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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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海辺の洞窟

 アブクロガニを退けたソロン達は、ネブロー島を南に向かっていた。目的の難破船は南の海岸なのだ。

 上陸した浜辺を抜けて、森林へと入った。日差しを(さえぎ)る木々の中で、少しばかり暑さがやわらぐ。

 もっとも、さほど長い森ではない。方向感覚が狂う前に、あっさりと西へと抜けた。


 次に現れたのは、岩だらけの海岸だ。ここから、海沿いに南へと向かえば、目的の洞窟に至るという。

 波の音に混ざって、海鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 この先の足場は良いとはいえない。

 海の上に点在する岩場を、(つた)うしかないようだ。波飛沫(なみしぶき)が足元にかかるような、心もとない道である。


 しかし、それも承知の上だ。

 この辺りが安定した地形だったなら、最初からこの辺りに上陸したことだろう。離れた北の浜辺に、わざわざ上陸する必要もなかったのだ。


 グラットは周囲をキョロキョロ見回しながら、


「また、あのカニ野郎がやって来ねえよなあ?」


 と、警戒心をむき出しにする。アブクロガニの毒が、よほどのトラウマになっているらしい。


「大丈夫だよ。あんなに大きなカニがいたら、私がすぐ気づく。海水も綺麗だから、海中にいても一目瞭然」


 ミスティンが余裕を見せて、グラットを安心させる。

 四人は海沿いの岩場を慎重に歩いていく。足を滑らせて海に落ちないよう、気をつけながら。

 そのうち道が途切れて、海中に没するのではないかという不安もあった。しかし、それも杞憂に終わり、やがて岩場の道は大きな穴へとたどり着いた。


 海の水が流れ込む洞窟である。

 いや、流れ込むというよりも、海の上に洞窟があるといったほうがよさそうだ。

 海水で満たされた洞窟の中に、岩場の道が続いていたのだ。

 岩場は広く十分な足場があった。ただし、その道がどこまで続いているかは定かではない。


「この洞窟であってるよね?」


 と、ソロンは少し不安気に尋ねてみる。ここが地図にある洞窟で間違いないか、そもそも地図は正しいのか……。


「難破船がこの向こうの方角にあったのは間違いありません。ハズレなら引き返すだけです。行きましょう」


 アルヴァはそう言って、岩場を渡りながら暗闇の中へ向かった。ソロンも意を決して、彼女を追った。


 ひんやりとした空気がソロンの頬を撫でる。

 天井を覆う岩には隙間があるらしく、所々から光が射し込んでいる。まるで木漏れ日のように照らされて、洞窟の海水が青くきらめく。それはどこか神秘的な美しさをたたえていた。


