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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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ラスクァッド島

 ミスティンは魔力を巧みに調節しながら、帆船に風を送り続けた。北東に向かって、黙々と船を走らせる。

 眠るアルヴァのそばで、ソロンもそれを見守り続けた。

 そうして、おおよそ一時間が過ぎただろうか。


「ふぁっ……」


 と、かわいらしい声が隣から聞こえた。


「おう、お姫様のお目覚めか?」


 退屈そうにしていたグラットが声を上げた。


「おはよう」


 ソロンが声をかければ、アルヴァがハッと体を起こした。

 大きな紅玉の瞳で、ぼんやりとこちらを見つめてくる。


「……どうして、起こしてくれなかったのですか?」


 彼女は不満気な声で、ソロンを問い詰めた。

 そう言いながらも、寝乱れていた黒髪に手をやって整え出す。

 普段は最低限しか身だしなみに気を使わない彼女も、寝起きとなればさすがに恥じらいがあるらしい。


「あれだけ魔法を使ったら、しばらくは使えないだろうし。だったら、寝てたほうがマシだと思って」

「それはそうですが……どれだけ眠っていたのでしょうか?」

「おおよそ一時間かな」

「一時間……」


 アルヴァはそうつぶやいたところで、はためく帆の音に気づいた。またもハッと顔を起こして、ミスティンへと目線を運ぶ。

 ミスティンは今もなお、弓を手にして帆と向き合っていた。

 いつも通りの涼しい顔なので、傍目(はため)には余裕がありそうに見える。


 けれど、実際のところは分からない。

 あれでミスティンは仲間想いのところがある。アルヴァのためとなれば、平然と無理をしてしまうに違いない。


「もしや……。弓で風を送っているのですか?」


 そんなことができるのか――といった表情で、アルヴァはミスティンの横顔を凝視した。


「おう、立派なもんだろ。お姫様が眠ってからずっとなんだぜ。男二人は肩身が狭いけどなあ……」


 グラットが横から説明を入れる。

 それを聞いたアルヴァは、杖を手にしてよろよろと立ち上がった。


「すみません、ミスティン……。疲れるようなら、また替わりますから」

「大丈夫、まだまだ。アルヴァは二時間やったしね。私もアルヴァの力になりたいから」


 ミスティンらしい素っ気ない口調。それでも空色の瞳には、意志の強さが宿っていた。


「ミスティンに任せよう。それに、もうちょっとでラスクァッドだからね」



 わりあいすぐに、ひときわ大きな島が見えてきた。

 遠くから見る限り、島の多くは山林に覆われていた。

 北側にある高い山を中心に森が広がっており、南に向かって傾斜がゆるやかになっていく。

 島の南端は平地になっており、その一帯が港になっていた。


 天然の入江に、木造の船着場を組み合わせた港である。

 帝国自慢のコンクリートは、さすがに海の真ん中までは持ち込めなかったらしい。


 そして港から扇状に広がっているのが、ラスクァッドの港町だ。

 イシュティールからラスクァッドまでは、通常だと帆船で七~八時間。帆船のことなので風向き次第で大きく変化はするが、平均としてはそんなところだという。

 それをこの船は、わずか三時間強で走破したのだ。彼女達がいかに強力な魔法を、使い続けたかが察せられるだろう。


 夕暮れの中に、ラスクァッドの全景が浮かび上がってくる。

 高所から海を照らすのは、灯台の光だ。

 雲海の帝国たるネブラシア帝国は、国中にいくつもの灯台を建造している。その技術は海上の島でも惜しげなく披露されていた。


 船から見える港は、この時間でもにぎわいを見せていた。

 海竜騒ぎの最中(さなか)でもあるため、さすがにこの時間から出港する船はない。それでも、数多くの船がこの港へ戻ってくる様子が(うかが)えた。

 港を行き交う人も豊かで、船乗りと商人達がにぎやかな商談を繰り広げている。


 ラスクァッド島は島全体が伯爵の領地なのだという。

