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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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孤島に残されて

 入江へと押し寄せる静かな波の音。

 みな呆然と海を眺めていた。

 視線が集まる先には船があった、……いや、かつて船だったものがあった。


「これは……」


 ペタリと砂浜に座り込んだアルヴァが、放心した声でつぶやく。魔法の反動もあって、見るからに今の彼女は弱々しい。


「ううむ……」


 杖を突いて立つニバムが、重苦しくうめく。


「……無理そうだね」


 と、ミスティンがポツリと断定した。

 船体には穴が空き、大きく海中へと沈んでいた。その周囲には残骸が浮かんでいる。

 甲板(かんぱん)だった木片、帆だった布、積荷のタルや木箱……。それぞれが海に流されて、どこかへ行こうとしていた。

 見るも無残な有様で、修復でどうこうできる状態には見えなかった。


 船員達も呆然と船の残骸を眺めていた。

 ワニの撃破を知った瞬間には船員達も喜んでくれた。……が、この惨状を見るなり喜色は失せてしまった。


「分かっちゃいたがなあ……」


 グラットも船員達に共感するようにつぶやく。

 船を救うため、雷鳥の魔法を放ったアルヴァだったが……。その労力が報われることはなかった。

 彼女の魔法はさすがの精度で、雷鳥は魔物に命中した。船に一切の被害を及ぼさなかったのだ。

 ……が、そもそも最初から手遅れだったのだ。ソロン達が駆けつけた時点で、船は取り返しのつかない被害を受けていた。


 ここはイシュテア海の真ん中に浮かぶ無人島。

 島にある船は二つ。

 一つはニバムが乗っていた難破船。そしてもう一つは今、目の前で残骸と化していた。


「これって……いわゆる遭難だよね?」


 ソロンは思わず尋ねたが、誰も返事をしなかった。誰にも――ソロンを含めて分かり切ったことだったからである。


 *


 西の水平線の向こうへと、黄昏(たそがれ)の太陽は沈もうとしていた。たなびく雲もまた、陽光の中に赤く染まっている。


「綺麗な夕日だね……」


 砂浜に座り込んだソロンは、遠い目でそんな光景を眺めていた。

 水平線に沈む夕日なら、下界の海でも見ることはできる。

 しかし、下界は全天を雲に覆われているため、目の前の光景とは(おもむき)(こと)にしていた。


「そうですね、下界で見た夕日も美しいものでしたが……。(さえぎ)るもののない上界で見る夕日もまた美しいものです」


 アルヴァもソロンの隣に座り込んで、夕日を眺めていた。紅い瞳に赤い陽が映り込んで揺蕩(たゆた)っている。


「そうだね。綺麗だね……」


 ソロンもぼんやりとしながら相槌を打つ。


「なあ、おい……。黄昏たそがれるのは帰ってからにしようぜ」


 場の空気に耐えられなくなったグラットが、ついに声をかけた。

 四人は砂浜にて、焚火(たきび)のそばで食事を終えたところだった。しかし、事態を打開する方法も浮かばぬまま、放心の(てい)だった。

 ちなみに、ニバムは疲労が濃かったらしく既に横たわっている。背負われるのも、それはそれで負担だったらしい。船員達も伯爵を見守る役目を買ってくれていた。


「だってさあ……。遭難だよ遭難。僕達は取り残されたのさ」


 ソロンはただただ溜息をついた。


「まっ、そんな深刻になるこたねえよ。無人島でだって人は生きていけるさ」


 打ち沈む二人の表情を見て、グラットが切り出した。二人というのはソロンとアルヴァのことである。

 ミスティンだけはいつもの無表情である。

 いい加減ソロンも付き合いが長いので、感情を読めないこともない。けれど、どうも彼女はあまり(こた)えているようには見えなかった。


「うん、無人島暮らしもたまには楽しいかも」


 ……やはり、ミスティンは堪えていなかった。

 狩人としての技量があるため、こういった場面での生存にも自信がありそうだ。


「お前一人が楽しくてもなあ……」


 グラットは息を吐いて。


「――まあ、真面目に言うとだな。深刻になることねえのは確かだ。爺さんを捜索する船は、今だってたくさんあるはずだしな。助けはいずれ来る。それでもダメなら小舟で漕いでいけばいい。その気になればどうとでもなるさ」


 と、珍しく真面目な内容をまくし立てた。

 船に積まれていた小舟の中には、奇跡的に損傷が軽微だった物もあった。船員達が残骸を漁りながら、使えそうな物を見つけてきてくれたのだ。


「小舟ですか……? 沿岸まで十里は離れているので、少々厳しい気もしますが……。いや……けれど、うまく魔法を推進力に使えば……。もっとも、そこを解決できたとしても、やはり小舟で大海を渡るのはあまりに心もとないですね」


