メリューとラーソン
竜玉船に乗って、三人は帝都へ帰還することになった。エヴァートの頼みに従って、十人のドーマ人も一緒である。
往路ではミューンの港町を使ったが、今回の復路では直接ネブラシア港へと戻ることになった。
これは人目につかないようにする意味もある。帝国では身なりのよい亜人はそれだけで珍しく、特にメリューの銀髪は際立って人目を引いた。
アルヴァは夜の甲板で雲海を眺めていた。護衛たるソロンとミスティンも、すぐそばに控えている。
少し離れたところで、メリューとラーソンが話をしていた。
メリューは灯台に気を取られたらしく、しきりに夜空へ浮かぶ光を眺めていた。見た目が見た目なので、子供が気に入った玩具を眺めているような無邪気な印象を受けた。
アルヴァはそんなメリューらへ、それとなく目をやっていた。何気ないふうを装っているが、目つきには油断がない。
エヴァートから役目を受けた責任感からか、あるいは敵国人として警戒しているのか。
そんなアルヴァと対照的だったのはミスティンである。ミスティンはふらふらとメリューの傍らへと近づいていって、
「灯台が気になるんだ? 綺麗だよね~」
などと屈託なく声をかけてみせた。ミスティンの性質として、子供っぽい相手に対しては警戒心よりも興味が勝るらしい。
「――――」
メリューがニヤリと笑って返事をしたが、やはり言葉は分からなかった。
「ええ」
と、代わりにラーソンが言葉を返す。
「――殿下もすっかりお気に召したご様子です。帝国の物事は何もかも、殿下にとっては刺激的なようですよ。遥々来た甲斐があったと仰せです」
「それはそれは。お楽しみいただければ、我々としても嬉しい限りです」
これにはアルヴァが応えた。抜け目ない彼女は、ミスティンに賓客との会話を任せる愚を犯さなかった。
「せっかくなので、色々とお尋ねしてもよろしいですか? メリュー殿下が興味を持たれているようですので。……もちろん、帝国の機密までは求めませんが」
「なんなりとどうぞ。機密は無理でも、ある程度はお答えしますよ。陛下はあなた方を信じると仰せです。ならば私もそれに従いましょう」
「ありがとうございます。……随分と灯台が多いようですが、あれは帝国中にあるのでしょうか? 私も灯台を見たのは初めてではありませんが、なにぶんカンタニアの方面にしか詳しくなくて……」
「余程の僻地でない限り、どこにでも。……公設の灯台が、帝国全土に二千二百基ほど。それに加えて、各地の貴族や市民が造った私設の灯台も豊富にありますね」
アルヴァはすらすらと答えて見せた。帝国の前皇帝は、灯台の数まで覚えているらしい。
ラーソンがドーマ語で伝達すれば、これにはメリューも満足そうに頷いた。
「光の源は蛍光石で間違いないでしょうか?」
ラーソンの問いに、アルヴァは無言で頷いた。彼はさらに質問を続ける。
「――蛍光石となると……。どうやって管理されているのでしょう? あれは日中の光を吸い込んで、夜に解放しているのですよね。曇が続く場合など、なかなか安定した供給は難しいと考えますが……」
「そうなりますね。ですが、そこが技術の見せ所というものです。基本は純度が高く、かつ大きな蛍光石を精製することです。その他にも様々な手段を組み合わせていますが……」
アルヴァの説明を聞いたラーソンは、メリューへと通訳を始める。
驚くほど手短に会話が終わった。この二人、よほど息が通じているのだろうか。
通訳を終えて、またラーソンが質問をする。
「魔石の精製は高度な技術が必要なので、なかなか難しい話ですが……。他におっしゃった様々な手段というのは?」
「そうですね。例えば、光を放つ角度を集約して、効率を高める。代替の蛍光石を余分に備蓄して、曇天に備えておく。鏡を駆使して、日中の充填効率を高める。……地道ですが、そんなところです」
ラーソンはメリューといくつか言葉を交わして、
「なるほど、勉強になりました」
アルヴァへと礼を述べた。
それに合わせるように、メリューもペコリと頭を下げる。