「思ったより、明るいみたいだね」


 ソロンの声が洞窟にこだまする。


「ええ、暗闇から魔物に襲われる心配はなさそうですね。念のため、これも付けておきますが」


 そう言いながら、アルヴァが胸元にブローチを取り付けた。

 以前にも見た蛍光石のブローチ――それが薄暗い洞窟を明るく照らしてくれる。

 湿気に濡れた岩場の道を、慎重に踏みしめながら進んでいく。

 足を踏み外せば、海中に転落してしまいそうだ。大した水深はなさそうだが、注意に越したことはない。


 静かな洞窟に、四人の足音が反響する。耳を澄ませば岩壁に(さえぎ)られて、かすかな波の音が聞こえてくる。

 最初は四人が広がって歩ける程の足場があった。それが進む度に狭まり、足場が海へと飲み込まれていく。海水に削られるかのように、段々と道が狭まっているのだ。

 やがて、道の全てが海中に没した。


「んげっ、ここでおしまいか?」


 その光景を見たグラットがうめき声を上げる。


「いえ、海面の下に道はまだ続いていますよ。……ただ、足を濡らさねばならないようですが」


 アルヴァは蛍光石のブローチをかざした。

 海面の下に続く道が、光に照らされて明瞭となった。洞窟は暗いが水は透き通っている。明かりさえあれば、水中を確認するのは容易だった。

 アルヴァは意を決したように靴と靴下を脱いだ。

 そうして、水場の前に丁寧にそろえて置く。ここから先は、靴をはくことを諦めねばならないようだ。


「足だけで済めばいいけどなあ……」


 と、グラットも同じように靴を脱ぎ出す。ソロンとミスティンも同じようにした。

 ソロンは水の中に裸足を踏み入れた。

 ひんやりとした水の感触が伝わる。日の光のささやかな洞窟の下で、水は夏場でも心地よい冷たさになっていた。


 既に水の中を歩き出していたアルヴァの横へと、ソロンは並んだ。

 彼女が照らす光を頼りに、ソロンも海中の道を進んでいく。

 既に水底はそれなりに深くなっている。踏み外して水中に転落しないように、ゆったりと歩を進めねばならない。


「ねえ、深くなってない?」


 薄々、皆が気づいていたことをミスティンが声に出した。

 しかし、今更止まることはできない。

 最初は(かかと)、次に足首、徐々に水へ()かる部分が大きくなっていく。

 ついには膝下(ひざした)までが水中に漬かった。段々と足にかかる抵抗が大きくなってくる。


 ここに至って、隣を歩いていたアルヴァの足が遅れ出した。

 やはり、歩きにくいのかな――と目をやれば、彼女はスカートをしきりに気にしていた。

 どうやら、長めのスカートが水面に達してしまったらしい。先に進もうにも、物理的かつ心理的な抵抗があるようだ。


「どうする、このまま進む? 先に僕が、行けるところまで見てこようか?」


 このままでは先が思いやられそうである。ソロンは立ち止まって、問いかけた。


「ええと……」


 アルヴァは悩むような素振りを見せて、言い淀んでいたが、


「――いえ、行きます。ちょっとやそっと濡れたからといって、どうだというのです」


 と、力強く返事する。

 それからわざとスカートを濡らすように、グッと足を踏み出した。……何だか、ヤケになっているような気がしないでもない。


「ちょっとやそっとで済むかねえ……」


 グラットが嫌な予感を吐き出すようにつぶやいた。もっとも、内心ではソロンも同感であったが……。

 少し歩いたところで、洞窟の岩壁が急激に広がった。四人は広い空間に出たのだった。

 そしてそこで、二人の予感は現実になった。


「道がなくなっちゃった……」


 ミスティンが眼前の光景につぶやく。

 水中の足場はついになくなり、円形の広間はただ海水で満たされていた。


「むう……。どうにか足がつくところはないでしょうか?」


 アルヴァは胸元にあった蛍光石のブローチを手に持った。

 そして手を突き出して、今までよりも強い光を放った。蛍光石も魔石の一種である以上、魔力を込めれば力が増すのだ。

 そうして、水中を照らしながら、彼女は一縷(いちる)の望みにすがった。

 ソロンも目を凝らして、先の水中を確認する。だが――


「ダメみたいだね」


 やむなくソロンは首を横に振った。

 水底がどうにか見える程度の深さではある。だが、少なくともグラットの身長より深いのも、間違いなさそうだった。


「これは水泳の時間かな」


 あっけらかんとミスティンは口にした。

 見る限り、広間の向こう側はまた狭い空間に戻っているようだ。岩場らしきものも見えるため、あそこまで到達できれば足場はあるだろう。

 目測すれば、対岸まではおおよそ百歩の距離を超える程度である。それでも対岸が見えているだけ、マシと考えるべきか。


「まあ、予想はしてたけどな。俺はいいけど、ほんとに行く気か?」


 グラットが確認すれば、ミスティンが頷く。


「見た感じ、他に道はないと思うな~」


 彼女は嫌がる様子もなく、呑気にそんなことを口にする。けれど、問題はミスティンではない。


「……アルヴァって泳げるの?」


 ソロンは恐る恐る疑問を投げかけた。

 アルヴァは「むう」と難しそうな顔をして、


「……令嬢は人前で無闇に肌をさらさないものです。従って、水練の機会はありませんでした。精々が浴場で泳いだ経験があるぐらいですね」

「いや……。泳げるぐらい広い風呂に入ってることが驚きだよ。……っていうか、だからって普通、泳がないよね?」

「……子供の頃の話ですよ。ただ入浴するのも芸がないというものでして……。鍛錬の機会は常日頃から見出すものです」


 何かよく分からない主張をしていたが、どちらにせよ当てにはならないようだ。


「ともかく、ここで待ってもらったほうがいいよ。ミスティンも一緒に待っててもらえるかな?」


 ミスティンを指名したのは、種々(しゅじゅ)の事情を考慮したからだ。色んな意味で、この先は男だけで進んだほうがよいだろう。


「いえ、置き去りは御免です」

 ところが、アルヴァは素直に聞き入れない。

「――それにミスティンが向かわないと、怪我人の手当もできませんので」


 確かに、回復魔法が使えるミスティンの存在は重要だ。

 こたびの目的は、難破船の付近にいると望まれるニバムを救出すること。負傷している場合も想定せねばならない。


「アルヴァも一緒に行こう」

 ミスティンがそこで助け舟を出す。

「――泳げなくたって、浮きになる物があればどうにかなると思うよ。探せば何かしらはあると思うけど」

「それではそうさせていただきます」


 アルヴァは迷うことなく賛同した。祖父を救助するという意志は固いようだった。


「大丈夫かなあ……」


 そうして、全員が泳いで渡る流れになってしまった。

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