表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
177/441

二つの国の交わり

「皇帝陛下、イドリス王国より参りました大使代理のナイゼルと申します。国王サンドロスの意を受けて、国交を結びたいと願い参上しました」


 ナイゼルはうやうやしく皇帝の前で頭を下げる。

 どこに入っても恥ずかしくない堂に()った所作だった。ソロンには決して真似できそうにない。

 どうやら、今の話の切り出しをやれということだったらしい。確かに王弟たるソロンの役目だったかもしれない。


 ……が、大した打ち合わせもしていない状態では無理である。


「ほう、そうなのか……」


 エヴァートは興味深げにつぶやいた。それから彼も立ち上がって、ナイゼルに向き合った。

 エヴァートとナイゼルはほぼ同年代である。

 ナイゼルは少しばかり変人だが、見てくれは悪くない。皇帝と向き合っても決して見劣りはしなかった。


「それから、既に紹介はしましたが、わが国の王弟のソロニウスです。そしてこちらは、わが父にして、元オムダリア公爵のガノンドとなります」


 ナイゼルは各自へ視線を向けながら説明した。

 ガノンドがさっと立ち上がったので、ソロンも慌てて追随する。


「オムダリア公爵……!?」


 これにはエヴァートも興味を引かれたようだった。


「ガノンド・オムダリアと申します」

 ガノンドは堂々と名乗りを上げた。

「――二十年前に帝国を追放された身ではありますが、元々はそう名乗っておりました。父君のエディオン殿下には、何度かお目にかかったこともありますぞい」


 彼にしても、元来は帝国を追放された身である。それでもここに至っては、正直に身元を明かす方針にしたらしい。


「それではあなたが、あの……!? 追放された者がいるとは聞いていたが……」


 エヴァートにしてもガノンドのことは聞き知っていたらしい。驚く素振りを見せた。

 もっとも、ガノンドが追放されたのは今から二十数年前にもなる。

 当時、エヴァートはまだ赤子だったろう。下手をしたら生まれていなかった可能性もある。


 ガノンドは深々と頷いて。


「はい。長らくイドリスに仕えて参りましたが、この機会に戻って来たのですわい。帝国について知識を持つ者が、必要でしたのでな」

「そうだったか。追放の経緯については、よく存じないため、見解は差し控えるが……。さぞかし苦労されたのだろうな」

「痛み入りまする。……ああ、それから陛下。名目上の全権大使はそちらのソロニウスになりますからの。よろしくお願い致しますぞ」

「は、はい。どうも、よろしくお願いします」


 ペコリとソロンは頭を下げた。


「ソロニウス殿下、従妹がお世話になったそうで感謝しよう、よろしく頼むよ」


 エヴァートが手を差し伸べたので、ソロンも握り返した。


「ソロンで結構です。アルヴァにはそう呼ばれていますので」

「ではソロンだな。それにしても、下界の王国と国交か……。古代にはそのような時代もあったと聞いてはいるが、正直なところ伝説だとばかり思っていた。いやはや、実に面白いな」


 エヴァートはいかにも機嫌がよさげで、こちらの話に興味を持ってくれた。アルヴァが言っていた通り、人柄は相当によさそうだった。


「それでは陛下。国交を結んでいただけるのでしょうか?」


 ここぞとばかりに、ナイゼルが懇願した。


「ああ、前向きに検討させてもらおう。……っと、元老院の政治家には、姑息にこの言葉を使う者もいるがな。今のは言葉通りにとらえてくれて構わない。なんせ貴国は我々にとって、存在すら把握していなかった国だ。地理や交通手段も把握しないうちから、即答などできないのでね。何日もかけて話を詰めることになると思うが、それで構わないかな?」