 グラットの発言を無下にはせず、アルヴァも検討しているようだった。先日の小舟を使った雲海での大立ち回りは、いまも記憶に新しい。

 とりあえずは彼女も放心状態を抜け出したようだ。

 ならば、ソロンもこうしてはいられない。


「とにかく、近くを船が通りかかった時のため目印を作ろう。その後のことは明日にでも考えようか。歩きっぱなしで、今日はもう疲れたし」


 炎を起こして夜中も光を放つようにしておく。自然に恵まれたこの島になら、燃やせる物はいくらでもあった。

 それを最後にして今日の活動は終わった。

 季節は真夏。屋外で眠っても暑苦しいほどである。船員達と見張りを交替しながら、一晩を過ごした。


 *


 昼日中(ひるひなか)――島へと向かってくる帆船(はんせん)が遠くに見えた。

 遭難してまだ一日も経っていない。……にも関わらず、早くも救いの手が差し伸べられたのだろうか。

 一日中、炎を()いていた効果があったのかもしれない。


「お~い!」


 ソロンが叫びながら手を振った。仲間達も船員達も、それぞれ手を振って声を張り上げる。

 帆船はまっすぐに砂浜を目指してきた。間違いなくこちらに気づいている。


「た……助かった!」

「見ろ! イシュティールの旗だ!」


 船員達もまた喜んだり、泣き出したりと忙しかった。


「おお……。ダナムの奴、無事だったか……!」


 ニバムは帆船に心当たりがあったらしい。疲労に沈んでいた目を、ここに至って輝かせた。杖を突きながら、海に向かって砂浜を歩いていく。

 やがて、帆船は少し離れた海上に停泊した。いくつもの小舟を使って、男達が海岸へと向かってくる。


「親父! 無事だったかあ! てっきり、海竜に喰われて死んだと思ったぞ!」


 ニバムの予想は裏切られなかった。先頭の小舟に乗ってきた人物は彼の次男――ダナムだった。

 ダナムは顔をほころばせて、再会を喜んだ。広い額に茶色い髪。印象は薄いが、相変わらず人はよさそうだった。


「私があんな魔物などにやられるものか! それより、お前こそよくぞ無事だったな」


 ニバムは今までになく機嫌のよい顔を浮かべて、息子の肩を叩いた。


「船が流れ着くとしたら、この辺りの島だからな。様子を見に来たら、火が上がっているのを見つけてな。しっかし、まさかお前達まで遭難していたとはなあ……」


 そう言って、ダナムは父から姪のアルヴァへと視線を移した。


「ええ、本当に助かりました。お祖父様を助けるまではうまくいったのですが、我々の船までやられてしまいまして……」

「我々の船……? もしや、お前達まであのバケモノに襲われたのか!?」


 アルヴァはかすかに眉をひそめながら頷く。


「ええ、船を破壊されてしまいました」

「そいつは残念だったな。だがもう大丈夫だ。俺の船でイシュティールに帰ろう」


 ダナムは自らの帆船を力強く指差した。

 ソロンは遭難体験がたったの一日で終わったことを、心より感謝したのだった。


 *


「じゃあ親父、行くとしようか。足をちゃんと手当しないとな」


 ダナムは父ニバムを支えながら、小舟へと向かっていた。


「十分に処置してもらっている。私は大丈夫だ」


 ニバムは杖を突きながらも強がった。父としての矜持(きょうじ)があるのだろうか。


「そういうなよ、あくまで応急処置なんだろ。後で酷くなるかもしれんし、消毒もしておかないとな。船に乗れば、医者も薬もそろっている」

「まあ、仕方あるまいな」


 あくまで強気なニバムに、ダナムは苦笑した。

 そうして、ダナムはニバムを連れて小舟に乗った。

 同乗した兵士達が(かい)で漕ぎ出す。ニバムを治療するため、いち早く帆船を目指すのだ。

 ソロン達四人も小舟へと飛び乗って、ダナムとニバムの後を追った。船員達も次々とそれに続いていった。


 真夏に青く照らされる晴天の海上。

 先をゆくニバム親子の舟が、帆船にたどり着こうとしていた。


「親父、母さんのこと覚えてるか?」


 ダナムが出し抜けにそんなことを言った。海を(へだ)てて小舟を漕ぐソロンの耳へ、かすかに話が聞こえてくる。


「ああ、テリッサのことか? 急にどうした?」


 伯爵の声が怪訝(けげん)そうに響いた。


「いやなに。母さんの苦労を思い出したんだ……。死んでそろそろ十年になるからなあ」

「テリッサは哀れな女だったな。もう少し、面倒を見てやればと思っている」

「そうか、親父にそう言ってもらえるなら嬉しいよ。――なんてなあ!」


 突如、ニバムの腹から鮮血がほとばしった。

 ダナムが刃を突き立てたのだ。

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