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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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白旗

 アルヴァの雷鳥を中心とした作戦が立案された。

 もっとも、作戦と呼べるほど入り組んだものではない。雷鳥の魔法で外壁を粉砕し、そこを一点突破。一気に兵士が雪崩(なだ)れ込むという力業である。


 帝国軍は扇型の陣形で、グロムの外壁を囲み初めた。アルヴァもその一部に紛れ込み、狙いの地点へと近づいていく。

 扇型の陣形には突出した部分がないため、敵に狙いを悟られにくいという利点があった。


「なんか僕まで緊張してきたよ」

「私も私も」


 ソロンはミスティンと二人で緊張感のない会話をしていた。アルヴァのすぐ横に張りついて、今も護衛の役目を担っている。


「心配はいりません。あの程度の壁なら、造作(ぞうさ)もなく破壊できます。その後は兵士達に任せましょう」

「相変わらず自信家だなあ、アルヴァは」


 と、ミスティンは笑う。


「分かったよ。終わった後は僕達が支えるから、遠慮なくぶっ放して」


 ソロンもアルヴァを激励した。

 ところが、今しもアルヴァが杖を構えたその時――


「お待ちください! 船が、船が来ています!」


 背後の丘から叫び声が上がった。

 丘の上から監視をしていた兵士が、グロムへと向かう船を見つけたのだった。


「攻撃はやめだ。陣地で敵の出方を(うかが)うとしよう」


 苦い表情でエヴァートは後退を指示した。今まさにというところで、水を差されたのだ。胸中の焦りは察せられる。

 やむなく、全軍は丘の陣地へと引き返したのだった。


 丘の上からグロムの向こう――東を見れば、目に飛び込んできたのは報告通りの船の数々。

 雲海を進んでグロムへと向かう船団。帆は見られず、船体は赤い。帝国の船ではなく、形状は明らかにドーマ軍の船に似ていた。


「まさか、敵の援軍!?」


 ソロンはアルヴァに目を向けながら問うた。


「帝国の船ではない以上、そう判断するのが妥当ですが……。けれど、まだあれだけの戦力を隠していたとは……」


 アルヴァもこれには困惑の面持ちだった。彼女は自前の双眼鏡を持って、事態の推移を見張っていた。

 ソロンも改めて遠くの雲海を見下ろす。

 グロムに向かって、相当な数の船が向かっている。三十隻、四十隻……。現在、この町を占領している敵軍と同等の戦力があるかもしれない。


 エヴァートは将校の中から抜け出て、アルヴァへと歩み寄った。


「君はどう思う? 場合によっては、カンタニアまで引き上げねばならんかもしれないが」


 あれが敵の援軍だとすれば、現在の戦力でグロムを奪取するのは難しくなる。慎重なエヴァートは、そう測っているのだろう。


「あれが真実、援軍ならばそうでしょうね。それにしても、随分と騒がしいようですが……」


 双眼鏡を覗いたままアルヴァは答えた。何か違和感を持ったらしく、不思議そうに首を傾げる。

 遠くのことなので、音が聞こえるわけではない。それでも、町中にいた大勢の亜人が、慌ただしく動いているのが肉眼でも見て取れた。

 亜人の多くは東門――つまり雲海側の門へ向かって、走っているようだった。


「出迎え――にしては何か違うような……」


 ソロンも違和感に気づいた。


「脅えてる?」

「ミスティンもそう思いますか? 私も恐慌に陥ってるように見えます」


 二人は意外な見解を示した。


「恐慌、どういう意味だ……?」


 エヴァートは困惑しているようだった。


 *


 事態は予想だにしない方向へと進んだ。

 グロムの東側へと迫る船達。元々、停泊していた船と合わせて、東岸は竜玉船で埋め尽くされんばかりだった。


「やはり乗員も亜人のようですね。けれど――」


