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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第六章 果てしなき大雲海
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男の矜持

「それで、用事はおしまい? まだあるんじゃないの?」


 話が一段落したところで、ミスティンが口を挟んだ。

 彼女が出迎えてくれた時に、ソロンが含みを持たせたのを覚えていたのだろう。


「あ~……。あると言えばあったんだけど、やっぱりいいや」


 少し考えて、ソロンは首を横に振った。


「遠慮はいりませんよ。良い品をもらったのですから、お礼をするのも当然です」

「いや、誕生日の贈りものに、お礼なんてされたら本末転倒だよ。頼み事のために、贈り物を持ってきたわけじゃないんだし」


 贈り物をしたのは、あくまで好意と感謝の表れなのだ。大切にしたい関係だからこそ、見返りを求めてはならない。


「水臭いですわね。あなたと私の仲でしょう」

 アルヴァは斜め上に視線をやって、少し考え込む。

「――察するに大使館の関係で困りごとがあるのではありませんか?」

「……相変わらず鋭いね」


 ソロンらイドリス人が帝国へ進出するため、まず必要になったのは拠点だ。

 ナイゼルやガノンドも合わせ、いつまでも宿暮らしというわけにはいかない。そこで帝都に大使館を構えることにしたのだ。


「大使館って……あの安宿みたいなのだよね?」


 ミスティンが口を挟んだ。それも悪い意味で正直な言葉で。


「安宿は酷いけど、否定できないのが悲しいな……」


 ナイゼルによれば、大使館は本当に安宿を買い取ったものらしい。ゆえにミスティンの感想は至極妥当でもあった。


「私はもっと優良な物件を勧めたのですよ。広くて見栄えがよく、皇城に近い物件を」


 アルヴァは不満そうな口振りだった。


「仕方ないよ。ウチの国はそこまで予算があるわけじゃないんだから。建物は古くても部屋はたくさんあるし」

「ですが、問題があったのでしょう?」

「……うん。思ったより補修費がかかりそうなんだ」


 ナイゼルの尽力によって、建物を購入する費用は捻出できた。竜玉を始めとした品物を帝国に運び、売り払って利益を上げたのだ。

 しかしながら、その後が問題だった。

 建物は予想より老朽化が激しく、雨漏りすらする始末だった。結果、それ相応の補修が必要となったのである。


 こうなれば、ナイゼル達に任せてばかりはいられない。ソロンとしても、できる限りの務めを果たすつもりだった。


「そんなところだと思いました。それで、お金が入り用というわけですか」

「有り体に言えばそうなんだ」

 話の流れに従って、ソロンはやむなく認めた。

「――君ならいい仕事を知ってるかなと思って……。護衛でも魔物退治でもなんでもいいんだけど、なるべく稼げるやつを」


 商才とは程遠いソロンができる仕事といえば、護衛や魔物退治といった程度である。とはいえ、それらの仕事で稼げる金額などたかが知れていた。

 なるべく実入りのよい仕事を見つけるには、相応の雇い主を見つける必要がある。そして、そんな伝手(つて)は彼女の他になかった。

 こんな頼みをして迷惑ではないだろうか……。ソロンはアルヴァの顔色を(うかが)ったが、


「お安い御用です。少々お待ちいただけますか? ミスティン、手伝ってください」


 合点したとばかりにアルヴァはミスティンを連れ、扉を開いて出ていった。

 どこかの貴族へ紹介状を書いてくれるのかもしれない。そんな期待をしながらソロンは、二人が出ていった扉を眺めていた。


 しばらくすれば、二人がそろって戻ってきた。しかも、重そうな袋を二人がかりで抱えている。

 ソロンが慌てて駆け寄り、袋を支えれば、ずしりと重さが伝わってきた。さらにはジャラジャラとした金属音が響いてくる。


「……もしかして金貨?」


 ソロンの額に冷や汗が流れた。


「ええ、可能な限り詰め込んでみました。どれだけ入り用なのかは存じませんが、不足ならもう一度来てください」


 二人はあっさりと手を放し、こちらの手に袋を委ねた。

