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雲海のオデッセイ  作者: 砂川赳
第五章 蒼海をゆく
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旧友の再会

 ガノンドがニバムの前に立った。

 彼は今までソロンの後ろに立って、目立たないようにしていた。それが、ここに来て前へと足を踏み出したのだ。


「むっ、なんだこの無礼で汚らしい老人は?」


 思わぬ闖入者(ちんにゅうしゃ)を、ニバムは怪訝(けげん)そうにねめつけた。


「俺の顔を見忘れたか? ニバムよ」


 けれどガノンドは動じることもなく、ニバムへと呼びかけた。なぜだか口調が若々しい。


「んんん……。貴様のような知り合いは――」


 そうまで言ったところで、ニバムは言葉を詰まらせた。そして、ガノンドを凝視して目を見開く。


「――ま、まま……まさかガノンドか!?」

「お~、ようやっと思い出したか。ボケたのではないかと心配したぞ。わしも姫様と共に、下界から不死鳥のように蘇ってきたのじゃよ」

「は、ははは、生きておったとはなあ……! そうか、追放されたとまでは聞いていたが……。まさか、下界だったとはな」

「まさかなのはお前もだ。娘をオライバル様に嫁がせていたとは、思わなかったぞ」


 二人は駆け寄って、お互いの胸を叩き合った。


「父さん、意外と顔が広かったのですねえ」


 その様子を見てナイゼルがつぶやいた。

 よくよく考えて見れば、二人は似たような年代だ。しかも帝都近郊の貴族同士という立場ならば、知り合う機会はいくらでもあっただろう。


「うむ。こやつとは戦場で、同じ釜の飯を食った仲なんでな。まあ、わしと比較すれば、こやつの活躍は今一つ冴えなかったがの」


 ガノンドが言えば、ニバムも言い返す。


「ほざけ、亜人に囲まれかけたお前の部隊を助けたのは、誰だと思っている!」


 ニバムは激高したようでいながら、その実は嬉しそうに見えた。戦友の絆とは、容易には切れないものなのだろう。


「ほほほ、そんなこともあったかのう? ともあれ、戦役が終わってからも、こやつとは元老院で何度となく顔を合わせたもんじゃった」

「貴様はいつの間にか、いなくなっていたがな。……後で亜人の娘に手を出して、追放されたと聞いた。あの時は呆れるしかなかったぞ」

「……まあ、それについてはもういいじゃろ」


 痛いところを突かれたガノンドは苦い顔になった。


「――それより、お前はソロンに感謝の一つでもしたらどうじゃ? こやつのがんばりは本物じゃぞい。なんせわしの弟子じゃからな」

「う、うむ。とにかくご苦労だったな。よくぞ、孫娘を助け出してくれた。それについては、礼を言わねばなるまい」


 どこか渋々といった感はあったが、ニバムは礼を述べた。


「それでお祖父様、お願いがあるのですが……」


 そこで、おずおずとアルヴァが話を切り出した。


「うむ、何でも言うがよいぞ。お前の立場については、私も分かっているつもりだ」


 ニバムはアルヴァの不安定な立場を理解している。その上で、協力してくれるなら心強い限りだった。


「しばらくの間、私をかくまって頂きたいのです」

「しばらくとは言わず、私の命ある限り居るがよい」


 ニバムは即答した。


「――いや、私が死んでも(せがれ)どもがいるからな。テリダムのほうは今、帝都にいるが」

「ありがとうございます。それから……お兄様と連絡を取りたいのですが。できれば、直接お会いしたいと考えています」

「エヴァート陛下と……。ほう。やはり、お前は復権を目指すつもりなのか?」


 ニバムは驚きを秘めた顔で、アルヴァを見つめた。紅と紅の瞳が見つめ合う格好になった。


「いいえ、そのようなことは考えておりません。地位や権力は何も欲しません。ただ罪人ではなく、大手を振って歩ける立場を取り戻せれば望外ではありますが」

「そんなことを恐れる必要はないぞ。政府や元老院の連中がなんと言おうとも、お前を危険にさらしたりはせん。たとえ一戦交えようともな!」


 ニバムは拳を振り上げ、力強く言い切った。打算など何もなく、ただ孫娘への愛情から発された言葉だった。

 実際には、伯爵が帝国の中枢と戦うのはあまりに無謀だ。

 皇家の外戚という立場はあろうとも、しょせんニバムは、一介の地方領主に過ぎないのだから。それでもその言葉を聞けば、ソロンの胸にもこみ上げてくるものがあった。


「お祖父様、お気持ちは嬉しいのですが、まずは落ち着いてください。私としては何はともあれ、お兄様にお会いしたいと考えています。そのためにお祖父様から、手紙を出していただきたいのです」

「う、うむ……。陛下のことは了解した。信頼できる家臣に手紙を持たせるとするが、文面はどうするかな? 今日はちと時間がないので、明日でよいか?」

「お祖父様、ありがとうございます。文面については明日、相談させていただきます。……それからもう一つ」

「いくらでも言うがよいぞ」

「その際には、イドリスの方々――下界の方々をお兄様に紹介したいと考えているのですが……。それまではこの館に――」

「下界の……! そうか、それでその男はここに来たのだな!」


 ニバムはガノンドのほうを見て、驚きの声を上げた。


「そういうことだ」

 無駄に重々しく、ガノンドは口を開いた。

「――今のわしは下界に冠たるイドリス王国の最高顧問……。長く閉ざされていた下界と上界の交流――それを再開するのが、わが使命なのだ。今や、わしはお前の想像もつかない程の大役を担った。どうだニバムよ凄いだろう」


 彼が実際に顧問のような役割をしているのは事実である。……が、最高顧問などという役職がイドリスにあった記憶はない。


「父さん……。いくら旧友とはいえ、その態度はないでしょう。我々は宿を乞う立場なのですから」


 そんな父をナイゼルがたしなめた。


「いや、よいよい」

 と、ニバムは苦笑する。

「――落ちぶれたかと思っていたが、意外と元気にやっていたのだな。下界のことはよく分からぬが、本当なら帝国にとっても大した出来事だ。私も協力させてもらうぞ」


 ニバムは旧友のそんな態度を見て、どこか嬉しそうだった。そうして、快く協力を申し出てくれた。気難しそうに見えて、意外と(ふところ)は広いようだ。

 それから、彼は一同を見渡しながら、


「孫娘が世話になった恩もある。みな当分は滞在していくがよい。部屋には十分に空きがあるはずだ。食事と合わせて手配は頼んだぞ、マリエンヌよ」


 ソロンはホッと胸を撫でおろした。これでしばらくは、ここに滞在できそうだ。


「承知しました。ニバム様も夕食をご一緒されますか?」


 マリエンヌは礼儀正しく頭を下げ、それから尋ねた。


「いや、今日は港まで出かけねばならんのでな。夕食はそちらで取ってくる。悪いがお前達で取っておいてくれ。……再会できて早々、残念ではあるが、これからいくらでも時間はあろうからな」

「いえ、お忙しいところ、ありがとうございました」


 アルヴァも、マリエンヌにならうように頭を下げた。こうして祖父と孫娘の再会は無事に果たされたのであった。

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