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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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皇帝エヴァート

 ソロン達は二台の幌馬車(ほろばしょ)に分乗して、帝都へと連行されていった。


 テニオ百人長は窮屈(きゅうくつ)だと説明したが、実際はそれほどでもなかった。二台に分かれている分、行きに用いた馬車よりも、よほどの余裕がある。

 それでも近衛兵からすれば、貴人への扱いとして不足に思えたのだろう。

 もちろん、既に旅慣れたアルヴァは、その程度のことで苦情を入れたりはしない。


 近衛隊は馬車と騎兵だけで構成されており、徒歩の兵士は存在しなかった。

 アルヴァが伯爵家にたどり着いてから、わずかな日数しか経っていない。こちらを逃がさないように、彼らも急ぎ駆けつけて来たのだろう。


 見張りの兵は馬車の内外に付いていた。しかし、どの兵士もアルヴァへの態度は丁重そのものだった。

 もっとも、当然といえば当然である。つい先日まで、彼らの護衛すべき対象はそこにいる彼女だったのだから。



「あ~あ、せっかくイシュティールに来たのによお。なんかもったいない気がするぜ」


 近衛兵達の監視が光る中、グラットは気にせずにぼやいた。

 こちらの馬車はいつもの四人。それに加えて監視の近衛兵が二人ほどいる。もう片方の馬車にはナイゼルら六人がいた。人数がいびつなのは、馬車の大きさに余裕があるからである。


「相変わらずグラットはバカだなあ」


 ミスティンが容赦なく言い放った。


「――私達の目的は今の陛下に会うことだよ。だから、どうせ帝都には戻らないといけないんだ」

「んぐ……。それもそうだったな。いや、やっぱり景色のいい海辺ってのは心が踊るんだよ。だから、名残惜しくてな」

「すみません。あなた達まで巻き込んでしまって……」

「だから、それは今更だよ。今の陛下に会えるんなら、好都合と言えなくもないし」


 謝るアルヴァに、ソロンは何でもないように返した。


「指示を出したのはお兄様のようですから、そう危険な目には遭わないと思っているのですが……」

「信頼してるんだね」

「はい。誠実な方でありますし、私にとっては家族も同然です。ソロンと同じぐらい信頼していますわね」


 アルヴァは微笑を作りながら、従兄について語った。


「えっと……今のは褒めてもらったのかなあ?」


 家族も同然という人物と、同程度に信頼していると言ってもらったのだ。普通に考えれば、褒めているのだろう。


「もちろんです。少し押しに弱いところが欠点ではありますけれど。……お兄様もソロンも」


 本当に褒められているのか微妙な気分になる。その『お兄様』に何だか親近感が湧いてきた。


「だけど、その『お兄様』がなんでいきなり兵士を送って来たのかな?」


 ミスティンが単刀直入に疑問を投げかける。それはソロンも気になっていた。


「可能性は色々と考えられますが、いずれも憶測に過ぎません。それよりも直接、お尋ねしたほうが確実でしょう」


 近衛兵に話が聞かれるのを嫌ったのだろう。アルヴァは自らの考えを、この場では披露しなかった。


 *


 一行を運ぶ馬車は、出発した翌日には帝都へたどり着いていた。

 馬を何度も交換しながらの早い行軍である。時刻はまだ夕方にもなっていない。

 道中、近衛兵達の監視は厳重だったが、やはり扱いは丁寧だった。

 途中のフラメッタの町では、宿の用意もしてくれた。ただし、宿においても監視は続いていたが……。



「あ~あ、また戻ってきちまったよ……」


 馬車の窓から見える帝都の街並みを見て、グラットがまたぼやいた。

 馬車二台と多数の騎兵からなる一行である。それが街並みをゆく姿は、ぞろぞろと目立って仕方がない。


 それでも、帝都の住民がこちらを気にする素振りは見えなかった。都の人々にとって、貴族や軍人が行列を作る姿は珍しくもないらしい。

 皇城を目指すのかと思いきや、馬車は大通りを外れた。貴族の館が多く構える閑静(かんせい)な住宅街へと進んでいく。


「城じゃないんだ?」


 と、ソロンは警戒の声を発した。

 それには、アルヴァが落ち着き払った様子で答える。


「恐らく、お兄様の別邸だと思います。このほうが私としてもありがたいですね」


 確かにアルヴァを皇城へと連れ込んでは、騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだ。皇帝もその点を配慮してくれたのだろう。


