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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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防衛会議

 大防壁が亜人によって半年振りに突破された。

 ゲノス将軍は既に腹をくくっているらしい。動揺を(うかが)わせない声色(こわいろ)でそれを報告した。


「なんだと!」


 対照的に、エヴァートは目にもあらわな狼狽(ろうばい)を見せた。経験の浅いこの皇帝は、突発的な事態に慣れていないのだ。

 それでも、すぐにエヴァートは声を抑えて。


「……状況を報告してくれ。城に向かいながらで構わない」

「はっ」


 返事をしたゲノスは、一瞬だけアルヴァへと視線を向けた。彼はかすかに一礼したが、すぐにカンタニア城へ向かって歩き出した。

 エヴァートがその横に並行し、その他一同も後に従った。


 ゲノス将軍が説明した事情は次のようになった。

 今回の戦では当初、ドーマ軍は大防壁の東寄りへ攻撃をしかけてきたという。

 それは自然な狙いに思えた。東寄りのほうが町にも近く、街道が整備されている。ゆえに壁を突破した後の進軍に適していたのだ。


 ところが、大防壁への攻撃は続かなかった。

 ドーマ軍は突如、大防壁から東の雲海へと移動。

 カンタニア北東のファム島を迂回(うかい)して、カンタニアの南東へと回り込んだ。さらには、グロムの町に強襲をかけたのだという。


 外壁に囲まれていたグロムではあるが、亜人の身体能力によって安々と乗り越えられてしまった。

 大した戦力を保有していなかったグロムは、あえなく陥落――これについてはソロン達も知る通りである。

 ゲノス将軍は限られた戦力を割き、グロムの救援に向かう予定だった。

 しかし、事態はそこで終わらない。


 大防壁が再び強襲されたのだ。しかもその狙いは、今までにない手薄な西寄りであった。

 帝国の北方を守る大防壁。それは東西三十里にも渡る長大な壁である。だがそれだけに、その全てを厳重に警備することはできなかったのだ。

 七千を超えるという想像以上の大軍だったこともあって、数時間と経たないうちに防壁は破られた。


 もっとも、ソロンはその話を簡単に理解できたわけではない。あくまで、ゲノスがエヴァートにした話を漏れ聞いただけなのだ。

 分からないところは、アルヴァに説明してもらってようやく理解できた。


「グロムを襲ったのが三千で、大防壁を襲ったのが七千か……。ドーマも本気みたいだね」


 ソロンが想像していたよりも激しい戦いになりそうだった。内心、帝国の軍事力があれば大抵の敵は退けると、甘く見ていたのは否めない。


「加えて、敵軍の戦略を見るに、帝国の地理をある程度把握しているのも間違いありませんね」

「危機的だなあ。敵を挟み撃ちする前に、先にこっちが挟み撃ちされちゃいそうだよ」


 全く緊張感のない口調でミスティンが言った。

 北方の大防壁が突破され、南東部のグロムが占拠された状態――まさしく、間にあるここカンタニアは挟み撃ちの危機である。緊張感はなくとも、ミスティンの状況認識は的確だった。


「ですが、北方の各基地には多数の兵力が駐留しています。おいそれとカンタニアまで到達することはできません。それに、彼らが突破した西側は、山林が多く進軍には適さない地形ですから」

「なるほど。破れてもいい場所を手薄にしてたわけか……。けど、ちょっと心配だな」


 と、ソロンは懸念を口にした。


「何がです?」

「亜人には人間の常識は通じないってこと。中には、山や森が好きな種族がいるだろうから。兄さんがラグナイと戦った時も、そういう亜人の力に頼ったんだって。……といっても、僕はドーマの亜人を見たことないし、当てになるか分からないけど」

「いえ、ご意見ありがとうございます。確かに、亜人の多様性は侮れませんね。現地の軍は亜人について精通していますが、それでも測りきれないところは必ずありますから」

「うん。逆に、全ての亜人がそうだとも限らないけど。山や森が苦手な亜人だっていると思う」


 カンタニア城に着くまでのしばらくの間、三人で討論を重ねた。ソロンとしても、できる限りは貢献したい思いだった。


 *


 到着して早々、カンタニア城にて会議が開かれることになった。

 皇帝を出迎える儀礼もなく、随分と慌ただしい流れである。それだけに彼らの危機感が(うかが)い知れた。

 幸い、会議室はそれなりの広さがある。ソロンとミスティンもアルヴァの護衛として付き添うことができた。ただし椅子に座るのは遠慮し、あくまでアルヴァの後ろに立って控えていた。