 イシュティールには及ばないが、それなりに大きな町である。恐らくはイシュテア海を囲む数々の港から、人が集まっているためだろう。



 (いかり)が降ろされ、船は船着場へと停泊した。


「今日はここで泊まるからね。早めに休んで、明日は朝早くから万全の状態で挑もう」


 機先を制してソロンが口にした。アルヴァが、このまま捜索の強行を主張しないかと危惧したためだ。


「言われなくても、分かっていますよ」

 苦々しい口調でアルヴァが答える。

「――夜闇(やあん)の中では捜索もままなりませんし、魔物に襲われる危険も無視できません。ですから、今日は情報収集に留めましょう」


 自らに言い聞かされるようにアルヴァは答えた。


「うん、よろしい。まだ冷静みたいでよかったよ」


 ソロンは笑って頷いて見せた。


「……なんだか、上から目線で腹が立ちます」


 アルヴァは顔を赤くして、口をとがらせた。普段、自分がやっていることでも逆にやられると腹を立てるものらしい。


「まあでも、情報収集もあんまり遅くならないようにしようぜ。ソロンの言う通り、早寝早起きといこうや」


 と、グラットはミスティンのほうを指差す。

 魔法に疲れたミスティンは、ソロンの肩に頭を乗せてすっかり眠り込んでいた。

 ちなみに、こちらはアルヴァと違って故意である。

 港が視界に入るやいな、魔法を止めて自ら「寝る」と宣言――そのままソロンの肩に頭をもたれさせたのだった。


「ミスティン、船を降りるよ。もうちょっとだけ頑張ろうか」


 ソロンはミスティンの肩に手をやって、優しくゆすって起こす。

 このまま寝かせてあげたいが、宿所を見つけるまでは我慢してもらわなくてはならない


「ふあい……」


 と、ミスティンも目をつぶったまま返事をした。


 *


 翌日、まだ()が登りきらない時刻。ソロン達は早々に港を()った。

 小雨(こさめ)の降るどんよりとした空模様。

 雲に覆われた空は、どことなく下界の空を思わせる。ソロンからすれば、なつかしいと言えなくもない。


 天候の悪化が心配だった。

 焦るアルヴァならば、少々の悪天候でも強行しかねないと懸念していたのだ。

 それでも、この程度なら問題はないだろう――と船長がお墨付きをくれた。ならば、ソロンとしては、専門家の判断を素直に信じるしかない。


 目指す先は、ラスクァッドから北西にある諸島である。

 昨晩の情報収集によれば、その近辺でニバムの船団が襲われたという。

 情報を提供してくれたのは、ラスクァッドの領主その人である。


 領主は伯爵の臣下である中年の男性だった。

 海竜に悩まされていた領主は、対策のため日頃から情報を集約していたらしい。事前にそれを、マリエンヌから聞かされていたアルヴァは、彼を訪ねることにした。


 領主はアルヴァにとっても、旧知の人物だった。相手を信頼できると判断したアルヴァは、率直に自分の見元を明かし交渉を図ったのだ。

 領主は前皇帝が追放地から戻ったことを知り、驚いていた。だがそれでも、すぐに快く情報提供をしてくれたのだった。



 アルヴァとミスティン――二人で交替しながら、帆へと風を送る。

 休憩を交えているため、二人とも無理をせずに済みそうだ。

 見守るソロンからしても、安心感があった。それこそ、最初からそうすればよかったと思うほどに。

 もっとも、弓で風を送るなんて発想は、平時ならばそうそう思いつかなかっただろう。


 港を出ること二十分、最初の島が海上に現れた。岩場だらけのゴツゴツした小さな島である。

 この辺りの島は平地が乏しいため、居住には適さない。魔物の棲家となっているため、船乗り達も普段は通り過ぎるだけだそうだ。

 かつて、雲海で上陸したベスタ島もそうだったが、人が近づかない島は魔物にとって楽園となり得るのだ。


 ニバムの船団が襲撃されたという地点へは、まだ距離がある。

 それでも、島に流れ着いた船やその残骸があるかもしれない。島の近くを船員達が双眼鏡で確認してくれた。


 そうして、三つの島を通り過ぎた頃には、出港から一時間半が過ぎていた。

 時間がかかったのは遠いからではない。通りかかった島を注意深く観察していたためである。

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