務省にも課題が山程あるのです。相手にするのは、ドーマだけではありません。長である私が帝国を離れてしまっては、業務が(とどこお)ってしまいましょう。わが省から若手を指名する方法もありますが……」


 皆、及び腰だった。


「ふうむ、そうか……。さすがに私が行くわけにはならないからな。皇族から誰かを指名してもよいが、はてさて……それだけの仕事を任せられる人物がいたかどうか……」


 エヴァートは考え込みながら、アルヴァに視線をやった。だがすぐに首を横に振って視線をそらした。


「一つ、お聞きしたいことがあるのですが……」


 アルヴァは挙手し、メリューとラーソンの二人へと視線をやった。ぜひとも、聞いておかねばならないことがあったのだ。


「なんなりとどうぞ」


 ラーソンがうながし、メリューが無言で頷く。


「数ヶ月前、北の大雲海へ向かって調査隊を派遣したのです。けれど、いまだ戻ってくる気配はなく、報告もありません。彼らの消息をご存じないでしょうか?」



 話は半年以上も(さかのぼ)る。

 かつて、アルヴァは亜人国ドーマとの戦いを指揮した。そして、一度は女王の杖の力をもって、亜人軍――今の知識では獣王軍を圧倒したのである。

 当面の戦いには勝利した。しかしながら、亜人との敵対が終結したわけではない。


 そんな中で、アルヴァが考えていたことがある。

 それはドーマからの攻撃を防衛するだけではなく、帝国からも討って出るということだ。

 完膚(かんぷ)なきまでに亜人軍を叩きのめし、ドーマが二度と帝国へ手出しできないよう屈服させるのである。


 そのために、一つ欠かせないものがあった。それはドーマに関する情報だ。なんせ、ドーマという国家について、帝国は何も知らないに等しい。

 帝国よりも、遥か北方に位置する国だとは分かっている。しかし正確な地理、首都の所在、その国家元首、交わされる言語……。どれをとっても分からないことばかりであった。


 そんな状況では、どこに対してどう進軍すればよいのか分かるわけもない。いたずらに北の雲海へと進軍しても、全軍で遭難する末路が見えている。

 最低でも、ドーマ軍が帝国へやって来る経路を知りたかった。

 その際に経由する港町とそこに点在する基地――それらは現実的な攻略目標でもあった。


 そして紅玉帝たるアルヴァは、調査隊を結成したのである。

 北方の雲海は、帝国にとって未知の領域だった。

 ベスタ雲海域がそうだったように、人の踏み入れぬ未踏の領域には魔物の巣が多い。

 未踏でないとしても、そこは恐らく亜人が足を踏み入れている領域だ。敵国の勢力下であることを覚悟せねばならない。


 そういった地域を捜索するのだから、相当に危険な仕事だった。それでも必要な仕事であり、アルヴァは命令しなければならなかったのだ。



「私が知る限り、連邦の首都――大都(たいと)アムイには多くの帝国出身者がいます。いずれも、私と同じように獣王軍に拉致され、紆余曲折を経てアムイにたどり着いた者達です。しかしながら、そのような調査隊についてまでは、私も存じません」


