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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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帆船を追え

 森林を迂回(うかい)しながら、海岸が見える場所まで足を運ぶ。


「ソロン、船!」


 海を目にしたミスティンが叫んだ。

 彼女が指差す方向を見れば――海に浮かぶ帆船の姿があった。船はソロン達を置き去りにして、海岸を()つところだった。

 嫌な予感は的中。ダナムはソロン達を置き去りにして、島を離れようとしていた。

 いかにマキモスを退けたところで、大海の孤島に置き去りにされては元も子もない。


「追いかけようっ!」


 ソロンは足を止めずに振り返った。言われるまでもなく、二人とも付いてきてくれていた。

 三人は浜辺へと足を踏み入れた。歩きやすいとはいえない地面を、砂を蹴りながら駆けていく。

 そうしている間にも、ダナムの乗る帆船が岸を見る見る離れていく。入江を抜けて、海原に出ようというところだ。

 随分と離れてしまったが、逃がすわけにはいかない。


「そこの舟を使ってくださいっ!」


 遠く後方から船員の叫び声が聞こえた。何人かの男達が、様子を見るために付いてきていたらしい。

 浜辺に置いたままの小舟が目に入った。

 ソロン達が乗ってきた帆船に積まれていた上陸用の舟。船員達が島を脱出するための手段として、修繕してくれていたものだ。


「ありがとう! お借りしますっ!」


 ソロンは前を向いたまま返事をした。振り返りはしない。何よりも、突き進むことこそが返事なのだ。


「おお! 頼みましたよ!」「頑張ってえー!」


 船員達も精一杯の声援を送ってくれた。

 彼らだって、島に取り残されるのは真っ平ごめんなのだ。ならば、その願いを無駄にはできない。

 砂浜の上――波が届かない辺りに置かれている小舟。

 それを走ったままの勢いで、ぶつかるように三人で押し始める。


「うんしょ、うんしょ」


 と、ミスティンがかけ声を上げる。アルヴァも力仕事をいとわず、懸命に力を入れる。

 小舟が砂の上を滑るように進み、やがて押し寄せる波の中へと入った。

 ソロン達も波の中へと足を踏み入れる。靴と足が濡れるが気にしてはいられない。波を踏み分けて、小舟を押し続ける。


 小舟が海面に浮かぶやいなや、三人はひらりとその上に飛び乗った。

 押し出した勢いで、小舟は波にあらがってゆっくりと進み出す。


「先日を思い出しますね」


 まさしく先日に経験した騒動の繰り返しだった。

 しかし前回は雲海、今回は海である。

 そして前回の相手はサラネド軍、今回の相手は単なる帆船の一つ。やってやれないはずはなかった。

 だが遠ざかる船は、既に視界の中で小さくなっていた。


「遠いなあ……」

「勝負はこれからですよ!」


 つぶやいたソロンを、アルヴァが叱咤(しった)してくれる。

 ソロンとミスティンが(かい)を握って、舟を漕ぎ出す。海水を力強く押して、舟の推進力へと変えていく。

 ミスティンも表情は涼しいが、一生懸命に力を入れている。

 舟は力強く加速していく。そして今や、入江を抜けようとしていた。


 それでも――


「無理かも」


 と、早々にミスティンが諦めるような発言をした。

 二人とも必死で漕ぎ、帆船を追いかけている。しかし、帆船も十分な風に乗っているらしく、差が縮まらないのは明らかだった。

 入江を抜ければ、舟は海原へと漕ぎ出てしまう。小さな舟には不釣り合いな大海原だった。


 このままでは、三人とも大海原の中で遭難するだけである。ミスティンもそれを分かっていたから、冷静に発言したのだ。

 努力は可能性に向かってこそ意味を成す。可能性がない努力を続けるのは、ただの無謀でしかなかった。


「ぐっ! ダメかぁ……」


 ソロンは落胆して息を吐く。

 そんなソロンの頭を、アルヴァが杖でコツンと叩いた。最近の彼女は、やっぱり行儀が悪かった。


「諦めるのは早いですよ! 手漕ぎが無理なら無理で結構。別の可能性を探るだけです。私に任せなさい」


 紅玉の瞳は不敵な光を帯びていた。アルヴァはまだ諦めていなかったのだ。

 小舟の上で(きびす)を返した彼女は、船尾へとかがみ込んだ。

 杖を後ろの海に向けて、精神を研ぎ澄ませているようだ。


 杖先の魔石が水色に輝く。

 それに呼応して水面に波紋が巻き起こった。

 次に波紋は指向性を持ち、後ろに向かって広がっていく。後ろの海水を水の魔石で押し出して、反作用を起こそうというのだ。


 水が噴出される音がして、船尾に川のような流れが生まれた。

 たちまち、小舟が押し出されるように加速を始める。噴き出された水が、白い尾となって後ろに連なっていた。


「すごいすごい!」


 ミスティンが目を丸くして拍手した。これにはアルヴァも得意気だ。


「初めてのことだったので、不安はありましたが……。うまくいきそうですね」


 まるで急流を進むかのように、小舟は勢いを増して帆船へと追いかける。

