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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第一章 紅玉帝と女王の杖
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エーゲスタの滝

「何もそこまで驚くことはないと思いますが」


 驚愕(きょうがく)するグラットに向かって、女帝アルヴァネッサは無表情に言い放つ。その反応は慣れている――と言わんばかりの顔だ。


「す、すんません。ビックリしたもんで」


 似合わない敬語を使いながら、慌てて姿勢を正すグラット。司祭のセレスティンにはタメ口だった彼も、さすがに今回は勝手が違うらしい。


「あなた達も探検隊の同士ですから。壁を作らず意思疎通を図って頂かないと」


 ソロンも口を半開きにして唖然(あぜん)としていた。

 ……が、女帝の言葉にそれもそうだなと納得する。

 相手が皇帝だからといって、必要以上に忌避していたのは確かだ。思い切って話しかけてみることにした。


「陛下は竜玉船がお好きなんですか?」

「ええ、好きですわね。この機動力があってこそ、我々は広大な領土を統治できるのですから。これだけの速さを実現するために、多数の人々が貢献しました。そういう意味でも、竜玉船こそが帝国の技術の結晶といってもよいでしょうね」


 アルヴァは少しだけ嬉しそうに答えた。

 あまり無駄話をしない性格だと思いきや、興味のある分野については意外と饒舌(じょうぜつ)なようだ。

 そう考えれば、ソロン達に話しかけてきた理由も単純なのかもしれない。興味のある話が聞こえたので、つい声をかけたくなっただけなのだろう。


「さっきは緑風石の共鳴現象とおっしゃいましたよね。もう少し詳しくお聞きしてもいいですか?」


 ソロンは試しに、先程途切れた話題を振ってみることにした。

 純粋に内容への興味もあったが、何よりもう少しこの人と話してみたかった。

 ズケズケと質問するのは不躾(ぶしつけ)かもしれないが、元よりあちらから参加してきた話題だ。気を悪くする心配はないだろう。

 案の定、アルヴァは「もちろんです」と頷いて、話を聞かせてくれた。


「ご存じでしょうが、魔石の力は人の精神力によって起動します。ですが、この方法だと船の推進力としては、いささか頼りありません」

「ええ。僕が術者なら疲労で倒れてしまいそうです」


 アルヴァが話を止めたので、合いの手を入れる。こちらが話へ付いてこれるように配慮してくれているようだ。


「そこで帝国が誇る魔法学者達は、人手を伴わずに魔石を活用する方法を探していました。注目したのは『魔力共鳴』と呼ばれる現象です」

「魔力共鳴?」

「通常は単に共鳴と呼びます。魔石に特定の作用を与えることで、強制的に力を引き出す現象です。火竜石(かりゅうせき)を火にさらすと、それ自身も熱を放つようになる――という現象はご存じですか?」

「はい。それだったら何とか」


 ソロン自身は、紅蓮鋼(ぐれんこう)の刀で火を操作することのほうが多い。だが、炎の魔石たる火竜石についても、基本的な知識は備えている。


「あれが火竜石の共鳴というわけです。緑風石の場合は『風』が共鳴を引き起こす要因となります」

「えっと、もしかして雲海の気流ですか? 緑風石を気流で共鳴させ、動力に変えてるってことですよね?」

「そういうことです。……とはいえ、言葉でいうほど簡単ではなかったようですが。闇雲に力を引き出しても、その方向が適切でなければ推進力にはなりません。魔石自体の純度が低ければ、十分な出力を引き出せませんので。そのため、推進機関の構造にも工夫がいったそうです」

