表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
210/441

久しき皇城

 ソロンが皇帝の別荘に留まって、何日かが経過した。

 この間、ドーマの客人達は至って平穏に過ごしていた。退屈するメリューを、ソロン達が観光案内する余裕すらあったくらいだ。


 そして、八日目。

 北方での後始末を終えたエヴァートが帰還してきた。

 かの新皇帝は、初陣を華麗な勝利で飾ったのである。華々しく凱旋式を開催しても不思議ではない。

 ところが、実際に行われたのはささやかな行進だった。

 それでも、贅沢を嫌うエヴァートの性格を反映したものとして、市民からの評判は悪くなかった。


 実際には、ささやかな凱旋式の理由は別にあった。

 一つ。勝利の決め手はドーマ人同士の対立であり、エヴァートが自ら勝ち得た勝利ではなかったこと。

 そして、もう一つ。そのドーマ人との会談が、すぐに控えていたからだ。


 凱旋式を終えた明後日(あさって)

 大勢の兵士が、アルヴァのいる皇帝の別荘を訪れた。亜人達の監視と護衛を兼ねるため、エヴァートが送り込んだ者達である。親切なことに送迎の馬車もついていた。

 アルヴァはメリューらを連れて、さっそくネブラシア城へと出立した。いよいよ、ドーマと帝国との間で、会談が開かれるのだ。


 *


「ここに来るのは久しぶりですね。復旧もできているようで安心しました」


 感慨深げにアルヴァがつぶやいた。

 水堀に囲まれた白レンガの壮麗な城。帝都の皇城たるネブラシア城である。

 かつては主として君臨していた城――その手前に架かる橋を、アルヴァは渡っていた。

 ソロンもミスティンと共にその横を歩く。後ろにはメリューらドーマ人が続いている。


「そっか……。あれから城には行かなかったんだね」


 この城が神獣によって被害を受けたのは、既に半年も前になっていた。見る限り、復旧は完璧で爪痕は見られない。


「ええ、一度は罷免(ひめん)された身の上です。さすがに顔を出すのは敷居も高くて……。元老院の反感を買っては、お兄様にも迷惑がかかりますからね」

「そうなんだ。それはちょっと心配だなあ……」


 ソロンは顔をくもらせた。

 彼女にとっては、かつての実家によそ者として訪れるようなものだ。考えるだけで気疲れしそうだった。


「心配無用です。(おおやけ)に大赦が出された以上、私の立場は保証されています。堂々と胸を張るだけですよ」


 実際のところ、不安がないわけではないはずだ。それでも彼女の言葉には、ソロンを心配させまいという気遣いが(うかが)えた。


「そうだね。なんといっても、皇帝陛下のお呼び出しだからね」


 と、ミスティンも相槌を打つ。


「うん、陛下がいるなら安心してもいいのかな」


 先日のやり取りを見る限り、皇帝とアルヴァの関係は至って良好だ。それについては、心配無用だろう。その点では安心したソロンは(おもて)を上げて続ける。


「――会談って、何やるのかな?」

「さあて、ドーマの方々が同盟と言っていた通りでしょう。友好的な内容だとは思いますが、どのような協議がなされるかは見当もつきません。彼らの事情は私にもさっぱりですので」