 二台の馬車が停まったのは、ある邸宅の前だった。

 住宅から離れた丘の上に、ポツンと(へい)に囲まれた館が建っている。


 それほど豪勢な外観ではない。途中、目に入った貴族の邸宅と比べれば、質素な部類に入るだろう。

 質素を好む持ち主の人柄もあるかもしれない。だが、恐らくは、警備が容易かつ目立たない館を意図的に造ったのだろう。

 こうやって密かに要人と会うために使用するならば、これで十分だったに違いない。


 そうしてソロン達は馬車を降りた。


「うーーーんっ……!」


 と、降りるなりミスティンが元気よく伸びをしていた。自由奔放な彼女にとって、馬車の中は窮屈(きゅうくつ)だったのだ。

 もう一つの馬車からも、ナイゼル達が降りてくる。


「やあやあ、ご苦労様でした」


 ナイゼルは既に近衛兵と仲良くなっていたらしく、陽気に声をかけていた。それからソロンと顔を見合わせて、


「お久しぶりですね。坊っちゃん。私と離れ離れで寂しくありませんでしたか?」


 などとのたまう。実際、ほとんどの時間で車内にいたため、久々にナイゼルの顔を見た気もした。……といっても、昼の休憩にも顔を合わせたのだが。

 一行の到着を待っていたかの如く、すみやかに門が開かれた。


 近衛隊に連れられて、ソロン達も敷地内に足を踏み入れる。

 館へ入るに当たって、武器は預けざるを得なかった。イドリスの護衛兵も、謁見には連れていけそうにない。皇帝が館内にいる以上、その程度の警戒は当然なのだ。

 この先で騙し討ちを受けたならば、もうどうしようもない。

 とはいえ、当のアルヴァは至って落ち着き払っている。ソロンも見習って腹を固めることにした。


「俺も待ってたほうがよくないか? 平民だし、さすがに緊張するしなあ……」


 グラットが怖気づいたらしく謙虚に申し出るが、


「何をおっしゃいますか。私の救出に功があった者として、紹介させていただきますよ。何より、あなたはガゼット将軍のご子息でしょう。何も恥じることはありません」


 アルヴァがすかさず突っぱねたので、グラットも渋々従った。


 *


 案内された居間へと、六人は足を踏み入れる。

 そこには近衛兵に守られた青年の姿があった。

 窓から差し込む西日を浴びていた彼は、こちらへと向き直った。

 整った黒髪に、上品に装飾された衣服。茶色い瞳は穏やかな光をたたえていた。


 この青年がアルヴァの従兄にして、現皇帝エヴァートなのだ。


「正直、半信半疑だったが……どう見ても本物のようだな。まさか、化けて出たわけではないだろうね」


 エヴァートは、目を見開いてアルヴァを見据えた。それでも、落ち着いた声色(こわいろ)で話し出した。


「私がオカルト嫌いなのはご存じでしょう。たとえ命を失っても、化けて出ることはありません。その点はご安心くださいませ」


 それを受けた前皇帝は、不敵かつ(つや)やかに微笑(ほほえ)んだ。


「ははは……。無事なようで何よりだ。お帰り、アルヴァ」

「お久しぶりです、お兄様。再びお会いできるとは、夢にも思いませんでした」


 アルヴァはスカートを持ち上げ、上品に挨拶をした。

 エヴァートはアルヴァの元へと歩み寄り、それから軽く抱き合って再会を祝した。


「さて、何から聞けばよいものか……」

忌憚(きたん)なくどうぞ。如何様(いかよう)でもお答えしますので」


 エヴァートは「ふ~む」と悩む素振りを見せた。無理もない。お互いに話さねばならないことは山程あった。


「座っていいですか?」


 そんな空気を読まなかったのはミスティンだ。部屋に入って以来、全員が立ったままだった。


「おまえ凄えなあ……」


 グラットの視線は呆れを通り越して、尊敬に達していた。


「やあ、これは失礼した。ご老人もいるのに申し訳ない。話も長くなるだろうから、ゆったりとくつろいでくれたまえ」


 と、エヴァートは椅子を指し示した。こちらに気を使わせまいとしてか、自ら率先して余裕のある仕草で着席する。

 その両横に、隙のない動作で近衛兵も構えた。

 ミスティンが「ハイ」と一声してさっそうと座る。アルヴァもクスッと忍び笑いを抑えながら優雅に座った。

 他の皆もならって、六人がエヴァートの向かい側に着席した。


「いやいや、お気遣い痛み入りますじゃ」


 と、ガノンドは礼を述べていた。

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