表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
193/441

超重力

 ソロンはアルヴァとつなぐ手を放した。二人で足を止めて、背後の魔物へと向き直った。

 アルヴァは杖を右手に持つやいなや、一瞬で杖先の魔石を交換していた。

 熟練の手品師のような洗練された手の動き。戦いの間でも、とっさに魔石を交換できるように訓練していたのだろう。


 杖先の魔石は青く静謐(せいひつ)な光を放っていた。冷気の魔石たる氷晶石である。

 アルヴァが魔力集中を行うわずかな時間にも、魔物の巨体は近づいてくる。

 大ワニの巨体に見合った激しい息遣いが迫る。

 青白い凍気が、アルヴァの杖先から放たれた。


 凍気は真っ向から大ワニへと吹きつけて、魔物の巨体を包み込むように広がっていく。

 ワニの表面が白く染まって凍りついていく。熱されたウロコが今度は急速に冷却されているのだろう。

 ウロコから、ピキピキとひび割れる音が聞こえてくる。急激な温度の差が、ついに頑強なウロコへと損傷を与えたのだ。


 マキモスは凍気を嫌がるようにして首を振った。

 凍気に向かって突撃はできないらしく、急激に動きをにぶらせた。重々しいうなり声を上げて、こちらをにらんでくる。


「よしっ!」


 ソロンは魔物に向かって走り出した。

 曲線を描くように動き、顎の届かない側面を目指す。刀に(たくわ)えた炎の魔力が、赤い尾を引いてきらめく。

 敵の動きは鈍い。それでも、ギョロッとした目玉がこちらの動きを追ってくる。

 ソロンは大ワニの側面を蹴って登り、頭上を狙おうと思っていたが――


「ソロン、危ない!」


 後方にいたミスティンが叫んだ。

 マキモスがソロンの接近に合わせて、巨体をくねらせてきたのだ。


「うわっつ!?」


 ソロンは危ういところで飛び退(すさ)った。

 次の瞬間――ミスティンの矢が突風と共に突き刺さり、ワニの巨体を押し戻す。

 敵の手足は短く、振り回してきても回避は難しくない。

 むしろ、脅威となるのは長い胴体そのものだった。なんせ、巨体が誇る重量は、ソロンの百倍や二百倍といった程度では済まないのだ。


 けれどソロンもただでは帰らない。去り際に刀を払って、ワニの横っ腹へ火球を投げつけた。

 火球がウロコに激突し、爆風を巻き起こす。

 走り去りながら、ソロンはその効果を注視するが――


 全く効果があるようには見えなかった。

 至近距離から喰らわせれば、ひょっとして――という希望は(はかな)く砕かれる。


「爬虫類の眼は視野が広いから、横から攻めても難しいかも」


 ここに至って、ミスティンが助言をしてくれた。


「それ早く言ってよ……」


 つまり敵の死角は背後だけということだ。もっとも、側面を通らなければ背後に回り込むのも難しいわけだが……。

 その間もアルヴァの杖から吹きつける凍気が、マキモスの動きを鈍らせてくれていた。この支援がなければ、先の瞬間に反撃を受けていたに違いない。


「ミスティンはあっちをお願い!」


 ソロンはまたもワニの側面へと走り出した。

 ミスティンと協力して、反対側の側面から挟み撃ちにする。敵の前面はアルヴァの凍気が抑えてくれている。

 ソロンは敵の右側から火球を放ち、ミスティンは左側から風の矢を射った。

 都合、三方向からの攻撃となる。


 マキモスは忌々しそうに体をくねらせた。

 広い視野が災いして、魔物は困惑しているらしい。三方に敵がいる中で、どの相手を狙うかも決めかねているようだ。


 とはいえ、このままではソロン達にしても決め手に欠けるのも事実だ。

 アルヴァの切札――雷鳥の魔法なら申し分なく敵を(ほうむ)れるはずだ。だが、魔法を発動するだけの猶予を得ることは困難だった。


「くうっ……」


 そうこうしているうちに、アルヴァの足元がふらついた。連続した凍気の発動で、集中力を切らしたらしい。

 凍気が弱まった隙をついて、マキモスがアルヴァへと襲いかかる。巨体をのたうつようにして直進してくる。

 ソロンはとっさにアルヴァへ駆け寄り、その手をつかんだ。そのまま、魔物の正面から外れるように全力で疾走する。


 迫る大ワニが大地をゆらす。

 ソロンは刀を後ろに向けて、火球を放った。地面を爆砕する一撃が、マキモスの追跡を妨げる。

 ミスティンも魔物の背中に向けて、矢を連射した。

 小型の竜なら貫くような一撃。それでも、ワニのバケモノはしばし動きを止めただけ。(こら)えている様子は見えなかった。