 櫂で漕いでいた時よりも、数倍の速力を出せている。これなら追いつくのもわけはない。


「しばらくは直進させますよ。もし方向が誤っていたら指示をください」


 背中を向けたままアルヴァが言った。魔法に集中している間、彼女は舟の前方を確認できないのだ。


「了解。こっちは任せて! 敵が攻撃してきても、こっちで弾くから」


 ソロンもその意を理解する。自分が彼女の目となり盾となるのだ。


 * * *


「ダナム様、後ろから船が追いかけて来ております!」


 兵士の報告を聞いて、ダナムは肝を冷やした。


「船だと……? バカを言え!」


 今、自らが乗る船が島で使える唯一のものだ。他の船はマキモスに破壊させたはずである。何も追いかけて来れるはずなどなかった。


「いえ、それが……。双眼鏡で確認したところ、アルヴァネッサ様も船に乗ってらっしゃるようで……」


 兵士はいまだにアルヴァへと敬意を払っていた。

 あんな小娘は呼び捨てでよいというのに、生真面目なことだ。後で教育してやらねばならない。


「ふむ……?」


 ともかくは冗談ではないらしい。ダナムは自分の目で確認することにした。

 ……が、船の後尾から目をやっても、何も見えない。


「――うん? 船などないではないか。貴様、何を見て――」


 一瞬そう思ったが、よく目を凝らせば小さな何かがこちらを目指している。あまりにも小さくて目に入らなかったのだ。


「――はははっ! なんだ、何かと思えば、あんな小舟か!」


 滑稽な光景に笑いが止まらない。


「――ははっはははっ! あっはっはははーあ! まさかあんなオモチャで俺に追いつくつもりかあ? あの小娘! 下界の空気に触れて、ついに頭がおかしくなったんじゃないのか!?」


 兵士はまだ何か言いたそうにして。


「そ、それが……。着実に距離が縮まってきています。魔法か何かで加速しているのではないかと……」

「んぐあっ!?」


 ダナムは驚きのあまり、開いた(あご)が落ちるかと思った。


 * * *


 ソロンは小舟の船首に立って、前方の帆船を注視していた。

 風にゆれる赤髪と、振りかかる飛沫(しぶき)がわずらわしい。

 彼我(ひが)の距離はみるみる縮まってきている。いずれ追いつけるのは時間の問題だ。


 ……となると、問題は追いついてからの立ち回りだ。

 帆船に多少の損傷を与えてでも、今は動きを止めることを優先すべきだろうか。

 しかし、炎の魔法でその加減を行うのは難しい。炎は術者の意図を越えて、船体を大きく焼いてしまう可能性があった。


「帆を狙ってもいいかな?」


 そう考えていたところに、ミスティンが提案をしてきた。


「帆か……。確かに船を止められるけど、それだと後で使えなくなるんじゃ?」


 風力を推進力へと変換する帆は、帆船(はんせん)にとって最も重要な部品である。それを壊してしまえば、船は使えなくなるに等しい。


「構いません。帆は重要かつ軽量な部品です。予備が積んであるに違いありません。ただし帆柱まで破壊しないように」


 ソロンの懸念に、後ろを向いたままのアルヴァが答えてくれた。

 しかし、その彼女にしても船乗りでも何でもない。絶対の確信があるとは思えなかった。


「分かった。ソロン!」


 それでもミスティンに迷いはなかった。アルヴァへの信頼がそこには(うかが)われた。

 ソロンが頷き、位置を交代する。


 ミスティンが船首に立つと同時に、矢をつがえた。

 不安定な足場に、しかと足を開いて屹立(きつりつ)している。ソロンもその後ろに立って体を支えた。

 弓柄(ゆづか)を構成する風伯銀が緑の輝きを放ち出す。そこに魔力が集まっているのだ。あふれ出した魔力が風となって、金色の髪をそよがせている。


 空色の瞳が鋭く目標をにらんで――

 ビュンという風を切る音と共に矢が放たれた。ミスティンの背中を支えるソロンにも、強い反動が伝わってくる。

 矢は芸術的な軌跡を描きながら、空へと駆け出す。

 互いの船と舟が移動している上に、足場も不安定だ。それでもミスティンなら、帆のような大きな的を外しはしない。ソロンも、そしてきっとアルヴァも確信していた。


 見事、帆に風穴が穿(うが)たれた。

 まさしく風穴と呼ぶにふさわしいもので、矢に宿った風の力が帆をズタズタに斬り裂いた。

 それでも船の帆は大きく、複数の帆布(はんぷ)から構成されている。いまだ、多くの部分が残っていた。


 それを確認するなりミスティンは、二の矢、三の矢を放った。

 残った帆布にも同じように風穴が空けられていく。たったの三矢で、帆は甚大な被害を受けたのだった。


「うまいよ、ミスティン!」

 ソロンは彼女と手を合わせ、音を鳴らした。

「――じゃあ、次は僕の番だな。向こうに乗り移るよ」


 ソロンはそう言って、ミスティンと位置を交代した。再び、ソロンが船首に立った。

 帆船は減速し、小舟との間隔がさらに縮まっていく。

 その間、手短に作戦を打ち合わせて、三人は覚悟を固めた。

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