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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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恐怖の海ワニ

「ザウラスト教団……!?」


 ソロンは思わず声を上げた。まさか、このような場所で遭遇するとは夢にも思わなかったのだ。


「どうしてこんなところに連中がいるんだ!?」


 グラットも驚愕(きょうがく)を隠し切れない。彼もザウラスト教団には、いい思い出がない。


「ほほう、知っているのか!? ハッハッハ! 俺は入信したんだよ。ザウラスト教団にな!」

「は……?」


 ダナムの宣言に、ソロンを始め一同唖然とする。


「素晴らしいぞ~、ザウラスト教団は! 神竜教会のような時代遅れとは違う! 真に人の役に立つ宗教なのだ。あの力があれば、帝国で革命を起こすことだってできるだろう!」


 ダナムは何かに陶酔しているかのように高笑いを上げた。

 それからアルヴァへと目を向けて。


「どうだアルヴァよ。俺と一緒に来ないか? 俺ならお前を守ってやれるぞ! そもそも、お前のような美しい女が皇帝になるのは、宝の持ち腐れだと思っていたのだ。俺のようなたくましい男が国を支配するのが道理というもの。美しい女は男の物になって初めて輝くのだ!」


 ダナムが何か気持ち悪いことを高らかに叫んだ。


「このおっさん、姪っ子に懸想(けそう)してたんかぁ……? まあ美人だしな。分からんでもないけどよお」


 と、グラットがこんな状況でもつぶやく。


「何を言うかと思えば……」


 アルヴァは紅い瞳を燃やして、叔父をにらみつけた。


「――信仰の自由は、帝国法によって保障されています。ですが……それが国家の安全を(おびや)かすような邪教ともなれば看過できません。投降なさい邪教徒め」

「ふん……。うるさいわ小娘が! 貴様だって国家的な犯罪者だろう! 下界で朽ち果て、獣のエサにでもなっておれば――」


 その瞬間――稲妻がダナムに襲いかかった。

 話を全て聞き終わる前に、アルヴァが杖先から魔法を放ったのだ。

 聞きたいことはおおむね聞き終えたのだろう。彼女らしい情け容赦のない判断である。


「ぐほぅあっ!?」


 ダナムは奇声を上げて、間一髪、海の中へと飛び込んだ。


「ちっ……外しましたか」


 アルヴァが悔しそうに舌打ちした。

 最近の彼女はどこか行儀が悪い気がする。グラット辺りの影響を受けたせいかもしれない。

 ダナムは小舟の船べりをどうにかつかんで、


「こ、この阿婆擦(あばず)れがぁ! 許さん、絶対に許さんぞっ! やれいマキモス!」


 うろたえながらも、汚い言葉でアルヴァを罵倒(ばとう)した。

 そして、ダナムはこちらに向かって腕を振った。

 それからまた、アルヴァの雷撃を恐れたのか、他の兵士を盾にするように舟上へ上がった。

 兵士は迷惑そうな顔をしたが、命令には逆らえないようだった。


「やべえ! 来るぞっ!」


 異変を察知してグラットが叫んだ。

 海中に潜む巨大な影が、小舟に向かってきていたのだ。


「私が迎撃します。皆は舟を漕いで、浜辺を目指してください!」


 アルヴァがすぐさま指示を下した。


「分かった!」


 返事をするなり、ソロンとグラットが必死に櫂で漕ぎ出す。

 ミスティンは引き続き伯爵の治療を続ける。


 舟の後ろに立ったアルヴァが、海中へと杖を向ける。魔力を溜めた上で、海中から迫るワニへと放電した。

 幾重にも分かれた稲妻の枝が、ワニへと襲いかかる。

 魔物に命中した稲妻は、火花となって海中で()ぜた。その余波で激しい水飛沫が上がる。


 ワニは多少ひるんだようだが、それでもこちらを追うのをやめなかった。


「ふははっ! 無駄だ無駄だっ! 海でマキモスから逃げ切れるわけないだろう!」


 距離がどんどんと縮まってくる。

 他の小舟に乗っていた船員達が、散り散りに逃げていく姿が見えた。

 彼らも心配だが、マキモスの標的ではないだろう。狙われないことを願って、ソロンは自分の舟を必死で漕ぐ。


 だが無常にもワニは迫ってくる。

 このままでは追いつかれてしまう。ならば――


「跳んでっ!」


 ソロンは杖を構えていたアルヴァを抱えて、海面へと飛び込んだ。

 続いて他の皆も、海面に向かって一斉に跳び込む。ニバムについてはグラットが抱えてくれた。

 間一髪――ワニの大きな(あぎと)が小舟に襲いかかっていた。その勢いは凄まじく、海面には爆発したかのように波が起こった。


「のわっ!」


 直撃を避けたソロン達だったが、背後から荒れ狂う波を受けて押し流された。

 流されたというよりも、吹き飛ばされたと表現したほうが正しいだろうか。

 しかし、それが幸いした。

 自然と一行は魔物から距離を取ることができたのだ。既に波打ち際まで来ているため、上陸まであとわずかだった。


 起き上がった皆は、必死で走り陸上を目指す。

 振り向けば、小舟の残骸が飛び散る様子が見えた。ゴリゴリと壮絶な音を立てながら、ワニは小舟を咀嚼(そしゃく)している。

 ワニがいる場所は既に浅く、巨大な姿があらわになっていた。

