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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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海の無人島

 船はネブロー島の北へと引き返し、断崖(だんがい)に挟まれた入江にたどり着いた。

 地図に載っているとはいえ、ネブロー島は未開の島である。当然、座礁せずに上陸できる港などの設備は存在しない。


 よって、浜辺から少し離れた場所に(いかり)を降ろし、小舟で四人が上陸することにした。

 探索に当たっても、いつ魔物と遭遇するか分からず危険は多い。

 船員達には荷が重いため、彼らには船を守ってもらうように指示した。


「それじゃあ、お嬢様もお気をつけて。どうか、伯爵のことをよろしくお願いします」


 船長自らの見送りを受けて、ソロン達は小舟から飛び降りた。波打ち際をひらりと跳んで、砂浜へと着地する。


 ザックザックと歩きづらい砂を踏みしめる。

 砂浜の向こうには、広葉樹林が広がっている。船から確認できた通り、自然豊かな島のようだ。そしてそれは魔物にとっても、格好の繁殖地である事実を示している。警戒は必要だった。


「うわ、あっついなあ……」


 ソロンは思わず頭を押さえた。

 今は下界の八月に当たる日輪の月。名前に(たが)わず、その真昼は日射しを強烈に受ける時期である。

 潮風がわずかな涼しさを運んでくれるとはいえ、浜辺の日射しはこの上なく厳しい。昼は常に(くも)りの下界人にとっては、経験のない天候だった。


「大丈夫ですか、ソロン?」


 そんなソロンを、アルヴァが気遣わしげに見てくる。


「まあ、耐えられないほどじゃないよ。……上界の真夏って凄いんだね」

「んだな、さっさとあっち行こうぜ」


 グラットも気を使って、森の方角へと(うなが)してくれる。

 そんな中、ミスティンは島の様子が気になって仕方ないらしい。一行の先頭に立って、体と首を落ち着きなく動かしている。


「なんか面白いもんあったか?」


 と、グラットが聞いてみれば、


「なんか来てる」


 ミスティンは何かに気づいたらしく、前方を指差した。その指先は右へ左へふらふらとゆれている。

 浜辺の各地から、ワラワラと黒い何かが群がって来ているのだ。その数は十――いや二十体はいるだろうか……。


「ん、何あれ?」


 ソロンも目を凝らして見る。

 黒い甲殻に白い腹、長く伸びた足がたくさん生えている。こちらに白い腹を向けたまま、斜めに向かってくる。

 色と形状から見てクモかと思ったが、どうも違うようだ。不可思議な歩き方をする生き物のようだが――


「カニだ!」


 その正体を確信したミスティンが叫んだ。なぜだか少し嬉しそうだった。

 正面だけでなく、左から右まで黒いカニの姿が視認できた。

 まだ数百歩の距離――遠くにいるはずなのに、はっきりとソロンにも分かる。


「おいおいおい……。でっかいぞ!」


 グラットが狼狽(ろうばい)気味につぶやく。

 人の背丈ほどもありそうなカニの魔物。

 長い十本の足で、砂をかき分けながら歩いてくる。見るからに凶器となりそうな大きなハサミ――それをガチガチと威嚇(いかく)するように鳴らしている。

 カニは斜めに円を描くようにして、こちらを囲むように歩いてくる。


「あれはアブクロガニのようですね。縄張りに踏み込んでしまったのでしょう」


 と、アルヴァが指摘する。


「アブクロガニってなに?」


 ミスティンも聞いたことがないらしい。動物には詳しそうな彼女も、海辺には精通していないのだろうか。


泡黒蟹(あぶくくろがに)――転じてアブクロガニです。いえ、名前はいいのですよ。どうしますか?」


 そう言いながらも、アルヴァは既に腰の杖を抜いていた。


「戦うしかないな」


 ソロンは即答し、同じように背中の刀を抜いた。

 側面は既に囲まれようとしているが、まだ後ろへ逃げる道はある。けれど、ここで引き返していては、島の探索などできるはずもない。

 まだ最も近い相手までは五十歩の距離がある。とはいえ、ゆっくりしていては大勢のカニに包囲されてしまう。


 ここは先手必勝だ。

 魔力を紅蓮の刀へ込めながら、ソロンは一気に踏み込んだ。

 刀を最寄りのカニへと突き出すやいなや、刃先が火を噴いた。

 炎は勢いよく装甲を貫いて、カニを吹き飛ばす。将棋倒しの要領で、後ろにいた三体のカニも倒れた。