 ラーソンは記憶を探るように、上目を作った。だがやはり心当たりがないらしく、やがて首を傾げた。


「そうですか……」


 落胆するアルヴァだったが、そこで反応を示したのはメリューである。彼女は何事かを口に出して、ラーソンの肩を叩いた。


「メリュー殿下に、心当たりがあるようです」

「まさか、あなた方の元にいるのですか?」


 アルヴァは身を乗り出さんばかりに、質問を重ねる。

 メリューの言葉を受けた後で、ラーソンは首を横に振った。


「残念ながら……。半年ほど前、獣王軍に拿捕(だほ)された帝国の竜玉船があったのだとか。メリュー殿下がつかんでいる情報も、そこまでだそうです」

「獣王軍に……!」


 アルヴァは絶句した。

 無事だとは期待していなかったが、それにしても厄介な相手の手に落ちたものだった。

 エヴァートや議員達も悪い知らせに目を伏せたが、


「助ける方法はないのでしょうか?」


 それでもアルヴァは顔を起こし、ラーソンに向かって尋ねた。

 決死の覚悟で送り出した調査隊ではある。けれど、帝国の臣民を何もせずに見捨てるわけにはいかなかった。


「それは何ともお答えしかねます。ご理解いただいている通り、もはや獣王との関係も修復不可能な段階に至りました。残された道は二つ――こちらも捕虜(ほりょ)を取って交渉するか、あるいは完全な決着をつけるかでしょう」

「いずれにせよ、国交の樹立が不可欠ということですね」


 考え込むアルヴァに対して、ラーソンはさらに続ける。


「付け加えると、アムイに暮らす人間の中には、少なからず帝国への帰還を望む者もいます。我々としても、彼らの望みを叶えて差し上げたい。その意味でも国交を築く意味があるかと思います」

「分かりました。情報提供に感謝します」


 アルヴァは一礼し、それからまた口を開いた。


「――陛下、私が行っても構いませんが」

「姫様!」


 ワムジー大将軍が悲痛な声を上げた。

 この老人は、いまだにアルヴァを子供扱いするところがある。今も昔も、危険なことには真っ先に反対するのだ。


「確かに、君ならば申し分ないとは思ったが……。けれど君にばかり、危険を押しつけられない」

「いいえ、私自身が望んだことですから、気になさる必要はありません。それに自分でドーマへと足を運べば、調査隊の手がかりをつかめるかもしれませんので」

「君はもう皇帝じゃない。調査隊を送った君の判断は間違っているとは思わないし、ましてやいまだに責任を負う必要はないんだ」

「それでも……危険を知って調査隊を派遣したのは私です。地位は変わっても、その責任がなくなるとは思えません」

「ならば、はっきり言おう。君は僕の相談役とはいえ、今は一介の伯爵令嬢に過ぎない。外交使節としては役が不足しているんだよ」


 アルヴァの立候補をエヴァートが跳ねのけようとする。

 堂々巡りになりそうな議論ではあったが――


「よいのではありませんかな」

 口を挟んだのは、オトロス大公だった。

「――確かに大変で、危険も伴う難事です。ですが、誰かが行かねばならぬのも確かでしょう。前陛下が御自ら熱望するならば、お止めする理由はありますまい」

「だが、彼女は伯爵令嬢だと言っただろう」


 エヴァートは大公をにらみつけた。


「役が不足ということでしたら、それこそ問題はないでしょう」

 外務長官も賛意を示した。

「――なんといっても、アルヴァネッサ様は前の陛下です。元老院で同意を得られれば、上帝の位も進呈できましょう」

罷免(ひめん)したと思いきや、数ヶ月で大赦(たいしゃ)……。そして、今度は上帝位か……。私も関わっているので人のことは言えないが……。なんとも都合のいい話だな」


 エヴァートは天井を仰いで嘆きを(あら)わにした。

 大公といい、外務長官といい、厄介事を押しつけられる相手を見つけて安堵しているようだった。

 アルヴァも都合よく利用されているのは分かっている。けれど、利用するのはお互い様だ。


「大公も外務長官も、同意いただいて嬉しく思います」


 だからアルヴァはあえてそれに乗った。それからエヴァートへ視線を向けて、なだめるように。


「陛下、都合が良いのは結構なことですよ。特にそれが帝国のためとなるならば」

「君というヤツは……」


 エヴァートは諦めたように溜息を吐いた。

 話の決着を見てとったのか、メリューが立ち上がった。何をするのかと思いきや、アルヴァに向かって羊皮紙のような物を差し出した。


「これは……!?」


 それはアルヴァの興味を強く()く物だった。ラーソンのほうへ視線をやると、すぐに彼が説明してくれた。


「ご決断に感謝いたします。信頼の証として、帝国の北――ドーマへ至る大雲海の地図をお渡ししましょう」

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