 双眼鏡で船の乗員の姿を確認したらしい。アルヴァはどこか含みを残してつぶやいた。

 新手の船団は、グロムの東岸へと接近した。

 そのまま停泊するかと思いきや、岸と距離を空けたまま船の動きが止まった。


 そして――

 新手の船団に乗った亜人達は、元々停泊していた船へと炎を放ったのだ。火矢か魔法か、遠くからでは分からない。しかし、炎であることは間違いなかった。


「どういうこと!?」


 ついに、違和感が正体を現そうとしていた。

 グロムの東門から亜人達が飛び出した。船を狙われて、激高したのかもしれない。

 それを迎え撃つように、船団から大量の矢が放たれる。

 降り注ぐ矢が、亜人達へと突き刺さる。しかし、弓を射ったほうもまた亜人なのだ。


「戦いだ!」


 ようやく、事態が鮮明になった。

 攻撃を受けた亜人達は、一層の恐慌に陥っているようだった。それでもどうにか態勢を整えて、矢を射ち返した。


「仲間割れかなあ?」

「援軍でなかったのは確かなようですね」


 ミスティンが呑気につぶやき、アルヴァは慎重な見解を下す。

 船に乗った亜人達は、次々と矢を放っていく。矢の応酬が繰り広げられたが、グロムの亜人達の乱れは明白だった。

 慌てて東岸へ駆けたため、隊列がバラバラなのだ。どうやら新手の亜人のほうが優勢なようだった。

 船の炎上は増していき、戦場は黒煙に覆われようとしていた。


「いいところだったのに……。これじゃあ、何がなんだか分かんないよ」


 と、ミスティンが野次馬精神にあふれた不満を漏らす。


「しかけた側が優勢なのは間違いないありません。あの様子では形勢が(くつがえ)ることもないでしょう。完全に意表を突かれたようですね」


 双眼鏡を覗き込んでいたアルヴァは、状況を多少はつかんでいたようだった。

 それから、アルヴァはエヴァートの元へと足を運ぶ。

 エヴァートは側近達と、事態の把握に努めているようだった。予想外の事態に強く困惑している様子だ。


「全く……困ったものだよ。君はどう思う?」


 エヴァートは(さき)んじて、アルヴァへと声をかけてきた。


「見たままに解釈すれば、敵軍内部で主導権の奪い合いが起こったということでしょうね。ドーマも一枚岩ではないのかもしれません」

「こちらを(おび)き寄せる罠の可能性はあるだろうか?」

「ないでしょう。攻撃を受けた側は、明らかに不意を突かれた(てい)でした」


 アルヴァは考える間もなく断ずる。

 エヴァートは考え込んでいたが、しばらくして(おもて)を上げた。


「分かった。壁の内側へ軍を進めようと思う。状況が変わった以上、放っておけば市民がどんな被害を受けるか分からない。慎重さを捨てて、今は急がねばならない」

「陛下の意のままに」


 アルヴァは大仰(おおぎょう)に返事をして見せた。

 そうして、西門へ向かって進軍が再開された。


「まったく、訳がわからないよ」


 めまぐるしく変転する事態に、ソロンの頭は追いつかない。


「――アルヴァはどうなると思う? やっぱりまた戦いになるのかな?」


 アルヴァの推測では、事態は敵の主導権争いだという。だとすれば、これから新手の敵と相対(あいたい)することになるのだろうか。


「さあ、分かりません。亜人内部で同士討ちした上、さらに我々と敵対する余力はないと思いますが……」


 彼女にしても、推測に自信はないようだった。それもそのはず、現時点では分からないことが多すぎた。


 *


 外壁の内側に入るためには、門前の穴を埋めなければならない。

 一度は諦めた手段であるが、埋め立ては迅速に行われた。

 まず、穴の底に置き去りにされていた遺体を救い出した。敵が恐慌状態に陥ったため、それだけの作業をする余裕があったのだ。

 次に、帝国の魔道兵が土魔法で一斉に穴を埋め立てる。準備は全て整った。


 一連の作業をエヴァートが、ジッと見ていた。アルヴァもそのすぐそばにいたため、その護衛であるソロン達もやはり状況をよく観察できた。


 破城槌(はじょうつい)が二度、三度と門に打たれる。妨害がない中での西門は、呆気ないほど簡単に崩壊したのだった。

