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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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船上の戦い

「か、代わりの帆を持ってこい!」


 狼狽しながら叫ぶダナムの怒鳴り声が、かすかに聞こえてきた。

 よかった、予備の帆は用意されていたんだ――とソロンは安堵した。

 心配事はなくなった。後は決着をつけるのみだ。


「少しだけ右に。相手の船に併走する」

「承知しました」


 アルヴァに指示を出しながら、位置を調整する。動きを止めた敵船の右舷側を通り、乗り移る構えを取る。

 ついにはこちらを振り返って、驚愕(きょうがく)するダナムの顔が見えた。


「射て! 奴らを殺せ! この船に近づけるな!」


 ここに至って、射程圏内が近づいてきた。

 敵兵が甲板(かんぱん)を慌ただしく動き回る。射撃しやすい場所に陣取ろうとしているようだ。

 もっとも、こちらにとっても不利な状況ではない。

 こちらのほうが船体が低いとはいえ、ミスティンの弓のほうが射程に優れていた。


「ミスティン、お願い!」

「はいさっ!」


 先取って放たれたミスティンの矢が、次々と敵兵を打ち倒していく。わずかに飛来してきた矢も、ソロンが難なく刀で弾いた。


「ななな……何をやっているか!? この下手くそどもめ! 射つ前に射たれてどうする!」


 ダナムのわめき声がさらに迫ってくる。

 船と小舟の距離が縮まって、いよいよ横に並んだ。


「よしっ!」


 船の右舷を目がけて、ソロンは力強く跳んだ。それでも常識的に考えれば、届くはずのない高さと距離だった。


「バ、バカがっ! 乗り移れるはずが――」


 ダナムがまた何か叫んでいたが、ソロンはそれに取り合わない。

 下の海面に刀を向けて――思いっきり大きな炎を放出。

 強い反動が浮力となって、ソロンは高く浮かび上がった。予想以上の勢いで、あっさりと船の右舷を乗り越える。


「うわっ! とっと……!」


 さすがに綺麗な着地はできず、体を横にむけて甲板に転がった。


「ぬぁん……だと……!?」


 ダナムが驚愕しているうちに、ソロンは体を起こす。一瞬のうちに船上を見渡して相手を確認した。

 ダナムの周囲を守っているのは四人の兵士――いずれも得物(えもの)として剣を構えており、弓は手にしていない。既に弓兵はミスティンに倒されたためだろう。


 そして――少し離れた位置に赤い衣の男が三人。ザウラストの神官達だ。

 甲板はもちろん小舟よりは広い。とはいえ、さほどの余裕があるわけではない。

 狭い空間で、ソロンは八人の敵と対峙しなければならなかった。


「観念するんだな」


 なるべく冷然とした調子を装って、ソロンは吐き捨てた。相変わらず声に迫力はないけれど仕方がない。


「バ……バカめっ! こっちは八人もいるのだぞ! かかれいっ!」


 ダナムの号令に従って、兵士達が襲いかかってきた。


 ――が、その時、既にソロンは刀を向けて、火球を放っていた。

 先頭を突っ切ってきた兵士に火球が直撃。鎧で炎を防ぐこともできず、兵士はあえなく甲板に転がった。

 船に着火する心配はあったが、場所は湿気に満ちた海の上。万が一外れても、この程度の威力なら延焼させる心配はない……はず。


 間髪(かんはつ)入れず、刀を振るって次の火球を放つ。二人目の兵士も難なく始末した。


 三人目の兵士は盾を構えて慎重に接近してきた。

 ……が、単なる鉄では炎を防げない。火球が着弾した衝撃と熱さに(こら)え切れず、たちまち盾を捨てて倒れ込んだ。

 彼らはダナムの手兵ではあるが、大元をたどれば伯爵の部下でもある。運が悪くなければ、死なない程度の威力にしたつもりだ。

 アルヴァの知る顔がいると考えたら、無闇に殺す気にはなれない。


 そして、四人目の兵士が向かって――来なかった。

 ソロンが刀を向けただけで、顔を青くして逃げ出した。捨てられた剣が甲板に転がって、カランと音を立てた。

 もっとも、そんな彼を不忠者と(さげす)むことはできない。


「くそっ、役立たずめ……。後で家族もろとも酷い目に合わせてやるからな! 覚悟しておけよっ!」


 ダナムは、逃げ出した兵士の背中に向かって吐き捨てた。地団駄を踏んで甲板を叩いている。


 ……とまあ、忠義を捧げる対象がこの通りだ。

 この男のために命を懸けたいとは、兵士も思わなかったのだろう。

 アルヴァやサンドロスのために、心から頑張れるソロンは幸せ者なのだ。


 兵士達には手心を加えた。……が、ザウラストの神官達は別だ。彼らは伯爵の部下ではない。

 いまだ、神官達は高みの見物を決め込んでいる。

 今まで手を出さなかったのは、同士討ちを恐れてのことか……。はたまた、そこまでする義理はないと考えたのか。


 四人目の兵士に放つはずだった火球――ソロンは代わりに、最も近い神官に向かって勢いよく投げつけた。

 しかし、ザウラストの神官は杖を突き出して、火球をかき消した。その程度の魔法は通用しないと言わんばかりに……。

 どうやら、それなりの使い手のようだ。恐らくは他の二人も同等だろう。


「閣下。我らがいる限り、この程度の小僧に遅れを取ることはありません」


 神官の一人が落ち着いた口調で、ダナムをなだめた。


「う、うむ、頼んだぞ。今となってはお前達だけが頼りだ」


 言うなりダナムは、逃げるようにソロンから後ずさった。

 ソロンは改めて神官達を注視する。

 杖先にはいずれも黒く濁った魔石。ザウラストの神官達は、見たことのない魔法を使ってくる。先程倒したマキモスのような魔物の召喚がその筆頭だ。決して油断ならない相手だった。


