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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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未知との会談

 各人の紹介が終わるなり、ラーソンが口を開いた。


「単刀直入に申しましょう。我々の要望は一つ。ドーマと帝国――二国間の講和と同盟にあります。両国の戦いを収めるために、ご協力を要請したいのです」


 ラーソンは余計な発言をせずに、最初から本題に入った。メリューと相談している様子もなかったので、事前に流れは決めていたのだろう。


「ふむ……」


 口を開いたのは外務長官だ。その視線は鋭く、亜人に対して良い感情を持っていないのは一目で見て取れた。


「――講和というが……。そなたらが長年に渡って、わが国を侵害したことについて、どうお考えかな? 記録によれば、亜人が北方に出没し始めたのは、百六十年も前になる。幾度も戦いとなり、その(たび)に我らの祖先がそなたらを追い返した。その間、何万もの兵士が命を落とし、何百万ものクォーネ金貨が投じられたのだ」


 外務長官の糾弾(きゅうだん)に対して、ラーソンは落ち着き払っていた。

 ラーソンは相手の話が終わったことを確認してから、話し始める。


「まず前提として、誤解を晴らさせていただきます。帝国へ侵出を図っていたのは、ドーマにおける一部の勢力に過ぎません。ドーマに属する一国の王――獣王と呼ばれる一味の仕業(しわざ)です」


 獣王については、アルヴァも既に聞いた話である。それでもこの機会に、より詳細な話を聞いておきたかった。


「そなたらの仕業ではないと?」


 外務長官は困惑を隠さずに、ラーソンへ聞き返した。それも無理はない。帝国にとって、この会談は未知との遭遇に他ならない。

 未知なのはイドリスも同じだったが、あちらは民族や言語を同じくする国だった。(ひるがえ)って、ドーマについては国家体制も何も分かっていないのだ。


「はっ、ドーマの正統な君主は大君ただ一人であります。そして歴代の大君が、帝国領の侵略を命じたことは一度たりともありません。古くは調査隊を送った時代もありましたが、あくまで未知への探求であって侵略ではありません」

「ううむ……」


 外務長官は顎に手を当てる仕草をした。その説明に納得してよいものかどうか、勘案しているのだろう。


「元首の意志に反して、領国(りょうごく)が他国に戦争をしかけていると? 国家としての規律が随分とゆるいようですわね」


 今まで黙っていたアルヴァが口を挟んだ。

 その指摘にラーソンはバツが悪そうな顔をした。

 ついでにメリューも同じような渋い顔になる。場の空気を読んでいるのか、帝国語を多少は理解しているのか……。何とも得体がしれない。

 ラーソンはメリューと手短にドーマ語を交わし、それからこちらを向いた。


「それについては、面目ないとしか言いようがありません。所属国の自治は憲章で許されているものですから……。所属国同士の騒乱は認められませんが、他国への侵出を止める権限は大君にもありません」

「ならばどうして、今回はその獣王軍に干渉したのだ? 今までの方針とは異なるように思えるが?」


 エヴァートが当然の疑問を口にすれば、即座にラーソンが回答する。


「それは我らと獣王の関係が変化したためです。ドーマに属する国は、大君を主として仰がねばならない。それは古くからの盟約であり、歴代の獣王も表向きはそれを順守してきました。そして大君に従う限り、ドーマ国内において領土の拡張は不可能です。よって、勢力の均衡(きんこう)は保たれるはずでした」


 そこまで聞けば、アルヴァにも十分察せられた。


「ですが、そこに抜け穴があったと……。ドーマの国内はともかく、外国への侵攻を規制する法はなかった。そうして、彼らは帝国へと食指を伸ばしたのですね」

「その通りです。けれど、連中が侵攻をかけているのは帝国だけではありません。既に三つの国が、獣王によって併合されてしまいました。獣王は百年の歴史を経て、徐々に力を拡張してきたのです」