 エヴァートが突入を指示しようとした時――事態はさらに動いた。



「陛下、白旗です!」


 それを発見した兵士がいち早く報告した。

 見れば崩れた門の向こうから、白い旗が掲げられていたのだ。その周囲には亜人の集団の姿もあった。


「……白旗だと!?」


 またしても思いもよらない展開に、エヴァートは絶句しそうになっていた。


「はい。新手の亜人がグロムを制圧したようです。そのまま、我らに向けて白旗を掲げたものかと……」


 兵士も自信なさげに答えていた。


「ううむ……。彼らに戦いの意思はないということか……。分かった、ともかく話は聞こう。ただし、罠への警戒を(おこた)らぬように」


「おかしいなあ……」


 状況を観察していたソロンがつぶやいた。


「何がですか?」


 アルヴァがそれをとらえて、目を向けてくる。


「白旗っていうと、戦う意思がないってことだよね? イドリスではそうなんだけど……」

「ええ、帝国でもそうですが――」


 何を当たり前のことを――というようにアルヴァは怪訝(けげん)な表情になったが、すぐにハッとしたようで。


「――ああ……そういうことですか。確かに、ドーマが『白旗』の習慣を理解しているのは意外ですね」


 白旗が戦意のない目印だというのは、人間同士による取り決めに過ぎない。古くからある習慣らしく、民族を同じくするイドリスにも帝国と同じ意味で伝わっている。

 だが、それが亜人の国であるドーマにまで伝わっているのだろうか。


「まあ、あっちにしても、それぐらいの下調べはしてるかもしれないけどね」


 二人が話している間にも、白旗を持った一団はこちらへと近づいてきた。帝国兵の手招きに応じたようである。

 そして、亜人の一団の後ろ側には――


「あれは竜か……。竜を操っているのか?」


 エヴァートが驚きに目を見張った。

 先頭にいた亜人達が散らばれば、その向こうには竜の姿。竜は手綱で操られながら、車を引いていたのだった。

 その竜は下界にいる走竜とよく似ていた。まさしく、イドリスに存在するのと同じような竜車だったのだ。


 竜車の後ろは(ほろ)で覆われており、内部は見えない。恐らくは誰かが乗っているのだろう。

 竜は小型でも強力な魔物である。エヴァートを囲む帝国兵が、警戒をあらわにした。

 もっとも、アルヴァにとってはさほどの驚きでもないらしい。ドーマの亜人が、魔物を操る姿を既に何度も目にしていたのだ。


 崩れた門を(へだ)てて、竜車はゆっくりと寄ってくる。その隣には、白旗を持った亜人兵だけが付いている。

 竜車は崩れた門の少し向こうで静止した。

 門を挟んだ位置関係では、お互いに攻撃がやり辛い。交渉にはもってこいの場所だった。


「通訳をこちらに」


 エヴァートは、ドーマ語の通訳ができる者を招き寄せた。ただちに犬顔の亜人が前に連れて来られた。

 帝国では伝統的に、ドーマ語を野蛮な言語として嫌っていた。だが、捕虜の尋問など必要な場面はいくつもあり、必要性には逆らえなかったのだ。

 元はドーマの民であった捕虜に、帝国語を教え込んで通訳としていた。

 ところが――


「その必要はありません」


 竜車の中から声がした。それもドーマ語ではなく、帝国語である。

 竜車から降り立ち、姿を現したのは一人の男だった。


 歳の印象は三十の半ばぐらい。中年といっても、まだまだ若々しさが感じられる容貌(ようぼう)である。

 帝国人にはありふれた茶色の髪に、中肉中背という体格。ドーマの民族衣装らしい着物を着こなしているが、特徴といえばその程度のもの。

 男は何の変哲もない人間の男だった。だからこそ、それが驚きだったのだ。


 男は竜車の前へと一人進み出て、そして言った。


「皇帝陛下、私はドーマ連邦の通訳――ラーソンと申します。こたびは両国の交渉を望み、こちらに参りました」

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