 三人の神官は一定の間隔を空けて、杖先をソロンに向けていた。

 甲板は狭く、敵が一人だけなら一息で斬り伏せられる自信はある。だが、一人を攻撃すれば、その隙を他の二人が狙ってくるはずだ。


 まずは様子を見るべきか。

 ソロンは刀へと、魔力を(たくわ)えた。もっとも、赤く刀が光る様子は、敵の警戒をうながしたかもしれない。

 先に動いたのは左側の神官だった。

 杖先を静かな動作でこちらに向けた。生み出された黒い霧が、ソロンに向かって覆いかかる。


「目つぶしか……!?」


 魔力を魔力で打ち消すのが魔道士同士の戦い方だ。ソロンは魔力を帯びた紅蓮の刀で、斬り裂くように黒い霧をかき消した。

 そのままの勢いで、魔法を放ってきた神官に詰め寄る。


 だが、すんでのところで黒い炎に阻まれた。横の神官が妨害をしかけてきたのだ。

 慌ててソロンは飛びすさった。戦場はまた最初の位置関係に戻った。


 予想はしていたが、奇妙な魔法を使ってくる――心中でつぶやきながら、ソロンは思考を巡らせる。

 厄介な魔法ではある。だがそれでも、より強力な魔法を使えば、圧倒できるはずだ。ただし、その場合は船に損傷を与える覚悟も必要だ。


 ならば取る手は――


「ふはっはあぁ! ザウラストの魔法の前には、貴様も打つ手なしだな!」


 ダナムが俄然(がぜん)調子づく。

 当人は戦いに巻き込まれることを恐れてか、物陰に隠れている。神官達に加勢する気は毛頭ないらしい。

 ソロンは再び、刀へと魔力を集めた。またも自分からは動かずに、敵方の出方を(うかが)う。


「ふんっ、自分から攻めることもできないのか? よ~し! 三人で一斉に魔法を放って始末してしまえ!」


 あくまで離れたまま、口うるさくダナムは指示を出す。

 神官達も心中では辟易しているだろうに、表情へ出さないのは修行の賜物(たまもの)だろうか。

 三人の神官がサッと杖を振った。

 ソロンが劣勢に見えたその瞬間――


「んがっ……!」


 奥に陣取っていた神官が突如、前のめりに倒れた。その背中には矢が突き刺さっている。


「な……なな……。ど……どういうことだぁ!?」


 狼狽するダナム。二人の神官も、反射的に後ろを振り返る素振りを見せた。そして、その隙を見逃すソロンではない。

 一息で間近の神官へと詰め寄るやいな、袈裟懸(けさが)けにして斬り捨てた。

 そこに至って、最後の神官はようやく体勢を立て直した。

 ……が、ソロンに向けた杖から魔法が放たれることはなかった。彼もまた、背中を矢に貫かれたからである。


「ミスティン、ありがとっ!」


 ソロンは崩れ落ちた神官の向こう側――左舷を越えた海に向かって叫んだ。


「ソロン、がんばっ!」


 と、向こう側から返事が返ってきた。先程まで、孤軍奮闘していたソロンを勇気づける(ほが)らかな声だった。


 何のことはない。

 アルヴァが操作する小舟は、ソロンを降ろした後に素早く反対側に向かっていたのだ。帆船は帆を破られて停止していたため、回り込むのはたやすかった。

 そうして左舷側から放たれたミスティンの矢が、神官の背後を突いたのである。


「ひ、卑怯者ぉ! 戦いの最中に背後を突くなど、それが武人のすることかぁ!」


 ようやく事態を飲み込んだダナムが、どこかで聞いたような口上を述べる。

 もっとも、同じようなことを言っていたラグナイの王子は堂々たる騎士だった。一緒にするのは失礼というものだろう。


「知ったこっちゃない。卑怯というなら八人がかりも卑怯だ。……さあ、あと一人。勝ち目はないし、降伏しなよ」


 ソロンは宣告した。刀をまっすぐに、ダナムの目に向けて。アルヴァと同じ血筋とは思いたくもない濁りきった紅い目だった。


「ふ、ふん! 妙な剣を持っているからといって、調子に乗りおって! お前など魔法がなければ相手ではないわ! 男なら正々堂々と魔法なしでかかって来い!」


 手招きする仕草でダナムは挑発した。


「…………」


 ソロンが呆れて黙っていると。


「いや……もしかしたら、おまえ女なのか? だったら俺の(めかけ)にしてやってもいいぞ! あの皇族崩れの小娘と一緒にな! うわあっはっはっ!」


 これも見え見えの挑発である。

 ……が、自分のことならともかく、アルヴァまで侮辱(ぶじょく)されては、温厚なソロンも抑えていられない。

 この男――人の感情を逆撫でする才能だけは恵まれているらしい。


「そう思うなら来なよ」


 ソロンは短く言い放った。

 今回こそは意識しなくとも、低く鋭い声が出た。(はらわた)は本気で煮えくり返っていたのだ。


「んぐっ!?」


 ダナムはソロンの気迫に思わずひるんだようだったが、それでも、


「――ぐおおぉっ!」


 と、剣を振りかぶって、勢いよく打ちかかってきた。

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