「その結果、ついには対立が表面化し、内戦状態に(おちい)ったということだな。力が拮抗してしまえば、主従関係も崩壊する。やれやれ……私も気をつけねばならないな」


 エヴァートが場にそぐわない軽口を叩いた。

 君主としての権力と権威を保つことは、サウザード皇家にとっても重要な課題である。その相手となるのは、まさしくその場にいる元老院議員でもあった。


「陛下、おたわむれはおやめくだされ」


 と、エヴァートを制したのはオトロス大公だった。

 金の刺繍(ししゅう)を施した派手な衣服を、太った体にまとっている。年齢はこちらも四十を過ぎた程度だが、既に毛髪は危うい。


 オトロス大公家は、(さかのぼ)れば皇家にもつながる大貴族である。政府の役職こそ就いていないが、元老院の第一人者としてこの場に参加していた。

 こうして皇帝に口出しできるのも、彼の地位あってのものだった。

 もっとも、派手なのは服装と家柄だけ。アルヴァからすれば印象の薄い人物であったが……。


「冗談だ。気にしないでくれ」


 エヴァートはなおも軽い調子で答えた。

 オトロスもしつこく言わずに話題を変えて。


「……しかしまあ、失礼ながら、そうなってしまっては、もはや一つの国とも言い難い状況だな。まったくもって、先が思いやられる」


 他国の使者に対して臆面もない発言である。

 それにしても、元老院の重鎮達はどうしてこうも態度が大きいのか。エヴァートのように礼節をわきまえてはどうなのか。

 ……自分も人のことは言えない気がしないでもないが、それはおいておく。


「お言葉ですが……。ネブラシアのように国全体が争いなく治まっているほうが珍しいかと思います。私もかつては帝国人だったため、あなた方がそう思う気持ちも理解できますが……」


 ラーソンはメリューの発言を待たずに、反論してみせた。

 思いのほか、高い裁量を委ねられているようだ。彼は通訳に留まらず、メリューの信頼を得ているのかもしれない。

 ともあれ、あまり険悪な雰囲気になっても仕方がない。アルヴァは頷いて、ラーソンの言葉を受けた。


「そうですね。わが帝国にしても、ここ百年が比較的平和だったのは確かです。ですが、百六十年も(さかのぼ)れば、騒乱渦巻く三国時代となるのは承知の通りです。今のような時代のほうが例外とも言えましょう」

「前陛下にご理解いただき恐縮です」


 ラーソンはそう答えてから、メリューと言葉を交わす。そして、またエヴァートのほうを向いた。


「――ともあれ、我らが直接図ったことでないとはいえ、獣王もまたわが連邦の一員なのも事実……。それを押しとどめられなかった責任は(まぬが)れません。率直に謝罪しましょう」


 ラーソンが頭を下げれば、メリューも同時に頭を下げた。もっとも、彼女は悠然としていたため、あまり反省しているようには見えなかった。

 ワムジー大将軍は押し黙って話を聞いていたが。


「謝罪の意はともかくだ。今後もその獣王の軍は攻めてくるわけだろう。ならば、国防を預かる私としては、行動で誠意を示してもらいたい。ドーマの亜人……いや、獣王軍の拠点や進軍経路が分かるだけでもありがたいのだが」

「もちろん、そのための同盟です。なんにせよ、我らは獣王と戦わねばなりません。否が応でも、貴国の利益に(くみ)することでしょう」


 エヴァートも相槌を打って。


「どれほどの協力関係を築けるかは不透明だが……。それでも、敵の敵は味方でありたい。共通の敵と戦ってもらえるならば、ありがたいことだ。要求としてはそれだけだろうか?」


 エヴァートが問いかければ、ラーソンはメリューに視線を転じた。

 メリューは通訳に向かって、何事かをまくし立てた。

 どこか決意を秘めたような決然とした口調だった。言葉は分からなくとも、そんな様子が伝わってきた。


「メリュー殿下から提案があります」


 ラーソンの口調は俄然(がぜん)、研ぎ澄まされていた。今までの飄々(ひょうひょう)とした仮面も消えて、視線に鋭さが増す。いよいよ核心に入るのだ。


「――帝国とわがドーマ連邦の間で同盟を結びたいとは、先程も伝えた通りです。もちろん、ここで述べるドーマとは、獣王の勢力ではありません。我らの大君が統治する真のドーマです」


 それから、ラーソンは一拍置いてから提案を告げた。


「――つきましては同盟を結ぶため、帝国から使者をお招きできればと願います」

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