「グロムの住民が、どうなったか分かるだろうか?」


 余計な前置きを一切挟まずに、エヴァートが口火を切った。対して、ゲノス将軍が報告を返す。


「はっ、戦闘では数千人の死傷者が出たのだとか……。そうして、おおよそ一万人がカンタニアへ避難してきているようです。残りは恐らく奴隷として囚われているのではないかと……」

「ぐっ……そうか。一刻も早く、救いに行かねばならんな」

「ですが、亜人は北からも迫っています。こちらも放置はできません」

「それは分かっているが……。くっ、どうしたものか……」


 エヴァートは悩ましげに眉根を寄せた。

 零か一かのような単純な問題ではない。両方に対処せねばならないのは自明であり、その配分をゲノスは問うているのだ。

 そこに助け船を出したのはアルヴァである。


「カンタニアを含め、北方の城砦(じょうさい)は多くが堅固に造られています。残留兵力も決して少なくはありません。それほど多くの兵力を援軍に()かなくとも、防衛は可能でしょう。少なくとも、時間稼ぎは可能だと考えます」

「簡単に言ってくれるな、君は」


 エヴァートは皮肉っぽく笑みを浮かべ、ゲノスへと目を向ける。


「前の皇帝陛下はこう仰せだが、将軍はどう思う? 知っているかもしれないが、彼女は優秀な分、他人にも無茶を要求するところがあってね。遠慮はいらない。忌憚(きたん)なく意見を述べてくれ」


 本人を前にして、エヴァートは臆面もなく言った。対するアルヴァもやはり気にする様子はなかった。

 ゲノスは少しばかり思案する素振りを見せたが、やがて口を開いた。


「前陛下のおっしゃる通り、北方の城砦(じょうさい)は強固にできております。以前は兵力の不足もありましたが、それも今は随分と増強されました。たやすくはありませんが、私にお任せいただければ、一月(ひとつき)やそこらは食い止めてみせましょう」


 ゲノスの口調からは確かな自負心が(うかが)えた。事実、この将軍以上に実戦経験がある者は、この場はおろか帝国中にもそうはいない。


「頼めるか。では、私が主力を率いてグロムに向かおう。無論、一月と時間をかけるつもりはないので、安心してくれ」



 方針が決まり、細部を検討することになった。

 その結果、エヴァートが率いる軍勢は七千となった。従って、ゲノス将軍が率いる防衛兵力は残る三千となる。


「陛下、それだけ決まったならば、今からでも兵を集めたほうがよろしいかと」


 会議の終わりを待たず、アルヴァが提案をかけた。

 七千を集めるには、カンタニアの兵力だけではなく、周辺の砦からも招集する必要があったのだ。

 加えて南部の諸侯も、グロムへと向かう予定である。軍勢はまず間違いなく一万を超えるだろう。


 それでも決して容易な事態ではなかった。

 南北に展開する亜人の数は、少なく見積もっても一万を超えていたのだ。

 もっともこれは純粋な兵力ではない。

 亜人の中には、女性や補給要員などの非戦闘員が多く含まれているという。ひょっとしたら、帝国への入植を考えているかもしれない。拠点を築かれては厄介である。


 純粋な兵力ではいまだ帝国軍が優勢だ。しかしながら、亜人の中には身体能力に優れた者が数多くいる。現在の戦力差で戦えば、苦戦は(まぬが)れぬだろう。

 もちろん帝国軍の総兵力はこの程度のものではない。全国から兵を集めれば、この数十倍をも動員できる。しかし、それには時間と費用が必要だった。


「まったく……アルヴァが再三兵力を要求していた理由が、痛感させられるよ」


 エヴァートは剣と魔法――いずれにも心得のある武人でもあるそうだ。しかし、大軍を率いた経験はいまだなかった。

 先日はベオの雲海軍とサラネド軍の講和に向かい、事後処理をしたところである。だがそれも、事が終わった後の始末に過ぎない。経験としては不十分だと言わざるを得なかった。

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