「メリューは勉強家なんだね~」
と、そこでミスティンがメリューの銀髪を一撫でした。
「ぐぬっ……」
メリューは銀色の瞳でミスティンをにらんだ。どうやら機嫌を害したらしい。
しかし、ミスティンは取り合わず「綺麗な髪だねえ」と笑って、もう一撫でしてみせる。
「ミスティン、嫌がってるよ。ドーマ連邦の大君の孫だっけ……。見た目は子供だけどきっと偉い人だよ。呼び捨てもやめて、礼儀正しく接しないと」
そこでソロンが割って入った。ミスティンの後ろ髪をつかんで諌める。
「申し訳ありません、メリュー殿下。この子達は素朴で良い者達なのですが、礼儀に足りないところがありまして……。今回は私の顔に免じてお許しください」
アルヴァがミスティンに代わって謝罪した。相変わらずの保護者振りである。ソロンまで『この子達』に含まれているのが、気にならなくもないが。
「ははは……恐縮です」
と、ラーソンは苦笑しながらも、メリューへ向かって通訳した。
「――――」
「殿下は『礼儀作法は問わん。呼び捨てでも構わんが、子供扱いはよせ』と仰せです。超訳すると、せっかくの異国なので、ぜひ私の友達になって欲しいとのことです」
……わりとこの人も好き勝手やってるような気がしないでもない。
「わ~、そうなんだ。じゃあ、私達は友達だね」
ミスティンはいつもの人なつこさでメリューの手を握った。
「うむ」
メリューもどこかふてぶてしい態度ではあったが、その手を握り返した。きっと、彼女なりに友好的な態度なのだろう。
*
そうして、一同は帝都へと帰港した。
アルヴァは再び、エヴァートの別荘へと戻った。ミスティンはもちろんのこと、メリューとラーソン、その他八人の亜人達も一緒である。
そんな彼女らのことが気になったので、ソロンも別荘へ寄ることにした。
幸い、部屋数には随分と余裕があった。各自に部屋を割り当ててから、三人は居間へと集まった。
「いやあ、やっぱりウチは落ち着くね~」
と、ミスティンはソファーへ横になって、くつろぎ出した。数ヶ月この別荘で暮らしたせいか、もはや我が物顔である。
「……一応言っとくけど、ここ皇帝陛下の別荘だからね」
「いいですよ。お兄様も自宅と思ってくつろいでくれ――とおっしゃいましたし。あなたも楽にしてください。……ソロンもしばらくはこちらですよね?」
アルヴァの問いかけに、ソロンは頭を悩ませた。
ソロンは彼女らとは事情が異なるのだ。あくまで自分はイドリスの人間である。必ずしもこちらにいる義務はなかった。
「う~ん、しばらくは帝都にいようかな……」
今後、どうなるかは分からないが、ただならぬ情勢の変化が予想できた。
今後の対処を決めるのは皇帝の仕事である。
とはいえ、皇帝の相談相手としてアルヴァが欠かせない存在なのも間違いない。当面は推移を見守りたい気持ちがあった。
「じゃあ、当分は一緒だ!」
と、ミスティンが嬉しそうに顔をほころばせた。
「えっ、いや、大使館に帰るつもりだったんだけど……」
ソロンの拠点はイドリス大使館である。
そしてなんといっても、女性だけの所帯に居候するのは抵抗があった。先日も泊まったばかりだが、甘えてばかりはいられない。
「え~、あんな安宿よりこっちのほうがいいよ」
「だから、安宿言わないで」
「泊まっていかれますよね?」
有無を言わさぬ口調で、アルヴァが尋ねた。
「……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えようかな」
結局はこうなるらしい。
もっとも、ドーマ人達の存在が気になるという理由もあった。
メリューにラーソン……彼女らが悪人だとは思えない。
……が、しょせんは出会って何日かの間柄なのだ。無条件で信じられる材料など存在しない。帝都へ潜り込めたのを幸いに、内部から敵対行為をしないとも限らなかった。
その際、真っ先に狙われるのは、前皇帝であり現皇帝の従妹でもあるアルヴァだろう。
となれば、彼女を守るのはソロンに他ならないのだ。