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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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北の都にて

 休憩は終わり、一同は船へと引き返すことになった。

 船へと戻る途中でも、エヴァートは忙しく将校へと説明をしていた。


「グロムから南部の諸侯に、協力するよう伝令を送った。カンタニア軍と共に南北から挟み撃つ予定だ。我々の行動は変わらない。グロムのそばを迂回し、予定通りカンタニアへ入る」

「陛下――」


 と、口を挟んだのはそこに混ざっていたアルヴァだった。

 多くの将校は、皇帝を相手にして腰が引けているらしい。そんな中で彼女の存在は異質だった。


「――進路上で亜人の船と遭遇する可能性も考えられます。その際はどうされますか?」


 エヴァートは「ああ」と頷いて。


「戦闘は回避だ。知っての通り、この船団は雲海での戦闘を想定したものではない。全くの無防備ではないが、敵が大勢で攻めてくるならば不利は避けられないだろう。あくまで目的はカンタニアへの到達だ。そのためにも皆、警戒は怠らないでくれよ」

「承知しました」


 と、アルヴァは頷いて、ソロンの元に戻ってきた。


「ドーマはしかけてくるかな?」


 この先の見通しをアルヴァに尋ねてみた。場合によっては、いつでも戦える覚悟をせねばならない。


「さあて、どうでしょう? 少なくとも、ドーマが雲海へ大軍を放つ可能性は低いと踏んでいます。元々、カンタニアの軍と対峙するために、グロムを占拠したのでしょうからね。そのグロムを、無防備にする事態は避けるでしょう」


 *


 船旅が再開されて、二日が過ぎた。

 日中には、目的地のカンタニアへ到達できる予定だった。異変はあったものの、航海そのものは順調といえそうだ。

 もっとも、今日はその前に留意すべきことがある。

 船団はこれから、グロムの近くへと差しかかるのだ。この雲域では亜人の襲撃を受ける可能性もあるため、慎重にならざるを得なかった。


 左舷の船べりに手をかけながら、ソロンも雲海を眺めていた。

 警戒のため、船は陸地と距離を取っている。それでも、視力に優れた亜人ならば、陸地からこちらを発見できるかもしれない。


 やがてそこに壁が見えてきた。グロムの町を囲む外壁である。

 町は外壁の向こう側にあるため、ここから分かる情報は限られる。ただ、火の手が上がっているような様子はない。既に鎮火したのか、あるいは火を使わずに占拠されたのかもしれない。