「ソロンも日に日に腕を上げていますね。私は楽をさせてもらいますよ」


 そう言いながらも、アルヴァの杖先から紫電が走った。

 帆船に風を送っていた疲労があるため、派手な魔法は使わない方針らしい。それでも無駄のない魔法で、着実にカニを仕留めていく。

 ミスティンの矢も命中したが、黒い甲殻に弾かれた。硬い甲殻に対しては、どうやら分が悪いらしい。


「む~」


 と、不機嫌なうなり声をミスティンが上げる。どうやら、ムキになったらしい。

 ミスティンは弓へと魔力を込め始めた。それもいつもより強く、時間をかけて精神を集中している。


 そこに襲いかかったカニがいた。

 カニはハサミを振り上げて迫り来る。人間の胴体を骨ごと断ち切れそうな巨大なハサミ――黒光りするそれをガチンガチンと鳴らしている。

 動きは鈍いが、見るからに恐ろしい姿だった。


「うひゃあっ、ごっついハサミだなあ」


 そう叫びながらもグラットは、


「――おらよっ!」


 と、超重の槍を真っ向からカニへ叩きつけた。

 ズシャリという鈍い音が、晴天の下に響く。

 重力を操るグラットの槍には、見た目以上の重量を付与できる。そうして、一撃の(もと)に黒い甲羅を粉砕したのだ。

 次には、右から迫るカニがハサミを振るってくる。


 しかし、それにもグラットは動じない。黒いハサミへと、横から突き上げるように槍を払った。ハサミは根本から断ち切られ、地面に落ちる。

 グラットの槍は止まらない。ひるんだカニの脳天へ、槍を激しく叩きつけた。

 たちまち、二体の死骸が砂浜に転がった。


「大したことねえなぁ。ハサミがご立派なもんだから、強敵だと思っちまったぜ。それとも俺様が強すぎるのかな? へへっ!」


 いつものようにグラットは調子に乗っていた。


「油断しない! ハサミよりも、泡に気をつけてください。アブクロガニは毒を持っていますから」


 そんな彼へとアルヴァが忠告。さすがにグラットもこれは無視できなかったらしく。


「ま、マジかよ……。毒ってどんな毒だ?」

「致死性の毒ではないため、さほどの危険はありませんが――」

「なんだ、危険じゃねえなら大丈夫だろ。ビビらせんなよ」


 アルヴァの忠告を(さえぎ)って、グラットはまたカニへと駆け寄った。


「話は最後まで聞きなさい!」


 アルヴァが背中に向かって叫ぶが、もはや聞いていない。

 そうこうしているうちに、ミスティンの弓へ魔力が集まったらしい。空気の流れがつがえられた先に集約されている。

 離れているソロンへも、彼女の周囲に渦巻く風が見えた。


「いくよ!」


 空気を斬り裂く鋭い音と共に、勢いよく矢が放たれた。

 矢は突風を巻き起こしながら、浜辺を疾走する。砂を巻き上げながら、たちまちカニの足元に着弾した。

 爆音と共に、カニの足元から竜巻が巻き起こった。猛烈な勢いで砂が噴出し、何体ものカニが上空へと放り投げられる。


 思わず空を見上げるソロン。

 重たいカニは天高く、舞い上がっていた。


 次の瞬間、大地に引き戻されたカニは砂浜へと落下した。その衝撃で、砂煙がまたも巻き上がる。

 砂煙が晴れた先には無残な光景が待っていた。

 カニはベシャリと潰れていた。砂と共に中身が砂浜に散乱してくる。茶色い何か――もしやこれがカニ味噌だろうか。


「……気分が悪くなりそうです」


 アルヴァは青白い顔をして、その光景を見ていたが、すぐに目をそむけた。


「すっきりした~」


 全力を出し切って満足したのだろう。ミスティンだけは気分がよさそうだった。

 残ったアブクロガニは、五体となった。


「おお怖え……。残り物の処分は任せときな」


 グラットが槍を振るって、生き残ったカニへと向かう。

 ソロンも刀を構えて、カニに立ち向かう。

 すると、カニの口元から紫色の何かが吹き出された。追い込まれて動きを変えたのだろうか。


 慌てて、サッとソロンが回避すれば、砂上に紫の何かが張りつく。

 カニの口元に残るそれは泡に違いない。アルヴァが注意しろと言っていた(くだん)の泡だ。


 ソロンの胸中に小さな緊張が走る。

 慎重に紅蓮の刀をカニへと向けた。魔力を込めて、刀の先から火炎を放射する。泡はあっけなく蒸発し、丸ごとカニを焼き払った。


「熱に弱いみたいだね。これなら大丈夫かな」


 ソロンはほっとひと安心する。もう一体にも火炎を放ち、泡ごと始末する。

 グラットも最後の一体を仕留めたらしく、ついに浜辺からカニの動く気配がなくなった。

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