「へえ、大したもんですね」


 大人しく拝聴していたグラットが心底から感心するように。


「――俺なんて竜玉船を持つことが夢なのに、知らないことばっかしで……。いや、おみそれしました」

「とんでもない。私も一線の技術者から聞いて、知っていたに過ぎません。あなたがご存じでなくとも無理はないでしょう」


 そこまで語ったところで、アルヴァが北の陸地に目をやった。


「――そろそろ滝が来ますね」

「滝……? 山もないのに?」


 唐突な発言に、ソロンは怪訝(けげん)な表情を浮かべた。

 陸地を見れば、船はちょうど港町のそばを通っているところだ。

 目ぼしい山など見当たらない。

 滝というものは、地形の高低差があって存在できるものなのだ。


「エーゲスタの滝をご存じないと?」


 アルヴァも向き直って、ソロンに負けじと怪訝な表情を浮かべる。


「すんません。こいつは世間知らずなもんですから」


 グラットがソロンを叩いて横槍を入れる。

 ソロンも何だか申し訳なくなって「ははっ……」と頭をかく。


「それはそれは、初見の感動を味わえてよいですわね。……ほら、見えてきますよ」


 アルヴァは船の右舷(うげん)から身を乗り出すようにして陸側を眺めた。うながされたソロンも、同じように右舷へと手をかける。


 やがて見えてきたのは、遠くから流れてくる大きな川だった。

 川は雲海へと達し、滝へと変わる。

 滝は轟音(ごうおん)を発しながら、雲海を貫いていた。水に叩かれた雲海の部分がくぼんで見えている。

 そう、山はなくとも滝は存在できるのだ。上界と下界の高低差さえあれば。……あの滝はきっと下界まで落ちていくのだろう。

 ソロンは呆然としてエーゲスタの滝を眺めていた。


「マゼンテの滝……」


 それから思わず、記憶にある滝の名をつぶやいていた。


「マゼンテ? なんですかそれは?」

「僕の故郷にある大きな滝なんです。それを思い出しました」

「聞いたことのない地名ですね」

「え、ああ……」


 話の風向きがまたまずい方向になってきた。


「……とはいえ、滝の名前が地名とは限りませんか。ちなみにエーゲスタというのは先程通った町の名に由来します」

「へえ……そうなんですか」


 白々しく返事をしてしまったが、幸いにも女帝は追及してこなかった。


 滝を見終えて満足したらしい。「それでは失礼」と女帝は去っていった。

 少し緊張したものの、機嫌を損ねることもなく会話を終えられた。ソロンはホッと一息つく。


「ツンとすましていると思いきや、全然いい人そうだったな。何より美人だ」


 グラットが女帝への感想を述べる。おおむね好感を持ったらしい。


「そうだね。そんなに緊張しなくてよいかも」


 ソロンが彼女と出会ったのは当初、盗人としての立場だった。ただ、今のように冒険者として接するならば、それほど恐れることはないのかもしれない。


「油断はいけない。皇帝ともなれば、表情一つ変えずに私達を使い捨てるかも」


 横槍を入れたのはミスティンである。先程はソロンから少し離れた場所で、黙って話を聞いていたのだ。

 グラットは「クククッ」と不敵に笑って。


「なんだ~、ミスティン。もしかして()いてんのかあ? まあ、あんなに頭が良くて、美人で、高貴で、自分より若い女を見れば嫉妬(しっと)すんのも無理はねえか」

「そんなんじゃない。若いといっても一年も違わないし」


 言葉とは裏腹に、ミスティンはグラットの耳をグッと引っ張った。


「あっ、いや! やめて耳が伸びちゃう!」


 グラットが奇怪な声で情けない叫びを上げた。


 *


 やがて竜玉船は港町ポトムに入港した。

 ソロン達を含めた乗員の手伝いで必要な物資を積み込み、補給を行うのだった。


 今日はこの港町で夜を越える。

 明日以降が既存の航路を離れた本当の探検となる。安全な船旅は終わり、そこからが本当の探検だといってもよい。

 魔物も出るかもしれない。けれど、宝もあるかもしれない。ソロンは期待と不安に胸をふくらませるのだった。


 * * *


 翌朝、探検隊の竜玉船はポトム港を出発した。

 既存の航路を離れ、大きく広がる内雲海へと旅立つのだ。

 目安となる島はしばらく存在しないため、羅針盤に従い南西へと向かう。


 アルヴァは竜玉船の舳先(へさき)が示す先――南西の方角を眺めていた。

 目ぼしい何かが見えるわけではない。当分は陸地はおろか、島一つない雲海が続くだけである。

 目に入るのは水平線ならぬ雲平線。

 空に浮かぶ雲と雲海の境目が、白一色で繋がっているため曖昧(あいまい)にぼやけて見えている。


 ふと船が向かう方向に、飛び去っていく鳥達の姿が見えた。

 渡り鳥が行く先には陸地がある。

 船の目的地は人が寄りつかぬ島であるが、鳥達にとってはなじみの場所なのかもしれない。


 既知の航路を進むのなら、竜玉船は昼夜を問わずに進むこともできる。

 帝国各所に建てられた灯台の光と雲海図によって、夜も安全が保証されているためだ。


 ただし、今回の航路はそれに該当しなかった。

 全くの未知というわけではないが、正確な雲海図も存在していない。内雲海のただ中であるため、灯台などはあるはずもなかった。


 無理に夜間の航海をし、不注意で岩礁に衝突するような事態があってはならない。そのためにも、暗くなってからは船を停泊させる予定だった。

 そして、停泊している間は船が雲海に流されないよう注意が必要となる。これは星々を観測し、大まかでも位置を把握しておけば対処できた。


 もちろんアルヴァとて、そういったことの細部まで把握しているわけではない。それらは船長を始めとした船員達に任せるつもりである。

 ともあれ、これでベスタ雲海域に近づくまで、大きな問題が起きることはないだろう。

 季節は春で、天候も穏やかだ。今日のところは平穏に終わりそうだ。

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