 皇帝エヴァートは安請け負いをしなかったが、それだけに真摯(しんし)さがあった。こういうところは、アルヴァともよく似ている。


「承知しました。我々としても元よりそのつもりです」

 ナイゼルは余裕の笑みで、それに答えた。

「――手始めにそれを献上いたしましょう。どうぞ、お手に持ってご覧ください」


 と、ナイゼルはエヴァートのそばに立つ近衛兵を指し示した。

 近衛兵が持っていたのは、鞘に収まった魔法武器である。館に入る前、あらかじめ献上品を託しておいたらしい。

 近衛兵がエヴァートのそばにそれを置いた。


「ほう……これは魔法武器だな」


 エヴァートは、一目見るなりそう言った。そして、目に驚きを宿したまま、剣を手に取った。


「お分かりになりますか」

「ああ、僕も一つ持っているのでね。金貨をいくら積んでも、そう簡単に手に入らない物だとも分かっている。しかもこれは、随分と新しいじゃないか」


 エヴァートはしげしげと剣を観察しながら、話を続けた。

 アルヴァの話によれば、皇族は武芸に通じているのが当たり前だという。彼にしてもやはり、それ相応な剣の使い手なのだろう。優れた剣を見て、興味を引かれているに違いなかった。

 その反応を見たナイゼルは、にんまりと微笑んで。


「それはイドリスが誇る鍛冶師が先日こしらえた物ですよ」

「なんと! 魔導金属はどこから手に入れたのだ?」


 エヴァートは身を乗り出すようにして、ナイゼルの口元を注視した。

 アルヴァもソロンの魔刀には興味津々だったなあ――とソロンは昔を回想する。

 ナイゼルはもったい振るようにゆったりと頷いて、


「陛下、わが国には魔導金属の産出される鉱山があるのです」


 と、決め手の一言を発した。


「おぉ……」


 エヴァートは少年のように目を輝かせた。

 どうやらうまくいきそうだ――と、ソロンは肩の荷を下ろした。


 *


 そうして、前皇帝と新皇帝の再会を端緒(たんしょ)とした会談は終わった。

 以降、国交締結のため二国――イドリスとネブラシアの間で、継続的なやり取りが交わされることになった。


 とはいえ、一日やそこらではとても詰められる内容ではない。下界との交流は帝国にとっても、決して小さな出来事ではないのだ。

 エヴァートとしても元老院に(はか)りながら、協議を進める意向だという。


 イドリス側の実務は、ナイゼルとガノンドが当たることになった。

 ソロンも一応、名義上はイドリスの代表となっている。……が、実際のところ出番はなさそうだ。


 ナイゼルとガノンドは今後、何度となく帝都とイドリスを往復する見込みだった。途中の経路を考えれば、護衛兵の存在は欠かせない。

 そのため、四人の兵士達も、ナイゼルと一緒に帝都へ留まる手はずになっている。

 いずれ二国の間が交易路で結ばれ、にぎやかになっていくと期待したい。


 その日はエヴァートの別荘で夜を過ごした。

 館の主人は、彼の身分を考えれば控えめなご馳走で一同をもてなした。それもソロンにとってはむしろ好ましく思えた。

 アルヴァの従兄だけあって、彼も放蕩(ほうとう)を好まない性格のようだった。


 *


 会談の翌日。


 目的を果たした一行は、早々と帝都を()つことに決めた。行き先は元いた海都イシュティールである。

 早朝、別荘の前にエヴァートの手配した馬車が停まっていた。

 ソロン、アルヴァ、ミスティン、グラットの四人が、そこに乗り込んでいく。


 残りの六人――ナイゼルとガノンドに四人の兵士達は、見送りする側だ。

 帝都への滞在を決めた彼らは、今日もこの館に留まる予定だという。今後は皇城に顔を出す予定もあるらしい。

 忙しい中ではあったが、皇帝自身も玄関に姿を表した。今日はそのすぐ後で皇城へと登城(とじょう)する予定だそうだ。