 壁から離れた沿岸には、大量の竜玉船が停泊している。ただし、帝国の船とは形状が異なり、船体の色も赤い。恐らくは亜人のものだろう。

 沿岸から離れたグロムを落とすため、亜人は船を乗り捨てたのかもしれない。


 いずれにせよ数里にも渡って離れているため、それ以上の様子は(うかが)い知れなかった。

 周辺にいる水兵ならぬ雲兵達が、双眼鏡を構えてジッと観察していた。あれならば様子は分かるだろうか。


「何か分かることは?」


 末端の雲兵に声をかけたのは、皇帝エヴァートである。こんなところでも、彼は気さくな人柄を発揮しているようだ。

 雲兵は恐縮していたが、それでも。


「はっ……。町の様子はここからでは何も。ただ、あちらの船のそばには見張りの亜人もいるようです」


 報告を受けたエヴァートは、自らも双眼鏡を覗き込む。


「あれが敵の船だな。数は分かるか?」

「はっ、確認できるだけで五十隻はあるようです」

「そうか……。敵の人数は三千を超えると考えたほうがよさそうだな」

「陛下」


 背後から皇帝に声をかけたのは、アルヴァである。


「――全てが戦闘員とは限りませんよ。こちらと違って、彼らは現地での補給が困難ですから。それなりの補給要員を用意しているはずです。過去の侵略でもそうでした」

「ふむ、亜人とはいえ、その辺りは人間と同じなのだな。しかし、この距離では戦闘員かどうかの区別もできないが……」


 双眼鏡から目を離さずに、エヴァートは従妹へと答えた。


「ええ、見極めていくしかありませんね。見た目には分かりませんが、女も確実に混ざっているはずです。彼らにしても、世話をする要員は必要でしょうから」


 アルヴァは自らの経験を存分に発揮し、皇帝へ助言を(おこな)っていた。


 *


 幸いにも、雲海上で亜人の襲撃を受けることはなかった。

 合計二日半をかけた船旅の末、船団はカンタニアの港へ到達した。


 北の都カンタニア。

 帝国における最北の町でもある。ドーマ人の襲撃によって、ここより北の町村は放棄せざるを得なかったのだ。


 カンタニアはその(いかめ)しい外壁から、城塞都市などとも呼ばれている。コンクリート製の頑強な港には、軍の施設も目立っていた。

 もちろん、港町としても申し分ない。港には既に多くの軍船の影がある。そこに船団の十二隻を追加しても、まだ余裕がありそうだった。


 商魂たくましいことに、港には商船の姿も見られた。今は戦時中のはずであるが、それだけに物資の需要も多い。ここぞとばかり、軍を相手に商売をしているのだろう。

 小舟に乗った水先案内人が、軍船の誘導に駆け回っていた。



「雪はまだ降っていないようですね。もう少しすれば、積もる季節になるはずですが……」


 甲板(かんぱん)から見える町を眺めながら、アルヴァがそんな感想を述べた。


「そっか、この辺は雪が降るんだ!」


 ソロンはハッとして、アルヴァを見た。


「雪かあ……。私も子供の頃に見たきりだなあ。下界には雪降らないの?」


 と、そんなソロンにミスティンが尋ねてくる。アルヴァも興味を持ったらしく、こちらへと視線を向けてきた。


「下界にも降るけど、イドリスには滅多に降らないよ。少なくとも僕は、生まれてから見たことない」


 以前、雪が降った時は今から何十年も前だという。相当に希少な現象なのは確かだ。


「イドリスは帝都から見ても随分と南ですからね。王国内から北に向かっても、降らないのですか?」

「そもそも王都より北だと、国内にはほとんど町がないからね。知っての通り、北のラグナイとは仲良くないし、交易で北に向かう人も(まれ)だよ。だから雪を見たって人もほとんどない」

「そっか、見れたらいいね、雪。私も久しぶりに見たいなあ……」


 空を仰いでミスティンが言った。

 しかし、見上げた昼空は季節の割に晴朗で、雪が降る気配は微塵(みじん)もなかった。


「ミスティンには悪いけれど、それは困ります。ただでさえ糧食に不足する季節だというのに、大雪の中では行軍もままなりませんから。天候が変わらないうちに、決着がつけばよいのですけれど……」

「アルヴァが困るなら仕方ないなあ。我慢するよ、雪」


 と、ミスティンはあっさりと撤回した。


「我慢するって……君が天気を決めるわけじゃないでしょ。……それにしても、ドーマの連中も迷惑な季節にやってきたもんだな。亜人だから寒さも平気なんだろうけどさ」


 亜人の中には体毛で体を覆う種族が数多くある。そういった者達は、人間よりも遥かに寒さへの適性が強かった。


爬虫類(はちゅうるい)の亜人など、寒さへの耐性がない種族もいますよ。それに彼らにしても、冬場は糧食に苦労するという点は変わりないはずです」

「それじゃ、冬眠前にエサを求めてやって来たのかもね。ドーマがどこにあるか知らないけど、ここより寒いだろうし」


 動物の生態に詳しいミスティンが見解を述べた。


「いやいや、動物と亜人は違うでしょ。僕の知る限り、亜人は冬眠しないよ」


 動物が冬眠する理由は、冬の寒さと食糧不足に耐え抜くためである。

 ……が、しかし、今のイドリスでは爬虫類の亜人も服を着込んだり、火を起こしたりして寒さに耐えている。クマの亜人だって、冬でも収穫できる野菜を栽培して、食糧不足を乗り越えているのだ。


「ですが、考え方としては悪くないと思いますよ。彼らの生態には詳しくありませんが、冬の食料が目的という理由は大いにありえます。人間同士の戦争でも、普遍的な理由ですからね」


 アルヴァはミスティンの見解にも一定の理解を示した。

 それから、アルヴァは港へと視線をやる。話し込んでいるうちに船が停泊したのだ。


「――さて、行きましょうか。お兄様に置いていかれないように」


 *


 カンタニア市は、北方の帝国軍を統括する拠点でもある。

 カンタニア城内に置かれた兵力は五千。周辺の砦と合わせれば勢力はおおよそ一万に達する。


 かつてアルヴァが君臨していた時代と比較すれば、その軍勢(ぐんぜい)は大きく増していた。

 度重なる襲撃に、さしもの元老院も軍の配置を変えざるを得なかったのだ。これは罷免(ひめん)される以前から、アルヴァが再三要請していたことでもあった。


 カンタニア港で出迎えた現地指揮官は、ゲノス将軍である。

 ゲノスは、アルヴァやエヴァートから見れば父の世代に当たる年齢だ。壮年期を過ぎてなお、立派な黒ヒゲをたくわえた彼は若々しかった。

 この将軍はアルヴァが北方に遠征した際にも、指揮官だった人物でもある。亜人との戦いは既に長く、帝国に(とどろ)く十将軍の中でも、指折りの武勇の持ち主だった。


「ゲノス将軍、迎えはいらないと伝えておいたはずだが――」


 開口一番、やや不機嫌そうにエヴァートが言った。

 ところが、ゲノス将軍はそれを(さえぎ)って、


「それが陛下、大防壁が突破されました」


 重々しい口調で報告をしたのだった。

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