 魔物が小舟に気を取られている隙に、五人は浜辺へと上がる。特にグラットは、ニバムを背負ったまま必死で走ってくれた。


 *


 走る。走る。ひたすらに走って、海ワニ――マキモスから離れる。

 相手は海の生物だ。ひょっとしたら、陸の上までは上がってこないかもしれない。


「振り切れたかな?」


 と、ソロンが走りながら背後を振り返るが――

 白波を切り刻むようにして、ワニの姿が浜辺に現れた。巨体をくねらせて、波打つ浜辺の砂を吹き飛ばしていく。


「うげえ、来るぞ!?」


 同じく、走りながら振り向いたグラットがわめいた。

 蛇のように巨体をくねらせて、ワニがズンズン迫ってくる。

 小さな手足は存在するが、ほとんど使われている様子はない。手足はあくまで泳ぐための器官なのだろう。


「あっちだ!」


 ソロンは林の中へと駆け込んだ。

 左手でつないだアルヴァはもちろん、ミスティンも遅れずに付いてくる。ニバムを背負ったグラットも、やや遅れがちながら懸命に追随する。


 林立する広葉樹の隙間を抜けて、四人は後ろも見ずにひたすら奥を目指す。

 道に迷う危険もあったが、今の状況ではそれも些事(さじ)に過ぎない。

 ここならば木々が邪魔になるため、巨体の魔物は進んで来れな――


 背後から木が折れるような音が響いた。

 まるで何かが木々に衝突して、そのまま薙ぎ倒したかのような音。実際にその通りの光景が繰り広げられているのは、振り向くまでもなかった。


「ひゃあっ!? まだ来てるよ!」


 ミスティンもこの事態には悲鳴を上げるらしい。

 大ワニの勢いはなおも留まらなかった。巨大な顎で幹を噛み砕く。巨体での突撃が樹木を一撃で砕き倒した。


「ど、どこまで追ってくる気だよ!」


 グラットが必死の形相で悪態をつく。


「海の生き物だし……さすがに限度があると思うけど! 皮膚が乾いたら……動きが止まるかも!」


 ミスティンも必死に返事をする。彼女が大声を張り上げる姿は珍しい。


「づ、づれ~……」


 大の男を背負った状態では、さすがにグラットも息を切らすらしい。このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。


「引きつけます。ソロン、手を放してください!」


 アルヴァが息を切らしながらも提案する。


「分かった、どうする?」


 ソロンが左手を放せば、アルヴァは右手で腰の杖を抜き放つ。彼女は走りながらも、杖先の魔石を手早く入れ替えた。

 杖先に光る魔石の色は赤。

 アルヴァはわずかに足をゆるめて、精神を集中する。ソロンも彼女に走る速さを合わせた。


 アルヴァが体をひねって、杖先を後方へ向ける。

 渾身の炎が勢いよく放出された。

 ワニに巻き込まれるように三本の木が燃えさかり、林の中に赤い光が広がっていく。


「お祖父様を安全な場所へ!」


 アルヴァは素早く右手を杖で指し示した。


「すまねえ!」


 ニバムを背負ったグラットが、指示された方向へと走り出す。

 ソロンも刀を後ろに向けて火球を放った。

 走りながらでは狙いを定めるのも難しい。それでも樹木に当たろうがワニに当たろうが、魔物の注意を引ければ何でも構わなかった。


 ミスティンも続いて矢を放ってくれる。走りながらでも、矢は正確にワニへと命中した。 

 効いている様子はなかったが、陽動はうまくいったらしい。ワニの注意はこちらを向いたままだった。

 それを確認するや、ソロンはまたアルヴァと手をつないだ。すぐに三人で再度の加速をする。


 炎はどんどんと燃え広がっている。

 ああ……綺麗な林がもったいない――と、ソロンは小市民的なことを考えていた。……が、もちろん今はそれどころではない。


 大ワニは止まらない。

 頭から炎の中に突っ込んで、こちらを追い続ける。

 燃える広葉樹が巨体に薙ぎ倒された。倒れた樹木がますます炎を押し広げていく。


 火炎の熱気がソロンの背中へと襲ってくる。

 燃える林と大ワニ――二つの脅威に追われながら、三人は走った。みな汗をかきながら必死で逃げ続けた。

 林の向こう側が見えてきた。どうやらさほど深い広葉樹林ではなかったらしい。


 林を抜けて、今度は左寄りに走った。

 グラットが右側に走り去ったので、反対側に誘導したのだ。そこでソロンは、ようやく後ろを振り返った。


 マキモスとの距離が開いていた。

 皮膚が乾いたせいか、ここに来て動きがにぶってきたようだ。

 緑のウロコもところどころ黒く焦げていた。何度も樹木に体をぶつけ、炎に包まれては、さすがの頑強な体も消耗なしではいられなかったのだ。


 それでもワニの化物は近づいてくる。底なしの体力で、三人を追いかけることをやめない。十秒も止まれば、すぐに追いつかれてしまいそうだ。


「そろそろ諦めてくれないかな……」

「あっちもムキになってるのかも。動物の中には執念深いのもいるから」


 うんざりした顔のソロンに、ミスティンが説明をする。


「ソロン!」


 アルヴァはそこでまた足をゆるめた。紅い瞳が毅然(きぜん)とこちらを見つめてくる。

 彼女はつないだ手を強く握りしめて、意志を示した。ここに至って、戦う決意を固めたのだ。

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