「しばらくお別れですね。坊っちゃん……。時々でよいので、私のことを思い出してください……。このナイゼル――体は離れていても、心は坊っちゃんと共にありますから」


 ナイゼルは大袈裟に泣く振りをした。別れを惜しむ恋人のようで大変に気持ち悪い。


「ああうん、頑張ってね」

 ソロンも慣れたもので適当に返事しておく。

「――でも、僕だって役目が終わったら、そっちの手伝いするかもね」

「ははっ、期待しないで待っていますよ。ですが、坊っちゃんはアルヴァさんの元から離れられないのでは?」

「そんなつもりじゃないって」


 小声でナイゼルを(いさ)めながら、ソロンはアルヴァのほうを見る。

 幸い彼女は、従兄と別れの挨拶をしているところだった。こちらの話を聞かれはしないだろう。


「私としては構いませんよ。サンドロス陛下も、坊っちゃんには自由にしろとおっしゃっていました。我々の目的に両国の親善がありますが、その手段は一つや二つではありませんからね」


 と、ナイゼルはわりあい真面目な顔で言ってくる。


「身の振り方は考えとくよ」


 ソロンは何とも曖昧(あいまい)な答えを返した。


「それではソロンよ。姫様と、ついでにニバムのことを頼んだぞ。まあ、あやつが海竜なんぞにやられるとは思わんがな」


 ガノンドもなんだかんだで旧友を心配しているようだった。


「先生もお元気で。娘さんとうまくいくといいですね」


 二国間の交渉がうまくいけば、ガノンドは娘のカリーナを呼び寄せることになっていた。帝国とイドリスをつなぐ一人として、活躍してくれることを願いたい。

 さて、アルヴァのほうも別れを済ませたかな――と、ソロンは向こうへと目をやった。


「何も一日で帰ることはないと思うがなあ……。この館で結果が出るまで待ってはどうだ?」


 別れの挨拶をするアルヴァに向かって、エヴァートは未練がましく提案していた。馬車の手配までしておきながら、よほど別れるのが惜しいようだった。


「そうは行きませんよ、お兄様。魔物討伐に出たお祖父様のことが、心配ですから」

「それでは事が落ち着いた後でもいい。帝都に戻るつもりはないか?」

「ふむ……」


 アルヴァは少しだけ考える素振りを見せた。


「僕の片腕として力を貸して欲しい。僕の両腕だけではこの国は広大すぎてね。副帝でもなんでも望む地位を与えるよ」

「お気持ちは嬉しいのですが、私はもう戻るつもりはありません。私の失敗で、多くの方々を傷つけてしまいましたから……。罰を受けるのも仕方ありません」


 エヴァートは落胆の溜息を吐いた。


「しかし、君の才能を埋もれさせておくのは惜しい……」


 アルヴァはゆるやかに首を横に振りながら。


「私はちっぽけな人間ですよ。誇りや責務を失って、初めてそれを実感しました。それでも絶望せずにいられたのは、その空隙(くうげき)を埋めてくれる方々がいたからです。……ですから、今はただ手の届くものを守りたいと思います」


 言い終えたアルヴァがこちらを向いた。ソロンと視線を合わせて、はにかむような微笑を見せたのだ。

 こうして、ソロン達は再び四人に戻ったのだった。


 *


 馬車は出発し、後方で見送るエヴァート達の姿も見えなくなった。


「う~む。驚くべき謙虚さだな……」


 そこでグラットは感心するように(うな)った。


「何がですか?」


 不思議そうにアルヴァが尋ねる。


「そりゃ陛下のことだ。皇帝陛下の上に、お姫様の従兄弟(いとこ)っていうからもっと偉そうな人を想像してたぜ」

「本当。別に尊大でなくても、皇帝っていうのは務まるんだね」


 ミスティンもうんうんと感心して見せた。


「……どことなく私への当てつけに思えるのは、自意識過剰でしょうか?」


 アルヴァだけがどこか不満気に唇を尖らせていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