 そんなアルヴァの顔に浮かぶ穏やかな笑みは、子供に小遣いを与える母を思い起こさせた。


「これだけあればさすがに足りると――じゃなくて! そんなのもらえるわけないでしょ!?」


 ソロンは即座に袋を突き返した。

 けれど、アルヴァはそれを受け取る素振りも見せない。あまりにも重いため、ソロンはやむなく机の上に袋を置いた。


(れっき)とした私の私財ですよ。心配は無用です」

「いや、そうじゃなくて。僕は仕事を紹介してくれって言ったんだけど」

「それは本質ではありません。あなたが仕事を求める理由は、お金のため……。つまり、お金があれば全ては解決できます。違いますか?」

「う~ん、そう言われれば違わないような……。いやダメだ、こんなのおかしいよ!」


 思わず丸め込まれそうになるが、ソロンは抵抗した。


「煮え切りませんね。そもそも、大使館についても最初から私に頼ればよかったのです。その程度の費用、私なら如何様(いかよう)にも捻出したのに……」

「だから、そうはいかないって! いつか君が悪い男にだまされないか、心配になってくるよ」

「失礼な。人物の見極めはしていますよ。その上であなたになら、差し上げてもよいと言っているのです」

「……僕が言うのもなんだけど、君って僕に甘すぎない?」

「甘くて何が悪いのですか? 私はあなたの頼みなら、何だって聞いてあげるつもりですが」


 アルヴァは開き直った。

 信頼が重たい……。微塵(みじん)もソロンのことを疑っていなかった。

 恐らく、彼女の『何だって聞いてあげる』は正真正銘の本気だ。ソロンが無茶を頼んでも、死力を尽くしてくれるだろう。


 アルヴァはなおも続ける。


「――甘いのは、それだけの恩があるからです。それにあなたは、自分自身を過小評価されています」

「というと?」

「帝国広しと言えど、魔法武器の使い手はそういるものではありません。貴族の中には多額の費用を払ってでも、その使い手を従者にしたがる者もいます。ですから、これはあなたの助力に対する正当な対価というものでしょう」

「理屈は分かるんだけどさあ。どっちかというと、そういう貴族を紹介して欲しいというか……」


 これを受け取ってしまっては、人として――男として大切なものを失ってしまう。そんな気がしてならなかった。


「まったく……。何が気に食わないのですか?」


 アルヴァは理解しかねるとばかりに、溜息をつく。


「分かった! ソロンはヒモ扱いが嫌なんだね」


 じっと二人の口論を見守っていたミスティンが手を鳴らした。おまけに余計な発言もついていた。


「いや……はっきり言わないでくれるかな」

「ヒモとはなんでしょう?」


 聞かなくてよいことをアルヴァは聞いた。育ちが良すぎるためか、この種の俗語には強くないらしい。


「女の子に養ってもらってる男の子のことだよ」


 答えなくてよいことをミスティンは答えた。


「別に養うのは(やぶさ)かではありませんが」


 食事をおごるぐらいの気安さで、アルヴァは言った。わりととんでもない発言のような気がしないでもない。


「僕は吝かだよ。さすがに男として情けないというか……」

「別に恥じることではないでしょう。私のほうが歳上なのですから」

「歳上の一言でそこまでやってくれるのは、上界広しといえど君ぐらいだよ……」



 結局、その日のうちに結論は出なかった。

 思わぬ長居になった結果、ソロンは屋敷の一室を借りて一夜を越すことになった。イドリス大使館へ帰ろうにも、二人が強硬に滞在を勧めて放さなかったのである。


 *


「ソロン、急な知らせが入りました」


 その夜、ソロンの寝室を訪れたアルヴァが、唐突に切り出した。

 横にはミスティンの姿もある。二人とも寝巻姿のままだった。

 団欒(だんらん)が終わり、ソロンは一人寂しく案内された個室で就寝するところだった。かつての旅のように、男女同室とはいかないのは当然である。

 そんなところへの突然の来訪だったのだ。


「どうしたの?」


 既に眠る態勢だったソロンも、ただならぬ様子に身を正した。


(いくさ)です」


 アルヴァは簡潔に言った後、続けて説明を始めた。

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