 アルヴァはそう言いながら、メリューのほうを見た。

 メリューは少し離れたところで、物珍しそうに城を眺めていた。皇城を見た印象は相当に強かったようで、仲間達へしきりに話しかけている。

 そして、そのドーマ人を大勢の帝国兵が囲んでいた。帝国兵は警戒心を隠しきれず、一同はどこか物々しい空気に包まれていた。


 橋を渡り切れば、開かれた城門が見えてきた。

 門衛がアルヴァを凝視していたが、すぐに敬礼を返した。

 事前にエヴァートから連絡されていたのだろう。アルヴァの顔は、新入りでもない限り知っているはずだった。


「イシュティール伯爵家のアルヴァネッサです。本日は陛下にお招きいただいて参りました。この二人は私の護衛。後ろの彼女らがドーマの使者となります」


 もっとも、今のアルヴァは城内へ自由に出入りできる立場にない。単なる伯爵令嬢として、兵士の案内を受ける必要があった。


 先導の兵士に従って、一同は城内を歩いた。

 アルヴァにとっては、かつての自宅。それでもどこかよそよそしい空気にならざるを得ない。

 城内にいる貴族達が困惑した目でアルヴァを見ていたが、彼女は努めて気に留めないよう振る舞っていた。


 護衛を城内に伴うことは認められているが、会談の場までは入れない。やむなくソロンとミスティンは、議場の手前で引き返した。

 ドーマの者達も、メリューとラーソンを含めた五人だけが入場するようだった。


 * * *


 二人と別れたアルヴァは、メリュー達を連れて議場へと足を踏み入れた。

 室内には既に帝国側の参加者がそろっていた。

 皇帝エヴァートを筆頭に、大公や外務長官、大将軍といった元老院の重鎮達である。


 重鎮達はやはり、アルヴァを困惑した目で観察していた。彼らもこちらをどう扱えばよいのか、測りかねているのだろう。

 なんせ今のアルヴァは、皇帝の私的な相談役でしかない。アルヴァとしては参加するつもりもなかったのだが、エヴァート自身が熱望したのだ。


「陛下、ドーマ連邦のメリュー殿下を始め、使者の方々をお連れしました」


 重鎮達には目もくれず、アルヴァはエヴァートへと声をかけた。公的な場であるため、従兄ではなく皇帝として扱うよう心がける。


「ご苦労だった」


 エヴァートはそう言うなり、隣の席を指差した。

 皇帝の隣という特等席を用意してくれたらしい。目立たぬ席で傍聴に徹するつもりだったが、そうは許してくれなさそうだ。


「思ったより、お元気そうですな」


 エヴァートを挟んで反対側にいたワムジー大将軍が、席を立って声をかけてきた。嫌味のない穏やかな声である。


「ええ、お陰様で」


 アルヴァも微笑(ほほえ)んで返してみせる。

 父の代からの忠臣であるこの老人は、元老院議員の中では最も信用ができた。今日の会談には、国防を預かる責任者として参加しているのだろう。


「下界は危険な場所だったと聞きましたが……」


 今更ながら、ワムジーは心配するような顔をしていた。実際、彼自身はアルヴァの追放に反対してくれた側である。


「危険でしたよ。魔物は数が多く、凶暴でした。人里もあるのですが、追放された地点からは随分と距離がありましたから。少なくとも、女を一人で放り込むような環境でないのは確かですわね」


 アルヴァは口元を押さえながら、上品に笑ってみせた。

 ちなみに、列席する重鎮の中にも追放に賛成した者が多くいる。ちらりと視線を向ければ、バツが悪そうな顔をしている者達がいた。

 ……もっとも、アルヴァ自身はさほど恨むつもりもないのだが。


「姫様、おいたわしや……」


 少女時代のアルヴァを知る大将軍は、泣きそうな顔になっていた。姫などという昔ながらの呼び方も、帝位を失った彼女には妥当かもしれない。


 アルヴァへの注目はまもなく霧散した。

 この場の主役はあくまでドーマ人達だからだ。官吏(かんり)達の案内を受けて、彼女らは所定の位置へと向かっていく。


 メリューとラーソンを始め、合計で五人。

 多様な種族で構成されているようだが、それぞれの立場は分からない。恐らくは護衛や記録係といった程度だろう。

 以前はメリューとラーソンで話を進めていたため、今回も話に加わらないとは推測できる。


 元老院の重鎮達は、ドーマの亜人を奇妙な物を見る目で凝視していた。大将軍ら北方での従軍経験もある者を除けば、奴隷以外の亜人を見るのは初めてに違いない。

 先頭をゆくメリューは、視線を浴びながらも堂々としたものだった。涼しげな表情で案内された席へと着いていく。

 全員が着席し、議場の扉が閉められた。


「まずは遥々遠いところまで、ご足労いただいたことを(ねぎら)いたい。先日の勝利も、あなた方の協力あってのものだ。感謝しよう」


 エヴァートは穏やかな声で、話を切り出した。

 ラーソンがそれを最後まで通訳するまでもなく、メリューがドーマ語で応答した。お決まりの挨拶なら、最後まで聞く必要もないということだろう。


「こちらこそ、図々しい申し出を受けていただいたことに感謝します。本日を両国にとって、記念すべき日にできればと願います」


 ラーソンもメリューの言葉を丁寧に翻訳する。会談は友好的な雰囲気で始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