「すみません、私の力が及ばずに……」


 ソロンに引っ張られながら、アルヴァは謝った。息が苦しそうだ。


「いや、多少なりと動きを止められただけで上出来さ。それよりこうなったら、刀で突き刺すしかないかな」


 ウロコを紅蓮の刀で貫き、その体内へと炎を送り込む。その方法なら、いかに頑強な魔物もタダでは済むまい。


「危険ですよ。あのウロコに突き刺すのはいくらなんでも……。万が一、あの巨体に弾き飛ばされてはタダでは済みません」


 アルヴァが心底心配そうに、こちらの瞳を覗き込む。


「けどこうなったら、それ以外の方法は――」


 ソロンが覚悟を決めようとしたその時――


「うおおおおおおぉ!」


 突如、マキモスの背中側から疾駆する男の姿。槍を片手に絶叫しながら、一直線にこちらを目指してくる。

 他でもない――グラットが助太刀に来てくれたのだ。ニバムの姿はないが、どこかに置いてきたのだろうか。

 ワニにとっても背後は死角。それでも気配を感じたらしく、マキモスは怪訝(けげん)そうに体をくねらせようとした。


 だが、そうはさせない。


「こっち来い!」


 ソロンは目の前のワニに向かって叫んだ。

 アルヴァが再度、精神を振り絞って凍気を放つ。

 時を同じくして、ソロンは()ぜるように駆け出していた。正面からマキモスへ接近し、攻撃を引きつける。


 冷気を受けて、ワニの動作は再び鈍る。それでも魔物は大口を開いた。馬すら収まりそうな大きな(あぎと)が、視界に迫る。

 意を決して、ソロンは刀を構えた。蓄えられた炎が、刀身を赤々と輝かせる。


「だあっ!」


 振り払った刀から放たれた業炎が、マキモスの大口に届く。

 口内を焼かれたマキモスがひるんだ。

 しかしそれも、わずかな時間。大口をさらに開いて、ソロンを丸呑みにせんと迫った。


「ソロンっ!」


 アルヴァの悲鳴が飛ぶ。

 ソロンは転がりながら、大口を避けようとした。

 途端、大口の中に一本の矢が飛び込んだ。ミスティンがソロンの背後から、援護してくれたのだ。


 風の魔力を帯びた矢は、ワニの口内で荒れ狂う強風を起こした。

 これにはたまらずワニも苦しそうな声を上げる。

 たちまち大口は閉じられた。


 しかし、風はなおも荒れ狂い、体内を不自然にふくらませる。

 ワニはのたうち回りながら、また口を開き空気を放出する。そうやって、どうにか体勢を立て直そうとした。


 そしてそこに隙が生じた。


「うりゃあぁっ!」


 グラットは飛んだ。大ワニの背丈を越えて、尋常ではない高さへと舞い上がる。

 恐らくは重力を操る魔槍の力を借りているのだろう。当初は魔法の扱いに苦戦したグラットだが、着々と力をつけているようだ。

 そうしてマキモスの背中へと急降下し、超重の槍を突き刺した。


 ワニのウロコは硬いことで知られている。このような巨体ともなれば、さらに強固なことは明白だった。

 それでも、炎と冷気――二つの魔法が寒暖の差を生み出し、ウロコに亀裂が入っていた。

 グラットはそれを見逃さず、硬いウロコを貫いたのだ。


 ……が、マキモスの体に反応はない。

 ウロコの向こうには、見た目通りの分厚い肉があるのだろう。恐らくは重要な臓器まで貫通できていない。

 だが、グラットの狙いはそこではなかった。


「うおらあぁっ!」


 気合の咆哮(ほうこう)と共に、彼は超重の槍へと魔力を込めたのだ。

 穂先を通して、魔物の体内に魔力が流される。ソロンにもその魔力の流れが見て取れた。

 体内に注ぎ込まれる魔法に、抵抗できる魔物はそうそういるものではない。

 マキモスの体が歪んだように見えた。歪みは広がるように、魔物の全身へと広がっていき――


 途端、巨体が地面へと沈んだ。少なくとも、ソロンの目にはそうとしか見えなかった。

 大地が鳴動する。

 マキモスを中心にして、轟音(ごうおん)と暴風が巻き起こる。


「まずいっ! 伏せて!」


 とっさにアルヴァとミスティンの背中を押して、無理矢理に伏せさせた。ソロンも同じようにして、地面に手をつける。

 砂が飛礫(つぶて)となって、ソロンへと襲いかかった。顔をそむけながら、腕を前にして襲いかかる砂の弾丸に耐え続けた。

 グラットは大丈夫かと思い、必死に上を向けば――そこには砂煙にまぎれて吹っ飛ぶ彼の姿があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